8 王からの依頼
「王よ。ケンジと申す召喚者が挨拶に参っております」
平民は王の顔を直接見てはいけないそうだ。じっと足下に目を落して、王から声がかかるのを待つ。
「面を上げよ」
顔を上げていいのか? そろそろと頭を上げて王の胸当たりに視線を向けた。王様は十五歳くらいの若造だった。
「お主が召喚者のケンジか。よく参った。この後は我が側近に話を聞くように。下がって良いぞ」
――へ? これで終わりと言うことか。
俺は王の側近の一人、黒髪のナウシス伯爵に呼ばれ別室で話を聞かされることになった。
部屋に通されると、先ほど待合室に待機していたとき知り合った、中年の女性がいた。
この中年の女性は、俺が王宮に入って、始めに身体検査をされ、狭い部屋へ入れられて、そこで待っていると、お茶を持ってきてくれた、その人だった。
その狭い部屋で、一言も言わずにそこにじっと三時間も一緒にいたのだ。
俺は話をする術も無く、ただ長時間、気まずい雰囲気に耐え続けるしか無かった。暫くして王の側近から謁見の間に来るように言われ、その部屋をやっと抜け出すことが出来たのだった。
謁見の間では跪き頭を垂れて三十分待たされたあげく、漸く王が現れて、王からのチョットの言葉を貰ったと言うわけだった。
ナウシス伯爵が何か言っている。物思いに沈んでいて、話を聞いていなかった俺は慌てて聞き返すと、憤然とした顔で、彼はもう一度話してくれた。
「此度の縁談は断ることは相成らんと言ったのだ。お主はこのメグラーイアと個室て長い間二人きりでいたのだ。責任を取って貰うと言うことだ。分かったな」そう言って、彼は部屋から出て行ってしまった。
――今、縁談と言っていなかったか?
驚いた俺は、メグラーイアという女性をまじまじと見つめてしまった。
金髪のすらりと背の高い、見た目、三十代の女の人だ。綺麗だが、疲れたような、諦めたような顔は、老けて見えた。
何も言えずに、呆然としていると、やっとメグラーイアという女性が声を出した。
「貴方は、嵌められたのよ。こんな出戻りを掴まされて可哀想ですが、王から許可を得た正式な縁組みです。年貢の納め時ですね。こんなおばさんで、がっかりしましたでしょう?」
「いえ、綺麗な方だと思って見ておりました。失礼しました」
「まあ、朴念仁だとばかり聞かされていましたが、そうでも無いのかしら。お上手も言えますのね」
朴念仁って、俺の事か? 何を根拠にそう呼ばれていたのか謎だが、融通が利かないということだろうか?
「でも、平民の貴方にとって、悪い話ばかりではないのですよ。私はコモン男爵の一人残った子どもです。他は処刑されてしまいました。トーモ子爵に嫁ぎ子をもうけましたが、此度の父の不祥事で、離縁されてしまいました。でも処罰は免れて、今貴方に再び嫁がされる事になりました。このお陰で、貴方は貴族になれます。私達が男子をもうければ、子どもが男爵を継ぐことが出来るのです」
これは喜ぶことなのか? 確かに貴族にはなれるだろうが、別に俺は貴族などなりたくない。然もあの、お馬鹿な男爵の娘だぞ。これから一生この人と添い遂げることが出来るだろうか。
俺は、幽霊のようになってふらふらと屋敷に戻った。事の次第を執事とボッサムに話して聞かせると二人は、
「おめでとうございます。これでコモン領も安泰ですな」
と言って喜んだ。俺は不審に思ってボッサムを問いただした。
「ボッサム、お前初めから知っていたのか! 何故、教えてくれなかったのだ。それとも・・・お前か! 影で暗躍していたな」
