↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〜エルフに転生した元病弱少女!剣も魔法も拳一つで『ボクシング』で超えていく〜  作者: あえch
拳

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/12

6話 戦争の終わり

私は拳を握りしめたまま、目の前の男を見下ろしていた。


拳は血まみれで、縛っていた髪もほどけ、ぐちゃぐちゃになっていた。転生して手に入れた健康な身体にも、無数の切り傷が刻まれている。

挿絵(By みてみん)

男は地面に這いつくばり、血を吐きながら苦しんでいた。


(肋骨が折れてる……。いや、この苦しみ方。内臓に骨が刺さってる)


前世の記憶から、私はそう判断した。前世で私のボディーブローを食らった人たちと同じ反応。私には分かる。もう抵抗する力なんて残っていない。今なら、簡単に殺せる。


なのに、拳が震えていた。


男の周囲には、エルフたちの骸が転がっている。その中には、優しくしてくれたメイドさんの姿もあった。


(殺してやる……。こいつだけは、絶対に許さない)


そう思っているはずなのに、身体が動かなかった。

前世でも、人を殺したことなんてない。ボクシングで相手を倒したことはあっても、命を奪ったことはなかった。


殺すことと、倒すことは違う。


頭では分かっている。ここで殺さなければ、また誰かが犠牲になるかもしれない。エルフとして、この世界で生きていくのなら、覚悟を決めなければならない。


(殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃ……)


それでも、足が動かない。拳を握りしめても、震えは止まらなかった。


「……甘ちゃんだなぁ」


男が、苦しそうに声を絞り出した。


「そんな、甘ちゃんじゃあ、お前らは、死ぬぜ。ごふっ。まぁ、甘ちゃんじゃなくても――」


ズブッ。


鈍い音が響いた。


男の胸から、剣が突き出ていた。


「……え?」


背後に立っていたのは、ルークだった。


男が言葉を続けることはなかった。


ルークは剣を引き抜くと、もう一度、男の胸に突き立てた。


一度、二度、三度。


何度も、何度も。


男の身体が跳ねるたびに、血が飛び散った。その返り血が私の顔にかかり、頬を赤く染めていく。


やがて、男の身体から力が抜けた。


もう、動かなかった。


私は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

自分が殺せなかった男を、ルークが殺した。

その事実を理解するのに、少し時間がかかった。


ルークが剣を突き立てるのをやめて、ようやく気づいた。私の初めての戦争は、終わったのだと。


けれど、勝利の喜びなんて湧いてこなかった。


血に染まった拳も、顔にかかった返り血も、周囲に横たわる骸も、すべてが現実だった。


「……なんで?」


気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。


何が、なんでなのだろう。


どうして、こんなことになったのか。どうして、誰かが死ななければならなかったのか。それとも、どうして私は、自分の手で男を殺せなかったのか。


自分でも、何を聞きたかったのか分からなかった。


けれど、その問いにルークからの返事はなかった。


彼は、ただ戦争の後処理をする。

まるで機械のように。

私は、彼とは違った。

私は、機械にはなれない。


私は、その場から動けなかった。


─────────────────────────


それから数日が経った。

私は相変わらず、お城でメイドとして働いていた。

両手に皿を抱え、廊下を歩く。けれど、足がもつれて体勢を崩した。


ガシャンッ!


