5 森の魔獣
屋敷から歩くこと八時間、まだ着かないのか?
「領主様が馬に乗れればもっと早く着きますよ。乗馬の練習もしますか?」
「いや、良い。これ以上訓練するのは時間的に無理だ」
意外に領主の仕事は多義に渡っていて、きちんと熟そうとすれば自分の時間が殆ど無くなるのだ。以前の男爵が領の金を使い切ったせいで、領の財政は大変な事になっていた。出費はなくなったのでこれからは持ち直すだろう。
「僕は習いたいな。ボッサム、僕に今度教えてよ」
ボッサムとは騎士隊長の名前らしい。俺は今知った。
「畏まりました。では、騎士達に言って魔馬を捕まえましょう」
「魔?只の馬はいないの?」
「普通の馬はここいらにはいません。他の領地にはいますが、買えば高いですよ。ロバは歩くほどの速さしか出ませんし。魔馬なら、森に沢山います」
この世界では馬も魔獣なのか。森に入らなければ危険は無いと言う事で、森の近くの村を拠点とした。
「森の近くの村が被害を受けているというのは間違いだったのか?」
「いえ、森の周辺の村は確かに被害を受けております。偶に大きな魔獣に追いやられて魔獣が出てきますので。この村には堅固な石塀がありますので安心です」
だったら総ての村に石塀を作れば問題は解決しそうだ。それほど心配することでもなかったのか。
「周りの村に石塀を作ろう。そうすれば良いのだろう?」
「それはそうですが、今までの領主様は金が掛かると言って話を聞いて下さらなかった物で・・」
確かに初めから作るとなれば金はかかる。リペアーでは無理だ。だが、そんなことは言っていられないでは無いか。早めに手配しなければならない。心のメモに記入して仕事の優先順位を上げておく。
「これはこれは、新しい御領主様。この村の長を務めております。ハンクと申します。これから森に入るのは危のうございます。明日になされませ」
「ケンジさん。僕、刀を作ってみました。使ってみませんか?」
「刀!ありがとう。早速使ってみる」
次の日の朝早くに村を出て一時間で森に着いた。俺は、腰に刀を差し、ボッサムの後ろを付いて歩いた。タクミは、弓を持って更に後ろを歩いている。
「あの木に魔獣がいるのが見えますか?タクミさん」
騎士の一人がタクミの補佐をしているようだ。
「ああ、狙ってみる」
矢は見事にリスに似た魔獣に刺さった。騎士が走って獲物を拾いに行くと、リスを咥えた狼に似た魔獣が走り去っていった。
「クソッ!盗まれてしまったのか。彼奴はなんという魔獣だ?」
「ブラックウルフですね。珍しく一頭でした。ウルフは普通群れで行動するはずなのに、はぐれウルフで助かりました。彼奴らに遭遇すればやっかいです」
ボッサムはじっと耳を澄ませて、辺りを覗っている。他の五人の騎士達は俺らの周りを囲んで、魔獣から守ってくれていた。
「ここいらにはめぼしい魔獣がいない、場所を変えましょう」
ボッサムは更に森の奥へ入って行った。俺は恐る恐るボッサムの後ろを付いていった。ボッサムは俺にも獲物を獲らせたいようだ。妙に熱が入っている。余り森の奥へ入って行って危険ではないのか?
ボッサムがハンドサインで、『しゃがめ!』と合図した。皆でササッとしゃがみ込む。すると十メートル先に背の高い鹿が草を食んでいる。側には子鹿もいた。
「先に子鹿を狙え、タクミ」
ボッサムに言われてタクミが子鹿に矢を放った。子鹿は首に矢が刺さりその場にドサリと倒れ、それを見た親鹿はビヨンと飛び跳ね、周りを見まわし、ギュイーンと鳴いた。
「さあ、領主様今です!一気に片をつけましょう」
何という無茶ぶりだ。これは難易度が上がっていないか? 仕方がないので言われるままに俺は、鹿の目の前まで走って行き、刀で鹿の首を狙って横になぎ払ったが、鹿は直ぐに飛んで、俺の一撃は躱されてしまった。こちらに向かい威嚇し始めた鹿は、角を俺に向けて突っ込んでくる。俺は横に逃げてすれ違いざまに刀を振り下ろした。
鹿の脇腹が、ザックリと裂けて内臓がどろりとはみ出す。俺の身長よりも背が高い鹿。俺の肩当たりに脇腹があったのだ。内臓が飛び出てもまだ生きていて俺に突っ込んでこようとした。俺は必死になって応戦する。今度こそ仕留めなければ危ない!
