出会ってしまったんだ
「そういえば、桑元さんって何の車乗ってるの?」
「コペンだ。屋根をオープンにしたら荷物は乗らないけど、それはご愛嬌。運転するだけで楽しいんだ」
「へぇ〜」
カローラスポーツを返却し、時計台に戻ってきた。お姉ちゃんに電話をかけてみたけど、何回かけても出なかった。
「あれ?出ないなぁ」
「サブの鍵はないのか?」
「そんなもの...ん?」
僕のカバンを探っていると、底からトヨタのエンブレムがついた車の鍵が出てきた。
「いやいや、そんなことないでしょ」
半ば冗談だと思いながら、アンロックのボタンを押した。
ピッ!ピッ!
目の前のGRカローラがハザードを点滅させて反応した。マジですか。いつの間にサブキー入ってたんだ。
「あ〜...中で待つか?」
「うん、そうしよう」
「へ〜、案外綺麗なんだな」
桑元さんは内装を細かく調べていた。
「取材で知ってるんじゃないの?」
「広報車は生活感がないからな。長年扱われてきた車ってのは状態が変わってくるんだ」
広報車は走行距離が短めで、サスペンションの慣らしができていないんだとか。
「ボンネット、開けていいか?」
「壊さないよね?」
「そこは任せとけ」
桑元さんは車外へ出て、エンジンルームを覗き込んだ。ただの直列3気筒なのにね。
そんなとき、僕のスマホに電話がかかってきた。お姉ちゃんかな?
「もしもし」
『ごめ~ん、何回も電話かけてくれたのに出られなくて。待った?』
「いや、今桑元さんがGRカローラのあちこちを眺めてる。そんなに退屈はしてないよ」
『そうなんだ。今から向かうから待っててね』
「は~い」
僕はボンネットを閉じた桑元さんに声をかけた。
「お姉ちゃん、今から来るってさ」
「あいよ。…やっぱりホイールかっけえなあ」
僕もラノベとか持ってくればよかったな。
数分後、お姉ちゃんはエレベーターから降りてきた。
「おかえり。何してたの?」
「まあ…色々?」
質問を質問で返さないでほしい。なんで語尾上がったの?
「それで、どうだった?試乗してみて。次の車もカローラスポーツにするの?」
「今のところはそのつもりでいるよ。それで、ディーラー行こうかって流れになってて」
「いいよ、送ってあげる」
「さすがお姉ちゃん。言わなくても分かってるなんて」
「雰囲気で分かるよ~」
GRカローラのもとへ向かうと、桑元さんが分かりやすく立っていた。
「…かなでのお姉さん、ちょっといいですか?」
桑元さんは改まってお姉ちゃんに話しかけた。
「タイヤの減り、異様に速くないですか?もうスリップサインが見え始めてるし…」
「ついこの間、東京から走らせてきたからね~。そっか、スリップサイン見えちゃってるか~。V601も替え時かな」
「…遠距離を走ればこうなる…いやさすがに全開走行とかしないとこうはならないはず」
桑元さんがブツブツと言っていたけど気にしない。僕らはディーラーに向かうことにした。
「半年ですか…」
ネットで調べようとしても、『店舗までお問い合わせください』と詳しくは書かれていなかった。もう少し納期は早いと思ってたんだけど。
「どうする、かなで。中古車で新しめのやつ探すか?」
「そうするかな……」
ディーラーの真横にある認定中古車のスペースに、一台の車が止められていた。真っ黒なボディにキリッとした目つき…。すごいカッコいい。
何かに導かれるようにディーラーの外に出て、その車の前まで歩いた。
「お、220系クラウンか…に、203万!?」
「でもクラウンって高級車だよね」
「GRカローラ並みに高い車だな。でもこの値段か…あ、Bグレードなのか」
桑元さんはホイールとマフラーを見て納得していた。最廉価のエントリーグレードだからこの値段らしい。
走行距離は70,000キロ。それなりに走ってはいるようだ。
「でも僕なんかがクラウンなんて…」
「かなで、お前のお姉さんを見てみろ。GRカローラだぞ?『インパクトが強い車×インパクトが強い車=インパクト半減』だ。だからあんまり目立たない」
そ、そういうものなのかな?
「それと、おじいさんたちに乗せてやればいいんじゃないか?親孝行…いや、孫孝行だな」
…あまり考えないようにしていたのに。
おじいちゃんたちはいくら元気とはいえ、もう80代だ。長くは生きていられないかもしれない。
だったら、最後にお礼くらいはしておいた方が後悔しない。いつまでたっても『小さな僕』じゃいられないんだ。僕はもう決心した。
「桑元さん、お姉ちゃん、僕はこの車にしようと思ってる」
「…そう言うかと思って」
お姉ちゃんはカバンからクリアファイルを取り出した。
「何それ?」
「印鑑登録証明書、車庫証明書、あと保険とかその他諸々」
「なんで持ってるの!?」
「気にしない気にしない。ほら、手続きしちゃおう?」
「俺も手伝うぞ!」
…僕は良い家族と友人を持ったなあ。
一週間後、ディーラーまでクラウンを受け取りに行った。
そんなに走らない僕からすれば、別に70,000キロ走っていようが気にしない。十年乗ったとて50,000キロも走らないからだ。
クラウンは堂々としているのに、僕は怯えていていいのか……いや、よくないでしょ。もっと胸を張って。




