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〜エルフに転生した元病弱少女!剣も魔法も拳一つで『ボクシング』で超えていく〜  作者: あえch
拳

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6/11

5話 剣と拳

「――はっ!」


私は地面を蹴った。

頭を左右に振りながら、人族の男へと踏み込む。右、左、右。頭の位置を変えながら、足を前へ運ぶ。


男が目を見開いた。


「っ!?」


頭を振っていたと思った、その刹那。

一瞬で距離が縮まる。

まるで、二人の間にあった空間を削り取ったかのような踏み込みだった。

男は驚きながらも、すぐに剣を振るう。横薙ぎの一撃が迫ってきた。

私は頭を沈めてかわす。そのまま前へ出ようとしたところに、反対側から剣が飛んできた。


それも、頭を振って避ける。


男は目を細めた。


(速い……いや、違うな。こいつ、ただ速いんじゃねぇ。踏み込みそのものが技術か)


男の剣が横から迫る。私は身体を沈め、紙一重でかわした。

剣が頭のすぐそばを通り過ぎる。

さらに一歩踏み込む。男が剣を引き戻し、再び横に振るった。

私は頭を右へ、左へ、下へと動かしながら避け続ける。


拳を出そうにも、まだ届かない。


男との身長差は大きい。普通に踏み込んだだけでは、私の拳は男の顔まで届かなかった。


それでも、私は足を止めない。


「ちっ……!」


男は舌打ちしながら剣を振るう。

私はそれを避け、さらに踏み込んだ。

その様子を、少し離れた場所からルークが見ていた。口の端から血を垂らしながら、私たちの動きを必死に追っている。


(どっちも、俺の目じゃ追いきれないほどに速い……)


男の剣が空を切るたびに風が吹き、雷のような速度で襲いかかってくる。

それでも、男の剣は私を捉えられない。


(くそがっ!この距離なのに、当たらねぇじゃねぇか……!)


男は苛立ちを募らせながら、横薙ぎの剣を繰り返す。

私は頭を振り、足を運び、剣の軌道から身体を外していく。


避ける。避ける。


だが、それだけでは人は倒れない。


「避けてばっかりじゃ、俺は倒せねぇぞ!」


男が叫んだ。


その瞬間だった。


今まで横に振るっていた剣が、斜め上から振り下ろされる。


袈裟斬り。


(横振りに慣れたガキの目じゃ、これは避けられねぇだろ!)


男は心の中で叫んだ。

しかし、剣は私の身体を捉えなかった。

私は小さく横へステップを踏んでいた。大きく避けたわけじゃない。ほんのわずかに身体の位置をずらしただけ。


それなのに、剣は私の身体を斬ることなく、空を切った。


「なっ……!?」


男が目を見開く。

振り下ろした剣は、確かに私を捉えたはずだった。


けれど、そこに私の姿はない。


ほんのわずかに横へずれただけ。

それだけで、男の剣は空を切っていた。


男の身体がわずかに流れる。

その隙を、私は見逃さなかった。


左足を踏み込む。

腰を回し、右の拳を引き絞る。


狙うのは、男の顔面。


「――っ!」


全身の力を拳に乗せ、右ストレートを放った。

拳が、男の顔面を捉える。


「ぐっ……!」


男の顔が、わずかに仰け反った。


その姿を見て、私は小さく舌打ちする。

男は私とは対照的に薄く笑う。


そして、二人の心の中で同じ言葉が呟かれた。


(浅い)


左ジャブで距離を測っていなかった。

そのせいで、右ストレートが届く距離を見誤った。拳は当たったものの、十分な威力を乗せきれなかったのだ。

それに、男の反射神経も尋常ではない。顔をわずかに引くことで、まともに拳を受けるのを避けていた。


私は拳を引き戻し、男を見据える。


男もまた、私を見下ろしていた。


(なんで急に攻めてきた……?さっきまでは、避けることに徹していたはずだ)


男は考える。

そして、私の身長と自分の身長を見比べた。


(……そういうことか)


