7-5話 誰が千鳥紋を殺したのか
「ぼ、僕はあなたを殺してなんかいません、本当です」と、紺野陽はいかにも本当のことのように言った。
私(黒)は、というか私(黒)たちは、死んだり殺されたりすることはないので、それは確かに本当だ。
「あの無益な殲滅戦で、私たちは兵力の80%を失い、その際の情報が再構築されたという連絡は来ていないので、ハルちゃんたちのほうから情報仕入れたらなんとかなるところもあるかと思ってさ。大丈夫、復讐とかないから。その、私の上のほう、っていうか、上層概念に当たる存在が情報提供を希望してて」
この、素数が交差する58493の可能な世界のすべてに、私(黒)たちはたどり着いているはずだ。もっとも一部は6年前、2011×23の46253の、さらに前だったら1993×5の9965の可能な世界に行っていたものもいる。
「そうだね、そう言えば樋浦姉妹さんがこっちの小学校に転校して来たのも、私が死にかけてたのも同じ6年前だったっけ。学区が違うから、同じ小学校じゃなかったけど」と、私(白)は言った。
私(白と黒)は、両手の親指と人差し指でハルちゃんをロックオンした。フレームの中にはツインテールの美人さんというより可愛い子の代わりに、しっぽが9つある小さい狐がいた。
「なるほど、ハルちゃんも全機能回復してないんで、戦闘モードになれないんだね。ふーん、そのしっぽの部分に何か隠してるな? おねえさんにちょっと見せてもらえないかなあ」
「もうしょうがないので全部言います。ひとつのしっぽに地球計算で97年、全部で873年分の記憶が保存できるようになってるんです。たしかにそのフレームは結界で、それ作られるとその中で僕は無力なんですが、そのかわりフレーム作ると同時に僕に触ったりすることはできませんよ? 両手使うんだから」
9つのしっぽはそれぞれ少しずつ色が違っていて、古いのが濃いきつね色で、新しいのは色が薄くて、先のほうが3分の1ほど白くなっている。多分まだデータがいっぱいになってないんだな。
「いやいや、できちゃうんだな、これが」と、私(黒)は言った。
つまり、左どなりの私(黒)は左手の親指と人差指で、フレームの上と左側を作る。
右どなりの私(白)は右手の親指と人差指で、フレームの下と右側を作る。
「ほら、こうすれば黒の私の右手と、白ちゃんの左手が使える。ザ・ピーナッツが「恋のバカンス」を歌ったときと同じ、シンクロではなくミラーの動きだな」
「黒ちゃん、それはいくらなんでも古すぎてみんなわかんないんじゃないかな。「ライオンは強い」ぐらいじゃないと」
「ああ、あの歌もふたりでよく歌ったなあ」
ということで、私(白)は大変申し訳ないと思いながらハルちゃんの首を押さえ、私(黒)はしっぽの付け根をいじりはじめた。
「ふーむ、割と簡単な接続構造になってるんだな」
ここらへん、多分ハルちゃんがヒトの形だったらとてもテレビ放映できないようなものになってる。
フレームを外した私(黒)の手元には、完全にはきつね色になっていない最新のしっぽが残り、とてもはあはあして少し顔を赤くしている美少女のハルちゃんが見えた。
「それ…プロテクトがかかってないのは軍事機密データじゃなくて…あくまでも個人データなんで。多分解読キーが不明だとたいした情報は…得られないんじゃないかと…」
「まあいいや、とりあえずデータは抜いて転送しといた。解読できない情報などないのだ」と、私(黒)は言った。
私(黒)は、石段の上にしっぽを置いて手を合わせ、それを広げた。視覚と聴覚の立体映像、ただしハルちゃん視点のものが私(黒)の両手の間に展開する。そこには戦闘モードで完全武装した私(黒)とだいたい同じようなものが、ヒトの形をしたハルちゃんとだいたい同じようなものの生体破壊をしようとしているものが見えた。そして、その前に立ちふさがった別の者の姿も。
「なるほど。ハルちゃんを助けたのは、やっぱり赤毛のパンク野郎、つまり立花備くんだったんだな。あ、ごめん、今はテンポラリー・ファイルで情報処理してる状態だったよね。もうしっぽは返すから」と、私(黒)はハルちゃんに言った。
「本当にもう…普通にお願いしてくださいよ。あの殲滅戦はとうの昔に歴史になっていて、お互いの情報交換も、上位階層レベルではある程度進んでるんです」
「なんか、あんたと立花くんが仲良すぎるんでちょっと嫉妬しちゃうんだ。嫉妬…ってのも変かな」
黒と白の私は再び同一の私になり、立ち上がったハルちゃんはお尻を少し動かして、受け取ったしっぽをどうもよくわからない方法で元に戻した。
「僕と備ちゃんとはどんな世界であっても戦友で、あなたはだいたいのときは敵でした。しかしもう、僕たちは悲惨な戦争に生き残った仲間、ということでいいんじゃないですか」




