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7 魔獣の子犬

「領主様!魔獣の狼を育てるなどと。大きくなれば人に害する生きものですよ。森へ放して来て下さい」

 昔、母親に言われた言葉そっくりに、執事に叱られてしまった。だから俺は、 

「狼ではない。子犬だ」敢えて狼とは呼ばないことにした。

 こいつは犬だ。犬として育てれば、従順に育つような気がした。

 いや、単なる気休めだ。自分勝手な言い訳だが、このまま生き抜いて、こいつが大きくなって、躾ることが出来なければ、森に放してくれば良い。今はこの子犬を大事に育てるだけだ。

 子犬にはマロと名付けた。眉間に御殿眉のような模様があった為だ。毛皮もボサボサ、骨が浮き出て見るも無惨な姿だが、食事を取って怪我が治れば、もう少し可愛くなるだろう。

 マロは、多分聖獣の子だと思う。親に邪険に扱われて、終いに殺されそうになったのでは? 厳しい環境に住む獣は度々弱い子を殺すものがいる。

 イヌワシの生態をテレビで見た事がある。二羽生れた内の先に孵った雛だけに餌をやりもう一方を見殺しにする。下手をすれば、親に餌として殺される雛もいると言う。魔獣も動物も同じだな。ボッサムも

「聖獣の子ではあるが、聖獣には成れなかった個体だろう。グレーウルフの亜種だ。聖獣は普通のウルフと番うんだ。だからこういう子は偶に生れる」

 マロは、聖獣として生れることが出来なかった。毛色が違い小さく産まれて、親に見捨てられたのだ。それを見て知ってしまった俺は、いても立ってもいられなかった。こいつは俺がもらい受けて育てたいと、思って仕舞った。ここにいれば、二年か三年の命でも、魔の森ではそれすら生きられなくなるのだから。

「マロ、お前の名前はマロだ。ちゃんと覚えろよ」 

 薄目を開けて、俺を見る。がっかりしたような顔をし、また、諦めたように目を閉じて寝てしまうマロ。親だと思ったか?

 優しく背中を撫でて、傷の具合を確かめ俺はベッドに横になった。足下にはマロの寝ている籠が置いてある。

 ひとときも離れず面倒を見た甲斐があって、マロは立ち上がって自分で餌を食べられるようになった。一ヶ月過ぎた頃には、少し肉がつき始め、毛皮にもつやが出てきた。だが、マロは一度も鳴き声を上げない。

「お前の首、治っているはずなんだが。もう一度治癒を掛けてやろうか?」

 そうこうしているうちに王都のセバスから返信がきた。

『王様が、ご主人様にお会いになると言うことです。どうぞ王都に帰ってきて下さい』

 王が、俺に会うだと? セバスは王に何と言ったのだろう。俺は、王都に一時的に帰っても良いかを聞いて欲しかっただけだ。面会など望んでいなかったのに。

 別に何も悪いことはしていないのだ。ビクビクする事はない。だけど、大きな権力を前にして、何かあれば俺はどうしたら良い? 貴族や王族の考える事はよく分からないのだ。何が機嫌を損ねるか、分かったもんじゃぁ無い。

 第一、褒美だと行って、こんな辺鄙な場所に飛ばされたのだ。王は俺が邪魔なのかと思い込むのは、普通だろう? 

 護衛として騎士隊長が付いてくると言う。当然マロも連れて行く。マロの面倒は俺が最後まで見ると決めていた。

 俺達は魔馬に乗って、王都へ帰ることにした。魔馬に乗れば、半分の時間で帰る事が出来るからだ。

「乗馬の訓練をもっとしておけば良かった。股が痛くて適わない」

 途中の野営地でグチグチ文句を言って、コッソリ治癒を掛けていると、

「情けないやつだ。マロは、愉しそうに乗っていたがな」

「マロは俺にくくりつけているからな。走るわけでもないし疲れないだろ」

 だが、暴れるわけでもなく大人しかった。愉しそうにしていただって? 俺に馴れてきたのかな? チョット嬉しい。

「何でボッサムが付いてきたんだ? 騎士隊長がいなくて大丈夫なのか?」

「副隊長がいるから大丈夫だ。ケンジの訓練のお陰で、騎士達もレベルが上がった。俺がいなくてもちゃんと領を守ってくれるさ」

 十日で王都に着いた。流石魔馬。疲れも見せずに走りきった。これが二年で死んでしまうとは信じられない。魔馬は肉食だが餌は二日に一度だけで良い。普通の馬と違い水もそれほど必要としない。調教さえきちんとすれば、普通の馬より飼いやすいくらいだ。俺の領の冒険者ギルドでは魔馬を飼って貸し出している。だが、他の地域では飼っている人は少ないそうだ。

