↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〜エルフに転生した元病弱少女!剣も魔法も拳一つで『ボクシング』で超えていく〜  作者: あえch
拳

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/11

1章最終話 旅立ち

私はレオンを探して、城を出た。

エルフの城下町。そこは、私が今まで一度も訪れたことのない場所だった。

石畳の道には多くのエルフが行き交い、店先には色とりどりの商品が並んでいる。活気に満ちた街並みを見て、私は、思わず足を止めた。


ここが、レオンが案内しようとしてくれた場所。

こんな場所があったんだ。


お城の中でメイドとして働いていた時には、外に出る機会なんてほとんどなかった。毎日仕事を覚えるのに必死で、城の外にどんな世界が広がっているのか、考える余裕もなかったのだ。


「あなたが、あの人族の男を倒した子かい?」


不意に、近くにいたエルフから声をかけられた。


「本当にありがとう。あなたのおかげで、私たちは助かったよ」

「え……?」


突然のことに、私は戸惑った。

すると、その声を聞いていた別のエルフまで、こちらに近づいてきた。


「君が戦ってくれたんだってね。ありがとう」

「小さいのに、すごいことをしたんだな」

「い、いえ……そんな」


どう答えればいいのか分からず、私は曖昧に笑った。

褒められるのは、嫌じゃない。

むしろ、嬉しい。

けれど、あの時のことを思い出すと、素直に喜んでいいのか分からなくなった。


私は、あの男を殺せなかった。


自分の拳で追い詰めた相手を前にして、最後の一撃を振り下ろせなかった。結局、男を殺したのはルークだった。

もし、あの時、私が最後まで戦えていたら。

そんな考えが、頭をよぎる。


「どうしたんだい?」

「あっ、いえ! 何でもないです」


心配そうに顔を覗き込まれ、私は慌てて首を振った。

せっかく感謝してくれているのに、こんな顔をしていたら失礼だ。

私はもう一度、目の前のエルフたちを見た。

みんな、私に笑いかけてくれている。


あの戦いで失ったものは、決して小さくない。優しくしてくれたメイドさんも、もういない。戦いの中で感じた恐怖だって、簡単に消えるものではなかった。


それでも、私の戦いによって救われた人たちがいる。


私が拳を振るったことには、意味があったのだ。


「……ありがとうございます」


今度は、ちゃんと声に出せた。


「こちらこそ、本当にありがとうね」


そう言って、エルフの女性が優しく笑った。

私は小さく頭を下げ、その場を離れた。

少し歩いてから、もう一度だけ後ろを振り返る。

そこには、いつもと変わらない街の景色が広がっていた。

誰かが買い物をして、誰かが笑って、誰かが大切な人と話している。

あの戦いがあったからこそ、守れた日常がある。


そう思うと、胸の奥にあった重たいものが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。


あぁ、そうか。


私は、一人じゃなかったんだ。


そう思えたことが、嬉しかった。


私は前を向き、再び歩き出した。

レオンを探さなくちゃ。

彼が今、何を考えているのかは分からない。