「・・・・仕方がなかったのだ。このままではお嬢様も処刑されてしまうところだった。領の執事が余計なことをして平民をケンジに娶らせようとするし、焦って知り合いに声を掛けたら、この様に取り計らって貰えたのだ。許してくれ。でも、お嬢様は、良い方なのだ。先々代の心根を引き継いでいて、あの男爵とは似ても似つかない方だ。お年もまだ二十四歳で、ケンジと丁度いいと思うぞ」
何と二十四歳だと!少し老けて見えただけか? いや、そこじゃぁ無い。気にするところが違う。俺はまた利用されたということだ。
確かに綺麗な人だったし、りんとして、貴族はこうあるべしという気概が感じられる人だが、問題は俺が太刀打ちできないくらい、立派すぎるということだ。俺は尻に敷かれっぱなしになる。
普通の平民のやさしくて可愛いお嫁さんは、もう夢のまた夢になった。
一ヶ月後、慌ただしく神殿で式を挙げさせられた。
立会人は、王の側近、ナウシス伯爵だった。ナウシス伯爵はコモン男爵の寄親だったそうだ。これからは俺の寄親になるという。
披露宴はしないことになった。いくら領主が変わったとは言え問題を起こしたコモン男爵の身内の披露宴など誰も来ないだろうと言われたからだ。
王からは、接収されたコモン男爵の王都の屋敷を結婚祝いとして返されてきた。屋敷の中は以前のままの状態で残されていたそうだ。こうなることは、暫く前から決まっていたことだったのだろう。
執事は引っ越しに大わらわになった。使用人も新たに雇わねばならない。コモン領はやっと軌道に乗ったところだ。こんな事で、再び窮地に追い込むことは出来ない。元の木阿弥になって仕舞う。
俺はまた金策に奔走しなければならなくなった。メグラーイア、メグは、
「屋敷にある物は売り払ってしまえばいいのです。あんな物は必要ありません。貴方が無理をして、金策をする必要はありません」
と言うが、それでは貴族としての体面が立たないだろう。だが、そう言ってくれたメグに、俺は好感を持った。思ったほど貴族の矜持を持ち出さない人で助かった。屋敷にある物には総てリペアーを掛けておく。
俺の評判を聞いた貴族の中で、屋敷が古くなった者は、俺に依頼をしてくるようになった。
リペアーのスキルはとても便利だ。引っ越ししなくてもリノベーション出来てしまうのだから。大金を払ったとしても、彼等にとっては数倍お得なのだ。数件リペアーを掛けただけで、十分な資金が出来た。
俺は、貴族達に影で『直し屋男爵未満』と呼ばれているらしい。何とでも呼べ。懐が温かい俺は全く気にならない。
メグはマロにも優しく接してくれた。マロの生い立ちを話して聞かせると、涙ぐんで、マロを抱きしめた程だ。
「たった、二年の寿命だなんて。何とかなりませんの。貴方は魔力が多いのでしょう? だったら少し分けてあげることは出来ませんか?」
偶に無茶なことも言われるが、概ねいい感じに夫婦として過ごすことが出来ている。暫くすれば、領に帰る事になるだろう。彼方で身内だけで披露宴をしようと話し合った。
金の心配も無くなって、ホッとした頃、メグの子どもが新しい屋敷に来た。メグは驚いている。何かあったのだろうか。
「母上、僕も一緒に連れて行って下さい」
メグの産んだ子どもはマーカスと言う名で、メグによく似た凛々しいい顔をしていた。今年六歳になる男の子だ。メグは、子どもを置いてこざるを得なかったことに罪悪感を持っていたが、子爵の子として育った方がいいと考えて、置いてきたそうだ。だが本人は違ったようだ。メグが居なくなった屋敷では、肩身が狭かったといっている。
