ヘルマンたちの事情(下)
「親子に関してはボクが調べれば、本当かどうかは分かるさ。どうだいフリーデ」
「好きにして。それより、カガンのことを放っておく訳にはいかないと思う」
「しかしお嬢さま、それではご出立が」
エルフリーデは項垂れる親子とクラリスを交互に見つめた。
「ヘルマンたちが嘘をついているのなら、問題は無いのかもしれない。でも本当にカガンが私を目的にしていたら、それを知るべきだわ。自治区への道中、後ろから刺されない為にもね」
「たしかに――しかし、どうされるおつもりですか」
「簡単よ。直接、その若頭とやらに訊くわ。もちろん、私は行けないから代わりの者にね。クラリスとアディは顔が知れているでしょうから」
エルフリーデ、クラリス、アディの視線が同時にトーマに集中した。それまで、固唾を飲んで成り行きを見守っていたトーマだったが、
「お、俺?」
慌てて自分を指さす。
「当たり前じゃない、他に誰がいるのよ」
「そ、そうだけど。俺一人でヤクザに乗り込むんですか?」
「莫耶も一緒に行けばいいわ。経験豊富だもの。彼女に任せておけば安心でしょ」
「いやまあ、そりゃそうだけど」
別の意味で心配がある。果たしてあの莫耶が、ならず者相手に穏便にことを進められるのか。
「では決まりね。私とアディ、トーマは一度宿に戻って、カートと莫耶を待つわ。
クラリス、あなたはここにいて、彼らが逃げないよう見張っていて。後でなにか食べるものを届けさせるから。あとヘルマン、顔を上げなさい」
顔を上げた老人の目には、涙が溜まっていた。
「お前が私たちに嘘をついていたのは許せない。でもそれと娘さんの身体のことは別。クラリスには余分に食べ物を届けるから、それを分けてもらいなさい。
罪を償うつもりなら、ちゃんと食べて体力をつける事ね」
老人のすすり泣きに背を向け、エルフリーデは顔にヴェールをかけ直した。
「まさかこんなことになるとはね。カートにもいろいろ動いて貰わなくちゃ」
* * *
さて、そのカートであるが。
彼は布に包んだ莫耶とともに、裏路地にある茶館にいた。茶館の主人はセトの旧知で、たびたび大事な商用で使っているらしい。
「わざわざ、ここまでご足労いただき恐縮です」
セトが丁寧に頭を下げ、茶を二人分注いだ。
「外は暑かったでしょう。ここは裏通りですし、この部屋は風の抜けも良いのですよ」
茶館の奥まった個室では、表の喧騒も遠くに聞こえる。周囲を見回せば、品良く整えられた調度品や敷物に茶器。
茶館の一室というより、どこか大邸宅の応接室を思わせた。
――余計な前置きは良い。さっさと本題に入れ。
待ちあぐねた莫耶が、セトの頭に直接語りかける。同時に、セトの濃い髭に覆われた口元に、おもちゃを貰った子どものような笑みが浮かんだ。
「ほう、これはなんとも不思議な感覚ですな。私たちが《アカシャ》から受け取る記憶と似ているようで違う。
いや、これ以上はまた彼女に叱られてしまいますな。では、お売りしたいというお品物を拝見したいのですが」
「こちらにございます」
カートが卓上に置いた布の包みを開き、丁寧に柄を抜いた。剣身に刻まれた波模様が、あたりの空気を涼やかに揺らめかせる。
「なるほど、これが噂の干将・莫耶の片割れ。聞きしに勝る、筆舌に尽くし難い美しさですな」
――ほほう、お主、やはりものの価値がわかっておるではないか。凄腕の商人という評判どおりじゃの。
途端に莫耶が上機嫌になる。
「前の持ち主は女性だったとか」
「あー、そう聞いてますね。名前は藍璃。なんでも、トーマや莫耶の記憶では、まだ二十代前半の若さだったそうで」
「名前が分かっているのは有難いですな。では失礼」