でも、私には伝えたいことがある。

今度は、私が彼の話を聞く番だ。

私は街を抜け、レオンを探して歩き続けた。

途中で見つけた川で水を汲み、バケツを片手に再び歩き出した。


やがて、開けた丘にたどり着いた。

柔らかな風が吹き抜け、草花が静かに揺れている。遠くには森が広がり、空には雲がゆっくりと流れていた。


その丘の真ん中に、一人の少年が立っていた。


「しっ、しっ!」


レオンだった。


彼は拳を構え、何度も前に突き出していた。


「しっ! しっ!」


私は少し離れた場所から、その様子を眺めた。


……うん。


下手だ。


拳を振るたびに身体が大きく揺れ、足元も安定していない。腕を伸ばした後の戻しも遅いし、拳を出す時に身体の軸まで崩れている。


このままでは相手に攻撃を当てるどころか、自分から転んでしまいそうだ。


思わず、口を出したくなった。


足の位置が違う。もっと腰を使って。拳を出した後は、すぐに戻す。

教えたいことなら、いくらでもある。

けれど、私は口を開かなかった。


レオンは何度も拳を振っていた。


一発打っては構え直し、また一発打つ。上手くいかなくても、動きを止めようとはしなかった。


その横顔は、いつもの穏やかなレオンとは少し違って見えた。

何かを必死に変えようとしている。

そんなふうに見えた。


私は、ゆっくりと彼に近づいた。


そして、何も言わずに隣へ立った。


「……リリアさん?」


レオンが驚いたようにこちらを向いた。

構えていた拳が、ぴたりと止まる。


「ど、どうしてここに……?」


私は答えなかった。

ただ、彼の隣に立ったまま、前を向いた。

レオンは何か言いたそうにしていたけれど、やがて口を閉じた。


少しの間、風の音だけが聞こえた。


私は、レオンの横顔をちらりと見た。


彼はまだ戸惑っているようだった。それでも、私が何も言わないのを見て、ゆっくりと前を向き直った。


私は、小さく息を吸った。


それから、拳を構えた。


シュッ!


空気を切り裂くように、拳が走った。


シュッ、シュッ!


足を踏み込み、身体をひねり、拳を戻す。


余計な力は入れない。足元を安定させ、身体の動きを拳へと伝える。打ち終わった瞬間には、次の動きへ移れるように構えを戻す。


何度も繰り返してきた動きだ。


前世では、思うように動かない身体を抱えながら、それでも練習を続けていた。


もっと速く。


もっと強く。


いつか、誰にも負けない拳を打てるように。


病気で自由に動けなかった頃の私にとって、拳を振る時間は、自分の身体を自分のものだと感じられる大切な時間だった。


そして今、私は健康な身体を手に入れた。


走れる。跳べる。思い切り拳を振るえる。


その喜びを、私は知っている。


だからこそ、この身体で何ができるのか、もっと知りたかった。


シュッ!


私は、もう一度踏み込んだ。


拳が風を切る。


隣にいるレオンのことを考えながら、私は動きを続けた。

強くなりたいと思う理由は、人それぞれだ。


誰かを守りたいのかもしれない。

自分を変えたいのかもしれない。

生きるために必要なのかもしれない。


どんな理由であっても、強くなろうとする気持ちまで、誰かに否定されるものじゃない。


私は最後に一発、鋭く拳を突き出した。


シュッ!