首を狙って、動きの鈍った鹿を迎え撃った。鹿の首が中程まで切れて血がびゅーっと噴き出した。鹿は、今度は動けなくなって倒れてくれた。
「よく倒されましたな!だが初めの一太刀は失敗です。もっと動きを観察して下さい」
こいつ!俺になにをさせたいのだ? 俺は、もっと簡単な魔獣を倒したかったのに。だが、鹿が死んだ後、身体に熱い物が流れ込んできた。俺はぶるっと武者震いをした。
「感じられましたか?領主様。それがレベルアップの瞬間です。魔獣を倒して大きくレベルが上がると経験できるんです」
それからは、更に森の奥へ進んで行き、タクミにも大きな獲物が宛がわれた。二人はその日一日で五頭の大型魔獣を倒した。騎士達はそれをじっと見ていて手を出さない。ボッサムに言われているようだった。本当に危なくなるまで手を出してはダメだと。
村に帰って、獲物を村人に総て与え、その日は早く休むようにボッサムに言われた。夜中、余りにも急激にレベルが上がったためか、熱が出た。汗ビッショリになり、ぐったりとして次の日も立ち上がれなかった。
二日後、嘘のように身体に切れがある。ありすぎて自分の身体でないような違和感があった。
「どうですか?領主様。まだ、魔獣狩りを続けられますか?」
「いや、今回はこれで終わる。だが、暫くしたらまた来ようと思う」
「そうですな、余りレベルが上がりすぎれば、身体の調整が付かなくなるでしょう。身体が熟れてからまた挑戦した方がいいです」
俺達が村で休んでいた間、騎士達は、魔馬を捕まえてきてくれた。森の西側の草原に群れていた魔馬を三頭ほど捕まえてきたという。
魔馬は、魔力が多い場所でなければ長くは生きられないとのことだった。今回捕まえてきた魔馬は、せいぜい二年か三年しか生きないだろうと言った。
俺の領地の騎士達は何と逞しいんだ。彼等はこの森で生きてきた精鋭達だった。魔馬の調教は時間が掛かるという。直ぐに乗りこなすのは無理のようだ。
ボッサムが後で話してくれたところによると、俺とタクミはレベルが高く元の魔力が多すぎて、普通の魔獣では、レベルが上がらないとのことだった。強い魔獣を倒さなければ、これ以上のレベルアップは難しい。
俺達のレベルは戦いで上がったレベルではない。戦闘とは違う分野のレベルだった。仕方がない処置でした。と言われた。その為に長い時間を掛けて鍛えてから、魔獣を倒したのだ。
確かに俺達は、レベルアップがしたいため、魔獣を倒すと言ったのだ。
タクミは、「これでまた一歩、匠の技が上がる」と喜んでいた。
「村に石塀ですか・・・」
「金がないのか?」
「いえ、お金は大丈夫になりましたが、良いんですか? 領主様は、これから王都に屋敷を構えて社交はなさらないのでしょうか」
社交だと? 執事に聞くと、以前の領主の王都での出費が嵩み、領地には手が回らなかったと言う。男爵の王都の豪華な屋敷は国に接収されてしまって、今はなくなっている。そう言えば、経済がよく廻っているはずの領地なのに、建物や施設は古ぼけていて、俺が手直しした物はかなり多かった。以前の男爵は金食い虫だったようだ。王都には俺の屋敷があるが、俺に社交など出来るはずがない。第一王都へ帰れるかどうかも分からないのだ。
「王都へは当分帰れないと思う。その分を廻して村に石壁を作ってくれ」
「畏まりました。ありがとうございます」
森の近くに位置していた村は五つ。堅牢な石壁が出来上がり、これで魔獣の被害は防げるだろう。
魔獣自体は、魔力が少ない場所には寄りつかない。小さな魔獣は結構出るが、それは大きな被害を出さない。村人でも対応出来ると言うことだった。
「他に問題があれば直ぐにかたづけてしまおう」
「はい!実は・・・」
「何かあるのか?早く取りかかろう」
「は、御領主様には身を固めて貰わないと、あと、タクミ様も」
え!それが問題なのか? 俺も二十五になるのか。だが、タクミはまだ十八だ。早くないか?
「御領主様の世界ではそうなのですか? こちらでは18歳は適齢期で、25歳は遅いくらいです。早めに決めていただかないと」
「おれは異世界人だ。来てくれる人はいるのか?」
差別とかはないのか?
「そんなことはございません。異世界からいらっしゃる方は、偶にいらっしゃいます。貴族には敬遠される節がございますが、ここではそんなことはございません。御領主様のお相手は・・・沢山います」
何だよ。言葉に詰ったな。本当はいないんじゃぁないか? 無理して結婚して貰わなくて結構だ。
「俺は当分結婚はしない。俺の世界では30歳でも独身は一杯いるんだ。焦らなくてもいい」
「そ、そうですか。仕方ありませんね。では、このお話はお断りましょう」
チョット待った!何? いるの? 俺の相手をしたいって言う女の人。
「・・・会うだけ会ってみても良いかもしれない・・・」
俺達のお相手は平民だった。領の中でも裕福な村長の娘や、豪商の娘だ。俺達は別に貴族ではないから、十分だ。とっても可愛い娘だった。だが、ボッサムから待ったがかかった。
「ダメです。これから領主様は貴族になられる公算が大きい。平民だと対応出来なくなります。王都へ行って、奥方を探したほうが良い」
何という無茶ぶりだ。俺に探してこいと言っているのか? タクミは、平民の方がいいと言って、気に入った子と素早く婚約してしまった。クッソウ!俺だって平民で良いのに。何故こうなる?
