第4話 三題噺
クリスマスが今年もやってくるわけ。ターキーじゃ ビールじゃ ハイボールじゃ ケーキじゃ
女の人?知らないですね
BAR「第七次元」。この奇妙な店名のバーは、地方都市の歓楽街の路地裏にひっそりと佇んでいた。
今日もこのバーに、様々なお客様が来店する。
―――おっと、紹介が遅れちまったな。俺の名前は桐島祐介だ。このバーのマスターだ。今日もバリバリ働くぜ。
店の扉が開き、ドアベルがカランカラン、と子気味良い音を立てて、来客を知らせる。
「まだやってるかしら」
そこには、赤いドレスを着た女が立っていた。
「ええ、やってますよ」と返すと、女はカウンターに腰を掛け、「マスター、いつもの」と注文する。
このお客様は、河合凛子。このお店をひいきにしてくれている常連だ。
早速、俺はカクテルグラスを用意する。そして、戸棚からスピリタスとマッカランを取り出し、順番にシェイカーに注ぐ。そしてシェイカーに氷を入れ、シェイカーを振る。グラスに注ぎ、塩を一つまみ。最後にミントの葉を添えて完成だ。
「お待たせしました。当店オリジナルカクテル『肉片』です」
「ありがとう、いただくわ」
凛子は一気に『肉片』を飲み干す。クレイジーだ。
すると、凛子は人が変わったように大きな声で、
「おい! もっとよこせ!」
と注文する。クレイジーだね。
「た、ただいまっ」と、俺は焦りながら返事をする。俺は怒られるのが怖い。後でママに慰めてもらわないとしんぢゃう。
『肉片』は非常に優良なお酒を掛け合わせた優秀なお酒だが、飲む人が飲むとこうなってしまう。哀しい性だね、『肉片』。俺はグラスに天然水を入れ、それを提供する。これ以上荒れると困る。
だが、凛子はそれに気が付いたようで、
「おい。私に向かって舐めたモン提供してくれたなぁ? てめえ、犯すぞ!」
「ひぎい、や、やめてえ!」
―――こうして俺は、凛子と結ばれることになった。BAR「第七次元」は、今は二人で切り盛りしている。凛子の意向で、店にスピリタスしか置かなくなったのは、ほかの客には内緒だゾ☆
*
「あほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は叫んだ。声帯が擦り切れんばかりの絶叫。
「祐介、どうかした? 結構オトナな作品に仕上がったんだけど……祐介には、まだ早かったカナ?☆」
「なんだよ、『肉片』! アルコールしか入ってないぞ!」
ちなみにスピリタスのアルコール度数は96%。消毒液よりアルコール度数が高い。下手すると火が付く。マッカランはウイスキーで、40%ほど。これでも十分度数は高いが、マッカランでスピリタスのアルコール度数を下げているのが最高に狂っている。せめて割材は入れましょう。
先ほどの怪文書は、五ヶ谷がかき上げた作品だ。どうねじ曲がったらこんな暗黒物質を生み出すことができるのだろうか。
「わからないかなあ凛子と祐介の親密さ。肉片はふたりの象徴なんだよなあ」
「どうやれば男女の関係の親密さを悪魔的カクテルで表現できるんだ! あと勝手に人の名前を使うな!」
「半分真実でしょ」
「勝手に俺と凛子をくっつけるな!」
そんなことを言うから、向かいの凛子が、弓木の小説を読みながらチラチラこちらを見てくるじゃないか……。凛子の視線を無視し、俺は五ヶ谷の小説を真面目に批評する。
「五ヶ谷、短編とはいえ所々雑だぞ。百歩譲って『肉片』で話題を取ろうとしたのはいいが、そのあとの展開が無茶苦茶すぎる。俺と凛子をくっ付けたいっていう最終目標があるのは何となくわかるが、この急展開はついていけない」
「まあ、無茶苦茶にしたし」
「テーマの使い方も適当だな……まあこれは自業自得ってやつか。自分でうまく扱えないテーマを三題噺に持ってくるな」
「うう……ごめんなさい」
五ヶ谷は肩をすぼめて謝った。こんな風に大人しければ、いたって普通の真面目な生徒なのだが……。
「あれ?」
唐突に、凛子が何かに気が付いたらしく、つぶやいた。凛子が続ける。
「絵里ちゃん、これ途中で終わってるね……」
どうやら、弓木は書ききれなかったようだ。弓木は、若干気まずそうに、凛子から目をそらした。それに対し五ヶ谷が、申し訳なさそうに絵里に声をかけた。
「絵里ちゃん、もしかして時間が足りなかった? 早く切り上げ過ぎたね、ごめんね?」
「あー、いえ、ちょっとテーマ的に書きづらくて……」
弓木は、ばつが悪そうに返答する。
「弓木、今回のテーマは変なのばっかりだから、あまり気にするな」
と俺がフォローし、凛子もそれに同意するかのように首肯する。
「すいません……どうしても、『天然水』が引っかかっちゃって……」
「本当にそこなのかよ!?」
「『第七次元』と肉片の親和性を見出すところまではうまくいったんですけど、そうなると『天然水』がどうしてもハマらなくて……」
