第3話 放課後
僕はギャグが好きです。こういうテンションの話が好き。先の話と色が違いますが、ほら、虹の色は虹色だからさ。そういうこと。……は?
2016年7月7日
「ここは……」
吹奏楽部のチューニングの音、野球部がボールを打つ音。騒がしいはずなのに、どこか静けさが混じる……そんな放課後特有の空気感。目を覚ますと、俺はそんな放課後の教室にいた。机に突っ伏して寝ていたようだ。
状況を確認する。まず驚いたのが、服が変化しているということ。半袖のポロシャツにスラックスになっていた。そしてスマホを取り出した。何世代か前の古い機種になっていた。スマホで日付を確認する。そこには、2016年7月7日と表示されていた。
「ほんとに過去に戻っているんだな……」
少しほっとした。あの女がただの妄言吐きで、何も起こらない可能性もあったわけで。名前とか、記憶のことを知っていたから何となく信じてしまっていた。
まあ……こうやってちゃんと過去に戻ることができても、顔も見えなかったし、名前も聞き取れなかったから、怪しい人物に変わりなかったが……。あいつが今後、俺の高校生活にどう関わってくるのかが、気がかりだ。
教室を見渡す。俺が寝ていた机は、教室の窓側の一番後ろだったので、教室をぐるりと見渡すことができた。2016年ということは、俺は高校二年生だ。そういえば高校二年の夏、俺はこの位置で授業を受けていたな……。
「……こうやって高校生に戻ってみると、色々思い出すな」
なくなっていた記憶のピースがどんどん埋められていく。この高校二年生の七月の時点までの記憶が蘇った。俺、桐島祐介は、私立臨海高校に通う高校二年生。成績は中の中。平々凡々な生徒だ。
この頃からギターを弾くことが趣味だった。高校に入ってから、家にあった父親のギターをいじり始めたのがきっかけだ。
そして週末は、先ほど同窓会で一緒だった五十嵐誠也とカラオケに行ったり、俺の家でゲームしたりして遊んでいる。
そして、部活なのだが―――
ガラガラガラッ!
突然、教室の扉が勢いよく開く。それに驚き、俺はそちらを向く。そこには、眼鏡をかけた、真面目そうな女子がいた。制服はきちんと着こなしていて、スカート丈は長め。髪は肩まで伸びている。
「おい、祐介。部活行くぞ!」
見た目とは裏腹に、ハキハキした通りのいい声で、俺を呼んだ。
「……五ヶ谷、華子」
俺が所属している部活は、文芸部だ。
*
私立・臨海高校は、至って普通の高校だ。生徒数が多いわけでもなく、学校の敷地が広すぎるわけでもない。ひとつ特徴があるとすれば、部室棟の空き部屋の数が多いということだ。創設者の意向で、部活動を活発に行えるために、4階建ての部室棟に、教室の半分サイズの部屋が敷き詰められている。しかし、過剰に用意された教室のすべてを使い切るほど、この学校には部活は存在しない。他校と比べると多いほうではあるのだが……。
一部の生徒や教員からは、部室棟は「臨海のゴーストタウン」なんて呼ばれている。地方都市のシャッター街のようなガラガラな様子から、そう呼ばれ始めた。
そんな有様だからか、空き部屋状態の部室が多いことを理由に、各部活にひとつ、またそれ以上の部室が割り当てられている。
だから、本来、俺が所属する文芸部なんて、どこかの部屋を放課後だけ間借りするくらいで十分なのだが、3部屋も用意されている。四階の角に三部屋まとまって存在している。その一番端が、俺たち文芸部がメインで集まって使用している部屋だ。
部室には壁に本棚が並び、中央に会議用の長机がどっしりと構えている。それを囲うように、俺を含め四人の部員が座って、小さい紙に単語を書いていた。
「それじゃー、書けたらこの箱に紙を折っていれてねー」
先ほど俺を教室からこの部室へ連行した眼鏡女・五ヶ谷 華子は、俺の右隣で、先ほど俺たち部員に配った三枚の小さい紙を回収する。「ほら祐介も」とそそのかされて、言われるまま、紙を折りたたみ、箱に入れる。
「はい、それでは今日の短編のお題を発表します」
五ヶ谷はそう言うと、先ほどの箱から紙を三枚、無作為に抽出し、折りたたまれたそれを抽出する。そこには、「天然水」「第7次元」「肉片」と書かれていた。
「さあーこの三つのお題で短編を書いていただきやーーす!」
「ちょっと待てコラ」
俺は五ヶ谷を制止する。
「なんでよー。『三題話』において、お題は絶対だぞ」
「三題話の趣旨は理解できているさ……だが、限度ってもんがあるだろうが!」
三題話。部員が三枚の紙に適当な単語を記し、それを集め、中から三つを無作為に取り出して、その単語をお題に短編をしたためる、というものだ。だが、時々悪ふざけで意味不明なワードを混ぜる輩がいる。そうすると、難易度が跳ね上がるのだ。
