古びた車庫
「お兄さんたち、キャッチボールしましょう」
昼ご飯を食べて三十分くらい経った時、四人の男の子たちが野球用グローブを持って駆け寄ってきた。
キャッチボールかぁ...肩は最近動かしてないしやってみようかな。
「いいよ。早速やろうか」
「そこのお姉さんも誘ってくれませんか?」
眼鏡の男の子が指をさした先には、少し離れた場所で空を眺めていたミズハがいた。
「分かった。ちょっと待ってて」
「ミズハ〜、小学生たちがキャッチボールしたいんだって〜」
「マスターはするのですか?」
「やるつもりだよ」
「なら私もしましょう」
「...そういえばさ、球の速度ってどれくらい出せるの?」
「本気ならサンダーバード並みに出せます」
「いや、今回の相手は小学生だから抑えて!」
「そうですよね」
眼鏡の男の子は将来の夢がキャッチャーなのだとか。その夢を叶えるために、僕らはその子に向かって球を投げることになった。
「本気でも構いません!」
本気で、と言われても...ノーバウンドで投げられるかな。
「それじゃあいくよ〜」
最初は僕から。
右手は添えるだけ。あれ、これってバスケのやり方だっけ?
球を精一杯投げたものの、空中で孤を描いて地面にバウンドした。男の子がそれを上手く移動してキャッチした。
「ごめんね〜!」
「いいんです!どんどん投げてください!」
その後、他の男の子三人も投げた。僕よりも真っ直ぐに球が飛んでて驚いた。僕、高校時代は帰宅部だったからこういうの苦手ナンデスワ。仕方ない。
そしてミズハの番がやってきた。
「ミズハ、さっき言った通りにゆっくり投げてよ」
「分かっています」
そう言って、ミズハは綺麗なフォームで投球した。僕らなんかよりも明らかにスピードが違う。
スパンッ!
「おお……いい球。お姉さん、もっと速く投げられますか?」
「できますよ」
「なら、フルパワーで投げてください!体感してみたいんです!」
「ち、ちょっと待った!」
僕は慌てて止めに入った。
「いい?ミズハお姉ちゃんはね、ま〜じで速い球を投げられるの。でも上手くグローブに入らないかもしれない。もしそうなったら大怪我するよ?」
「何を言っているのですかマスター。私がストライクゾーンを外すとでも?」
「ありえるでしょ!1%くらいは確率あるでしょ!」
「それでも、それでもキャッチしてみたいんです!」
「......」
怪我させたら僕が怒られるだろう。『何で止めなかったんだ』とか諸々。
でも...一回ミズハを信じてみよう。
「...はあ、一回だけだよ?」
「やった!」
「ミズハ、本当にど真ん中、グローブに投げて」
「私、失敗しないので」
あなた医者じゃなくて運転士補助のアンドロイドでしょ……。
「では、いきます」
なんだろう、ミズハの目がいつもより鋭い気がする。運転するときよりもキリッとしている。
「……フッ!!」
スパァァンッ!
辺りに発砲音に近い音が轟いた。
男の子はしりもちをついていて、その手元にあるグローブにはボールが湯気を上げながらめり込んでいた。
あれだね。サンダーバード、683系とか681系って大きいから時速160キロでも『まあこんなもんか』って感じられるけど、ボールのような小さな物体だとめちゃくちゃ速く感じる。
いや、あれ本当に時速160キロ???
「大丈夫!?」
僕は走って男の子のもとへ向かった。見たところ、けがはしていなさそうだった。
「す、すごいですね……160キロって」
「いや、あれ絶対160キロじゃない。よくキャッチできたね」
僕は男の子の手を取って立ち上がる手助けをした。すると、グローブからボールがポロリとこぼれ、後ろの斜面を下っていった。
「あ……」
「大丈夫。取ってくるから。お~い、ミズハ」
「ボールですね」
「そう、取りに行こうか。ミズハが当事者なんだから」
「はい」
「どこいったんだ……」
山に入って十分ぐらいが経ったけど、どこにもボールがない。小川に入って流されていったのかも?
「マスター……」
遠くでボールを捜していたミズハが呼んできた。
「どうし———ええっ???」
「すごいですよね、これ」
目の前に大きな車庫が佇んでいた。シャッターは茶色く錆びていて、建物全体を蔦が包んでいた。
「こ、こんなに大きな建物、今まで誰も気付かなかったのかな?」
「緑色の蔦で覆われているので、あまり目立たなかったのでしょう」
「……そういうことにしておこうか。でさ、どうする?」
「どうする……とは?」
「いや、おじいちゃんたちに聞いたほうがいいのかなって……」
もし、今僕たちが立っている場所が誰かの所有地だったら普通に不法侵入になりそうだし。
「なら戻りましょうか。ちょうどボールも見つかってますからね」
シャッターの前にボールが落ちていた。さっきミズハが投げたものだ。
その時、ボールが風に吹かれてシャッターの穴を通り抜けていってしまった。
「そうはならんでしょ」
「結局、取りに行くには中に入らないとですね」
ひとまず、僕らは来た道を戻ることにした。




