D51 522号機
元々、522号機は公園に屋根付きで保存されていた。それを区長たちが運び出して修復し、走れるようになった。それは語ったけれど、その後のことはあまり話していなかった気がする。
「この522号機、前に福井県を走っていませんでしたか?」
そう、少し前にイベントで走っていた。しかも福井県の今庄駅まで。
『素敵な物語を』と銘打って今庄駅の近くに保存されている『D51 481号機』を見に行った。
参加者からは意外と好評をいただいていて、今度は夏に富山県にある『D51 165号機』を見に行く予定なのだとか。それは822号機に任せるらしい。
「確か、1935年から製造され始めたんですよね?」
「はい。この522号機は1940年に生産されたんですけど、もうすぐで90歳です」
「大事にされてきたんですね」
「実は廃車となってから二か月後、すぐそこの西部緑地公園で『日本海博覧会展示』というイベントが行われたんです。そこでこのデゴイチは展示されたことがあるんです」
『日本海博覧会展示』とは、北陸の産業と観光をテーマに、最先端の技術や特産品、アトラクションが展示された大規模イベントだ。来場者数はおよそ201万人……今の金沢市の人口の4倍くらいの人数が来ていたそうだ。開催されたのが1973年なので、おじいちゃんおばあちゃんなら知っているかもしれない。
「ところで…翫さんって『デゴイチ』と呼ぶんですね」
「小学生の時からそうでした」
「僕ね…『デコイチ』って呼ぶんですよ」
萩谷さんは恥ずかしそうに笑った。
僕はその呼び方でもいいと思う。本来は『デコイチ』の呼び方らしいのだが、1960年代にあったSLブームによって『デゴイチ』という呼び方が広まった…って区長が言っていたような。
『一人のおっさんの意見として聞いてくれよ』
とも言っていたから正しくないかもしれないけど。
運転室に入ると、まず目につくのはボイラーの背面だ。
石炭を投入するための『焚き口戸』、水の量を確認する『水面計』、蒸気圧を確認する『圧力計』…僕でも知らない装置がここには山ほどある。
「翫さんって前進させるための手順は知っているんですか?」
「えっと……ちょっとだけ」
蒸気機関車は運転の対象外だから、手順は間違っているかもしれない。
こんなことなら、前に行った鉄道博物館でデゴイチのシミュレーターでも体験してくりゃよかったな……。
「まずこの『逆転機』というハンドルを前進に入れます」
発車時には125.77 tの自重を動かすために大きな力が必要となるので目一杯まで回す。ちなみに実際にハンドルは握っていないので動き出すことはない。
「そして『ドレイン弁』を開けて…」
これでシリンダー内の水を抜く。この水は水蒸気が冷えて生まれたもので、こうしないとシリンダーが破損してしまう。車のエンジンに水が入った時と同じ現象…『ウォーターハンマー現象』だっけ?を引き起こしてしまう。
「ブレーキを解除します」
機関車用だけでなく、客車や貨車用のブレーキも解除しないといけない。
「そして加減弁を開けることで動き出します」
こうすることでボイラーからシリンダーへ蒸気が送り込まれ、ピストンが動き出す。慎重に開けないと空転してしまう。
「あとは逆転機を調整していきます」
「…本当に521系の運転士とは思えませんね」
「ほぼ趣味ですので」
趣味は鉄道観察。人マニアではなく521マニアです。
「さて、521系、683系、キヤ143形、キハ48形、D51 522号機とたくさん見てきましたが……僕は683系が好みですね。サンダーバードにはお世話になりましたよ…」
「夏休み期間中にはD51の内部見学もしていますので、ぜひホームページをチェックしてみてください」
「ではこの辺りで、失礼します!」
「……カット!」
ポケットから懐中時計を取り出すと、既に二時間も経過していた。時間があっという間に流れていく……。
「時間ならあるさ……そうだよね」
「翫さん」
すると、萩谷さんが話しかけてきた。
「あの521系、次はいつ空を駆けますか?」
「次は……ごめんなさい、まだ未定です」
「……分かりました。これ、僕の連絡先です」
萩谷さんから名刺を渡された。名刺なんていつぶりに渡されただろう。
その後、萩谷さんたちを乗せたロケバスはホテルへ向かっていった。観光してから東京へ戻るらしい。
「いい旅を…」
子供の頃、よく眺めていたデゴイチ……それが今、動けるようになって目の前にある。これ以上に嬉しいことはあるだろうか。
「長生きしてよ、伝説になるくらいはさ」
いや、『D51形』としては数々の伝説を残してるんだった。
D51の内部見学は嘘ですよ。
The next stop is Tsuruga. なので時間をください。