卓上からそっと掲げるように持ち上げ、剣首から剣尖まで子細に検める。
柄の傷や減り具合、剣格に刻まれた花綱模様、柄と鞘に施された銀細工。その眼光は目利きの古物商のそれであった。
「素晴らしいですな。柄と鞘に細かな傷はあるものの、剣身にはわずかな傷みも見られない。
剣が丈夫ということもあるのでしょうが、無理な戦い方をしていない。すなわち、持ち主がたいそうな手練であったことの証明です」
――ふむ。で、そこからお主はどうするつもりじゃ。
「剣についての情報は揃いました。あとは照合をするだけです」
――ふむ。照合……。
「しばしお待ちください。では失礼」
卓上で両手のひらを合わせ、セトは目を閉じた。商人らしからぬ穏やかな微笑みを口元に浮かべると、そのまま、彫像のように動かなくなった。
――なるほど、これが照合とやらなのか。
「アディから聞いたけど」
カートが莫耶に説明する。
「いまのセトの中には、あちこちに居る預言者や巫女から渡された、《双剣を使う凄腕の女剣士》についての記憶があるらしい。
それらの記憶と、いまセトが見た莫耶についての細かい状態を、ああやって照らし合わせている――ということだな」
――ほほう。ゲルド族にしか出来ぬ芸当じゃな。
「いや、似たようなことを魔導兵士がやっているのを見た事がある。たしか情報部の連中だった。あれは今から考えれば、《魔導回路》でゲルド族の能力を再現していたんだな」
――なるほど。アディが聞いたらなんと思うかの。
「そりゃ怒るだろ。ゲルド族の能力は《アカシャ》からの神聖な賜物とやらだからな」
――じゃろうなあ。ふん、なんじゃ、お主、今日はずいぶんと喋るではないか。
莫耶にそう言われて、カートは無言で冷めた茶に口をつけた。
エルフリーデとトーマ、クラリスたちは買い物を楽しんでいるだろうか。なにごともなく無事に過ごせていたらいいのだが。
セトが大きく息を吐き、背筋を伸ばした。眩しげに目をしばたき、
「少しだけ、分かりました」
茶器に手を伸ばし、口を湿らせた。
――少しだけか。それでも良い。有難く聞かせてもらおう。
「大災厄より十年ほど前、江湖で名を馳せた女暗殺者が、これと同じ剣を遣っていた――記憶にはそうあります」
――なんと、つまりは殺し屋か。
「《妖月》、そう呼ばれていました。凄腕の双剣遣いで、素顔は決して明かさず、主に悪評高い商人や金貸し、裏稼業の親分なんかが対象だったそうで」
――ふうむ。
「名を轟かせたのは、五年ほどでしょう。しかし、ある時を境にぱったりと姿を消している。噂では足を洗い、西側に渡ったとか」
「噂は本当かもな。それなら、莫耶が屋敷に眠っていたことの説明がつく」
――たしかにそうじゃ。しかし、その様子では、干将の行方は分からなかったようだの。
「残念ながら。しかし、ある記憶から面白いことが分かりましたよ」
――なんじゃ?
「記憶を残したのはヨシュアという追放者です。彼は追放者なので記憶を直接アカシャに残すことは出来ないのですが、巫女に語ったことが記憶されておりました」
――ほほう。
「このヨシュアという男は流れ者で、あちこちで用心棒をしていた男です。この男の妻が誰だと思います? あのエミリア・ローゼンクロイツですよ」
カートと莫耶が同時に息を呑んだ。
「彼が遺した言葉によれば、当時、王都に住んでいた賢者ベドガーには弟子が一人いて、東方人だったと」
卓上の莫耶と、向かい側に座るカート。順番に視線をやって、セトは静かに告げた。
「彼の名前はトーマ。お二人さん、これは、単なる偶然でしょうかね。いま我々がトーマと呼んでいる彼は、いったい何者なんです?」