風が頬を撫でる。

ゆっくりと腕を下ろし、息を吐いた。


「ふぅ……」


呼吸を整えながら、隣を振り向く。

レオンは、まだ私を見つめていた。

その目は大きく見開かれ、言葉を失っているようだった。


「……リリアさん」


ようやく聞こえた声は、少しかすれていた。


「ん?」

「今の……」


レオンは自分の拳を見下ろした。

何かを確かめるように、一度だけ拳を握りしめる。

それから、もう一度私を見た。


「リリアさんの拳、全く見えませんでした」

「……そう?」

「はい。拳を出したと思ったら、もう戻っていて……足も、身体も、どう動いているのか分かりませんでした」


レオンは困ったように笑った。


「僕がやっていたのとは、全然違いますね」


私は、何と答えればいいのか分からなかった。

ただ、彼が自分の拳を見つめる様子を見ていた。

やがて、レオンはぽつりと話し始めた。


「僕は森にいた時、同年代の友達ができたと思いました」

「うん」

「一緒に話して、一緒に過ごして……。リリアさんとなら、仲良くなれるんじゃないかって」


レオンは、少しだけ懐かしそうに笑った。


「でも、リリアさんは一角熊を倒してしまうし、戦いでもあんなに強くて……。僕は、何もできませんでした」

「……レオン」

「裸だったのはびっくりしたし、肌も雪みたいに真っ白でびっくりしたけど……」


ゴツンッ。


「痛っ!?」


私はレオンの頭を軽く殴った。


「そこは忘れて!」

「す、すみません……」

「もう!」


思わず頬を膨らませた。

まったく。どうしてそこで、その話が出てくるの。

けれど、レオンはすぐに笑うことをやめた。

視線を落とし、しばらく黙り込む。

さっきまでの冗談が、まるでなかったことのようだった。


「……人族との戦いを見て、思ったんです」


レオンは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「僕は、リリアさんみたいにはなれないって」


私は口を開きかけた。

けれど、レオンは続けた。


「戦っている時のリリアさんは、本当に強かった。あの男に何度斬られそうになっても立ち向かって……。僕は、見ていることしかできなかった」


彼の手が、ぎゅっと握られた。


「僕も、何かできたらよかったのに」


その声は、小さかった。


「少しでも力になれたら。リリアさんが危ない時に、僕も一緒に戦えたら。そう思ったんです」


レオンは、自分の手を見つめた。


「でも、実際には何もできなかった。僕はただ、小さな石をぶつけただけ。リリアさんが傷つくのを見ているだけだった」


私は、すぐに言い返したかった。

そんなことないよ、と。

でも、言葉が出てこなかった。

レオンが話しているのは、あの戦いで彼が感じたことだ。

私が簡単に否定していいものではない気がした。


「それで、考えたんです。僕が一緒に旅に出たところで、何ができるんだろうって」


レオンは、ゆっくりと顔を上げた。


「リリアさんは、これからもっと強くなると思います。きっと、いろんな相手と戦うことになる。そんな時、僕が一緒にいたら……」


彼は言葉を止めた。

少しの間を置いてから、続きを口にした。


「足手まといになるんじゃないかって」


風が吹き、レオンの髪を揺らした。


「だから、僕は……リリアさんの隣に立てるような人間じゃない。そう思いました」


胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

私は、何か言おうとした。

そんなことないよ。そんなふうに思わなくていい。


けれど、レオンはまだ話し終えていなかった。


「でも!」


突然、レオンが声を上げた。

私は驚いて、口を閉じた。

レオンは、握りしめた拳を震わせていた。


「同時に思ったんです。父上が憎いって」

「……アルベルトさんが?」

「はい。リリアさんを危険にさらした父上が、許せなかった」


その声には、今まで聞いたことのない強さがあった。


「もちろん、父上が何を考えていたのか、僕には分かりません。国のことを考えていたのかもしれないし、必要な判断だったのかもしれない。でも……」


レオンは、唇を噛んだ。


「リリアさんが死ぬかもしれないって思った時、本当に胸が苦しくなったんです」


彼の目が、かすかに揺れた。


「もう会えなくなるかもしれない。あのまま帰ってこないかもしれない。そう考えたら、怖くて……」


言葉が途切れた。

レオンは一度、深く息を吸った。


「でも、僕は何もできなかった」


その声は、さっきよりも小さくなっていた。


「リリアさんが戦っている間、僕は何もできなかったんです。守りたかったのに。助けたかったのに。何もできなかった」


彼は俯いた。


「こんな僕が一緒にいたって、また同じことになるかもしれない。今度こそ、リリアさんを失うかもしれない」


私は、レオンの横顔を見つめた。

彼の気持ちは、きっと簡単なものじゃない。


一緒に旅をしたい。

でも、力が足りない。

大切な人を守りたい。

でも、守れる自信がない。

その二つの気持ちの間で、ずっと迷っていたのだろう。


「だから、僕は……」


レオンは、そこで言葉を止めた。

握りしめていた拳が、ゆっくりと開かれる。


「……ごめんなさい。こんなことを言っても、困らせるだけですよね」


無理に笑おうとする顔を見て、私は小さく息を吐いた。

もう、十分だ。

レオンが何を考えていたのか、全部分かったわけじゃない。

彼の不安を、私が簡単に消せるわけでもない。

でも、ひとつだけ、はっきりしていることがあった。


私は、レオンと一緒に旅がしたい。


だから。


「もういいよ」

「え……?」


私は、足元に置いていたバケツを持ち上げた。


「ちょっと、じっとしててね」

「えっ? リリアさん、それは――」


ドバーッ!!


