第5話 頼れる大人もいると知る。結城あおい先生
「わかりました‥警察には行きません。その代わりこの場で姉さんには絶対に手出ししないと約束して下さい」
「大河!待ちなさい!!それがどういう意味かアンタ分かって言ってるの!?」
分かってる。俺はやってもいない事で学校の皆からは卒業するまで性犯罪者扱い。地獄の日々は想像に難くない。
それでも大切な人が自分のせいで犠牲になる事だけはしたくない。そっちの方が俺にとっては耐えられないから。
自己満足の自己犠牲?ああ、そうなのかもしれないな。だがこの状況で他に何か方法があるのか?姉さんを目の前の屑野郎から確実に守れる方法が他にあるなら教えてくれ。
1%でも守れない可能性ががある選択は論外だ。100%じゃなきゃ意味がない。
俺の地獄は長くても高校卒業まで。姉さんは将来が掛かっているんだ。誰に何を言われようが、俺が選ぶべき答えは一つだ。
校長がもはや本性を隠す事なく、ニタアと気持ち悪い笑みを浮かべる。
「分かってくれたようで嬉しいですよ大河くん。ええ、良い判断です。無論、君ならそう言うと分かっていましたたとも!」
「待ちなさい!!!そんな事、私は絶対許さない!!!」
「これでいいんだ‥ッ!母さん!!!」
母さんの俺を想う気持ちは嬉しい。だが敢えてここは声を荒げる。
校長はそんな俺たちのやり取りを満足そうに見ている。
もうこの外道に敬語を使う理由はない。
今の俺は学校に取って爆弾みたいなものだ。奴が姉さんを人質にしているのと同じように、俺には学校の名誉という人質がある。
そのくらいの我儘は許されていい筈だ。全くもって目の前の男は尊敬に値しないのだから。
「最後に‥なあ、校長?アンタ個人の意見を聞きたい。ここまで話を聞いてみて、斎藤麗奈の事をアンタはどうみてる?」
「‥さあ、どうでしょう。ですが、彼女の父親は資産家で我が校に多額の寄付金を贈ってくれますからねえ」
なるほどね、そういう理由もある訳か。‥ほんと、反吐が出るな。
姉さんは将来が期待される優秀な生徒、斎藤麗奈は金ヅル、となると初めから何の特徴もない一般生徒の俺に何のアクションも起こさせず消えてもらいたかった、って所だろう。
冤罪を被り、その事で精神をもし病んで退学する事になっても高校に何のダメージもない。それが俺な訳だ。
「聞きたい事はそれだけですか?では、私からの話は以上です。それではそう言う事でくれぐれもよろしくお願いしますね?大河くん、貴方が約束を守る以上は私も何もしないと誓いましょう。」
「ああ」
校長から自分のスマフォを返してもらった後、隣でまだずっと納得出来ないでいる母さんを、引きずるような形で出口へ連れて行く。
「それではまた。明日はどうか元気で登校してきてくださいね」
元気で‥か。そんな事出来ないと分かって言ってるんだろうな。最後の最後まで人を舐め切った品のない男だ。こんな男が自分の通う学校のトップだ
「地獄に堕ちろ。クソ野郎」
ありったけの憎しみを込めてそう言い放ち、校長室を後にした。
勝手な事をしてしまった俺を今にも怒りになっている母さんをどうにか落ち着かせ、とりあえず外に出ようと玄関に向かった所で、後ろから誰かが走ってくる音と呼び止める女性の声が聞こえた。
「‥八神」
「‥結城先生?」
結城あおい先生。腰まで届くロングヘアが特徴の、齢20代後半程度だと思われる俺のクラスの担任だ。どんな生徒に対しても真っ直ぐ向き合う先生の鏡のような人だ、と噂では聞いている。他人事みたいに言うのは、俺が今まで特に問題を起こした事もなく、まだ2年生になりクラス替えをして日が浅いからだ。
生徒達からは陰で親しみを込めて「あおいちゃん」と呼ばれている。呼んでいるのがバレた生徒が軽く小突かれたりするのを見た事があるが、そんな事をしても彼女を嫌う生徒を俺は聞いた事がない。
