第6話 仲良しだった家族。綻び
家に帰宅するとまた疲れからの強烈な眠気が襲ってきた為、また少し眠らせてもらう事にした。
寝る前にこれだけはまず確認したいと、LINEのメッセージ欄を確認する。俺は当たり前だが幼馴染の美桜と凛人‥そして家族にもパスコードを教えていない。
という事は、俺に例の冤罪動画や画像を送ろうと思えば一番LINEが手っ取り早いと思ったのだ。その履歴を辿ればあるいは‥
「クソっ!!!」
思わず枕を壁に投げつける。やはり犯人はそこまで馬鹿ではなかったようだ。ご丁寧に全ての友達、家族とのメッセージ履歴が削除されていた。
諦めて枕を取り、半ばやけくそ気味にベッドに大の字になる。
そういや‥姉さんにはどう話したらいいんだ?自分の選択に後悔はないが、その後の事を考えている余裕なんてなかった。
考えたい事は山積みだが、眠気がそれを許さず驚く程早く眠りについた。
◇ ◇ ◇
「母さん!大河はどこ!?ちょっと話があるんだけど!!!」
大きい声が下の階から聞こえ、否が応にも目覚めさせられる。時刻は16時30分頃、どうやら3時間以上眠っていたらしい。
寝ぼけ眼で時間を確認してる間にも、ドカドカと階段を登る足跡が聞こえてくる。
この声は間違いない。姉さんだ‥。ボーカルに相応しいよく通る透き通った声。声の大きさ、階段を登る速さから姿を見ずともとんでもなく怒っている事が分かる。
やばい、まだ何て言おうか何も考えてない。せめて何を言おうか頭を整理させてから会いたい。
姉さんは基本はめちゃくちゃ面倒見が良くて優しいんだが、直情的で一直線な人だ。頭は良い筈なんだけど、良い意味でも悪い意味でも単純で思い込んだら一直線なタイプ。
母さんが姉さんを止める声と共に、部屋の前まで姉さんの声が聞こえてきた。
(終わった‥。もう観念するしかない。)
バタンッッッと強い力でドアが開かれる。母さんと共に、白のメッシュの腰まで伸びた長い黒髪が特徴の姉さんが鬼の形相で入ってきた。
「詩音!!ちょっと待ちな--」
「大河!!アンタ‥!!最低よっ!!どうしてあんな事したの!?アンタのせいで私まで色んな人から今日酷い事言われたんだからっ!!」
開口一番にそれか‥。昔からの姉さんの悪い癖だ。怒ると周りが見えなくなって、もう俺が犯人だと決めつけてる。
でも今回の怒り方は異常だった。今にも俺にビンタしようという勢いな姉さんを、母さんが必死に止めようとしてくれる。
姉さんって本気で怒ったらこんな怖い顔するんだな。
「待ってくれ!姉さん!!頼むから落ち着いてくれ!!俺は本当に何もやってないんだ!!!
「嘘よ!!‥あの、その、ええええっちな写真も動画も証言があったって聞いたんだけど!?!?」
「罠に嵌められんだよ!!誰かが俺のスマフォに写真と動画を送って、俺を犯罪者に仕立てあげようとしたんだ!!」
俺の話を聞いて、姉さんがビンタしようとしていた手を止める。僅かな沈黙が生まれた後、さっきまでの勢いはどこにいったのやら腑抜けた声を出す。
「え?そうなの?」
目をぱちぱちさせて俺を見る姉さん。するとすぐにいつもの明るい顔になる。
「あはは!ごめんごめん!やっぱりそうだよね!てへっ、私ったら早とちりしちゃった!!