「あっ……」


床に散らばった皿の破片を見つめ、私はその場に立ち尽くした。

以前なら、誰かに叱られていたはずだった。

けれど、何も聞こえない。

私は黙って破片を拾い集めた。

雑巾掛けをしても、誰かに褒められることはなかった。


ただ、静かだった。


廊下にも、部屋にも、人の姿はほとんどない。以前は当たり前のように聞こえていた話し声も、笑い声も、今はどこにもなかった。


私は雑巾を握り直し、黙々と床を拭き続けた。

そんな時だった。


「リリア、少し話してもいいか?」


声をかけてきたのは、ルークだった。


「……ルーク?」

「少し、時間をもらいたい」


いつもより真剣な表情だった。

私は雑巾を置き、彼の後をついていった。

案内された小さな部屋で、私たちは向かい合って座った。


「まずは、今回の戦いについてだ」


ルークが口を開いた。


「獣族との戦いは、終わりに向かっている。あいつらも戦意を失っているし、今は和解に向けて話を進めているところだ」

「和解……」

「ああ。これ以上戦いを続けても、互いに犠牲が増えるだけだからな」


ルークは一度、目を伏せた。


「それと、お前が追い詰めた人族の男だが、名の知れた冒険者だったらしい。今回の襲撃も、莫大な報酬を受け取って引き受けた仕事だったそうだ」

「そんなにすごい人だったんだ……」

「ああ。だからこそ、お前があの男を倒したことには意味がある」


ルークは私の目を見た。


「リリア、お前のおかげだ。お前の強さを目の当たりにして、獣族は完全に戦意を失った。お前がいなければ、俺はあの男に殺されていたかもしれない」

「でも、私は……」

「お前のおかげで、エルフの未来は繋がった」


ルークは言葉を切り、小さく笑った。


「ふっ。リリア、お前は本当に強いな」


その笑顔は、どこか寂しそうだった。


「それに比べて、俺は……」


彼は唇を噛み締めた。

私は何も言えなかった。


ルークがどれほど努力してきたのか、私は知らない。でも、きっと、母親を殺した人族を倒すために、剣を振り続けたのだろう。何日も、何年も、何十年も。


それでも、彼は自分の力が足りなかったと思っているのかもしれない。


「……ルーク」

「ん?」

「ルークは、本当に和平を結ぶのが正しいと思ってるの?」


私の問いに、ルークは目を見開いた。


「どうして、そんなことを聞くんだ?」

「だって……話し合いで解決できれば、人族を殺さずに済むんだよね?」


私は、あの日のことを思い出していた。

倒れた男に剣を突き立てたルークの姿。何度も、何度も剣を振り下ろしていた、あの姿を。


「ルークは、人族が憎いんじゃないの?」


しばらく、沈黙が続いた。

やがて、ルークは小さく息を吐いた。


「……憎いに決まってるだろ」


その声は、今まで聞いたことがないほど低かった。


「母さんを殺したのは人族だ。あいつらのせいで、俺たちは大切なものを失った。忘れられるわけがない。許せるわけもない」


ルークの拳が、膝の上で固く握られた。


「本当は、あの男だって、もっと苦しめてやりたかった。母さんを奪った連中と同じように、何もかも失わせてやりたかった」


彼は一度、言葉を切った。


「あの日、俺が剣を突き立てたのは、あいつが弱り切っていたからだ。お前が追い詰めて、もう抵抗できなくなっていた。俺にできたのは、そんな相手に剣を振り下ろすことだけだった」


ルークは自嘲するように笑った。


「情けないだろ。あれだけ人族を憎んでおきながら、俺は憎しみのままに戦い続けられるほど強くもない。かといって、憎しみを捨てられるほど割り切れてもいない」

「ルーク……」

「でもな、俺の憎しみのために、これ以上誰かを死なせるわけにはいかないんだ」


ルークは顔を上げた。

その目には、今も消えない怒りがあった。それでも、その奥には、苦しみながら何かを選ぼうとする強い意志が見えた。


そうか、やっと分かった。ルークは機械なんかじゃない。それどころか、彼は、私なんかより、人族なんかより、ずっと、ずーっと『人』だったんだ。


「人族が憎い。それは、これからも変わらないかもしれない。だけど、俺の憎しみを晴らすために、仲間を戦いに巻き込むのは違う。だから、俺は和平を選ぶ」


私は、しばらく何も言えなかった。

ルークの気持ちが、痛いほど伝わってきたからだ。

憎しみを捨てることは、簡単じゃない。大切な人を奪われた痛みを、他人が勝手に分かったつもりになることだってできない。


だからこそ、私は軽々しく「忘れて」なんて言いたくなかった。


「……そっか」


私は、ルークの目を真っ直ぐに見つめた。


「じゃあ、ルークの気持ちも、私が繋いでいくよ」

「……え?」

「憎しみも、痛みも、何もかも。理屈じゃないんだよね。だったら、無理に捨てなくたっていい。ルークが抱えてきた気持ちも、私が全部、強さに変えてみせる」


私は拳を握りしめた。


「私の拳が、私のボクシングが、必ず繋いでいくから」


口にしてみると、少し恥ずかしかった。

でも、これだけは伝えたかった。


ルークが抱えてきたものを、なかったことにはしたくない。人族を憎む気持ちも、大切な人を失った痛みも、無理に捨てさせたくはない。


それも全部、私が受け止めて、前に進む力に変えていきたい。

ルークは、しばらく私を見つめていた。

やがて、困ったように笑った。


「……お前は、本当に不思議な奴だな」

「そうかな?」

「ああ。そんなことを真っ直ぐ言える奴、そうそういないぞ」


その声は、少しだけ柔らかくなっていた。


「ありがとう、リリア」


ルークは小さく頭を下げた。


「……それで、これからの話なんだが」


彼は顔を上げた。


「リリア。外の世界に行ってくれないか?」

「外の世界?」

「ああ」


ルークはゆっくりと頷いた。


「あの男は、莫大な報酬でエルフを襲いに来た。今回は失敗に終わったが、これで終わりとは限らない。また別の人族が攻めてくる可能性もある」


私は黙って話を聞いた。


「だから、あの男の遺体を人族の冒険者ギルドに送りつけようと思っている」

「遺体を……?」

「そうだ。腹には、お前の拳でつけた傷が残っている」


ルークは真剣な顔で続けた。


「剣でも魔術でもなく、拳で名の知れた冒険者を追い詰めたんだ。そんな話、簡単には信じられないだろう。死因を巡って騒ぎになれば、次の襲撃まで時間を稼げるかもしれない」