 俺の領のように魔の森があるわけではないから、餌代が嵩むし、直ぐに死んでしまうためだろう。

「ケンジの屋敷に厩はあるのか? 無ければ俺の知り合いのところに魔馬を預けるが」

「・・・厩は無かったと思う。預かって貰ってくれ」


「ここは・・・本当に・・・領主の・・・ケンジの屋敷か?」

 ボッサムを王から貰った屋敷に連れてきて、彼が呆れたように言った言葉だ。ここは貴族街の外れ。殆ど平民と混じり合った場所だった。領主が住むには不釣り合いなのだろう。だが、俺にとっては身の丈にあった、我が家だ。

「遠慮は要らないさあ、中に入って寛いでくれ」

「ああ・・・」

 セバスがボッサムの部屋へと案内して、俺は工房へ真っ先に行った。何も変わっていない。セバスはきちんと管理していてくれたようだ。

「こちらは、今期の下宿屋の売り上げです」

「ん? なんか多くないか?」

「はい、私の一存で下宿屋に泊る客層を変えました。今までのやり方ではとてもでは無いが儲けは見込めません。高ランクの冒険者を受入れる方向に転換しました。代わりに下街に低ランク用の下宿屋を買い受けてそちらは今まで通りの金額で泊って貰って降ります」

 知らないうちに俺はもう一軒の下宿屋の親父になっていたようだ。今度行って下宿屋の建物にリペアーを掛けてやろう。値段があり得ないくらい低い建物だ。酷いに決まっている。

 一人で今後の算段をして考え込んでいると、セバスがまた爆弾発言をした。

「旦那様、実は下宿屋は冒険者ギルドからの要望で、増やす事になって仕舞いました。今後、購入予定の屋敷が三軒ございます。家の買い取り金額はまだ用意出来ておりません。申し訳ございません御領地の方で用立てて貰うことはできませんでしょうか?」

 何だと! 領地は今やっと軌道に乗ったところだ。俺のせいで迷惑は掛けられない。俺はまた借金まみれになるのか?

 俺は慌ててトマスンの店に行った。トマスンにリペアーを使う仕事を紹介して貰うためだ。

 トマスンはこの頃、店を拡張して羽振りが良いらしい。流石商才のスキル持ちだ。

「ケンジさん、お久しぶりですね。あ、こんなに気軽に名前を呼んではいけなかったですか?」

「何を言っている。今まで通りで頼む。それより仕事を廻して欲しくてきたんだ。なるべく設けるやつで頼む」

「相変わらず、他人の為に苦労しているようですね。分かりました。以前と同じように古い屋敷を紹介します。そちらをリペアーで綺麗にしていただければ、相応の儲けがでますよ」

 トマスンに紹介された屋敷は、人が住んでいる建物だった。屋敷のリノベーション代として六割が俺に入ってくると言う。一気にリペアーを掛けて行く。

 レベルが上がったせいで、これくらいは屁でも無い。次々に紹介された家を廻ってリペアーを掛け、一週間もすると、仕事が終わった。

「また、腕を上げましたねケンジさん。ではこの剣と防具、鑑定を掛けたらかなりの業物だったのでリペアーを掛けて売りましょう」

 トマスンの倉庫には沢山の割れた壺や、絵画、剣があった。目に付いた物を安く買い込んで俺にリペアーを掛けて貰おうと、貯めていたらしい。そんな折、俺が遠くへ飛ばされてしまって、途端に不良在庫になって仕舞った。と言って嘆いていたが、俺が帰ってきたので、片をつけたいのだそうだ。

 願ってもない。俺は一気にリペアーを掛けて一瞬で総てを新品にしてやった。トマスンはそれを見て、

「一体どれだけ鍛えればこうなるのですか?」

 と、驚いていた。

 これで借金はしなくて良くなった。改めて、今ある古い下宿屋を見に行くことにした。

 スラム街の直ぐ近くにその下宿屋はあった。周りには、腹を空かせた子どもがたむろしていて環境はすこぶる悪いが、低ランクの冒険者が住むには丁度良い場所だろう。

「やっぱり、酷い建物だな。これはリペアーを掛けても期待できそうもない家だ。仕方がないか。値段が安かったものな」

 一応、宿屋の管理をしている親父に断ってから、リペアーを掛けた。

「こいつは驚いた。あんたは、スキル持ちだったのかい。じゃあ、厨房の器具もついでに直してくれや」

 そうか、下宿だもの。食事を出さなければダメだものな。俺は厨房にもリペアーを掛けてその場を去った。

 魔力はまだまだ余裕があった。周りは今にも崩れそうな建物ばかりだった。「ついでだ。壊れてしまいそうで危険過ぎる」

 コッソリ周りの建物にもリペアーを掛けながら下町を後にした。

 屋敷に帰ると、ボッサムが仁王立ちして待っていた。

「ケンジ、俺はお前の護衛だぞ。領主一人で勝手に出歩いて貰っては困る。今度からは俺を一緒に連れて行くように。分かったな!」

 マロまで近寄ってきて、俺を非難するような目で見ている。そんなことを言われても、俺には領主という自覚はないのだ。王都に帰って以前に返ったような錯覚を覚えていた。俺はスラムで、自由に歩き回ってしまった。心配を掛けたのは悪かったと反省した。