「いきなり殴り掛かろうとするからビックリしたよ‥。」
「ごめんって。私性犯罪者がこの世で一番嫌いだから、どうしても頭に血がのぼっちゃって‥。よくよく考えたら大河がそんな事しないのは分かる筈なんだけど、自分の弟が私の一番嫌いな犯罪犯したって考えたらさ、その‥私の悪い癖‥アンタも分かるでしょ?」
「いや、色々と俺に対する誤解のせいで、学校で酷い目にあったみたいだな‥。俺の方こそ本当にごめん。」
謝るべきなのは間違いなく俺だ。照れたように上目遣いで申し訳なさそうにする姉さんに、真摯に頭を下げる。
この世で性犯罪者が一番嫌い、か。実の姉からのその言葉に自分の胸がチクリと痛む。やってないとはいえ、俺はその汚名を甘んじて背負うという決断をしたのだから。
俺だって姉と同意見だ。殺人という最もこの国で重い罪と同じくらい嫌いといっていい。本当、なんでこんな事になったんだろうな‥。
姉は純愛小説や乙女ゲームをこよなく愛する、なんて表現したらいいんだろうか‥その、性に関して清廉潔白な人だ。姉本人は、リアルで恋人がいるらしい素振りを今まで見せた事ない。弟の俺が言うのも何だが、運命とか王子様とかを信じてる純粋な人。それだけに、不純な行為が一番許せないんだろう。
「それにしても、姉さんにしては話を聞いて納得してくれるまでが今回早かったな」
「だって内容が内容だからね!さっきも言ったけど、私のよく知る弟がそんな事する最低な奴じゃないって頭では分かってたから!あと、姉さんにしてはは余計よ!よ!け!い!全く、いつも一言多いんだからっ!」
いつも兄弟らしく俺に対するあたりが強い時もあるんだけど、姉さんは根本的には俺の事を信じてくれていたみたいだ。
母さんもそうだけど、俺が今まで家族ち紡いだ絆は本物だった。姉の気持ちと言葉は非常に嬉しい。
でも、
「それで、いつ警察に行くの?早ければ早い方がよくない??1人だと不安なら私も一緒に行ってあげるわよ??」
やっぱり誰でもそうなるよな‥。俺と隣で見ていた母さんの顔が青ざめる。
「ど、どうしたのよ2人して。え?当然行くんでしょ?」
「警察には行かない事にした。でも姉さん、俺は本当にやってないんだ!この命をかけてもいい!無理があるのはわかてる、分かってるけど‥無理なんだ‥。
「なに!?どういう事!?全然意味わからないんだけど!!やってないなら警察に行けば全て解決なんじゃないの?それとも‥こんな事本当は言いたくないけど、やっぱり警察に行けない理由があるんじゃないでしょうねえ!?」
姉さんの言ってる事は至極まともだ。「やってません。でも警察には行けません」なんてまるで犯罪者の言い訳じゃないか。
でも姉さんに本当の事は言えない。言ったら姉さんは自分を犠牲にするだろうから。そういう根っこは優しい人だから。
覚悟は決まったと思ってた。でも、こんなふうに大切な家族から激しい怒りをぶつけられると早くも心が折れそうになる。
「詩音‥あのね?大河は‥」
「大丈夫だ、母さん。大丈夫だから」
母も俺と同じ気持ちだったのだろう。俺を守る為話そうになってしまうのを何とか止める。
「何!?母さんは何か知っているっていうの?2人して私に何か隠してるの?私達ってこう言う時はお互いに支え合う大事な家族じゃないの‥??私は2人にとって‥一体何なのよ‥っ!?」
自分だけ家族から仲間外れにされたと思ってしまったのが悲しかったのか、姉さんがポロポロと大粒の涙を流す。
違う。大切だから話せないんだ。大切な存在だから話せない事もある。
大きくなってから姉さんが悲しくて泣いている所なんて見た事がない為、酷く胸が痛む。
それでもそんな彼女に、今の俺がかけるべき言葉がどうしても見つからない。
「アンタ!本当に麗奈ちゃんにヒドイ事したんじゃないでしょうね!!!!」
「どういうこと‥?麗奈ちゃんにお兄ちゃんが酷い事していじめたの‥??」
最悪の状況だ。おそらく声が大きすぎたのだろう、小学校から帰ってきていた妹の紬が部屋から出てきてしまった。
斎藤麗奈は俺たち家族みんなと交流があったが、特に紬の事を可愛がってよく遊んでやっていた。紬もあの女の事をもう1人の姉かのように慕っているようだった。
紬が俺をまるで獣物かのように怯えた目で見る。
まだ紬は小学一年生だ。ヒドイ事の意味はよく分かっていないだろうが、大好きなもう1人の姉を俺が一方的にいじめたと思われたんだろう。
「お兄ちゃん‥っ!嘘だよね‥。そうだよねっ‥!?」
「そうだよ紬っ!お兄ちゃんは何もやってない!!お願いだから信じてくれ‥!!」
「そうよ紬!大河は何もやってないの!!だからちゃんとお兄ちゃんの事を信じてあげて?ね??」
ああ嘘だ!俺は何もやってない!!だからお前までそんな悲しそうか顔をしないでくれ‥。
母さんが必死で紬の頭を撫でて説得しようとするが、とうとう可愛い妹が泣き出してしまう。
「‥‥っ!!何なのよっ!!私は悪くないから!!大河と母さんが私を除け者にするのが悪いんだからっ!!もう2人とも嫌い!!冤罪だと言うんなら、それを証明するまで話してあげないんだからっ!!!紬、お姉ちゃんのところにおいで!!」
姉さんが紬を抱きしめた後、手を引いてバタバタと部屋から出ていく。
母さんの顔が絶望に染まり、それを見た俺は罪悪感で膝から崩れ落ちる。
本当、俺のせいでバラバラだな‥。なん‥で‥こんな事に‥。
罪を犯していないのだから、悪いのは俺じゃない筈だ。
それなのに、自分の事ばかり責めてしまい出来る事ならもうこの世から消えてしまいたい、そんな身勝手な感情まで生まれてしまう。
俺のせいで仲良く支え合って暮らしてきた家族がどんどん崩れていっているようで‥それがとても耐えられなくて‥。
しばらくその場から動けそうになかった。