子爵の家では側室の子が跡取りになったようだ。長男であるにもかかわらず、謀反を企んだ血縁には継がせられないということだった。
この子の立場は微妙になった。俺の子が男爵を継ぐことが決まっている。彼は何者にもなれなくなったのだ。それでも良いから連れて行ってくれと縋り付く。余程、辛い目に遭っているのだろう。メグは困って俺を見た。
「いいよ、辺鄙な田舎だけれどそれでも良いなら一緒に行こう。だが、こんな魔獣が沢山いて危険なところだぞ」
俺が大型犬ほどに成長したマロを見ながら言うと、マロがきょとんとした顔をして見ている。
「わぁ! これが魔獣? 始めてみた。可愛い」
「マーカス。マロは特別な魔獣なの。他はこんなに大人しくないから。近づくと食べられてしまうのよ。気を付けないとダメですよ」
俺は結婚と同時に父親になって仕舞ったが、それほど戸惑いは無い。むしろ賑やかになって、この世界で出来た俺の家族が愛おしくなった。
このまま冬は王都で過ごし、春になったら、コモン領へ帰ることになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「旦那様、ナウシス伯爵がお見えになりました」
――何の用事だ? 伯爵自らここに来るとは普通のことなのか? 伯爵の屋敷もリノベーションしたいのだったら、俺を呼び出せばいいだけなのに。
俺は警戒した。なんか怪しい。あの見栄っ張りの貴族が、格下の俺の屋敷に自ら来ることは、普通しないだろう。
俺の屋敷の客間で、上座に座り悠然としているナウシス伯爵。俺は向かいの椅子に縮こまって座り、何を言われるかビクビクしながら、茶を啜った。
「ケンジ、人払いをしてくれ」
「・・・・・」
執事もメイドもメグも、いなくなってから、ナウシス伯爵は王からの依頼だといって、話し出した。
「予てより、隣国から打診があった勇者派遣を、この度、王が受理された」
「・・・・・!」
「隣国では魔獣が蔓延って、とうとう最強個体が生れたようだ。魔王と言ってもいい個体だそうだ。あの国には召喚術が出来る神官がいない。大国である隣国は以前から我が国の神殿との密約が出来ていたようでな。約束通り勇者を派遣しろと言ってきた。このままでは、召喚者を帰してしまった王の失態になって仕舞う。全く間が悪いことだ。もともと神殿には2つの派閥があってな、魔王討伐派が勇者召喚をしていた。それを利用したのが謀反を起こした派閥というわけだ。王都を隈なく探したが、召喚者はお主らしか残っていなかった。お主とタクミで討伐して来い」
何という無茶ぶり! 俺は勇者では無い。勇者はもう返してしまったでは無いか。戦闘に特化した召喚者は一人も残っていないのだ。タクミだって、生産職だ。それを戦いに駆り出させるとは、死にに行けと言っているようなものでは無いか。
「断ることはできんぞケンジ。お主は貴族の端くれになった。召喚者のお前を貴族にしてやった、王やこの国に恩義を感じているはずだ。我々に後ろ足で砂を掛けるような真似は出来まい?」
「・・・・・万が一、俺が死んだらコモン領はどうなりますか?」
「心配するな。お主の奥方はしっかり者だ。ちゃんと仕切ってくれるわ。それに、子も連れて行くそうでは無いか。お主が死んだら、特別にその子に男爵を継がせてもいいと、王は仰っている」
――これも、予め決まっていたことなのか? 俺は初めから使い捨ての駒にされていたのか?
