亡き妻が俺の家のドアを叩く
朝八時にドアをノックする音。
こっちは昨夜四時まで起きてたんだぞ。昼夜逆転の無職にとって、朝八時は深夜だ。非常識にもほどがある。
家に帰ってドアを閉めると、京介は考えれば考えるほど損した気分になり、だんだん腹が立ってきた。
四千円だぞ!
豪華な昼食を奢っただけでなく、大金まで無駄にした。
(俺、カモられたんじゃないか?)
それにあの黒歴史はいったいどういうことだ。
でも、考え直してみれば、金で厄介払いできたと思えば安い。
少なくとも、どこから現れたか分からないあの厄介者を追い払った。
もし金を渡してすぐに追い払わなければ、万が一、これが新手の美人局だったり、あとから慰謝料だなんだと揉めることになったら、そっちの損失の方がはるかに大きい。
そうやって自分を納得させることで、京介はようやく少しだけ落ち着いた。
夜、彼は無理に気力を振り絞ってパソコンの前に座り、昼に録った素材を編集しようとした。
でも今日起きた一連の出来事を思い出すと、とにかく鬱陶しい。
それに怠け心と先延ばし癖が重なった。
複数の要因が重なり、京介は勢いよくキーボードを脇にどかした、迷わずデスクトップのSteamアイコンをクリックした。
(動画編集なんて、文案なんて)
(ゲームから得られるドーパミンで、この焦燥感を打ち消すしかない)
その気晴らしは、気づけば朝の四時まで続いていた。
ドアベルが鳴った時、京介は布団に包まって、顔を枕に埋めて、意識はまだ混沌とした浅い眠りの中に浸かっていた。
一回目が鳴った時、彼は寝返りを打って、心の中で(こんな早くから宅配?)と悪態をついた。
二回目が鳴った時、眠気は大半散って、起床の怒りに変わったが、それでも起きなかった。
相手が誰もいないと思って帰ってくれることを期待した。
それからドアベルがノック音に変わった。
京介は勢いよく目を開けて、スマホを掴んで画面を見た。
画面には鮮明に表示されている。
8:12。
彼は昨夜深夜四時近くまで起きていた。
昼夜逆転の生活をしている無職の身にとって、朝八時にドアをノックするなんて、まさに殺人だ。
寝起きの不機嫌さが一気に頂点に達した。
「誰だよ!!」
京介は勢いよく玄関に来てドアを開けた。
それから全身が固まった。
春庭雪がドアの外に立っていた。
ドアスコープ越しに覗くと、彼女の目は深い褐色のガラス玉のように見え、瞳孔が一回り大きくなっていた。
おそらくドアスコープの凸レンズ効果のせいだ。
彼女は一回瞬きして、それから半歩後退し、ドアに向かって笑顔を浮かべた。
京介の寝起きの怒りは、のれんに腕押しのごとく行き場を失い、一瞬で喉に詰まった。
行き場を失った怒りを抱え、キレるにキレられない中途半端な状態のまま、彼はどうにか声を絞り出した。
「何だよ?」
「また何しに来たんだ? 俺の家の住所どうやって知ったんだ?」
彼の手は既にドア枠にかかっていて、いつでもドアを閉める準備ができていた。
頭の中では既に次の台詞が準備されている。
「用がないなら閉めるぞ」
それからドアを叩きつけて、ベッドに戻って、布団を被って、この世界が存在しないふりをする。
「会いたかったから、来た」
この一言はまるで突風のように、京介の頭の中の起床の怒りと残っていた眠気を大半吹き飛ばした。
ドアを叩きつける動作すら固まった。
春庭雪は廊下に立っている。
彼女は下を向いていない、指で遊んでいない、緊張を和らげる小さな動作も何もしていない。
ただそうやって立っていて、表情はとても真剣だ。
京介は髪を掻いて、ただ一言絞り出すしかなかった。
「いや……帰れって言っただろ」
「私、あなたの亡くなった奥さんだよ」
春庭雪は堂々と反問した。
まるで既にこの台詞を準備していたかのように。
「ここは私の家じゃないの? もちろん住所知ってるよ」
「失せろ」という言葉が喉まで出かかったが、口に出す直前で不本意ながらも飲み込んでしまい、なんとも情けない沈黙に変わった。
彼はもう一つの「頭おかしい」という言葉も飲み込んだ。
春庭雪は彼の返事を待たなかった。
彼女は両手をアウトドアジャケットのポケットに入れて、外に向かって裏返して、彼に見せた。
空だ。
それからズボンのポケットも裏返した。
これも空だ。
「中に入れてくれる? スマホ持ってない。お金もない」
京介は廊下の方を一瞥した。
(もしこのままドアの前に居座られたら)
(もし何か大騒ぎでもされたら)
(もし隣人が出てきてその場面を見られでもしたら)
その時の気まずさが鮮明に想像できた。
一コマ一コマが4K解像度だ。
「ちょっと待ってろ」
京介は振り返って部屋の中に戻った。
彼は机の上のスマホを手に取り、動画モードに切り替えた。
指で赤いボタンを一回タップして、それから玄関に戻り、カメラを春庭雪に向けた。
春庭雪はカメラを見て、一回瞬きした。
「言え」
京介はスマホを二人の間に掲げた。
「はっきり言え。お前が自分から入りたいって言ったんだ。俺はお前を脅迫してない、誘惑してない、違法行為は一切ない。お前が自分からドアをノックしに来たんだ。ほら、言え」
