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20:春の訪れ

最終話です。

 弾ける音とともに快晴の空に火の花が咲く。それに負けじと咲き誇る花々は都を彩り、吹き抜ける暖かな風に花弁を揺らし、人々の目を楽しませる。それでなくとも賑やかな都は、いつも以上に華やいでいた。


 混乱のうちに終わってしまった春来祭のやり直しが発表されたのは、ほんの数日前のことだ。誰もが驚いたがそれよりも、祭りに続いて起こった不穏な出来事が解決されたのだと安堵する気持ちが大きかった。そして、その気持ちのままに再度行われた祭りは盛り上がっていた。


 そんな中、皆が案じたのは儀式はどうするか、だった。

 儀式の中断が一連の事件の発端であり、やり直すのも仕方ないとは言える。しかし、春はもう来ているし、また万が一儀式が中断したらと思うと、手放しで歓迎という訳にもいかなかった。


 そんな人々の思惑を知って知らずか、祭りの中で行われるのは褒章式だと伝えられた。国の危機を救った者達に栄誉と感謝を送る催事だ。それならば誰もがすんなりと受け入れた。

 褒章式が行われるのは王宮広場で、一般にも公開されるとあって、朝から人々が集っていた。今か今かと待ちわびる国民を散々焦らすように待たせてようやく、王がその姿を現した。


「親愛なる我が国民よ!」


 舞台の両脇に控える騎士達が槍の石突で床を打てばざわめきが薄まり、そこに王の堂々とした声が通っていく。


「今日は国を救ってくれた者達を、皆に紹介したいと思う! その前に、此度の出来事について説明しよう」


 誰もが気になっていた事柄が明かされるとあり、どよめきが起こる。王の目配せで騎士がまた床を打ち鳴らし、静粛を求める。鎮まるには時間が要ったが、王は根気よく待ち、おもむろに口を開いた。


「此度の発端は、二百年前に国を襲った竜の復活にある」


 息を飲み、不安な表情を浮かべる人々を安心させるように微笑みながら、王は続けていく。


「かつて『春告げの騎士』によって倒された竜は、二百年の時を経て復活し、またもや春を狙い、儀式に乱入してきた。そして宝剣を奪い去ろうとしたが、それは我が国の騎士により防がれた。そしてその騎士はとある者の力を借り、その竜を倒した。我が国には安寧を取り戻したのだ!」


 人々に受け入れられやすいよう、虚実を混ぜた真実に地面を揺らす程の歓声が上がる。今度は王も抑えようとはせず、一緒に喜びを分かち合う。ひとしきり騒ぎ、興奮が少し落ち着いてきた頃、やっと本題へと入った。


「皆と同じく、私も心から嬉しく思っている。故に彼らを皆に紹介しよう! 喜びを以て迎えてほしい! 騎士ユージーン・ベルファイス!」


 名を呼ばれたジーンは緊張の面持ちで舞台の上へ上がる。

 前回乗った時は儀式の時で、あの時はこんな事になるとは思わなかった。憧れていた者になれたと喜んでいたが、本当の意味で憧れていた者と同じになれた。こんなに素晴らしい事があるだろうか。

 あの時も思ったが、あの時以上に、今この瞬間が人生で一番幸せだと思えた。


「そして、我らが良き隣人、アイネス!」


 続けて呼ばれた魔女がゆったりとした足取りで舞台へ上がってくる。

 太陽の下で白金の髪が煌めいて、白い肌は少しだけ高揚している。そして快晴の空と同じ色の瞳を嬉しそうに細めている。


「ひれ伏すのである。人間どもよ、お姫さまの前にひれ伏すのである!」

「人がいっぱいなのよ~。美味しそうなのはいるかしら~?」

「拙者は騎士達と手合わせしたいでござる」


 当然のようにぴょこぴょこと後ろを付いてくる従者達は相変わらずで、大勢の前でなければ叱りつけたい気もするが、彼らは人の世の外の存在。王の言う通り隣人なのだと言い聞かせて、流しておく。

 ジーンは近づいてくる魔女に手を差し伸べれば、そっと白い手が重ねられる。二人はそのまま民衆の前に立った。


「皆も聞いたことがあるだろう。彼女は白天山に住まうという、通称・冬の魔女だが、その正体は『聖なる乙女』であった。我らはその事実を失伝し、永らく彼女に対して不遇の扱いをしてきた。まずはその事を詫びねばならない」


 そう言って王は魔女へ深く頭を垂れる。その行動には集まった人々だけでなく、国の運営を担う側の者も驚きを隠せずにいた。国の頂点に立つ人が謝罪するという事は、それだけ大それた事なのだ。それでも王はあえて謝罪をしてくれた。


「我らが礼を失していたにも関わらず、彼女は国の一大事に舞い降り、助力してくれた。今一度、皆、感謝の拍手を!」


 割れんばかりの音が響き、魔女は目を丸くする。けれども決して嫌がっている訳ではなくて、照れているのか少しだけはにかんだ。


「良かったな」


 彼女の献身が人に受け入れられ、報われたのだと思えば、ジーンも嬉しくなった。


「あなたのおかげよ、ジーン」

「いや、お前自身の行いの結果だ」


 その身を眠りにつかせても人を信じ、竜を倒す(すべ)をくれた。そして現在も春を取り戻そうと努めてくれ、彼女がいなければ解決はしなかった。


「ありがとう、ジーン」


 王の演説は続けられ、今度はジーンに対するものになる。


「彼は一人、竜の元へ飛ばされ、それでも諦めずに戦い続けてくれた。そしてアイネス殿の力を借り、ついには竜を打倒したのだ!」


 またもや上がる歓声の中、魔女は悪戯っぽい笑みを浮かべてジーンに目配せする。そして視線を遠く空へ向けた。ジーンには捉えることができないが、おそらくその先には様子をうかがっている小さな竜がいるのだろう。すっかりその身に馴染んだ『春告げの騎士』は、小竜生活を満喫している。