男の口元が歪む。


(コイツの身長じゃ、普通に殴っても俺の顎には届かねぇ。だから、袈裟斬りで顎が下がるその一瞬を狙ったのか)


男は剣を構え直した。


「なら、横振りだけしてりゃあ勝ちだなぁ!」


男が剣を横に振るった。

その瞬間、男の視界から私の姿が消えた。


「そう来ると思った」


私は小さく呟く。


そう。私は誘導していた。

男が横振りだけを使うように。


横薙ぎの剣は、私が頭を振って避けることに慣れれば、動きを予測しやすくなる。もちろん、簡単なことではない。それでも、さっきまでの攻防で、私は男の剣の軌道を少しずつ覚えていた。


剣が頭の上を通り過ぎる。


男の腕が、まだ横へ伸びきっている。


今だ。


私は地面を蹴った。

呼吸を一つする間もなく、男の懐へと身体を滑り込ませる。


右の拳を腰の横へ引く。

逃がさない。

私の目が、男の脇腹を捉える。


ボディーブローの構え。


それを見ていたルークが、目を見開いた。


「……あの構えは」


かつて自分が受けそうになった一撃を思い出す。


「俺の背中を冷やした拳。リリアが試合を決めようとした技」


次の瞬間。


ドスッ!


私の拳が、人族の脇腹に突き刺さった。


「がっ……!?」


男の身体が、くの字に折れ曲がる。


「……ぶふっ」


衝撃で肺の空気が押し出され、男の食いしばった口の端から、胃液とよだれが混ざったものがタラりと垂れる。

私は拳を引き戻す間もなく、次の攻撃へ移る。


くの字になったことで、男の顎が下がっている。


今なら、顔に拳が届く。


そう考えて踏み込もうとした、その時だった。


「ごふっ……正直、なめてたぜ」


男が呟いた。

私は足を止めない。


「俺の魔力装甲を、こんな嬢ちゃんが、エルフ如きが貫くとは思わなかった」


その言葉の意味を理解する前に、男が強引に剣を振るった。


「っ!」


私は咄嗟に身体を引く。

剣が目の前を通り過ぎた。あと半歩遅れていたら、まともに斬られていたかもしれない。


私は半歩だけ後ろへ下がり、拳を構え直す。

一発で終わらないなら、何度でも叩き込めばいい。


私は再び地面を蹴った。

男が横に剣を振るう。私は膝を曲げ、頭を沈める。剣の下をくぐるようにして懐へ潜り込んだ。


ダッキング。


そして、拳を突き上げる。


「おらぁっ!」


ボディーブローが男の腹に突き刺さった。


しかし。


「……っ!」


手応えがおかしい。

さっきとは違う。


硬い。


明らかに、さっきより硬くなっていた。


まるで、鋼鉄の壁を殴っているかのようだった。


転生してすぐ、一角熊を殴った時のことを思い出す。あの時も硬かった。でも、今の男はそれ以上だった。


男は口元を歪めた。


「ふっ。俺の操作できる魔力装甲を甘く見ちゃダメだぜ。怪物エルフ」


魔力装甲。

私は心の中で、その言葉を繰り返した。


(魔力装甲って、なんなの? なんで急に硬くなったの?)


