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6 召喚者のアンデッド

 もう一度、今度はコッソリ一人で領都に来た。

「ここが廃業した宿屋か。かなり大きいな」

 他領から来た豪商が、十年ほど前に宿屋をやろうとしたが、直ぐに廃業してしまった。今は誰の持ち物でもないそうだ。「そんなことがあるのか? この世界では当たり前のことなのだろうか」

 領都の外れにあるため、一般客は来なかっただろう。冒険者向けの宿としては、造りが立派すぎて、客がいなかったのかも知れない。

宿屋にリペアーを先に掛けた。中に入って崩れたら危ない。それほどボロボロで今にも崩れ落ちそうだった。「たかだか十年でこうなる物だろうか?」

 だが、リペアーを掛けた後は、見違えるほど立派な建物に復元した。

「本当に宿屋だったのか? まるで金持ちの屋敷のようだ」

 中に入ってみると雰囲気が可笑しい。何となく背中がゾワッとする。若しかするとここは幽霊屋敷か? だから宿屋も廃業したのか。この分ではここを買った豪商は騙されてここを買わされたのではないか? 誰の持ち物でもなくなったというのもうなずける。お化け屋敷では、気味が悪いものな。

 だけど、俺は昔からお化けには耐性があった。何故かは分からないが、怖いと感じたこともない。以前の世界でもよく幽霊を見たことがあった。彼等は何かを訴えることもあれば、何もしないでぼーっとしていることもあった。憎々しげに睨んで、俺に呪いを掛けようとする物もいたが、俺には効かないようだった。これは俺の体質なのだろう。

 神官による術にも耐性があったのだ。生きた人間にはよく騙されたりしてイヤな思いをした。お化けの方が余程ましだった。

 だから、俺は平然と宿屋の中を歩き回り、異変の元を探し、各階を歩き回った。五階に上がり、異変の元が見付かった。最上階の屋根裏にそいつがいた。

 椅子に座り、こちらをじっと見ている。黒いローブを着た骸骨、片方の手には大きな杖を持っている。魔法使いだったのか?

【性懲りも無く、また私の餌になりに来たか。お前は冒険者か?】

「いや、ここの領主だ。君はアンデッドの魔物だな。ここが荒れているのはお前が魔力を吸い取っているせいなのか?」

【そうだ。魔力がなければ・・・私は消えて仕舞う・・・】

 魔の森にいればもっと力が強い魔物なのだろう。このアンデッドからは大して圧を感じられない。このままにしておいてもいずれ、この魔物は消えて仕舞うのだろう。

「お前は、人間だったのだろう? 普通の死に方が出来なかったのか」

【私をこの様にしたのはこの世界の魔法使いだ。お前の見た目は、私の以前の世界の人間に似ている。まさか、召喚者か?】

「そうだ、俺は日本から召喚されて、今この世界で生きている」

【お前も帰れなくなったのか。この世界はクソだ。勝手に人を召喚しておいて、帰す事も出来ない。俺は仕返ししてやった。だが、こんな姿になって仕舞った。死ぬことも出来ない】

「君はもう死んでいる。死にきれないのは思い残すことがあるか、それとも恨みが残っているかだろう」

【そうだ、この世界の物総てが憎い。お前も憎い!私の糧にしてやる】

 魔法使いの骸骨は杖を掲げて俺に呪文を唱え始めた。だが俺の頭の中には真言の言葉が被さって聞こえてくる。

【ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン・・・】

 以前使い方が分からなかった真言が、今頭の中に流れてきた。俺はその言葉をなぞりながら、刀を抜き身体の中心に構え、心で唱えていった。

刀が光り出し、魔法使いの呪文をはじき返した。骸骨の魔法使いはボー然としている。今度は、俺は声に出して真言を唱えてみた。

「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン・・・」

 骸骨の魔法使いは瞬間光って、シュルシュルと音を立てて消えた。後には、ローブと杖、そして数珠のような物を残した。

 確かこの真言は、不動明王の物だ。魔を払い浄化する。これはアンデットに効果のある真言だったのか?

