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逆・バタフライエフェクト  作者: 鳩尾 殴
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第2話 二周目の青春

 

 誠也って結局、何者だ? 野球部にそんな奴、いたか? 俺は、あの男といつも遊んでいたのか?


 顔を見た瞬間、「いたような気がする」感覚だけは脳裏にこびりついた。しかし、それ以上の彼の情報が一切頭の中に浮かばない。

 あの場にいた全員がそうだ。「見たことはある」程度の認識で終わり、名前もそのほかの人間的特徴も全部、思い出せない。


 俺の記憶の中には、高校時代の思い出が一切存在していないのだ。


 誠也から同窓会の誘いのLINEをもらった時、先ずトークの履歴を確認して、大体の関係性を掴んでから返信した。同窓会中は彼の話に相槌を打ち、当たり障りのない返事ばかりをしていた(酒で酔っ払えばある程度適当でも問題ないと思った)。


 時間の経過による記憶の風化とは違う。作為的ですらある欠け方だ。先ほどの同窓会であった通り、「なんとなく見たことある気がする」感覚だけは、挿げ替えたようにある。まるでハリボテのように……。


 ちなみに、高校以前の記憶はきちんとある。中学の頃は美術部に所属していた。当時の友達の名前は健太。給食品評会などという企画を二人で始め、その日の給食を評価する遊びとかをやっていた。それをノートにまとめていた。いや何やってるんだよ、俺。


 とにかく、俺の中に「高校時代」という記憶のピースが完全に欠落していて、中学生から記憶を追っていくと、16~18歳の記憶だけ飛んで、一気に大学生の記憶が始まってしまうのだ。


 いつからこうなっていたのかはわからない。同窓会に誘われたタイミングでその事実に気が付いた。たぶん、気が付かなかっただけで、かなり前から欠落していたのではないだろうか。最初は困惑した。普通の人間は、ここまできれいに、一定期間の記憶が無いなんてことはない。この記憶喪失は、かなり異常だ。作為すら感じる。悪の大魔王が悪さをした、と説明されるとしっくりくる。


 だが、こんなに異常な事なのに、どうでもよく感じている俺がいる。

 

 高校生の頃の記憶が無いことで困ったことといえば、今回の同窓会くらいだ。同窓会に誘われてようやく記憶の欠落に気が付いたくらいなのだから、今後の生活で困ることなんて、あまりないのではないか。


「ということは、誠也くんを適当に流して、大学行って、バイトに行って、卒業して、働いて……そうしていれば、問題なんてない」


 こうして俺は、記憶にない青春に折り合いをつけた。青春が俺の今後に影響しないのなら、終わった青春のことを掘り返したって、意味はない。

 そろそろ家に帰ろう。明日はレポートをやらなければならない。そうしてベンチから離れようとした瞬間。


「―――何も、覚えていないんだね」


 背後から声がした。女性の声。耳にした言葉ひとつひとつが、頭の中で溶けて、俺の体に染みこんでいく。儚げだが強烈に、俺の心に切なさを植え付けるクリーントーン。そこに歪みなど一切なく、俺の耳までよどみなく届く、きれいな声だった。


「……誰だ、お前」


 俺は振り返って訊く。背後が木々の茂みになっていて薄暗く、声の主の輪郭がはっきりしない。


「私の名前は―――莠斐Ω隹キ闖ッ蟄」


「……は?」


 名前だけがノイズのような音になって聞き取れない。


「なあ、お前、もう一度名前を教えてくれ。……よく聞こえなかった」と俺が言うと、声の主は、

「どうせ聞こえないよ。莠斐Ω隹キ闖ッ蟄。私は莠斐Ω隹キ闖ッ蟄」

「……」


 本当に聞こえない。なんなんだ、こいつは。声自体は届いているのに、かき消されてしまう。「どうせ聞こえない」というセリフに違和感を覚えた。

 

「桐島祐介くん。君、今日の同窓会、どうだった?」


「同窓会……? ってことはお前は、高校の頃の、同級生か何かか?」


「まあ、そんなところ。で、どうだったの?」


「ま、まあ、久しぶりにみんなに会えて楽しかったが」


 俺は適当に嘘をついた。高校の関係者だから、話を合わせる必要があると思った。同窓会の参加者ならば、俺の名前を知っていても仕方がない。


「記憶がないくせに?」


 だがそんな嘘は、一切の意味を成さなくなった。


「なんでそれを知っている。お前、只者じゃないな……何者だ?」


「だって、君の記憶を消したのは私だから」


 何だ、本当に何なんだこいつは。記憶を消した犯人? 作為的だと思ったが、本当に作為だったということか? そもそも、記憶を都合よく消すことなんてできるのか? 様々な疑問が交錯し、混乱した。

 女は話を続ける。



「ごめんね。混乱したよね」


「当たり前だ。意味が分からない。お前はどういう能力者だ。それか、悪の大魔王か?」


「悪の大魔王……悪かどうかはわからないけど、普通の人とは違うのは確か」


「で、俺の記憶を消し去った大魔王様が、今更何の用だ」


「君の記憶を再構成しに来た」


「再構成?」


「そう。もう一度、無くなった記憶を作り直すの。記憶を戻すのは出来ないんだけど、無くなった思い出をやり直すチャンスを与えようという話。……君を過去に戻すことで、ね」


 過去に、戻す?