分からない。

魔術なのか、それとも身体を強化しているのか。そもそも、そんなものがあることすら知らなかった。

分かるのは、目の前の男が異様に硬いということだけだ。

それでも、私は拳を止めなかった。


一発。


二発。


三発。


男の横振りをダッキングでかわし、腹へ拳を叩き込む。

だが、何度打っても決定打にならない。


「はぁっ……! はぁっ……!」


息が切れ始める。

それでも、足は止めない。頭を振り、剣を避け、懐へ入り込む。

また拳を叩き込む。

そのたびに、拳に痛みが走った。

男の脇腹は硬すぎた。

皮膚が裂け、拳から血が流れ出す。私の拳は、いつの間にか鮮血に染まっていた。


明らかに、私は苦戦していた。


「魔術を打て!」


その声が戦場に響いた。

アルベルトだった。

エルフの領主であり、ルークとレオンの父親でもある彼は、戦況を見ながら叫んでいた。


「しかし、それではリリアが……!」


他のエルフが困惑した声を上げる。


今、リリアは人族の男と至近距離で戦っている。ここで魔術を撃ち込めば、男だけでなくリリアまで巻き込んでしまう可能性が高かった。


だが、アルベルトは一切ためらわなかった。


「分かっている! そんなことより、人族を殺すことが先決だ! 良いから早く撃ち込め! 人族が死ぬまで撃ち込め!!!」


その言葉に、周囲のエルフたちが動きを止めた。

レオンもまた、目を見開いていた。


「……っ」


視線の先には、血まみれになりながら戦うリリアがいる。

このまま魔術が撃ち込まれれば、彼女まで巻き込まれてしまう。


レオンの顔から血の気が引いた。


それでも、アルベルトの命令は絶対だった。


「早くしろ!」


アルベルトの声が再び響く。

私はそれを聞いても、拳を止めなかった。

ダッキングで剣をかわし、懐へ潜り込む。拳を握り、腹へ叩き込む。


痛い。


苦しい。


息が続かない。


拳から血が流れている。


それでも、私はボクシングをやめなかった。


挿絵(By みてみん)