 俺はその後、領主館に戻るとまた、熱を出して2日ほど寝込んだ。レベルが上がった印だった。


「なんで、おいら達がお化け屋敷に住まなけりゃぁなんねぇの!絶対にイヤだから」

 孤児院へ来て新しい住処が決まったことを告げ、院長らと共に宿屋の場所に連れてきたが、皆からはブーイングの嵐だった。子供は遠慮なんて無いのだ。

「お化けはもう退治したんだ。ここは広くて豪華だぞ。兎に角入ってみてくれ」

 院長は申し訳なさそうにしていたが、やはり腰が引けてなかなか屋敷の中に入ろうとしない。

「ここは何年も前から、お化け屋敷だったそうです。本当に除霊したんですよね」

「はい、きっちりと遣っ付けました。もう心配要りません」

 四十代の院長と、お世話係の女性は恐る恐る玄関のドアを開けて中に入った。

 中は想像を絶する豪華さだ。カーテンや家具やらにはリペアーをかけ終えていた。厚いフカフカの絨毯。シャンデリア。黒檀のテーブル。床板は頑丈な自然石の市松模様。調理室は広く、これから孤児達が使うには十分な設備が整っている。やや時代遅れの設備だが、そこは勘弁して貰う。石塀で使い切ったせいで、今は自由になる金は領にはないだろう。いくら領主といえども勝手に出来る予算は限られているのだ。

「以前と違って街の中心からは外れていますが、冒険者ギルドの隣です。魔獣を持ち込んで貰うには近くて良いでしょう?」

「そうですね、ここで冒険者達に食事を出せば、子供達にとっても良い仕事の経験になってくれそうです。領主様、本当にありがとうございます」

 最終的にはとても満足してくれたようだった。良かった。

 冒険者の話では、何度もあのアンデッドの討伐を考えたが、結局太刀打ちできなかった。あの魔物は屋敷の中だけで、外には出なかったため、これ以上の被害はないだろうとそのままになっていたそうだった。

 強力な魔法を放つ魔物だったアンデットには普通の魔法使いも太刀打ちできない。余程レベルの高い神官や巫女でなければダメなのだという。

――そうだったのか? では俺の真言は、神官と同じ力があると言うことか?

 これも人に話して良い事では無さそうだ。『真言』と言うスキルは神殿と繋がりがありそうな、イヤな予感があった。

 後日、孤児院長から、日記と書物が見付かったと連絡があった。それは俺が引き取ることにした。他にも何点か金になりそうな物もあったらしいが、孤児のために役立てて貰った。

 日記にはあのアンデットの半生が書かれていた。彼は召喚者だった。日本語で書かれた日記には、召喚された恨み辛みが、切々と綴られていた。

 彼が召喚されたのは、今から二十年前で、彼は元の世界へ帰ることが出来なかったようだ。神殿ではなく、魔法使いが興味本位で召喚したらしい。

 彼はその魔法使いから魔法を習い、そして五年で一人前になると、自分の師匠であった魔法使いを殺した。その際、魔法使いの師匠の最後の呪いによってあの姿になってしまったようだ。あの屋敷は師匠の物だった。書物もしかりで、大学ノートに書かれた日記だけが、召喚された彼の唯一の物だった。

 俺はその日記を荼毘に付した。この煙と共に彼の煩悩が消え、元の世界でもう一度生まれ変われることを観世音菩薩に願って。

【オン・アロリキャ・ソワカ】


          ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ケンジさん、凄いことになっていたんですね」

 久し振りに領主館に戻ってきたタクミが俺の話に耳を傾けていた。だが、俺はタクミが今までどこにいたのか気になった。

「タクミ、お前一体どこにいたんだ?何日もここに帰ってこなくて、心配していたんだ」

「イヤだな、子供じゃないんだから。僕はもう自分の家を買って住むことにしたんです。アンジェリーナとも正式に結婚しました」

「え!何時のまに。早技すぎだろ」

「へんだな。執事にもちゃんと許可を取っていました。何でケンジさんに言っていないのかな」

 ああ、何となく分かってしまった。俺が自由がないだとか、女の子を自分で選べないだとか文句を言っていたせいか。言うに言われない状況ってやつか。

「まあ、おめでとうだな。それで家はどこにしたんだ? ここの近くだろうな。金はどうしたんだ?」

「僕には金を稼ぐ術がちゃんとあります。結構稼いでいますんで。それに彼女のお父さんはお金持ちですよ。何も心配は無いんです。僕は自分の家族を早く作りたかった。もう一人ボッチにはなりたくないんで」