俺が顔をしかめつつ、五ヶ谷に話しかける。
「なあ、五ヶ谷…… 第七次元とか、肉片とか書いたのは……お前か?」
「もちろん!」
「やり直しを要求する!」
「却下!」
五ヶ谷の強い否定を食らい、成す術もなく俺は引き下がった。
五ヶ谷華子。俺と同じ二年生にして、文芸部の部長だ。見た目は先ほども書いた通り真面目そうな眼鏡女だ。お下げにしていないだけまだ地味ではないが、制服の着こなしから、品行方正を絵に描いたような見た目をしている。
「最高でしょ、肉片! 第七次元! みんなにはこの単語で大スペクタクル短編を作ってもらうわよ!」
―――だが、この通り、頭のネジが外れた、かなりぶっ飛んだ女だ。俺たち文芸部員は、毎日こいつの災害みたいなテンションに付き合わされている。
「あの」と、俺の向かいの女子部員が、手を挙げ、発言する。
「五ヶ谷先輩、大スペクタクルなのに短編って、何かおかしくないですか?」
「論点そこかよ!」
「短編というよりショートショートみたいな感じですし、そこに大スペクタクルを持ってくるのは、なかなか高度ですね……。そう思いませんか、先輩!」
「考察をするでない……」
思わず俺がツッコむ。この、どこかずれている女の子は、弓木絵里。俺の後輩で、一年生だ。若干明るい茶髪を後ろで縛り、ポニーテールにしている。常にフワフワしていて、つかみどころがない。
「祐介先輩、おかしいところは指摘するものですよ」
「いやいや、もっと突っ込むところあるだろ。お前はこのお題で書けるのか? 短編」
「……無理です」
「だろ? 相変わらずだな、お前……」
「天然水なんて、どう扱えばいいんですかあ!しぇんぱい~~~~~~!!!」
「そこじゃねえええええええええええええ!! どう考えてもえげつねえダークマターはもう二つのほうだろうが! 天然水はむしろ救いだろ! 砂漠に現れるオアシスだろ!」
「第七次元とダークマターを掛けるなんて、祐介、あんたうまいこと言うね」
俺の弓木へのツッコミの間隙に、五ヶ谷がにやりとしながら一言。
「茶々を入れるんじゃねえ、五ヶ谷! お前のせいだぞ! そしてあんまうまくねえよ! どこに掛かってるんだよ!」
ああもう、収拾がつかない!
「……とりあえず、書いてみませんか?」
弓木の隣にいた女子が、小さめの声で発言する。そちらのほうを向くと、声の小ささとは裏腹に、大人びた女子が、姿勢よく座っていた。彼女は河合凛子。女性にしては身長が高く、一見先輩に思えるが、こいつもまた後輩。黒髪ロングが似合う、和風美人だ。
「河合、お前なあ……書けると思うか?」
「祐介先輩。私のことは、名前で呼んでほしいな」
俺が質問すると、彼女は長い髪をかき上げ、不敵で色っぽい表情を浮かべて言った。言われるがまま、「……ええっと、凛子」と、俺が呼ぶ。すると、さらに色っぽくなり、
「はい、先輩♡ なんだか、結婚してるみたいで素敵ですね。このまま婚約などいかがでしょう」
「なんでそうなる!」
河合凛子は、普段はおとなしいのだが、俺に対してはいつもこんな感じだ。本気なのか本気じゃないのか、いまいちわかりづらい。こうやって、五ヶ谷や弓木と違ったベクトルで調子を狂わせてくる。
河合……いや、凛子は話を続ける。
「私も先輩って呼ぶのはよそよそしいから、『祐介さん』って呼ぼうかな。……祐介さん。祐介さん? ……ゆ・う・す・け・さん♡」
「却下だ! 俺は先輩だ! それ以上でもそれ以下でもない!」
「祐介先輩……あ、祐介さんは祐介さんですよ。あきらめてください」
「……もう、助けてください」
俺は机に突っ伏し、項垂れる。過去に戻ってきて、すぐにこのテンションに付き合えって言うほうが難しいだろう。同期の暴走、それこそ発想が第七次元に行ってしまう後輩、静かかと思ったら猛烈アピールをしてくる後輩……。
俺の高校生活って、こんな感じだったのか? 認めたくない。
俺が机に突っ伏していると、五ヶ谷が話を始めた。
「凛子ちゃんがこう言ってるわけだし、書こうじゃないか! ほら祐介、書け。部長命令だ」
結局、「天然水」「第7次元」「肉片」の三つのお題で短編を書くことになった。短編というより、長さ的にはショートショートなのだが。
部員全員が筆を執る。
先ほどの喧騒が嘘のようだ。
騒がしいときは騒がしいが、静かなときは静か。
この部活のそういうところが、ちょっと好きだった。まるで小説のようで、面白い。過去に戻って良かった、と思えた。
恋わずらい/椿屋四重奏
椿屋四重奏に失礼、というツッコミはナシで頼むぜ。聴いてたんだからよ。




