第4話 紳士な悪魔との攻防戦。突きつけられた苦渋の選択。
軽い準備を済ませた母さんと共に家を出る。俺があまり目立ちたくないと伝えたら、車ではなく徒歩で学校に向かう事になった。
雑談をする気分ではなかった俺を察してか、母さんもいつものようにふざけたりはしてこない。その心遣いのおかげか、今から死地に向かうというのに俺の心は意外にも穏やかだ。
学校につき素早く校長室に向かう。幸い授業中な事もあって誰とも会う事はなかった。一瞬でモブから校内で悪い意味で有名になった為、今はなるべく人と会いたくない。
息を呑んでいる暇はない。母さんが大丈夫よ、と一言俺に投げかけた後校長室のドアを開いた。
豪華な椅子に座っていた中老の男が顔を上げ、俺たちに気付き立ち上がる。
「お待ちしていました。八神さん、お仕事中に申し訳ありません。事が重大なだけに突然の呼び出しをお許しください。大河くん‥君はなんで今ここに呼ばれているか分かっているね?」
そう言う校長先生の表情には、いつも式の演説で見ていたような柔和な笑みはない。紳士的に振る舞ってはいるものの、俺を見る目はどこか鋭く感じ底が見えない。
俺は黙ってうなずく。母さんは俺の様子を見るといつにない真剣な表情になった。
校長に促され、テーブルを挟んで向かい側の席につく。
「八神さん、落ち着いてよく聞いてください。大河くんには友人であり元恋人の斎藤麗奈さんを、付き合っていた頃にスマートフォンで撮った写真で脅した上で、乱暴を働こうとした疑いがあります。それを今日の朝に斎藤麗奈さん本人から同級生達の前で暴露されて、大河くんは逃げ出した。ここまでは合ってますね?大河くん?」
‥言われるのは分かっていたが、こうやって実際に言われると本当に頭にくる。
合ってねえよ。それじゃあ俺がやったと断定しているような語り口だ。沸点を超えそうになるが、話が進まなくなるのでここは我慢してグッと堪える。
「‥はああああ!?!?そんなわけないでしょう!?うちの息子が友達にそんな酷い事するわけないじゃないですか!!第一麗奈ちゃん事は私もよく知っていて、最近も家に遊びに来た事知ってますけども!?そんな様子全然ありませんでしたが!?!?
証拠はあるんでしょうねー証拠はっ!!ていうか麗奈ちゃんみたいないい子が言うわけないと思うんですけど!本当に麗奈ちゃん本人がそんな事したのかしらあ!?あとあと--」
「母さんっ!!気持ちは嬉しいけど今は落ち着いて!!俺が話すから!!」
びっくりした。母さんがここまで話を聞かずに、まるでモンスターペアレントみたいに怒る事なんて本来ありえない事だ。実際今までも何回か人に巻き込まれて呼び出されたりする事はあったが、俺が叱られる事の方が多い。
それだけ母さんは、「自分の息子が女の子を脅して乱暴するなんて事はありえない」と信じてくれている証だ。
今にも血に飢えた狼のように隣で唸っている母さんを必死で宥めながら、俺は校長に続けてくれと目で合図する。
校長は淡々と事務的にまた話を進め始めた。
「その優しい斎藤さん本人が言っている事です。それとその例の動画の目撃者が1人。‥まあなかなか名乗り上げてくれないので大変でしたがね。現場にいた生徒達も1人を除いて大河くんが口々に悪いと言っています。あなたと大変仲のよろしい霧島凛人くんですら渋い顔でしたよ」
「1人を除いて?」
もしかしたら‥と淡い希望を抱いて食い入るように聞き返す。その他大勢の連中等もはやどうでもいい。凛人ならちゃんと誤解を解けば分かってくれる。それより今は-
「桜木美桜さんですよ。酷く錯乱した様子で、口を開けばこちらが何を聞こうとも、君は悪くないと言うばかりで困ったものです。今は保健室で待機してもらっています。」