「お前には俺が付いているじゃないか。独りぼっちだなんて言うなよ」

「・・・・・済みませんでした。でも、ケンジさん。僕の心配なんかしないで下さい。じっちゃんはケンジさんのせいで死んだわけではないんです。変な責任感は辞めて欲しいな」

「・・・ああ、そうだな。悪かった」

 こちらでは平民は結婚式はやらないようだ。身内でパーティーをする程度だそうだ。神殿で祝福を貰えばそれで正式な夫婦になれる。近い内に領主館でもタクミの結婚のパーティーを開かせてくれと頼み込んだ。タクミは「エーッ大げさにしないで下さいよ。僕らは平民ですから」と言っていた。

 いつの間にかタクミは独り立ちをして、大人になっていた。何となく置いてきぼりにされた気分だ。俺の方が子供みたいだ。

「それにしても他にも召喚者がいたんですね。驚きです。この分だとまだ残っていそうですね」

「そうだな、以前、市井に追いやられた、俺みたいな召喚者がいた、という話も聞いているしな。どこにいるか全く分からないが」

「王都にはもういないみたいですしね」

 タクミにアンデッドの屋敷にあった魔法の本を見せてみると、

「召喚者にも一人魔法使いのスキル持ちはいました。彼女は本なんか無くても魔法が使えていました。若しかすると、本を読んで使える様に成れるかも知れませんね。魔力はあるんだから。これ僕に貸してくれませんか?」

 俺は、アンデッドが残した魔法の杖もタクミに渡しておいた。タクミが魔法の杖を作れるようになるかも知れない。

 タクミの披露宴は、本人の希望で控えめにすることになった。可愛い奥さんと二人で仲よさそうにしている姿を見ると、俺も結婚したくなってしまった。

「領主様、如何です? 早く奥方を欲しくなりましたでしょう?」

「いや、別に」

 執事のやつに言われたくは無い。王都へ行って嫁を探しに、社交をしてこいと尻を叩かれそうだ。

 王都へは帰りたいが、俺が帰っても良いのだろうか。一度王都のセバスに聞いて見なければ。決して嫁が欲しいとかではなく・・・・・王都のみんなに会いたいだけだ。そうだ、それだけだ。

「領主様、今度はいつ魔の森へ行きましょうか。そろそろ行ってレベルを上げる頃合いですぞ」

 ボッサムに言われて、そうしようかと思い立った。

 この頃は俺のやることは殆ど無くなって暇を持て余している。王都に帰るにしても、今のうちに魔獣を討伐しておけば、レベルも上がるし、お土産も出来る。王都の皆には見たこともないような素材を持って行ける。

 セバスに手紙を出した後、森へ一週間泊まり込みで魔獣狩りをすることにした。

 

「こんな事を言うと、神に対して不敬だと言われそうだけど、人間と魔物の違いが分からないんだ。ボッサムは以前言っていただろう、人間も魔石が出来るって。それは人間も魔獣や魔物と同じって事ではないのか?」

 騎士達と一緒に魔の森の近くに来て魔獣狩りをして、レベル上がりの熱も冷め落ち着いていた。今は騎士達と村で酒を飲んでいる。ほろ酔い気分で、日頃の悩みや疑問をボッサムについ、しゃべってしまっていた。

「確かに不敬だ。神殿でそんなことを言ったら大変な事になるぞ。だが、領主様が考えていることは、皆が感じていることだとも言えよう。俺達は同じ世界の理の中で生きているんだ。似ているのは当たり前さ。人間と魔物で大きく違うのは、魔力を自分で復活出来ることだと言われている。殆どの魔物や魔獣は、魔力が多い所で無いと存在できない。魔力を周りから絶えず補給していないと死んで仕舞う。だから、俺達は魔物ではない。不安は消えたか?」