ルークは少しだけ口元を緩めた。


「拳で殺した。こんな話、幽霊の仕業だとでも思うかもな」

「幽霊……ボクシングって、そんなに変かな?」


私の言葉に、ルークは優しく微笑んだ。


「あぁ、変だ。変で、おかしい。でもそれ以上に、カッコよくて、力がある。そんな技術だと俺は思うよ」

「……なんか、ありがと」

「ふっ。お礼を言うのは俺の方なんだがな。まぁ、それで話を戻すが、時間を稼げているうちに、エルフの地位を高めたい」

「地位を……」

「ああ。今のエルフは、人族から見下されている。そんな状態じゃ、話し合いをしようにも相手にされない」


ルークは真剣な顔で続けた。


「でも、エルフの地位が高まれば、人族だって無視できなくなる。対等な立場になれば交渉もできる。話し合いができれば、戦争を避けられるかもしれない」


そこで、ルークは私を見た。


「そのために、お前の力を借りたい」

「私の……?」

「お前なら、外の世界でもやっていけると思う。あの男を追い詰めた強さがあるんだからな」


私は自分の拳を見つめた。

血まみれになった拳。

あの戦いを思い出すと、今でも胸の奥が重くなる。


それでも、ルークは私を信じてくれているのだ。


「ただし、危険は多い」


ルークの声が少し低くなった。


「エルフは地位が低い。お前は容姿も整っているから、性奴隷にされる可能性だってある。人族に犯されて、やるだけやられて捨てられるかもしれない。金を騙し取られるかもしれない。最悪、殺されることもあるだろう」


私は息を呑んだ。


「だから、無理に行けとは言わない。ここに残ったっていいんだ。お前は十分、エルフのために戦ってくれた」


ルークは、私に選択を委ねてくれた。


危険な外の世界へ行くか。


それとも、この山の国に残るか。


私は少しだけ考えた。


そして、答えた。


「行く」

「……え?」

「私、外に行く」


即答だった。

ルークは目を丸くしたあと、ゆっくりと笑った。


「そうか……」

「うん。私にできることがあるなら、やりたい。それに、外の世界も見てみたいから」


前世では、病気のせいで自由に動くことさえできなかった。


だからこそ、今度は自分の足で歩いてみたい。知らない場所へ行き、知らない人と出会い、自分に何ができるのかを確かめたい。


「リリア、本当にありがとう」


ルークは深く頭を下げた。


「ちょ、ちょっと! そんなにかしこまらなくてもいいよ!」

「ははっ、そうだな」


ルークは顔を上げた。


「それと、外の世界へ行くのはお前一人じゃない」

「……え?」

「もう一人、推薦したい奴がいるんだ」


私は首を傾げた。


もう一人?


獣族の誰かだろうか。それとも、外の世界に詳しいエルフだろうか。

私が考え込んでいると、ルークは楽しそうに笑った。


「リリア。お前に合わせられる奴がいるだろう?」

「私に合わせられる……?」

「そうだ。小さな魔術を操れて、無詠唱で魔術を使える男の子が」


その言葉を聞いた瞬間、私は目を見開いた。

脳裏に浮かんだのは、赤い髪の少年だった。

いつも穏やかで、どこか自分に自信がなさそうな男の子。

けれど、私は知っている。

あの赤い髪は、本当の髪色ではない。


以前、彼は私にだけ、本当の髪を見せてくれた。


夜のように黒い髪。


自分の本当の姿を見せることに、どれほど勇気が必要だったのだろう。


あの時の彼の表情を、私は今でも覚えている。


「……レオン?」


私が呟くと、ルークは頷いた。


「そうだ。ただ、あいつは乗り気じゃないみたいでな」

「……え?」

「自分には無理だって言っていたよ。お前の足手まといになるだけだ、ってな」


私は思わず眉をひそめた。

レオンが、足手まとい?

そんなこと、あるはずがない。

アルベルトが私を巻き込もうとした時、彼はいち早く動いてくれた。私を救ってくれた。

けれど、本人がそう思っているのなら、簡単にはいかないのかもしれない。


「……そっか」


私は小さく呟き、拳を握った。

だったら、私が直接話をするしかない。

レオンが何と言おうと、私は彼と一緒に外の世界へ行きたい。


レオンの背中を押す。そう決意した胸の奥が、少しだけ熱くなった。

次回で一章終了になります。良ければ、一章最終話も閲覧よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。