第20話
「(ねえパオゴロー。こんな目の前に魔物がいるけどどうすんの?)」
「(どうするもこうするもないですよ。今はこの魔物と仲良くするだけです)」
「(ガウガウギー・・・)」
「あらどうしたのかい?ギム様の体調でも悪いのかい?」
「「い、いえ!そんなこと無いです!」」
「ガウガウ!ガオガオ!」
「おやおや立ち上がって筋肉を見せてくれるなんて。貴重なものをありがとうございます」
ドヌ王国を解放した後、フィル王国に到着した勇者パオゴロー。そして現在、彼が仲間と共にいるのは大きな屋敷だ。
・・・しかも、かなりのおもてなしを受けながら。
目の前には豪勢な食事(と言っても野菜や果物ばかりで肉類などは見当たらないのだが)が並べられており、そしてそれをパオゴロー達の向かいに座って美味しそうに頬張っているのはこの屋敷の主である魔物。
「おイ!ピヤンサム!お前が作る料理はいつも美味しいナ!さすがだゾ!」
「そうでございますか。そんなに喜んでくれますとあたしもとても嬉しいです。うふふ」
魔物は上半身こそ人間の姿だが、下半身は馬。先ほど小声でギムに尋ねたところ、ケンタウロスという種類らしい。
そしてこのケンタウロスの個体名はガジジスというらしく、その隣に立って満面の笑みを浮かべているのが今朝パオゴロー達が小屋で出会った老婆。先ほどガジジスが読んだ通り、『ピヤンサム』という名前らしい。
「どうダ、ギム。ピヤンサムの作る食事は一級品だろウ?」
「ガウガ!」
「ハッハッハッ。ギムも喜んでいル。どうしタ、そこの人間達も食べて良いんだゾ」
「・・・結構良い奴?」
目の前で広がる光景を見てユイズは混乱していた。一方、パオゴローの方はと言うと警戒はしながらも勧められた料理を口に運び、感想を述べる。
「確かに。この野菜を焼いたのはとても美味しいですね。好みです」
こんな彼の言葉を聞いたガジジスはピヤンサムと共に笑顔を浮かべるがユイズは不安気なトーンでパオゴローに耳打ちをした。
「(ねえ。これどうする?アタシの頭の中はこんがらがってるんだけど)」
するとパオゴローは食事を続けながらも器用に小声で答える。
「(気を抜いたらいけません。いつどこで攻撃されるか分かりませんから。決して警戒は解いてはいけませんよ)」
ユイズはその言葉を聞いて、黙って頷く。確かに考えられないような状況だが、まずはこの場での時間を穏便に過ごさなければいけない。彼女はパオゴローの意図を理解して彼と同様に料理を食べ始めた。
「あ、そうだ。使用人さん達。あんたらはこの街で買い物をしたことがあるかい?ギム様のようなドラゴン様向けのアクセサリーを売っている店を知っていてね。紹介してあげようか?」
「・・・どうしてそんなことを勧めてくれるんですか?」
ユイズは恐る恐る尋ねる。するとピヤンサムは2人のことをじっと見ながらこう指摘した。
「だってあんたら、この国の国民じゃないんだろう?」
その瞬間、ユイズはドッと大粒の汗をかくが、同時に掌に少しずつ魔力を溜め始めた。さらにパオゴローの方もゆっくりと腰に差してある剣へと手を伸ばす。ちなみにこの剣に関しては、聞かれる前に自分から「あくまでもギム様も守るための武器」というギリギリの言い訳をしており、何とか言い逃れができていた。
しかしピヤンサムはパオゴロー達のことは尻目にあっけらかんとした口調でこう続けた。
「そんなこと見たら分かるよ。明らかに他所の王国から来たんだろ。・・・でも例の侵入者ってわけではないだろうね。そもそもあんたらみたいなのが警備兵の魔物様を殺せるわけないよ」
そして彼女は「ですよね、ガジジス様?」とケンタウロスにも話を振る。
「その通りダ。警備兵は精鋭中の精鋭。この人間が倒せるわけがなイ」
「それにギム様もあんたらと一緒にいるということは悪い人ではないんだろう。事情は聞かない、周りには黙っといてあげるからここでしばらく時間を過ごしな」
こう言って変わらず笑顔を向けるピヤンサムに対し、ユイズは答える。
「・・・本当のことを話さないですみません、でもおばあ、いや、ピヤンサムさんの言う通りアタシ達は別の王国から来たんです」
さらに彼女は体を震わせながら言葉を選びながら続ける。
「ピヤンサムさんやガジジス様は他国のことをどこまでご存じなんですか?」
この問いかけはユイズにとって賭けであった。フィル王国はどう見ても普通ではない。この屋敷までの道中においても人間達が魔物と共にいる光景を遠目ながら見ていたのだが、誰もが明るい笑顔を見せていたのだ。
それにこの国に侵入者がいるという情報も出回っていると予測できる。なんせ断崖絶壁の僻地で魔物と戦ったという情報を、そこから少し離れた小屋で出会った際にもうピヤンサムが口にしていたから。
しかしパオゴロー一行はここまで特に攻撃を加えられることもなくこの屋敷にいる。となると彼らの疑問はただひとつ。
“この老婆と魔物の目的は何だ?”ということだ。
もしかして魔物に洗脳をされている?