「なんか、数段上の高みに居るな、お前……」
真面目だが、常人の理解し得ないところに首を突っ込んでしまうのが、弓木絵里という後輩だ。
それを聞いた五ヶ谷は、「じゃあ、未完なら回さないほうがいいかな?」と発言し、皆が肯定する。
「まあ、こういう突拍子もないテーマだろうが、関連しているところとかをうまくリンクさせる能力って大事だわ。『第七次元』も『肉片』も、このテーマに合う舞台設定をしてあげれば、案外輝くものよ」
と、五ヶ谷が悟ったように語った。
(いやお前、あんまりテーマを生かした作品ではなかっただろ……)と口が滑りそうになったが、何とか止めた。
「じゃあ、凛子は俺の作品を読んでくれ。俺はお前のを読もう」
と、俺が提案した。それを聞いた弓木は、俺の作品を凛子に渡した。それと同時に、俺は五ヶ谷が読んでいた凛子の作品を受け取ろうとする。しかし、五ヶ谷はそれを拒んだ。
「おい、どうした?」と俺が訊いた。すると、五ヶ谷は苦い顔をして、
「……これ、『第七次元』と『肉片』と『天然水』をふんだんに用いたアンタへのラブレターだけど……それでも読む? アンタ、たぶん落ちるわよ、これ」
「……遠慮しときます」
机を挟んだ向こうから、不気味な視線を感じる。河合凛子は、入部してからずっと、俺へのラブレターを書き続けたせいで高度な文章作成能力を身に付けた。その高みに上ってしまうと、『第七次元』、『肉片』、『天然水』でラブレターを書けるらしい。それも一級品の。……後輩の才能の開花に間接的に関わることができて、俺は嬉しいです。
キーンコーンカーンコーン……
凛子が俺の小説を読み始めたタイミングで、下校のチャイムが鳴った。
「あれ。もう下校時間? 時間が経つのは早いねぇ」
チャイムの音に一番最初に反応を示したのは五ヶ谷だった。
凛子は「まだ読み始めたばかりなのに……」と頬を膨らませて拗ねていた。
「じゃあ、俺の作品は持ち帰っていいから。どうせ今日の奴は残しておいても仕方ないし」
自分でも、今回の作品は上手く書けている自信はない。テーマがテーマだったのもあるが、思いつくものが壮大になりすぎて、まとまりがないものになってしまった。先ほど弓木が言っていたのは、意外と的を射ていた。紙一枚にこのテーマを収めるには、どうも実力不足だ。
「祐介さん……! ありがとうございます! 家宝にします」
と、凛子が感激しながら俺に感謝の意を述べた。
「紙切れを家宝にするな」
「じゃあ食べます」
「山羊かよ」
「祐介さんに動物扱いされるのも悪くないですね……」
「凛子、それ以上はいろいろとまずいからやめれ」
俺はこの後輩がどこへ行ってしまうのかが不安で仕方がない。いや、逆にこちらにぬるりぬるりと近づいてきているのか……。
凛子の怒涛の迫り方にあくせくしていると、弓木がいつの間にか俺の横にいた。若干不機嫌そうだ。「どうした?」と俺が訊くと、
「私も名前で呼んでほしいです、先輩」
「……お前もか」
「だって、りんちゃんだけずるいです! 先輩はほら、もっとハーレム街道を突き進むタイプの人間ですし、名前の呼び方でヒロインに差を作ってはいけないと思うのです」
「ハーレム街道ってなんだ!? 突き進んだ覚えがないし、勝手に変なキャラ付けをするな!」
「でも、私や華子先輩には苗字呼びっていうのも、なんだかよそよそしいと思いません?」
「ま、まあ、確かにな……」
「私もこの部活に入部してそこそこ経ちますし、いいでしょう、先輩?」
「仕方ないな……絵里」
「はい、祐介先輩!」
俺が名前を呼ぶと、絵里は満面の笑みで返事をした。こういう強引なところが、彼女のいいところでもある。気恥ずかしいけれど。
そんなやり取りをしているうちに、太陽が山際に沈んでいき、夜の帳が街に降りてきていた。
「はいはい、いい感じに部員たちの関係が深まったところで、そろそろ帰るよ。早くしないと先生に怒られるぞー」
と、五ヶ谷が俺たちの帰宅を促す。もともと文芸部なんて、他の部活と違って、あまり道具を使わない。だから、撤収は迅速。みんなはすぐに部室を出て、最後に五ヶ谷が鍵を閉めた。
*
校門を出ると、凛子と絵里、俺と五ヶ谷で帰り道が分かれてしまう。俺と五ヶ谷の家はかなり近いため、帰りはいつも一緒だ。
「じゃあ先輩方、また明日!」
と、絵里が元気よく手を振る。その後ろで凛子が小さく手を振っていた。
「二人とも、気を付けて帰るんだぞ」
二人にそう声をかけて、俺は帰路を歩く。しかし、五ケ谷が付いてこない。
「五ケ谷、どうした? 帰るぞ」
「……私も名前で呼べよ、馬鹿」
「……なんか言ったか?」
「なんでもないわ、ボケ」
茶の花/FoZZtone
ふぉずとーんはいいぞ