「セバス、下宿予定の屋敷はもう一度見てから決めよう。下町のぼろ屋は、リペアーを掛けても酷い建物だったぞ」

「申し訳ありません。私も見て決めたわけでな無かったもので。では仮契約は一度解約して、新たに屋敷を探して貰いましょう」

 トマスンに頼んで丁度良さそうな屋敷が見付かった。三軒、即金で購入してリペアーを掛けて仕事は終わった。

 俺の懐はまたすっからかんになって仕舞った。俺は一体何の為に働いているのだ? 深く考え出すと腹が立ってくるので、考えるのはよそう。

 購入した屋敷は中堅の冒険者用にするようだ。冒険者を辞めた夫婦者にそれぞれを任せ、管理して貰うことにしたら、冒険者ギルドから感謝された。

「冒険者にとって、次の仕事に切り替えるのは難しいことです。身体を壊すか、死ぬかしない限り冒険者をしていくしかないのです」

 文盲で特技が戦うことしかない者は、闇の仕事に手を出す者が少なからずいるのだそうだ。特に中堅の冒険者は、金を使い切って年を取れば路頭に迷う。

 だが、彼等がいなければ王都の周りの魔獣は増えてしまう。殆どの冒険者は、スラムの出身だそうだ。運良く孤児院へ入れた者は文字を習うことが出来るが、スラムでは子どもは、犯罪者になるか、冒険者になるしか道がないのだという。気が滅入る話だった。

 今回、下宿屋の要請が出た経緯は、俺の初めの下宿屋を借りていた冒険者からでた話らしい。中堅冒険者が、老後のための貯蓄ができるようになったという。ギルドでそれをやるには元手がないと言うことだった。

 俺の場合、古い屋敷を安く仕入れ、リペアーを掛ければ良いだけだ。これを一から手がけるとすれば、膨大な資金が必要だ。

「俺は良い事をしたってことになったのか?」

 少し忙しかったが、別に俺が損をしたわけでは無かったし、下宿屋が軌道に乗れば、儲けも出てくるだろう。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 魔の森で手に入れた亀の甲羅や、魔獣の毛皮、牙や角をお土産として、義足屋へ来た。今回はマロも一緒に連れてきた。

「お、こいつは魔獣の子か? 凄いのを連れてきたな」ダヤンは相変わらず元気で安心する。

「親父、これ。領地の魔の森で採れた素材だ。使ってくれ」

「今じゃ御領主様だったな。大した出世だ。護衛までいやがるのか。ケンジだなんて呼び捨てして、俺は処罰されるのか?」

「何言っているんだ。馬鹿なことを言うなよ。だけど、俺は平民だがこの護衛は士爵だから、気を付けた方がいいかもな」

「おい、おっかねえな・・・」

「ケンジ、俺はそんなことはしないぞ。失礼なことを言うなよ」

 ボッサムが、ムッとして抗議している。冗談が通じなかったようだ。

「へ、へ。確かに護衛さんの方が偉そうだあ。まあ、以前と変わっていなくて安心したよ。ところで、ケンジは王都に帰ったばかりで知らないだろうが、この間スラムでおかしな事が起こってよ。凄い騒ぎになって、街の警備隊が調べているみたいだ」

「おかしな事? まさか魔物か?」

「馬鹿いっちゃぁいけねぇ。こんな処に魔物は居ねぇ。そうじゃ無くって、魔法が掛けられて家が新しくなっちまったんだと。あんなぼろ家ばっかり、物好きにも程があるって話だ・・・お前、何かしたか?」

「・・・・・ついでだったから・・つい」

「まぁ、俺は知らない振りしとくが、気を付けねぇとお前の力を利用しようとする奴が出てくるぞ。お前の知り合いは皆黙っているとは思うが、冒険者ギルドはどうか分からないだろ。余り派手に立ち回るなよ」

「俺が付いているから大丈夫だ。王にも知られているスキルだ。そこいらの貴族では手出しできまい」ボッサムの鼻息が荒くなった。

「王様か! そりゃあ頼もしい。じゃあ問題ないな」

 この国はモンダン国王の権威が非常に高いらしい。


 屋敷に帰ってきてボッサムにまた叱られてしまった。

「ケンジ。目を離した時にやらかしていたんだな。義足屋の親父の言っていたとおり、お前はもっと慎重に行動すべきだ」

「分かった。何気なくやってしまったんだ。これからは気を付けるよ」

「セバスから伝言だ。三日後に王との面会が決まったそうだぞ」

「何を言われるんだろうな。何だか怖くて・・・」

「何を怖がる必要があるんだ? 心配するな。若しかすると爵位を下さるかも知れないぞ。あれほど領のために頑張ったじゃ無いか。ケンジのお陰で領地は持ち直したんだぞ。もっと自信を持つんだ」

――ボッサムは、俺が召喚者だと言うことを忘れているようだ。

 マロが俺の手をペロリとなめて、慰めてくれる。思わずマロを抱きしめて、ふわふわの毛皮に顔を埋めて、不安を紛らわした。


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