腕のない幽霊・1
暦の上では秋なはずの十月。夜は若干冷えるようになったものの、日中はまだ八月のように暑い。
そんなある日、加賀谷がある噂話を持ち込んできた。
「幽霊?」
「そうです。ナオちゃんやマサヨシさんも見たって言ってたんですよ」
加賀谷の口から出た二人の名前はどちらもウチの車掌だ。僕も何回かペアになったことがある。
「加賀谷は見たの?」
「……あれがそうなのかは分かりませんけど」
「見た目は?」
「それが、両腕がなかったんです」
「はあ?」
「肩から袖ごとバッサリ……」
「他の二人もそれを見たの?」
「はい……」
目撃者が三人、しかも同じ人影を見ている。偶然だとは思えない。
ここで、僕は大事なことを尋ねていないことに気付いた。
「そういえば、何時ぐらいにどの辺りで?」
5W(When, Where, Who, What, Why)1H(How)は大事だ。特に『When』と『Where』は。
「夜の十時ぐらいに、森本駅手前の踏切で見ました」
「森本駅……」
ここ最近、その踏切で人身事故は起きていない。だとしたら、かなり前の事故で……。
本当に幽霊説が出てきたよ。
「翫さんも、その時間帯にそこを走るときは気をつけてくださいよ」
「一応覚えておくよ」
僕はカバンを手に取り、業務に入った。
「気になって踏切に来てみたけど……」
「何も変わらないですね」
加賀谷の話を聞いてから一週間が経った。その間、幽霊の目撃情報はなかった。
僕はただの運転士なのに、調査員みたいなことしてるなぁ。
「ミズハには何か見えたりする?」
「私に千里眼みたいな機能はないですよ」
「だよね……」
そんな機能を搭載したら、区長が言ってくるだろう。
目の前を富山方面に向かう521が通り過ぎていっても、何も現れなかった。
「じゃあ見間違いということで……」
「……マスター」
ミズハが僕の袖を引っ張ってきた。
「「………」」
反対側で人影のような何かが見えた。
僕らにはその一瞬しか姿を見せず、街頭のない所でフッと消えた。
「マスター、あれは」
「不審者だね通報しておこう」
幽霊じゃない。透けて見えなかったし。
僕らは森本駅の駐車場へ戻った。Orangestarさんの『ノクティルーカ』でも聴きながら帰ろう。
踏切には『踏切障害物検知装置』、略して『障検』という装置が設置されている。森本駅のすぐ横にある踏切は光センサー式で、赤外線やレーザー光線を投射している。それが遮断棒が降りている時に自動車や歩行者に遮られると異常を検知して『特殊信号発光機』が光る。僕ら運転士はそれを見るとすぐに非常ブレーキをかける。
なので直前横断はやめてください本当にお願いします。
そして僕がそれの話を切り出した、ということは。
『お客様に申し上げます。現在、踏切内にて異常を検知しました。運転再開までもうしばらくお待ちください』
金沢駅に向かっていた途中、例の踏切前で特殊信号発光機が光ったのである。遠くで黒い影が見えたので一応ブレーキをつかむ手に力を入れていたけど……まさか加賀谷の言っていた幽霊か?
僕は走って踏切に向かったが、特に異常はなかった。故障……?
と思った時、遠くで逃げるように走る少女が見えた。
「………」
あとで防犯カメラの確認、そして報告書の提出……面倒だ。
でも、夜ではなく昼にそれが起こった。噂とは違う時間帯だ。