やっぱり‥美桜だ‥よかった‥本当によかった。
美桜がこんな俺を信じて味方でいてくれたという事実に、身体が歓喜で震えるのを感じる。
彼女を信じていても心のどこかで嫌われてしまったんじゃないかとずっと不安だった。
一番俺を恐怖させていた事が、たった今取り除かれた事で不思議な程に思考が冴え始めてくる。
「斎藤麗奈は今どこに?普通こういう場で告発した本人がいないのはおかしいと思うんですが」
「斎藤さんなら普通に授業を受けている頃ですよ。私も彼女に一連の話を聞いた後、来るようにお願いしたんですが大河くん‥あなたの顔を見たくないそうです。大変言い難い事ですいませんが」
あの女‥自分だけのうのうと‥。顔を見たくないだと?それはこっちのセリフだ。
「‥証拠のスマフォはどうなったんですか?それさえあれば簡単に僕の冤罪を証明できるかと」
「ここにあります。斎藤さん本人が画像と動画を消したようです。斎藤さんは大事にするつもりはないと言っていて、貴方の謝罪と反省する気持ちがあればいいと言っています。
「そうですか。こちらは大事にする気がアリアリなので。そもそもやってない事に対して謝罪も反省もしようがありません。とりあえず僕の物なのでそれは返してもらいます。」
写真が消されていようがいまいが関係ない。日本の警察は優秀な筈だ。そもそもよくよく考えれば捜査さえして貰えればスマフォすらいらないのではないか?
いずれにせよ返して貰おうと校長の方に手を伸ばした時、どういうつもりか、校長は俺が取れないようにスマフォを持ち上げた。
「‥??どういうつもりですか?こっちは真剣なのですが」
「ええ、ちゃんとお返ししますよ。その前に聞いて頂きたいお願いがあるのです。今日お呼びした本題は、実はここからなのですよ」
俺が怪訝な顔をしながら聴いていると、わざとらしくいつもの柔和な笑みを浮かべた校長は、次にとんでもない事を言い出した。
「大河くん、どうか警察に行かないでもらえませんか?」
は?
何言ってんだこいつ。
隣での方からガサゴソと小さい音が聞こえる。横目で見ると母さんが鞄の中を手探りで探しているようだ。
「八神さん、どうかボイスレコーダーの電源をつけずに、テーブルの上に置いてください。まずは落ち着いて話をしましょう。」
「!?!?」
隣で母さんが驚いた表情をしている。渋々母さんが持ってきた物を机の上に置く。
この校長‥母が少し物音を立てただけで何をするつもりなのか見透かしたというのか。
「つまりどういうことでしょうか?」
「簡単に言えば、これ以上この伝統ある我が校の評判を下げたくないのです。貴方も当然入学する学校の事くらい調べる筈ですから、知ってて入学したのでしょう?この学校が何年も前にいじめ問題でニュースに取り上げられた事がある事を。当時は散々叩かれたものですが、腐っても都内有数の進学校なので最近やっと当時のように持ち直してこれたのです。ここでまた警察が動くような事が起きて蒸し返されると非常に困るのですよ。」
ネットで見た事はあるが、俺が生まれる前の話だ。最近では都内の進学校と言えばこの私立『如月学園』が二番か三番に上がるほど、世間にはもう忘れられている過去。
俺も特に気にする事もなく、姉さんと幼馴染2人と勉強を競い合ってみんなで無事に合格し入学した。
「ふざけないでください!!そちらの事情なんて知った事じゃない!!うちの大事な息子を学校の名誉の為に犯罪者にしろと言っているのですか!そんな事は断固として拒否します!!」
激昂する母さんに、それでも校長は涼しい顔で答える。
「これは我が校の生徒を守る為でもあるのです。我が校の名誉が傷付けば生徒達の将来にも影響が出かねません」
「あんたそれでも教職者かッ!!!!」