「……お前、ただの一般人な俺にクレイジーな発言を連発しているの、理解してるか?」


「……わかってるよ、そんなの。自分が変なことを言い続けているのはわかってる。でも、君には過去……高校生の頃に戻って、もう一度やり直して欲しいんだ」


「……過去に俺を飛ばせるのに、記憶を戻すことはできないのか? 効率悪くねえか?」


「記憶について効率とか言い出すなんて、君、ひねくれてるね」


「うるさい」


「まあ、私が消した君の記憶は……正直バッドエンドだったの。悲劇の結末を迎えたことに絶望した君の記憶を消して、人としてまともに生活できるようにさせたっていうわけ」


 どんな高校生時代を送れば、やり直すチャンスが生まれるんだ? 過去をやり直さないとトントンじゃないって、相当だぞ。


「で、さっそく過去に戻ってもらうんだけど」と女が言う。それを俺が「ちょっと待て」と遮る。


「過去に戻るのは強制なのか? 俺、明日レポートやらなきゃいけなかったり、バイトしたり、あとギター弾いたりとか。これからの生活があるのだけど。過去に戻る必要なんてあまりないし、記憶もこの際戻らないままでも、ある程度なんとかなる」


「そんなの知らない。強制だよ。とにかく過去に戻るの。……そして、君はハッピーエンドを目指すの」


「無茶苦茶過ぎるぞ……というかハッピーエンドってなんだよ……

 俺は記憶なんてなくても生きていけるんだ。今更、終わった青春をやり直す必要なんてない」


「……私は確かに記憶を消した。でもね、消したまんまにしておくほど、私は悪い人じゃない。そんなまんまの君を、放っておけるわけがない。今の君……なんか、寂しそう。気力もあんまりなさそうで、友達もほとんどいなくて、惰性で生きてて」


「俺の生活を惰性なんて言うんじゃない」


「そうじゃなくても、普通こんなこと言われたらもっと怒るでしょ? 怒るくらいの気力も持ち合わせてないんだよ、今の君」


 何も言えなくなってしまった。俺は、今ここで怒るべきなのだ。無気力、惰性なんて、あったばかりの人に知った風に語られるなんて、腹が立って当然なのだ。

 しかし、俺は平坦な返事をした。感嘆なんてものが似合わないくらいの無感情で、先の言葉を紡いだのだ。

 

 大学生の俺は、将来展望もないまま、何となく勉強をして、バイトをして、趣味もなく、時々酒を飲む。その生活に、気力なんてなかった。惰性だ。その通りだ。これを、生きているというのだろうか。


 たぶん俺は、一生このままだ。このまま何となく人生を終える。


 これで、いいのか?

 

 俺は、このまま終わるのか?


「……人が一番思いを馳せる記憶って、なんだと思う?」


 女が、優しく問いかけてきた。


「……さあ」


 わからなくて、短くそう言った。


「青春だよ。人は、青春に思いを馳せるの」


「そうとは決まってないだろう……」


「いや、そうなの! そう決まってるの! ……じゃなきゃ、寂しいじゃん」


 女は感情的になって叫ぶ。


「意味が分からん……」


「そのうちわかるよ。

 ……あの、もう一度、青春しませんか? 二周目の青春を、してみませんか?」


 二周目の青春。


 その言葉が、心のどこかに引っかかった。青春は終わって、でも俺にはその記憶が無くて。だからこそ、「二周目の青春」という言葉に、どうしようもない希望を感じたのだ。こいつの口車に乗るのは癪だ。事情を知っている奴が突然現れて、過去に戻ってもらうぞ、なんて、非常に癪だ。無気力ながらも、なんだか振り回されている感じがして、嫌だ。


 だが、このままで本当にいいのか。


 今、この瞬間、俺の脳裏にべったりくっついた、「二周目の青春」という言葉が、泣き出しそうな目でそんなことを俺に訴えかけてくるのだ。


「わかったよ……めんどくさい奴だな、お前」


「やった!」


「……なんか、お前に過去に飛ばされるの、しっくりこないんだけど。そういう立場の奴って、もっとこう、不敵に笑うマッドサイエンティストみたいな感じなんじゃないのか?」


「うーん、最初はそういう風に行きたかったんだけどね。やっぱり私は私だから。偽れないよ」


「……そうか。まあ、今の生活を続けるのと、過去に戻るの、どちらに光を感じるかって言われたら、過去のほうだわな」


「虫みたいだね、光に釣られるなんて」


「うるせえ! んでも、虫みたいなもんだろ、人間も。まぶしくて、よく見えなくて、そんな強い光源に、惹かれるもんだ」


「うまいこと言えてないよ」


「茶々をいれるんじゃねえ! とにかく、俺は過去に戻るよ。お前めんどくさいし。さっさと戻してくれ」


「失礼な奴……じゃあ、目を閉じて」


 言われるまま、目を閉じる。女の足音が近づいてくる。目の前で止まると、額に手のひらを当ててきた。


「頑張ってね。今度は必ず―――」


 女の一言が途切れ、俺は意識を失った。額に感じた手のひらの冷たさが、やけに切なく感じた。




すべては君のせいで/base ball bear


冬はさむいよね


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