12-3話 街灯のひとつの下に作者はいた
気がつくとおれは仲間と離れて、ブナの木がある小高い丘の上に立っていた。そこはだいぶ前にバトルフィールドで真物語部と戦ったあと、よりリアルっぽい世界に戻ったときの場所だ。
日は暮れていて寒く、南東の方向にはショッピングモールと駅の灯り、その先にはおれたちの学校、東隅のあたりが火で燃えているのが見えた。たくさんの消防車のサイレンの音も聞こえる。
前に来たときには気づかなかったが、丘には遊歩道と街灯があり、ブナの木から数十メートル離れたところは小さな広場のようになっていて、その広場にある街灯のひとつの下に作者はいた。
作者はおれにこう言った。
「11月7日午後5時3分13秒、失速した小型飛行機がきみたちの高校、物語部の部室に激突・炎上した。時間が遅かったのでほかの生徒や教師に被害はなかったが、部員の6人は即死した。なぜそんな時間になるまできみたちが学校にいたのかというと、アニメ『物語部員の生活とその意見』の最終話をまだ見ていなかった4人と、もう一度見ることになったふたりが、アニメに集中していたからだ」
「え…おれたちって死んじゃう、っていうか、もう死んでるんですか?」
「まあ歩きながら話そうじゃないか。そういう話もあれば、そうでない話もあるし、きみたちが出てこない話もあるよ。58493の可能な世界のいくつかがそうなる、ってだけのことだ。私もその世界のすべてを書けるわけじゃない。せいぜい200か300ぐらいだろうな。ところできみは、サマラの町に関する話を知っているか」
「知ってます」
*
バグダッドの商人の召使が主人に、今日の朝、市場で死神を見たが、なんかどうもびっくりしていたようだった、と話す。
主人は召使に馬を与え、急いでサマラの町へ行け、と言う。
その日の午後、用ができたので市場に行った商人は、そこで死神を見つけ、なんで召使にびっくりしたんだ、と聞く。
死神は、今夜あなたの召使にはサマラの町で会うことになっていたのに、こんなところで会ったのでびっくりしました、と言う。
*
「この、私が作った物語のテーマもそれと同じだ。つまり、運命は変えられるか、ということだな。自分が誰かの物語の中の登場人物だったことに気がつく男が出てくる映画の話は知っているか」
「知ってます」
「なんでも知ってるんだな」
*
その作者は三人称の視点で書くので、主人公はある朝、いきなり作者の声が聞こえてくる。
平凡な税務署の調査員だった主人公は、その声が「そのときにはまだ彼は、自分が死ぬことになるとは知るよしもなかった」というナレーションに不穏なものを感じ、物語を扱う大学教授のもとに相談に行く。
なんとしてでも作者に会わなければ殺されてしまう、と思った主人公は、出版社に行き、ぼくはこの作者の登場人物です、と言うが当然そんなことは信じてもらえず、しょうがないので税金の書類で住所と電話番号をつきとめる。
スランプ気味だった作者は、うまいこと登場人物を殺すアイデアが出て、スラスラと書きはじめる(タイプする)ところに登場人物が出て来て驚くが、完成原稿を出版社に渡す前に読んで、と、プリントアウトしたものを登場人物に渡す。
それを読んだ大学教授の意見は、こうだった。
「傑作だ。だが、この話ではきみが死なないと傑作にならない」
*
「この話のオチはともかく、これも運命は変えられるか、というテーマの話ですね。ところでなんで延々と、丘の遊歩道を歩きながら、こういう説明的な話をしなきゃいけないんですか。おれ、まだ夏の格好なんで、すげぇ寒いですよ」
「だらだら歩くのは特に意味はないんだけど、座って話していると画面的につまらないからだな。説明は、私の話のテーマがわからない人もいるかもしれないので、少していねいにやろうかと思ってた」
「それと、アニメを見ていた6人は死んじゃうんですね、あなたの物語のうちのひとつでは。ところで、アニメの中の登場人物はどうなっちゃうんですか」
「えーと…それはどうなるんだったかな。あっそうだ、きみが考えることになってるんだ」
「マジで!?」
「その『マジで!?』ってのやめてくれないかな」