もう辛抱ならんとその場で立ち上がる母さん。
俺の為に必死になって怒ってくれる母さんを自分の母として誇りに思う。
「僕が冤罪を受けているとしてもですか?」
「ハッキリと申し上げましょう。正直に言えば、誰が悪いかどうか等は些細なこと。警察が介入して我が校から、たとえあなたでなくとも犯罪者が生まれる事自体が問題なのです」
些細な事だと?俺がどんな目に遭っていると思っている‥。
ただ悔しい事に、やり方は腐っているが校長の言い分は頭では理解できる。責任者として高校を守るのは当然なのかもしれない。
でも、それでも俺は‥。
「それでも断る、と言ったら」
「こちらとしても最後の切り札を出すしかありませんね」
「それは‥何でしょうか?」
「今から私が言う事は、あくまでただの独り言ですよ」
そう言った瞬間、柔和な表情を崩さなかった校長が、一瞬だけ醜悪な笑みを浮かべた事を俺は見逃さなかった。
「姉の詩音さん、我が校が全国に誇る軽音楽部のエース!成績優秀!容姿端麗!まさに我が校の未来の宝ともいえる人物です!ああ、私も彼女の歌声は間近で聞いた事がありますが、こんな綺麗な歌声は聴いた事がない!!そんな彼女は全国で一番難しい音大の声楽科志望だそうじゃないですか、当然このまま行けば余裕で受かるでしょう!!」
突然ミュージカルの演者のように語り出す校長を冷めた目で見る俺。
‥凄く嫌な予感がする。
「茶番はいりません。切り札とは何ですか?」
「では遠慮なくハッキリと。音大の試験の面接で必ず落ちるよう細工させてもらいます。私はこの大学の責任者の方と偶然関係がありましてねえ、強い弱みを握っていますから」
そんな事‥出来るのか?分からない。分からない事には人間は恐怖を抱く。
僅かでも出来る可能性があるのでは?と不安に思ってしまう。
「そんな事、出来るもんですか!!!そんな脅しには屈しません!!!」
俺より先に母さんが校長に噛み付く。放っておいたらそろそろ手が出そうなくらい母さんは激怒していた。
「ええ、そう思うならそれで結構です。私がどれだけお願いしても選択権は貴方方にある。そんな事出来るわけがない、そう思うのは当然でしょう。映画やドラマの中でしか聞いた事がないでしょうからねえ。ですが考えてみて下さい。なぜ出来ないと言い切れるのですか?私のように教育で責任ある立場であり、業界をよく知っている訳でもないのに!その上でもう一度言いましょう!私には詩音さんの進路を阻めるだけのコネがあると!そして覚えておいて下さい。この世界は貴方方2人が思っている以上に、実に理不尽で醜い」
脅しなのか、本当なのか審議は分からない。
世界は理不尽で醜い‥か。
ああ、そうだろうな。あんた自身が醜いんだからあんたが見る世界もそりゃあ醜いだろうよ。
ただ‥校長の言う事が本当の可能性が1%でもあるのなら‥。そんなもん、俺の選択肢は一つしかないじゃないか。
俺は姉さんが音大に行く為に、相当な努力をしてきた事をよく知っている。そんな姉の進路を俺の手で奪うような事は1%でもあってはならない。
俺にだって自分を犠牲にしてまで守りたいものがあるんだから。
《読んで下さっている方へ》
以下作者の独り言
今回の話はかなりの長時間悩んだ末‥やはり警察等の公権力ってガッツリ絡むと物語が急激につまらなくなると考え、この展開になりました。
あと、序盤シリアスで辛い展開が多くてつらいと言うお言葉を頂いています。後3話程で鬱展開が終わりまして、それから毛色が変わります。なので、是非最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。次回3話連続投稿予定。
頂いたコメントは全て目を通しております。いつもありがとうございます。