もしかして家族を人質にとられている?
もしかして魔物から脅されている?
もしかしてアタシ達のことを勇者だと分かった状態でわざと泳がしている?
ユイズは頭の中で様々な可能性を巡らせながら、まずはピヤンサムが他の王国についてどのような認識をしているのかを探るために先の質問をしたのだ。
するとピヤンサムはガジジスの隣のイスにゆっくりと座ると、静かに口を開いた。
「あたしの方が聞きたいね。他の国は今、どうなってるんだい?そういう情報は全く聞けないのさ」
彼女は窓から見える青空を見つめながらさらに続ける。
「知っているのは、他国では人間と魔物様との争いが起きていること。だけどどうも現実味が無いんだよね。この国を治めている女王様は心優しい魔物様だから」
その言葉を聞いて、パオゴローはピクリと眉毛を動かす。
「リチェピワ女王陛下という方さ。この方はとても妖艶な美しい見た目でね。もう人間達の人気者。陛下のお陰でこの国には平和が訪れたんだよ」
「・・・僕らは他の王国にいたのですが、そこではピヤンサムさんが言った通り、魔物様と人間がいつも争いをしていました。僕らはそれが嫌になって、ギム様と一緒に仲良くしたいから国を出たです」
パオゴローは淡々としたトーンでこのような嘘をつく。しかしその後に「でもこの国は勇者というのは来なかったですか?僕のいた国では昔、勇者が来て魔物様を一度倒したらしいです」と質問をした。
そしてこのパオゴローの言葉を聞いた途端、ピヤンサムの顔色は一変した。
「・・・勇者!おおそうさあの勇者さ!あの女が、一度このフィル王国を襲いに来たのさ!リチェピワ陛下の指導の下で平和を享受していたこの国をね!」
こう叫ぶと彼女は勢いよく立ち上がるとテーブルを力強く何度も叩く。
「元々このフィル王国を支配していたあのバカ女王とその夫は!貧しく、病気の幼い子を見捨てるような国を変えようとしなかった!だけどそれを変えてくれたのが今のリチェピワ陛下なんだよ!」
するとピヤンサムは急に胸を押さえ、荒い息をして地面に座り込んでしまった。
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
ユイズやパオゴロー、さらにはギムがその様子を見て慌てふためいていると、ケンタウロスのガジジスがテーブルの上に置いてあった木の実を手に取り、少ししゃがんでピヤンサムに食べさせる。
そうするとピヤンサムの呼吸は段々と落ち着きを見せ、じきに胸の痛みも無くなったようでゆっくりとイスに座り直した。
「ピヤンサムさん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ・・・。申し訳ございません、ガジジス様。ああ高貴なる魔物様に助けていただきまして・・・」
「気にするナ。でも無理をして大声を出すなヨ」
ガジジスはこう声をかけると、ピヤンサムの背中をさすりながら今度はコップに入っていた水を飲ませる。
「悪かったね、いきなり叫んじまって。・・・あたしが知っている他国の情報なんてたかが知れてるよ。だからあんたらのことを詮索する気は無い。・・・本当は警備兵に通報しなきゃいけないんだろうが、せっかくの縁だ。少しの間、この屋敷にいな。ガジジス様もそれを認めてくれたからね」
パオゴローとユイズは顔を見合わせるが、ここで変な動きをするというのは悪手だと2人共判断し、言われた通りこの屋敷をしばしの拠点とすることにした。




