7-6話 さようなら世界夫人よ
そして私はこの神社の石段を降り、路上に置かれた電子マネーも使える自動販売機でペットボトルの日本茶とアイスミルクティーを買って、石段をまたのぼった。石段の最上段の紺野陽は、薄紅色の半袖ブラウスときつね色のミニスカートに薄白色のニーハイソックスで、パンツが見えそうで見えないような、微妙なすわり方をしていた。
「きーみがーつーくる、この話でたらめー」と、私の左どなりで、日本茶を受け取ったハルちゃんは歌った。
「それ、なんの歌?」
「でたらめな歌かな?」
私はここでくすり、と笑うはずだったんだけど、なんか笑いが止まらなくなって困った。感情のコントロールって難しいんだよな。失敗したテイクは多分最後、スタッフロールと共に流れるNG集で使われるんだろう。
「えー、千鳥紋さんそんなに笑っちゃえるキャラだったんだ」
「あったり前やん。いつも冷静で「茶番だわ」とか言ってるキャラなんて、この話は嘘です、みたいな演出だっつーの」
それから私たちは、いろいろな歌を歌った。ザ・ピーナッツとか、ゆずとかですね。その歌声は、多分すくすくと育ってすっかり緑色になった初夏の水田を越えて、ずっと先まで届いたことだろう。
私は、ちょっと一休みして紅茶を飲みながら、右どなりの作者に話しかけてみた。
「ところで、どう? 今回の話はうまくいった?」
「まあそれなりなんじゃないかな。ちゃんときみがふたりいる、って設定と、「きつねの窓」の設定も使えたしね。しかしきみの一人称語りは難しいんだよ」
「それから、もうひとつ聞きたいことがあるんだけど。物語っていうのは、登場人物の誰かが最初と最後で変わる話だよね? 最初は平凡な主人公が、ヒロインのピンチと救出を経て、生き方を考えなおす、みたいな」
「うん、そういう話もあるけど、実はこれ、もう少しダラダラした、部員のみんなが主人公にヘアトリートメントもらうだけ、みたいな話にしたかったんだ。そういう方向にはならなかったのは、メタフィクション意識しすぎたね」
「私が聞きたいのは、あなたのほうは変わったのかどうか、っていうこと。物語って、作者も書くことで変わる、つまり観察者や創作者が、登場人物の影響を受けるとか、そういうのないの?」
「うーん…寝る時間が早くなった、かな? 今までは夜中に映画見るとか夜更かししてたんだけど、午前0時前には寝るようになったんだ。つまり、このテキストの1回分、だいたい2000字を、ネット見ながら2時間ぐらいで書いて寝る。本当は夜中に書いた文章は恥ずかしいので翌朝チェックしたほうがいいんだけど、難しいな。ああ、そろそろ彼の出番なので、私は消えることにしよう」
少し錆びている自転車に乗って、立花備は、妹にアキバで初回限定盤のエロゲを買うように命令された兄ぐらいの勢いでやって来た。そして、長くも短くもない神社の石段を、コンビニの袋を持ってあがりはじめた。
「まったくもう…エマージェンシーコール何度目だよ。あれ、千鳥紋先輩も一緒なのか。ちっとも知らなかったよ。そう言えば先輩、いつもだいたい単色のワンピースなのに、今日はチェッカーフラッグみたいな格子縞なんですね。あと、紺野、パンツ見えてるぞ」
「…それはともかく、遅いよ、備ちゃん」
「遅いわ、立花くん。それからこれは千鳥紋、英語で言うとハウンドトゥースチェックね。地の模様と図の模様の組み合わせが優雅に組み合わさってる、まるでエッシャーの絵みたいな奴よ」
合体するときに、本当はグレーのワンピースになるはずが、どうも失敗したらしい。
「あのさ、立花くん…第二次大戦中、硫黄島で戦った米軍兵士と旧日本軍兵士は、40年後に同じ場所で再会して…黙ってお互いにハグして涙を流すだけだったの…」
「な、なんですかいきなり、千鳥先輩。あの、ハグするのはおれのモテ期みたいなもんだと思いますけど、泣いてる先輩ってはじめて見ました」
*
「…というわけなんだ、備ちゃん」と、ハルちゃんは言って、立花くんが買ってきたコンビニのいなり寿司を食べながら説明した。
「なるほど、そういうわけだったんですか、千鳥先輩。おれはてっきり、敵はあの変態の生徒会副会長だとばかり思ってました。どうもすみません」と、立花くんは言って私に謝った。
立花くんが買ってきたコンビニのいなり寿司は4個あった。
「だいたいこいつのエマージェンシーコールって「今すぐ来て」ってので、それもだいたいいなり寿司の購入要求なんで、もう先に買ってくることにしたんです。ところがいつものコンビニで3個パックのが売り切れてて、結局駅の向こう側の、ショッピングモールまで、清の自転車借りて行ってきたし」
「3個パックって…確かにこのいなり寿司系は、1個だと少ないし、2個だとちょっと多いわね。どうやってふたりで食べてたの?」
「ふたりで1個ずつ、で、残りの1個を半分に割って食べてました」
「そ、備ちゃん、だめだよそんな、千鳥紋さんの嫉妬ゲージが上がるようなこと言っちゃ」
「なるほど。これを食べるのに割り箸はいらないわね。それから、あなたたちは1個ずつで、私が2個食べることにするわ」
私は割り箸を力いっぱい折った。
しかし、これとアイスミルクティーは、どう考えても合わないよなあ、と私は思った。
ちなみに作者は、カルパス食べながらビール飲んでこの話を書いてます。
カルパスも1本だと少ないし、2本だと多すぎるんだよね。
どうっすか、読者のあなたも、半分ぐらい食べる?




