39話 僕はっ!帰りたくないんですっ!
「マスター、子供じゃないんですから……」
「ヤダ」
僕はホテルの扉越しにミズハと会話していた。
「98の出庫が長引いて悲しいのは分かりますが……」
今日の朝、98を点検していた作業員から連絡があった。
『モーターの異常と、車輪の真円度が狂っているので、出庫できるのはいつになるか……』
不具合が二点見つかった。もしかしたら521-30みたいに長期入庫となるかもしれない。
そして今、それを聞いた僕は部屋に閉じこもっていた。心の中で、言葉で表しづらい感情が渦巻いていた。でももし、言い表すとするのなら。
「だって、ほとんど僕が担当していたし……急に友達を失った気分なんだよ」
あの時のノアみたいに。
「………」
「……今日は心を落ち着かせていてください」
ミズハの足音が遠ざかっていった。その時、一件のメッセージが届いた。
『大丈夫かの?』
それはラナドールさんからのメッセージだった。それに僕は返信した。
『ちょっと滅入ってます』
『なら、ドライブはどうじゃ?気分転換には丁度良いぞ』
ドライブのお誘いが来た。確かラナドールさんの車はVABだったはず。
……ラナドールさんの言う通り、気分転換には良いかもしれない。
『どこに向かえばいいですか?』
『敦賀駅の駐車場にいてくれんか?あとは我が気配を探す』
『わかりました』
必要最低限の荷物を持って、僕はホテルの部屋を出た。
今日は『鉄道』じゃなくて『自動車』に触れてみよう。
敦賀駅の駐車場に着くと、反対側から白のVABが向かってきた。僕の真横に停車すると、窓からラナドールさんが顔を覗かせた。
「……浮かない顔をしておるのぉ」
「聞きたくなかった通知が来たので」
「そういうことか……そんなもの、きれいさっぱり忘れてしまえばよい」
「出来るならとっくにやってますよ」
少し強めの口調になってしまった。怒ってないかな……。
「……ほれ、さっさと乗らんか」
「え、あ、はい」
ラナドールさんは助手席をポンポンと叩いた。僕は言われた通り、VABの助手席に座った。
「行くとするか!」
アクセルが踏み込まれると、VABはそれに応えて走り出した。ターボ+4WDなので威勢よく飛び出した。
僕には、EJ20がまるで子守歌のように聞こえた。
『立石岬灯台』
敦賀半島の先端にある灯台。白い石造りの中型灯台で、明治14年に石造り灯台としては初めて日本人のみによる設計、施工で建設された。日本海沿岸では二番目に建てられた灯台だという。
石油ランプ→アセチレンガス灯→電灯と、時代の移り変わりと共に光源も変わってきた。
元々は宿舎が併設されていたが、昭和36年に自動化されると撤去されてしまった。けれど今も灯台を囲む柵と門柱に名残が残っている。
そんな場所に、僕は立っていた。
「なんか……三十分があっという間だった」
「お主もそうなのか?我もじゃ」
息を吸って吐いて、僕は空を見上げた。白い灯台に青空。目に映った光景は僕には余りにも綺麗すぎた。
「お主、涙もろいんじゃな」
泣いていた。頬をつたって地面に溶けていく。
「ちょっと……被っちゃって」
「ふぅん……?我は気にせんから存分に泣け」
「ありがとうございます」
また98と走れる日はくるのかな?
頑張っていたらいつか報われる日は来るのかな?
こんな感情の日でも笑えたらいいのかな?
後悔は跡形もなく無くした方がいいのかな?
僕はこんな生涯でいいのかな?
「あぁ…今嘆いたって仕方ないんだ。ようやくそれに気が付いたよ。えらく時間がかかってしまったけどさ」
快晴の空に向かって呟いた。駄々こねてミズハたちに迷惑かけちゃったなぁ。
「スッキリできたようじゃな。ところで、少し前からお主のスマホに連絡が来ておるが?」
「え……あ、本当だ」
スマホにミズハからは大量のメッセージ、加賀谷からはスタンプが連投されていた。二人分で合計98件...さては合わせにきてるな?
とりあえず加賀谷に電話をかけることにした。
「あ、もしもし?」
『翫さん、今日が金沢に帰る日ですよ!』
「え?」
『え……ミズハから聞いてないんですか!?』
「聞いてないよ」
本当は着いた頃に教えてもらったのかもしれないけど、僕がきれいさっぱり忘れていた可能性がある。
『嘘っ!?と、とりあえず敦賀駅に来てくださいよ!発車まであと三十分ですから!』
そこで電話は切れた。
あれ、三十分?……ここに来るまで三十分かかっていたから間に合わないんじゃ。
「どうしよう」
「我のことを忘れておらんか?」
「ラナドールさん…まさか」
「急いでVABを走らせれば十五分もあれば着くじゃろう」
「法定速度は」
「んなもんは知らん」
ですよねぇ。
「あ、ようやく来ましたね」
「遅かったですが、マスターはどこへ行っていたんですか?」
「立石岬灯台ってところ。いい気分転換になったよ」
「……そこって結構離れた場所にあったよね?」
「そうですね。車で三十分弱です」
「じゃあ目の前の翫さんは別人ってこと?」
「なんでそうなるのさ!?」
僕はなんとか新幹線の発車までに間に合った。ラナドールさんとVABのおかげだ。
「ところで僕の荷物は?」
「翫さんの家宛てに郵送しました。今日の夜には着くみたいです」
「あ、ありがと」
なんと手際が良い…。
『間もなく東京行きかがやきが発車します』
「おっと、早く席に着いちゃおうか」
「そうしましょう」
「金沢に着いたら起こしてくださ~い」
「それはどうかな?」
「翫さんの意地悪…」
こっちは加賀谷に振り回されてばかりなんだけど。
一日に120PVってなんですか????
現実のD51『522号機』はこれからどうなるのやら…。