「タクミはまだ早くないか?」
「でも、アンジェリーナに一目惚れしたんだ。可愛いし、話が合うし」
「そうか、俺も平民が良い。あの子で良いのに。何だよボッサムのやつ。途中から口だしするなんて。酷いと思わないか?」
「ケンジさん。若しかして女の子と付き合った経験が無いでしょう? 名前も覚えていないみたいだし。一目惚れというわけでもなさそうだし? がっつきすぎです。それにケンジさんは領主ですよ。ボッサムの言った通りにした方がいいです」
何となく負けた気がする。確かに女の子と付き合った経験は無かった。だけど、あんなに可愛い女の子だったんだぞ。名前は・・・覚えていないが。
勿体なくて涙が出てきた。俺でも良いと言ってくれる希少な可愛い子に、これから出会えるのだろうか。
俺はまだ王都へは帰れないから、探しには行かないと、ボッサムに言った。取り敢えず結婚の話はなくなった。この頃タクミは屋敷にいない。アンジェリーナと愛を育んでもいるのだろう。俺はもう保護者ではなくなってしまったようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
領都の視察に来て、問題が見付かった。
孤児院の子供達が、俺に文句を言いに来たのだ。
「領主様のせいで、俺達の食いもんが高くなってしまった!」
何のことかと話を聞くと、彼等が解体屋から何時も只で貰って居たファングタートルが、金を取られるようになってしまったらしい。タクミのお陰で、亀のおいしさが知られる事となり、捨てられていた物に値が付いて仕舞ったという。それは悪いことをした。
「お前達はどこに住んでいる?」
彼等の孤児院へ行って見ると酷いぼろ屋だった。こんな大切な事を見過ごしていたとは。俺は早速リペアーを掛けて見たが、元々の建物自体が安普請で、これでは冬は辛いだろう。
「これから、孤児院を建て直してやるから、暫くは我慢してくれ。食いもんだが、亀の魔獣は半分はここに持ってくるようにしてやる。お前達は解体を覚えろ。そして料理をして売れば良い。俺の知り合いに美味しいレシピを教えて貰え。これでいいか?」
「うん、ありがとう叔父さん!」
クッ!またも叔父さん呼ばわりされた。まあ、子供にとっては俺は叔父さんに見えるんだろう。一々目くじらを立ててもしょうが無い。
一件落着だな。
領内は至って平穏だ。ルクセンの家に寄ってみることにした。俺の護衛として騎士の一人が付いてくる。
ルクセンは、レベルが上がり、今では高ランクの冒険者になっていた。
「オオ、久し振りじゃぁねぇか。随分鍛えているな。領主って言うのはそんなに大変なのか?」
「いや、大変は大変だけど、これは鍛えて貰って居るんだ。俺もレベルを上げたくてな」
「ほほう、じゃぁ、今度一緒に魔獣狩りでも行くか?」
「そうだな、この頃は仕事もなくなって暇になったし、行って見るか」
「領主様!勝手に決められては困ります。ボッサム騎士隊長に、また叱られますよ」
「・・・・・」
「自由がねぇんだな。領主って。まぁ、その内に行ける様になったら誘ってくれ」
本当だ。領主なんてつまらない仕事だ。領がよく廻っていれば、居ても居なくても良い存在で、自由なんて全くないし、好きな子とも結婚出来ない。
「・・・俺は領主を辞めたい」
「領主様!何と言うことを。ダメです、弱気になられては。ここの領は領主様のお陰で、住みやすくなったのです。私達を見捨てると言うのですか」
騎士に言われてシュンとする。俺は別に普通のことをしただけで大した事をしていない。今までの領主がアホなだけで、他の貴族だって良い奴はいるだろうに。俺はここで一生過ごす自信は無くなった。せめて可愛い奥さんが欲しい。
屋敷に帰ると、早速ボッサムと執事に掴まりお説教が始まった。騎士と同じ事を言われ、益々落ち込む。
「分かった。冗談で言ったんだ。そんなに怒らなくっても・・・そうだ!孤児院の事があった。孤児院に出来るくらいの広さがある空き家はないか?」
「空き家ですか。そう言えば冒険者ギルドの隣に古くなって危ないという廃業した宿屋がありましたが、そこではどうでしょう」
「ああ、それはもってこいの場所だ。彼奴らに解体を教えて、亀の料理の仕方も教えてやってくれ。俺はその宿屋にリペアーを掛けてくる。じゃあ、後はよろしく」
俺は、早々に逃げ出した。




