第5.5話 招かれた部屋
夕方の住宅街は静かだった。
政宗はユウキの後ろを歩いている。
いつものように距離は少しだけ空いていた。
「今日、家……誰もいないんだ」
ユウキが振り返らずに言う。
「父さん出張でいないし、母さんも夜まで仕事」
政宗は短く息を吐く。
「それを俺に告げる理由は?」
「別に深い意味はないよ」
ユウキは少しだけ笑う。
「ただ……ちょっと来てほしかっただけ」
その言葉に、政宗は返事をしなかった。
玄関。
扉が開くと、そこは“普通の家”の匂いがした。
外の世界と違う、生活の気配。
政宗は靴を脱ぐ動作に少し戸惑う。
「そこは脱ぐんだよ」
「……不便な構造だな」
ユウキは笑いながら奥へ案内する。
部屋に入ると、ユウキは押し入れを開けた。
「これ」
取り出したのは、黒いスーツ一式だった。
シャツ、ネクタイ、ジャケット。
「これ、父さんの。もう使ってないやつ」
政宗はそれを見つめる。
「なぜそれを俺に?」
ユウキは少しだけ視線を逸らす。
「今のままだと、目立つし……汚いし、ちょっと匂うし」
最後だけ少しだけ小さな声になる。
政宗は何も言わない。
ただ、静かにスーツに触れる。
「着替えて」
ユウキの声は、少しだけ優しかった。
しばらくして。
政宗は黒スーツを着て戻ってくる。
サイズは完全ではないが、思ったより形になっていた。
いつもの“侍”の影は、少しだけ薄れている。
ユウキは一瞬だけ言葉を失う。
「……普通に、それっぽいじゃん」
政宗は自分の袖を見下ろす。
「戦の装束よりは軽いな」
「そりゃそうでしょ」
ユウキは笑いながらネクタイを手に取る。
「ちょっとじっとしてて」
政宗は動かない。
ユウキが政宗の前に立つ。
距離が近い。
ネクタイを首に回し、結び始める。
不器用に、でも丁寧に。
政宗はその手をじっと見ている。
「これは何の儀式だ」
「儀式じゃないって」
ユウキは少し照れたように言う。
「こういうの、ちゃんと結ばないと変だから」
政宗は黙る。
結び終わった瞬間、ユウキは少しだけ後ろに下がる。
「うん。似合ってる」
政宗は鏡を見る。
そこにいるのは、かつての自分でも、侍でもない。
ただの“黒い服の男”だった。
「……滑稽だな」
そう言いながらも、否定はしなかった。
ユウキは小さく笑う。
「でもさ、その格好のほうが、今の時代に合ってるよ」
政宗の目が一瞬だけ止まる。
「……そうか」
ユウキは何も言わず、少しだけ視線を外した。
「たぶんね」