「その功績を称え、騎士ユージーン・ベルファイスに『春告げ』の称号を与え、若草勲章を与える!」

「はぇ……?」


 虚を突かれて間抜けな声が飛び出てしまう。

 打ち合わせでは称号を貰えるというのは聞いていたが、勲章まで与えられるとは思わなかった。戸惑いから戻れずにいるまま王の前に出されれば、王はしてやったりと言う顔をしていて、サミュエルとの血の繋がりを嫌というほど実感した。

 勲章のメダルを付けてもらったジーンが下がると、王の視線は魔女へと向く。


「そして良き隣人にも、感謝の品を送ろう」

「それなら私、欲しいものがあるの」


 やはり打ち合わせとは違う発言に、今度は王が驚きを隠せない。


「私、彼が欲しいわ」


 魔女はするりとジーンの腕に手を回す。


「彼を貰って行っても良いかしら?」

「は?」


 この褒章式は自分を驚かす会だっただろうかと、本気で考えてしまう。それが現実逃避であるとは頭の片隅で理解していたが、意識は気付くのを拒んでいた。


「あー……彼か……」


 王はちらりと舞台の側に控える息子に視線を向け、息子が大きく頷いたのを見て取ると、魔女に向き直った。


「許可する。好きに持って行ってくれたまえ。ただし、有事の際は帰して頂きたいが」

「陛下!?」


 本人の意思を無視して進む話に動揺が収まらない。そんなジーンを気にも留めず、魔女はにっこりと魅力的な笑みを浮かべた。


「ありがとう。それじゃあ行きましょうか」

「は? え? うぉっ!?」


 驚き狼狽えている内に視界が歪曲し、微笑まし気な王や、盛り上がる人々の姿が見えなくなる。

 久々の感覚に酔いそうになりながらも、視界がはっきりした時には何とか踏ん張って転ばずに済む。場所は王宮広場から魔女の城の、最初に足を下ろしたバルコニーに居た。


「やったのよ~! ジーンを頂いたのよ~」

「違うのである! 貰ったのはお姫さまなのである!」

「まぁ良いではござらんか。一緒に居る事には変わりないでござる」


 跳ねながら喜ぶウサギ達の元に、小さな翠の竜がまとわりつく。


「そんじゃパーティーだね! ごちそうだー!」

「そうね! 張り切るのよ~!」

「手伝うでござる」

「お前ら、変なものを作るな、なのである!」


 慌ただしく小さい者達は立ち去って、後には二人だけが残される。ようやく理解の追い付いてきたジーンは魔女に詰め寄った。


「おい、魔女! 一体、どういう——」

「アイネス、よ」


 唇に指を当てられ、むくれた顔で窘められたジーンはたじろぐ


「一度名前で呼んでくれたでしょう? できれば名前で呼んでほしいのだけれど?」


 上目遣いでねだられ、視線を逸らしながらおずおずと口を開く。


「あ、アイネス……」

「なぁに?」

「何で俺を連れて来たんだ?」

「あなたが好きだからよ」


 さらりと告げられた言葉に息を呑み、魔女をまじまじと見詰める。


「あなたが好きよ、ジーン。一緒にいたいの。だからちょっと強引に連れてきちゃった。でも、あなたが嫌ならきちんと帰すわ」


 どこか心もとない様子で魔女は瞳を揺らす。


「私と一緒はいや?」

「い……いやじゃない……」


 何とか声を絞り出せば、どんな花でも褪せて見えるような笑顔がジーンへ向けられる。その顔に見惚れ、思考が止まりそうになったが、それよりもまずはっきりさせるべき事がある。


「し、しかし! お前は『春告げの騎士』と恋仲なんだろう?」

「え? アレクサンドラと?」

「アレクサンドラ?」


 互いに困惑した顔を向け合ってしまう。


「えっと……あの人——『春告げの騎士』はアレクサンドラと言って、女の子よ。騎士の真似事をしているお転婆王女って、有名だったわ」

「はぁあああ!?」


 ジーンが絶叫すれば、魔女は身を竦ませた。


「女? 女が騎士? しかもあんな強い?」

「あら、偏見は良くないわ」

「いや、そうなんだが……」


 言われて人間の姿を思い出してみれば、確かに思ったより華奢だったし、声も男にしては高めではあったが、中性的なだけだと思っていた。女、しかも王女だったなんて、憧れの存在の更なる真実に、何度目かの思考停止が起こる。


「という事で、彼女とは恋仲では無いのだけれど、私の想いは受け取って貰えるのかしら?」


 思考回路が麻痺しているジーンに、魔女はもう一度問いかけてくる。


「お前を幸せにするのは『春告げの騎士』だと思っていた」

「あら。なら問題無いわね。だってあなたは『春告げの騎士』でしょう?」


 聖なる乙女から剣を借り受け、竜を倒し、春を取り戻した。伝承のそのままの『春告げの騎士』だ。


「ああ、そうだな」


 ジーンは魔女を引き寄せると、その紅く色づいた場所へ口付ける。

 柔らかな感触と甘さを味わっていれば、背中に細く白い手が回って二人の距離は更に近くなる。名残惜しみながらも、伝えるべき言葉を口にするために、少しだけ顔を離す。


「お前が好きだ、アイネス」

「私もあなたが好きよ、ジーン」


 互いに伝え合い、微笑み合った二人はもう一度、唇を重ねた。

次、エピローグです。

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