かなり急いで走ってきてくれたのだろうか。そんな先生が息を整えた後、隣の母さんに礼儀正しく挨拶してから俺の瞳をじっと見つめて問う。
「話は聞いてるぞ。すまない‥本来担任である私があの場で同席しないなんてありえないんだが、どうしてもあの校長が誰1人も入れようとしなくてな。授業もないから、保健の先生の代わりに桜木を看ていたんだ」
「美桜は今どんな様子ですか?」
「散々暴れて疲れたんだろうな。今はベッドで眠ってるよ。酷い錯乱状態だったが少し休んだら落ち着くだろう。‥それで八神、私はお前の口から聞きたい。お前は斎藤が言うような事をやったのか?」
眼鏡をくいっと上げ、真剣な表情で俺を見定める先生の目が鋭くなる。
「絶対私には嘘をつくな」というように。
1人置き去りになってる母さんが俺を心配そうに見つめる中、真剣な先生に応じる為、俺も先生の目をしっかりと見据えハッキリと断言する。
「俺は、やってません。嘘ではありません。これだけは信じて欲しいです」
しばしの無言の時が流れた後、先生がふっと笑い表情が少し柔らかくなる。
「やはり嘘をついてるようには見えないな。桜木の様子から見てもおかしいと思ったが、お前に直接確認出来てよかったよ」
「先生は信じてくれるんですか?」
「私はお前だけじゃなく、斎藤の先生でもあるんだぞ?まあ、どっちが悪くてもお前達の先生である事は変わらないがな。信じるも信じないもないさ、ただの確認だ。それで、どうなった?」
校長室で話した事について聞いているんだろう。だが詳しいことは言えない。
俺が苦い顔をしていると、それを見た先生が何かを察したようだ。先生の癖なのかまた眼鏡をくいっと上げる。
「‥言えないか。が、察したよ。大体奴の考える事は分かる。全くあんなのが神聖な教育の場のトップだなんて笑えない話だな」
「その意見には同感です。ですが、先生がそんな事言って大丈夫なんですか?」
「私も彼には恨みがあってね」
およそ自分の上司に対する物言いとは思えないが、先生にも何か事情があるようだ。
「私は私なりにお前の為に出来る事を探そう。私はいつでも私の生徒の味方だ。だから八神、お前は1人じゃない。それに私だけじゃないだろう?」
そう言って俺の隣にいる母さんを見る先生。
そうだ、俺には母さんも、美桜もいる。他の家族にはどう言えばいいかまだ分からないが‥。凛人も10年の付き合いだ、分かってくれると信じてる。
「それじゃあ今日はゆっくり休め。うちのクラスの生徒で露骨にイジメをする不届きものなんていないと思うが、もしそんな奴がいたら遠慮なく私に言え、いいな?」
「はい、ありがとうございます先生」
あの校長を見た後だ。担任の先生が結城先生でよかったと、心からそう思う。
「なに、当たり前の事だ。じゃあまた明日な。すいませんお母さん。置き去りにして」
感動して泣いてしまった母さんが先生にお礼を言い、今度こそ校舎を出た。
2人とも話すに話せない沈黙が続いたが、人通りの少ない場所に来た時静寂が溶けた。
「‥大河、詩音が私の大事な娘であると同時に、貴方も私の大事な大事な息子なのよ」
「‥うん、わかってるよ。ありがとう、母さん」
「ごめんなさい、大河。私今何を言ってあげたらいいか分からない」
母として当たり前だろう。大切などちらかを選べば、もう一方の大切な方を遠慮なく切り捨てている事になる。
あの時は俺を守る為必死になってくれたが、母さんも本当は正解が分からないのだ。
母さんが泣くのを見るのは辛い。でもあの場でどう選択するのが正しかったのか、誰にも分かるはずがなく、母さんも俺もそれ以上何も言えなかった。
俺たちはいつものような和気藹々とした会話もないまま、歩いて家を目指した。