 自分が不安に陥っているとボッサムに言い当てられて、気まずくなって寝たふりをした。

 次の日は森の奥まで進んで魔獣を倒していった。だが、レベルが上がる印は訪れなくなった。

「領主様のレベルはもうここいらの魔獣では、上がらなくなってしまったのですね。これ以上レベルを上げるには、もっと奥に行かなければならないでしょう。魔の森の最奥には、大きな魔獣と聖獣が入り乱れて混在しております。万が一聖獣に出会ってしまったら・・・・・迷わず、逃げましょう」

 若い騎士が俺に一生懸命説明している。

「聖獣? それは魔獣とは違うのか、ボッサム」

「魔獣の特性は昨日教えただろう。聖獣は我々と同じ、森を出ても生きられる生きものだ。この森の守り主として君臨している聖獣達だ。中央の泉には水竜がいるし、そこを守ってフェンリルという狼の王も聖獣の括りになる。彼奴らは人間がいると皆襲って来るのだ。聖獣という名前から想像できないほど凶悪で、怒らせれば森の外まで追ってくる。やっかいな生きものなんだ」

 討伐したいとは思わないが、見て見たい。竜だなんてロマンがありすぎる。

「俺はこれ以上レベルが上がらなくても良いよ。だからこれで終わりにしよう、君たちを危険に晒すわけにはいかない。だけど、聖獣は見て見たかった」

「そうか見て見たいか。良し!俺に付いてこい。騎士達はここで待っていて貰おう」

「騎士隊長!万が一領主様に何かあったら・・・」

「馬鹿もん!今の領主様はお前達が守ってやる必要は無い。むしろお前達は足手纏いになる」

 ボッサムと二人、森の中心にあると言う泉に向かった。お日様が中天にかかり始めた。急がないと帰りには日が暮れてしまう。森の中で夜を過ごすのは無理だ。

「ボッサム、俺の事はケンジで良い。一々領主様呼びは面倒だろう」

「そうさせて貰う。ケンジの方が呼びやすいしな。しーっ!」

 ボッサムのハンドサイン『待機』で、俺は静かにその場にしゃがんだ。

『ここに、いる』

『何匹?』

『三匹』

 息を凝らしてじっと待っていると、大きな白い狼が一匹と、小さな灰色の子狼一匹、白い子狼一匹がゆっくり泉の方からこちらに近づいてきた。

 灰色の子狼は一番小さく、毛は抜けてボサボサで、痩せ細っている。尻尾を後ろ足の間に挟み、白い狼の周りをおどおどして、絶えず様子を覗うようにしながら付いている。

――種類の違う狼か?家来なのだろうか。

 同じ子狼だが白い方は、大きい狼の前を歩いたりじゃれたりしている。

 狼たちは俺らに気付かないのか、直ぐに離れて行ってしまった。

「ケンジ、あれがフェンリルという狼だ。聖獣だ」

「俺達に気付かなかったようだけど」

「いや、気付いていたさ。敵意がなかったせいで、見逃してくれたのさ」

 目の前には綺麗な泉があった。泉の辺まで近寄って竜がいるか様子を覗うが、いないようだった。

「竜は今留守なのか?」

「泉の底で眠って居るようだ。どうする、もう少し待ってみるか?」

「いや、もう帰ろう。騎士達を待たせるのは悪いし。夜になれば危険だろう」

 残念だが、また次の機会があるだろう。俺達は駆け足で騎士の待つ場所を目指した

 ところが、帰り際、草むらにゴソゴソと蠢く気配がした。刀を抜き、草むらに分け入って見ると、先ほど見た灰色の子狼が今にも死にそうになっている。

 首を噛まれて声も出せない状態だ。俺は咄嗟に真言を唱えていた。

 子狼は小さく、柴犬ほどの大きさしかない。呼吸が穏やかになったので抱きかかえて、ボッサムの処まで戻ると、ボッサムは

「魔獣は森から出れば一年か二年で死ぬんだぞ。連れて行っても意味が無い」

「でも、まだ子供だ。可哀想じゃないか。どうせ死ぬのならもう少し穏やかに死なせてあげたい。それに丁度犬を飼いたいと思っていたんだ、俺は」

 ボッサムは呆れたように俺を見て、ため息をついた。




 


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