偽りの金
夕方の教室。
窓の外では、部活動をする生徒たちの声が聞こえていた。
だがユウキは、それどころではなかった。
机の上に置いたスマートフォンを見つめている。
画面には何度も同じような言葉が並んでいた。
「簡単に稼げる」
「一日で数万円」
「誰でも成功できる」
「特別な知識は不要」
最初はただの広告だと思った。
だが調べるほど違和感が増していく。
アカウント名を変えながら投稿を繰り返している。
連絡先も頻繁に変わる。
しかも最近、同じ学校の生徒まで興味を持ち始めていた。
(なんか嫌な感じがする)
証拠はない。
本当に詐欺かも分からない。
それでも。
胸の奥がざわついていた。
そのときだった。
教室の後ろから声が聞こえる。
「これマジで儲かるらしいぞ」
「先輩もやってるって」
「一回だけならいいんじゃね?」
数人の男子生徒がスマホを囲んでいる。
その中心には見慣れない青年がいた。
年齢は二十歳前後。
生徒ではない。
だが自然に輪の中へ入り込んでいる。
青年は笑顔だった。
人当たりも良さそうだった。
だからこそ不気味だった。
「大丈夫だって」
「最初だけ手伝えばいいんだから」
「リスクなんてないよ」
ユウキは立ち上がった。
気づけば足が動いていた。
「やめた方がいいと思う」
空気が止まる。
全員の視線が集まった。
青年が笑顔のまま振り返る。
「なんで?」
ユウキは言葉に詰まった。
説明できない。
ただ嫌な感じがするだけだ。
「なんとなく」
男子生徒たちが笑う。
「なんだそれ」
「根拠なしじゃん」
「ビビりすぎだろ」
ユウキは何も言い返せなかった。
青年は最後まで笑顔だった。
だがその目だけは笑っていなかった。
その視線に、ユウキは妙な寒気を覚えた。
――
夜。
橋の下。
川の流れる音だけが響いている。
侍はいつもの場所に座っていた。
壁にもたれ、静かに目を閉じている。
まるで石像のようだった。
ユウキは息を切らしながら駆け込む。
「おじさん!」
侍がゆっくり目を開く。
「騒がしいな」
ユウキはスマホを差し出した。
「変なやつがいるんだ」
侍は画面を見る。
広告。募集。金。成功。欲望。
様々な言葉が並んでいる。
ほんの数秒見ただけだった。
それでも侍の目が少しだけ細くなる。
「臭うな」
「臭う?」
「欲の臭いだ」
侍は立ち上がる。
「場所は」
ユウキはスマホを操作する。
街外れの廃ビル。
「多分ここ」
「行くぞ」
「ちょ、待ってよ!」
――
夜の廃ビル。
中から笑い声が漏れている。
金の話。
酒の匂い。
誰かの高揚した声。
侍は入口で止まる。
ユウキが言う。
「本当に入るの?」
侍は答えない。
扉に手をかける。
その瞬間。
「待て!」
ユウキが止める。
「まだ分かんないだろ!」
「何がだ」
「犯罪かどうか!」
侍は振り返る。
「奪う者の顔をしている」
「顔で決めるのかよ」
「顔ではない」
「空気だ」
ユウキは反論する。
「ちゃんと順番があるんだよ!」
侍は黙る。
そして扉から手を離す。
「見届ける」
――
中から声。
中から泣いている若者の声が聞こえる
「金返してください…」
「知らねえよ」
「騙される方が悪いんだよ」
笑い声。
拍手。
侍の目が変わる。
空気が重くなる。
刀の柄に手がかかる。
ユウキが腕を掴む。
「やめろ!」
「奪っている」
「だからって殺すな!」
沈黙。
やがて侍は手を離す。
「……難儀な時代だ」
――
帰り道。
侍が言う。
「昔なら終わっていた」
「でも今は違う」
ユウキが言う。
「そういう時代なんだよ」
侍は空を見る。
「……そうらしいな」
橋の下。
ユウキが言う。
「もう刀抜くなよ」
沈黙。
「考えておく」
月が静かに照らしていた。
そして侍の中で、何かが少しだけ変わり始めていた。




