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悪の剣  作者: Dai


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第6話 見えない糸

雨上がりの朝だった。

橋の下には、まだ湿った空気が残っている。

コンクリートの地面は黒く濡れ、遠くで水が落ちる音だけが静かに響いていた。

侍はそこに座っていた。

何もしていないようで、ずっと何かを考えているようでもあった。

木刀が膝の横に置かれている。

刀は布に包まれたまま、壁にもたれていた。

あの夜から、何日かが過ぎていた。

戦う回数は減った。

それでも、頭の中はむしろ騒がしくなっていた。

――誰を斬る?

その言葉が、まだ消えない。

あの黒コートの男の声が、耳の奥に残っている。

――お前が戦っているのは人じゃない。

――流れだ。仕組みだ。

侍は目を閉じた。

だが、答えはまだ形にならない。

「おはよう!」

ユウキの声が響いた。

橋の下に駆け込んできた彼は、いつもより少し焦っていた。

息を整える間もなく、スマホを差し出す。

「なあ、これ見てくれ」

画面にはニュースが並んでいた。

高校生の逮捕。

詐欺グループの摘発。

SNSでの金銭トラブル。

個人情報の売買。

バラバラの事件。

なのに、ユウキの顔は真剣だった。

「全部、別のやつなんだよ」

「でもさ……」

言葉を探すように視線を落とす。

「なんか、同じ匂いがする」

侍は画面を見たまま、しばらく動かなかった。

そして静かに言う。

「臭うな」

ユウキが顔を上げる。

「臭う?」

「欲だ」

それだけだった。

その日から、ユウキは調べ始めた。

最初はただの違和感だった。

すぐに終わると思っていた。

だが、やめられなくなった。

夜も。

学校の休み時間も。

帰り道も。

スマホを見続ける時間が増えていく。

そしてある時、気づいてしまう。

「……また同じだ」

画面に表示された口座番号。

別の記事にも出てくる。

別の事件にも出てくる。

会社名。

連絡先。

紹介コード。

バラバラのはずなのに、全部が同じ方向へ流れていた。

「繋がってる……」

ユウキの声が小さく漏れる。

偶然じゃない。

誰かが、意図して繋いでいる。

翌日。

ユウキは息を切らして橋の下へ駆け込んだ。

「おじさん!」

スマホを突き出す。

「これ、見て!」

侍は画面を見る。

そこには整理された情報が並んでいた。

線のように繋がれた名前、数字、場所。

ユウキは興奮気味に言う。

「バラバラじゃないんだよ」

「全部、つながってる」

「これ絶対、裏に誰かいる」

侍はしばらく黙っていた。

そして小さく言う。

「なるほどな」

ユウキは勢いづく。

「前にいた黒いコートのやつも、絶対関係してるよな」

その言葉で、侍の視線がわずかに変わった。

あの男。

――流れだ。仕組みだ。

あれは脅しでも、比喩でもなかったのかもしれない。

夕方。

二人はその“場所”へ向かった。

街外れの雑居ビル。

古びた建物だった。

外壁はくすみ、看板も薄れている。

だが、中には人が出入りしていた。

スーツの男。

帽子を深く被った若者。

目を伏せた老人。

誰もがどこか、同じ空気を持っている。

ユウキが小さく呟く。

「ここだよな……」

侍は建物を見上げたまま、少しだけ首を振った。

「違う」

「え?」

ユウキが振り向く。

侍は静かに言った。

「ここは入口だ」

その言葉に、ユウキは言葉を失う。

入口。

つまりこれは、まだ始まりにすぎないということだ。

夜。

橋の下。

二人は並んで座っていた。

川の音だけが静かに流れている。

ユウキが空を見上げる。

「なんかさ……」

「思ったよりデカいな、これ」

侍は木刀を見つめていた。

「まだ輪郭だ」

ユウキは少し笑う。

「でもさ、ちょっとワクワクしてる」

侍が横を見る。

「何がだ」

「全部繋がってるって分かったの、初めてだから」

侍は何も言わなかった。

ただ、ゆっくりと立ち上がる。

風が吹く。

遠くの街の光が揺れる。

どこかで、確かに何かが動いている。

見えない手。

見えない意思。

まだ正体は見えない。

それでも、侍は木刀を握った。

「進むしかないな」

その声は、誰に向けたものでもなかった。

侍は静かに立ち上がった。

「まずは糸を辿る」

ユウキも立ち上がる。

答えはまだ、影の中にある。

そしてその影は、想像よりずっと深い。

侍たちはまだ、それの正体を知らない。

ただ一つだけ分かっている。

これはもう“個人の悪”ではない。


そして二人はまだ、その巨大な影の正体を知らなかった。


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