第3話 血の繋がりなど僅か程も気にならぬ優しさで包まれて
教室を出た俺は、かつてない程の身体の異常を感じながらも何とか家に帰ってきていた。
というより家に帰る他に無かったと言う方が正しい。当然あんな出来事の後で学校には俺の居場所は無く、せめてもの気分転換で外で涼んで頭を整理しようかというような心の余裕もない。
幸い母さんは仕事に出ており、姉さんも妹も学校に行っている為、今は家に俺一人だ。
(‥酷い顔だな。)
洗面所の鏡で自分の顔を見て思わず呟く。心なしか一回り以上自分が老け込んだ気がする。
帰宅した直後吐き気を我慢しきれず全て出し切ったせいか、気分はほんの少し良くなった。いつ頭が割れてもおかしくない程の頭痛も、強い鎮痛剤を飲む事で今はかなり落ち着いてきている。
身体は幾分か回復したものの心の方はそううまくはいかない。自分の部屋に入った俺は、ベッドに仰向けに後ろから倒れ込んだ。
目を瞑りながら落ち着いて深呼吸を繰り返す。少しはまともな思考が出来るように落ち着いてくれる事を祈りながら。
しかし思考がクリアになればなるほど、無慈悲にも思い出したくもない光景が脳裏に蘇る。
お前は今日天国から地獄へと突き落とされたのだと。
消えようのない残酷な記憶が俺に容赦なく現実を突きつける。
悪い夢さ‥と現実逃避しようにもそうはいかない。今日は逃れても、嫌でも明日という日は来て学校に登校する義務が生じるのだから。
逃げられないなら打開策を自分で考えるしかない。
俺は凛人ほど頭も良くないし、こんな時に冷静でいられるような気概もない。
ただそんな凡人の脳でも、俺がこれからやるべき事で一つだけ明確な事がある。
まずは冤罪を晴らし、その上で俺を罠に嵌めた斎藤麗奈を追い込むこと。
それが今の最優先事項。ここまで徹底的にやられると、もはや嫌いとかそんな生半可な優しい感情は湧かない。憎しみ‥いや今は冷静さを欠いているためかそれ以上の強い感情すら感じる。
具体的な行動としてまずは警察に行って‥うーんスマフォを先に取り返した方がいいのか?全然わからん。
身体は正直なもので、そろそろ限界を感じたのか色々と考えを巡らしていると急激に眠気が襲ってきた。
ゆっくりと眠りに落ちる前に一番大事な事を思い出す。
そういえば美桜はどうしてるだろうか‥。彼女の泣き顔を思い出すだけで心臓が潰れてしまいそうな程鼓動が速くなる。
あの時何としてでも手を引いて一緒に教室から出た方が良かったのだろうか。
いや‥思いたくないが麗奈の戯言を純粋な美桜は信じてしまっていたとして今は俺1人で出てきたのは正解だったのではないか。
どちらにせよ美桜が心配だ。まあ凛人がいれば全部大丈夫だろう。周りの連中も美桜の事は気にかけるだろうし。
それにしても‥もっと笑顔にするって誓ったのに。
一番大事な人を俺が原因で泣かせる事になるなんてな‥
‥美桜‥‥
◇ ◇ ◇
「-が!--いが!ねえ大河!!起きなさい!!」
誰かに叩き起こされて急いで目を開ける。全然眠れた気がしない。時計を見ると眠りについてからまだ1時間半近くしか経過していない。
前を見るとスーツ姿のアラサー女性が立っていた。
「‥母さん?」
「もうっ!学校に大河と2人で来いって言われたから仕事ほっぽり出して帰ってきたのよ?しかも校長先生直々のお電話で!心配して急いで帰ってきたのにあんたときたら‥」
ふざけて母さんが俺のほっぺをつねろうとしてきた。まだ寝ぼけて無抵抗の俺はなすがままに引っ張られる。しかし俺の顔をちゃんと見た途端母さんの手が止まった。
「あんた‥何て顔してんのよ‥。大丈夫???」
俺の顔がそんなに酷かったのか心底心配した様子で聞いてきてくれた。その優しさに、俺は何も言えなくなる。少しでも気を抜いてしまうと年甲斐もなく泣いてしまいそうだから‥。
「まあ、あんたの事だからまた何か巻き込まれたんでしょう?大丈夫よ!私がついてるからね?」
いつもふざけてばっかのくせにこんな時に見せる母さんの優しさに、我慢しきれず涙が一筋ぽろりと流れ落ちた。
「おーよしよし!撫でてあげよっか??」
「い、いいって!」
俺は照れ臭くて、ふざけて撫でようとしてくる母さんの手を軽く振り払ってしまう。そんな俺を母さんは優しい目で見つめる。
教室での出来事の後、俺の味方なんかもう誰もいないんじゃないかって思った。もしかしたら‥美桜さえも俺の元から離れていくんじゃないかと不安に押しつぶされそうで‥本当に怖くて‥。
だから今母さんの優しさに触れてかなり救われている自分がいる。
そうだ‥大丈夫だ。俺にはまだ家族という大事な存在がいる。
実を言うと俺と母さんには血の繋がりはない。小学生の時に死んだ父さんから、今日からこの人が俺の母だと紹介された。実の母親は写真でしか見たことがなく、母さんが自分に出来た事が素直に嬉しかった記憶がある。
本当の家族じゃないと言われれば、血の繋がりを重視すればそうなのかもしれない。
でも俺にとっては父さんに紹介されたその日から母さんは母さんだった。特に反抗する事もなくずっと仲良くお互いに支え合い暮らしてきたのだから。
あまり眠れなかったものの、家族の優しさに触れた事で寝る前とは比べものにならないくらい身体が軽くなった気がする。
「‥学校に呼ばれた理由、聞かないのか?」
「ふふ、どうせ言いたくないんでしょ?行ったら分かるし別にいいわよ!」
普通は今、俺が母さんに話すべきなのは分かってる。どうせ学校に行けば全部分かる事も。でも‥こんな時に何言ってんだよと自分でも思うが、内容が内容だけに自分の口から母親に話すのは忍びない。
「ごめん、母さん‥色々と。でもこれだけは言わせて欲しい。向こうで色々と言われるだろうけど、俺全部やってないから。」
すると当然そんな事知ってるよと言わんばかりに
「あたぼうよ!!」
最高の笑顔で母さんはサムズアップしてくれた。