「うわぁぁっ!?」


私はバケツの水を、レオンの頭から思い切りぶちまけた。

大量の水が髪から顔へ、服へと流れ落ちていく。


「リ、リリアさん!? いったい何を……!」


ずぶ濡れになったレオンが、慌てて顔を拭う。

その髪は、いつもの赤色ではなかった。

水に濡れた、夜のような黒髪。


レオンは、自分の髪に触れた。


「……あ」


その表情に、戸惑いが浮かんだ。

私は、その姿をじっと見つめた。

以前、彼は私にだけ、本当の髪を見せてくれた。

赤い髪は魔術で色を変えたものだと、教えてくれた。

本当の髪を見せる時、彼は少し不安そうだった。


でも、私は知っている。


黒い髪のレオンも、赤い髪のレオンも、同じレオンだ。

私の隣で、何度も笑ってくれた男の子だ。

私は、濡れた髪を押さえているレオンに向き直った。


「……うん」


小さく頷く。

やっぱり、こっちの方がいい。

そう思ったのは、黒髪が好きだからということじゃない。


彼が本当の自分を隠していることも、悩んでいることも、私は知っている。


だからこそ、伝えたかった。


「私は本当のレオンと、黒髪のレオンと旅がしたい!」


レオンの目が、大きく見開かれた。


「強くなってほしいからじゃないよ。私を守ってほしいからでもない」


私は、まっすぐに彼を見た。


「私は、レオンと一緒に旅がしたいの」


それだけは、間違いなかった。

私は知らないことだらけだ。

この国にこんなに賑やかな街があることも、エルフたちがどんな暮らしをしているのかも、今日まで知らなかった。

外の世界には、もっとたくさんの知らないことがあるはずだ。


どんな景色が広がっているのか。


どんな人たちが暮らしているのか。


どんなものを食べて、どんなことに笑って、どんな困難に立ち向かっているのか。


私は、それを知りたい。


前世では、病気のせいで自由に動くことさえできなかった。

だから、今度こそ自分の足で歩いていきたい。

自分の目で見て、自分の身体で感じて、知らない世界を知っていきたい。


そして。


その隣には、レオンがいてほしい。


「……僕は」


レオンの声が聞こえた。

彼の瞳は潤んでいた。

濡れた前髪の隙間から、まっすぐに私を見つめている。


「僕は、リリアの隣に立ちたい。リリアと一緒にいたい!!」


その言葉を聞いた瞬間、私は思わず目を見開いた。


「……え?」


今、なんて?

リリアさん、じゃなくて……リリア?

私の耳が、ぴくぴくと動いた。

胸の奥が、くすぐったくなる。

レオンは、まだ私を見つめていた。

その瞳には、さっきまでの迷いとは違うものが宿っていた。


不安が全部消えたわけじゃないのかもしれない。

自分の力が足りないって思ってしまってるのかもしれない。


それでも、彼は自分の気持ちを口にした。


私は、それが嬉しかった。


「……ふふっ」


気づけば、笑みがこぼれていた。


「私のこと、呼び捨てしてくれた」

「あっ! 勝手に呼び捨てにしてごめんなさい!」


レオンが慌てて頭を下げる。


「ううん。私は嬉しいよ。それよりもさ、敬語はやめてくれないの?」

「はい。敬語は、隣に立ててからにします」


私は一瞬、きょとんとした。

それから、ゆっくりと笑った。


そっか。


呼び捨てが、スタートラインなんだ。


今すぐ、何もかも変わるわけじゃない。


レオンが明日から急に強くなるわけでもないし、私がレオンの不安を取り除けるわけでもない。


それでも、彼は一歩を踏み出した。

いつか隣に立つ。

そのために、まずは自分の気持ちを伝える。

それが、レオンの覚悟なんだ。


私は、その覚悟を嬉しいと思った。


「うん。そっか。じゃあ、それまで楽しみにしてるね」

「……はい!」


レオンは顔を上げた。

その表情には、もう迷いはなかった。

彼は濡れた服を気にすることもなく、ゆっくりと立ち上がった。


そして、私に手を差し出した。


「リリア、行きましょう」


私は、その手を見つめた。

ついさっきまで、彼は自分の力が足りないことを悩んでいた。

旅に出てもいいのか、自分に何ができるのか、迷っていた。

そんな彼が今、自分から手を差し出している。


たった一言。


たった一歩。


でも、きっと、彼にとっては大きな一歩だった。

そして、私にとっても、大切で大きな一歩だった。


私はその手を取った。


「うん。よろしく、レオン」


私たちは、まだ何も知らない。

外の世界に何が待っているのか。

どんな敵がいるのか。

これから、どれほどの困難が待ち受けているのか。


きっと、楽しいことばかりじゃない。


また誰かを失うかもしれない。


自分の無力さに、打ちのめされる日もあるかもしれない。


それでも、二人で歩いていく。


いつか、エルフを世界一の種族にするために。


これから待ち受ける戦いに、覚悟を決める。


でも、きっと乗り越えられる。


だって、今世の私は、健康な私は──





一人じゃないのだから。

一章の閲覧ありがとうございました。二章は書くか迷っていますので、少々お待ちいただけると幸いです。

投稿する曜日と時間におすすめあれば、良ければ教えてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。