やはり、俺はこういう星の下に生れたようだ。何時も他人に利用される。
俺は性懲りも無く、その罠に何度も嵌まって窮地に陥っては、抜け出してきたが、もう限界だった。
「承知しました。魔王討伐に行きましょう。ですがタクミは役に立ちません。彼は生産職特価です。俺は戦闘も得意になりましたが・・・。俺一人で行きます。帰ってこれなくても、死んでも討伐はします。ですから今ここでマーカスに男爵の称号を下さい。俺は爵位など要らない、これを約束してくれたなら、直ぐにここから旅立ちます」
俺から、マーカスが爵位を受取る様になったと、聞かされたメグは、
「一体これはどう言うことなのですか? あのカメレオン伯爵に何か言われたのでは無いのですか?」
カメレオン・・・って。ナウシス伯爵のことか? だが、彼奴に俺は口止めされている。今更口約束など意味が無いと思うが、本当の事を知れば、メグは爵位を返してしまうかも知れない。それでは困るのだ。
俺はメグには悪いが、ばっくれることにしたのだ。もう嫌だった。貴族だとか名誉なんかくそ食らえだ。
約束は果す。それ以降は、俺は自由にさせて貰う。メグもマーカスも、コモン領だって、俺無しで十分やっていける。もう大丈夫だ。
俺達は予定を繰り上げてコモン領へ急いで帰ることになった。マーカスが新コモン領主になり、お披露目をしなければ成らない。それを見た後、俺は長い遠征に行くことになっている。貴族の勤めだと言ったら、メグは何も言えなくなった。貴族として育ったメグにとって当たり前のことなのだろう。
俺は死ぬかも知れないが、それでも良いと考えている。メグに愛情を感じ始めていたが、それよりも自分の自由の方を選んだ。貴族の柵からの自由だ。
冬も深まった頃、領に帰ってきた。領主館には皆が集まってお祝いムードだ。
結婚の祝いと、コモン領主の男爵位の復活の祝いだ。そこにはタクミも夫婦揃って来ていた。可愛い奥さんのお腹は、ぽっこりと膨らんでいた。子どもが出来たようだ。
「ケンジ、チョット見せたい物があるんだ。君へのお祝いだ。ここでは話せないんだけど」
「分かった。俺の工房へ行くか?」
マロがノッソリと付いてくる。タクミはマロを羨ましそうに見ていた。
「これなんだけど。何か分かる?」
「俺がやった、魔法使いの杖だろう。分かるに決まっている」
これを返すのが祝いの品だと言うのか? 少しがっかりしてタクミを見ると、
「ケンジ、俺はこれの解析をしてみたんだ。これは凄い杖なんだ。これさえあれば魔法が使える。スキルと同じ働きがある。そして、これには異空間魔法も織り込まれて居るのを見付けた。凄いだろう?」
「俺には何が凄いのか分からないよ。魔法が簡単に使えるのは凄いと思うが、異空間魔法っていうのはどう凄いんだ? マジックバッグとかか?」
「・・・・ケンジは以前、ゲームやラノベを読まなかったの?」
「ああ、あんまりゲームはしなかったし、本は読んだけど、難しいところは飛ばし読みしていた。それが何か問題か?」
俺は少しムッとして、タクミに突っかかった。
「ああ、マア・・・だったら知らないのもしょうが無いか。異空間魔法が使えるということは、異空間を作れるって事さ。異空間を作れれば、ケンジが言ったマジックバッグも夢では無い。物を幾らでも収納できるし、若しかすると異空間に部屋を作る事も出来る。もっと工夫すれば違う使い方も出来るんだ」
「違う使い方?」
「そうだな・・・例えば。マロはここでは長く生きられないだろう? だけど異空間に魔の森と同じ環境を作る事が出来れば、若しかすると長く生きることが出来るかもしれない」
「!そう言う使い方も出来るのか」
「・・・今はまだ分からない。僕には使えなかったから。魔力が足りないんだと思う。でも、ケンジなら使えると思うんだ」
俺はそれからずっと工房に籠もり、杖の使い方を検証した。異空間が出来る感覚が分かった。
ぼんやりとした広い空間が、感じられるが、他の者には見えない。自分にも診る事は出来ないが感じる事は出来る。
「ここに俺は、入れるだろうか? 入って出てこられなかったら、俺はこのままなのだろうか」
試しに、工房にあった剣を持って『入れ』と念じると、目の前から剣が消え、頭の中に剣の存在が感じられる。
「生きものは?」
側に居たマロを見ると、マロは慌ててしっぽを尻に挟んで逃げ出した。
「まだ、お前を入れないよ。何だよ、信用無いな。こっちへ戻ってこい」
マロは、すごすごと、申し訳なさそうに近寄ってきて、俺の手をペロリと舐めて機嫌を取る。
「森へ行って検証してくるか。マロ、お前も行くか?」
マロは生きよいよく尻尾を振って『行く』という意思表示をする。マロはいつになれば声が出るようになるのだろう。ずっと、このままなのだろうか。