その時だった。


男の背後の少し離れた先に、一人の男の姿が見えた。


ルークだ。


彼は剣を上段に構えていた。

その構えを見た瞬間、私は思い出した。


私と戦った時の最後。私がルークにボディーブローを放とうとした時も、同じような構えを取っていた。

あの時の私は、腰が浮いて力が抜けてしまった構えだと思っていた。


けれど、今のルークは違った。


口から血を吐きながらも、剣を構えている。


その目には、殺意があった。


そして、私を救おうとする意思があった。


私は、その目を見て理解した。

あの構えは、決して力が抜けた構えなんかじゃない。

ルークは、まだ諦めていない。

なら、私も諦めない。


私はルークを信じた。


なら、私のやるべきことは一つ。

なんとか、彼が剣技を使える隙を作ってみせる。


男の横振りをかわし、懐へ潜り、拳を叩き込む。男が剣を振り戻す時に、頭を沈めて避ける。


しかし、なかなか隙が生まれない。


男は、私の動きに慣れ始めていた。

インファイトに慣れ始めた男が、チラリと構えを取っているルークを見る。


そして一言。


「はっ!どうせ、俺とお前の戦いには誰もついてこれねぇよ!」


男が嘲るように叫ぶ。

次の瞬間、剣の速度が上がった。


「っ!」


今までなら避けられていた剣が、髪をかすめた。


数本の髪が宙を舞う。


さらに一撃。


頬に熱が走った。


切られた。


私はすぐに身体を引いたが、男は追撃してくる。


剣が迫る。


頭を振って避ける。ダッキングでかわす。懐へ潜ろうとする。


けれど、男の剣が私の動きを捉え始めていた。


「本当にゾッとするぜ。もしも、お前の身長が高かったら、お前が魔力装甲を使えたら。そう思うとな」

「くっ……!」

「でも!今のお前にはどっちもねぇ!」


頬から血が流れ落ちる。


一歩間違えれば、死ぬ。


そのことが、はっきりと分かった。


「速く、魔術を撃て!」


アルベルトの怒声が響く。


「あんな娘のことなんてどうでもいい! 全員揃って死にたいのか! 人族を殺したくないのか!」


その言葉を聞いた瞬間、レオンはリリアを見た。そして、ある光景を思い出す。

それは、自分がリリアに本当の髪色を見せた時のこと。

あの時、彼女は自分を責めるレオンに向かって、こう言った。


『レオンは役立たずじゃない。レオンにしかやれないことが絶対にある』


「……僕にしか、できないこと」


レオンは拳を握った。


このままでは、リリアさんが、リリアが死んでしまう。


魔術に巻き込まれて、あの人が死んでしまう。

人族に殺されて、死んでしまう。


そんなのは嫌だった。


リリアが傷つく姿を、これ以上見ていられない。


けれど、自分に何ができるのか。


レオンは戦場を見つめた。


リリアは男の懐に潜り込み、拳を繰り出している。男は剣を振り回し、それを迎え撃っていた。


あの距離で大きな魔術を撃てば、リリアまで巻き込んでしまう。


でも。


僕なら。


「……!」


レオンは顔を上げた。


自分の得意な魔術を思い出す。


無詠唱で放てる、小さな魔術。


威力は弱い。大きな敵を倒すこともできない。


それでも、今なら。


「リリア……!」


レオンは手を伸ばした。

小さな石が、男のこめかみに向かって飛んでいく。


そして。


コツン。


石が、男のこめかみにぶつかった。


「……っ?」


男の顔が、わずかに揺れた。


(魔術を当てられた? 俺のスピードが捉えられたのか?)


男は一瞬、そう考えた。

だが、すぐに違和感に気づく。


(いや、違う……!)


自分の速度が落ちていた。

俺の速度が死んでいた。


いつから?


考えるまでもなかった。


(このエルフの拳を腹に食らった時か……!)


生まれた隙。


ほんの一瞬の隙だった。


しかし、それで十分だった。


男の背後に、ルークが立っていた。


彼は剣を振り上げたまま、男を見据えている。


「死ね」


短い言葉だった。


男は歯を食いしばった。


「舐めんじゃねぇよ!」


男は剣を構える。


(上段からの剣技。縦振りなのが分かりやすすぎんだよ。剣で受け流してやる!)


そう考えた瞬間だった。

男の動きが、一瞬だけ止まった。

強者が見せた思考。ルークに気を取られた刹那の隙。

その隙を、インファイターは見逃さない。


私は踏み込んだ。

右拳を振り抜く。


「うらぁ!」


拳が、男の剣を持つ手を捉えた。


「ぐっ!?」


(コイツ、俺の剣を!?)


衝撃で、男の手から剣が弾き飛ばされる。

カランカランと、剣が音を立てながら地面へ落ちた。

その瞬間、ルークが剣を振り下ろす。


渾身の一撃。


全てを賭けた剣だった。


しかし、男は終わらなかった。


「っ、らぁ!」


男は腕を上げ、ルークの剣を受け止めた。


ガギン!と鈍い音が響く。


剣は男の腕に食い込むことなく、止められていた。


男はルークを見下ろし、煽るように笑った。


「ざんねん。てめぇのその大振り。ガキの拳よりよえぇよ」


ルークは剣を止められたまま、口から血を吐いた。

それでも、彼は笑った。


「……俺のこの剣技は、人族を殺すためのものだ」


男の表情がわずかに変わる。

ルークは続けた。


「死ぬ気で剣を振った。母を殺したお前達を殺すために。でも、俺には才能がない。それは分かっている」


剣を握る腕が震えていた。

もう、力が残っていない。

それでも、ルークは笑みを浮かべた。


「でも良かったよ。お前を殺すための剣技になって」


ルークの身体から力が抜けた。

彼は後ろへ倒れながら、男の腕を指差した。


「魔力、腕に固めちまったな」


男は目を見開いた。


「……っ!?」


ルークの剣を止めるため、魔力装甲を腕に集中させていた。

そのせいで、脇腹の守りが薄くなっていたのだ。

気づいた時には、もう遅かった。


男の視線が下へ向く。


そこには、一人の少女がいた。


腰を落とし、右の拳を引いている。


これまで何度も男の腹を狙ってきた、あの構え。


しかし、今度は違う。


残された力の全てを、拳に込めていた。


「――これで!」


私は地面を蹴った。


「終わりだぁぁぁっ!」


腰を回し、右拳を突き出す。

全てを賭けた拳が、人族の脇腹へと叩き込まれた。


「がっ……!?」


衝撃が、男の身体を突き抜ける。


男の身体がくの字に折れ曲がり、そのまま宙へと浮き上がった。

目を見開いたまま、男の口から息が漏れる。


そして。


人族の男は白目を剥き、地面へと倒れた。

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