春庭雪は首を少し傾げて、表情が少し複雑になった。
少し無力感があって、また少し可笑しいという感じだ。
「私が自分から入りたいの」
「なぜ?」
「会いたいから」
「誰に?」
「游佐京介。私の夫」
京介はスマホを握り潰しそうになった。
でもこの気まずい証拠映像を撮り終えた以上、人を入れるしかない。
「入れ。そっちに座って動くな」
春庭雪は入って靴を脱ぐ。
直接かかとで一蹴りしてブーツを脱ぎ捨てた。
動作は慣れたもので、何度もやったことがあるかのようだ。
彼女は靴を下駄箱の下にきちんと並べて、それから靴下のまま床を踏んだ。
「あら」
彼女は玄関とリビングの境界に立って、周りを見回した。
「何も変わってないね」
京介は彼女の後ろについて、「そっちに座れ」と言おうとしていたが、まだ口を開く前に、またこの一言でおかしくなった。
春庭雪はまた一歩前に進んで、視線がテーブルの上のデリバリーの箱、ソファの上にあちこち散らかっている服、テレビ台の横に並んでいる未開封の宅配ボックスを掃いた。
「すごく散らかってる。京介、綺麗好きだったのに」
彼女は少し眉をひそめた。
その表情は嫌悪というよりは、記憶の中と全く違うものを見た後の困惑という感じだ。
京介はスマホをしまって、彼女の前に歩き、ソファを指した。
「人の家に入ってこんなに無礼なのか? そっちに座れ」
「前はこんなじゃなかった」
「何が前だよ、お前――」
春庭雪は素直に座りに行かなかった。
京介が振り返ると、彼女がキッチンに入っていた。
彼のキッチンはオープン式の小さな部屋で、リビングとの間にドア一枚だけ隔てている。
春庭雪は冷蔵庫の前に立って、冷蔵庫まで開けた。
冷蔵室には缶入りコーラが半ダース、開封済みのハムの袋、調味料のボトル数本、半パックの卵だけ。
「普段これだけ食べてるの?」
「人の家に入って勝手に物色するなよ」
「朝ごはん作れるよ」
春庭雪は腰を伸ばして、語気が突然堂々としたものになった。
「料理ならできるよ。三食、私が面倒見る」
「いらない」
京介はようやく断固として拒否できるポイントを見つけた。
「デリバリー便利だから。鍋洗わなくていい、皿洗わなくていい、食べたら箱捨てるだけ。自分で解決できる」
春庭雪は冷蔵庫のドアを閉めて、京介を見た。
「京介が私の作ったもの食べるの見たい」
「おいしいって言うの聞きたい」
京介の手が無意識に後頸部を触った。
その皮膚が少し熱い。
(この女、何なんだよマジで? こんな直球の発言、こんな当然という語気、おかしいだろ)
彼は視線を逸らして、ソファの横に歩いた。
「来い。座れ」
春庭雪は素直に従って、歩いて行って座った。
京介は彼女の前に立って、下を向いてスマホの画面を見て、ダイヤル画面を開いた。
「家族の電話番号は?」
「さっき言ったでしょ」
「何を」
「私、生き返ったの」
春庭雪は静かに彼を見た。
「彼ら、受け入れられない」
京介は顔を上げて、とても標準的な白眼を向けた。
「じゃあ俺はどうして受け入れられるんだよ? お前昨日いきなり俺が飯食ってる場所に現れて、今日また俺のドアをノックしに来た。俺が何でお前の家族より受け入れやすいんだよ?」
彼は話せば話すほど調子が出てきた。
ようやく堂々と怒れるポイントを見つけたように。
「それに普通に考えて。普通の人がもし生き返ったら、最初にやることは両親を探しに行くだろ? 会いに行きたいだろ? 自分が帰ってきたって伝えたいだろ? これが普通の論理だろ?」
春庭雪はすぐに答えず、下を向いて、自分の指を見た。
京介は数秒待って、ようやく言い勝ったと思い、勢いに乗って追撃しようとした。
「家、ここから遠いの」
彼女の声が突然低くなった。
「お金ない。行く方法がない」
彼女の眼差しにも変化が生じた。
水面に突然雲が漂ってきて、光を遮ったような感じだ。
「それに状況が分からない」
彼女は続けて言った。
「私、身元不明なの。たぶんこの世界にももう一人私がいるかもしれない。あるいは他の状況があるかもしれない。分からない」
京介は聞いていた。
(この設定、ベタすぎるだろ)
(パラレルワールド。身元が存在しない。無戸籍)
彼は少なくとも三作のライトノベルと二作のアニメで似たような設定を見たことがある。
テンプレすぎる。
使い古されてカスカスになった設定だ。
彼は口を開いてツッコミしようとした。
「お前のこの設定――」
それから彼は彼女の視線と合った。
後半の言葉が喉に詰まった。
彼女の眼差しはあまりにも真剣だった。
彼女の目には本当に光があった。
比喩じゃない、修辞じゃない。
中に彼の姿が映っている。
パジャマを着て、髪が跳ねて、表情が途中で固まっている彼自身。
彼は自分を見た。
彼女の目の中に。
京介は自分が賢くない人間だと自認している。
前にタクシーに乗った時、おしゃべりな運転手が、「俺、銀行の役員だけど、道楽で運転してるんだ」なんて言い張っていて。
あまりにももっともらしく話すから、つい運転手のスマホをチラッと見てしまった。画面にヒビが入ってなかったから、ちょっとだけ本気で信じかけた。
今もそんな状況に似ている。
(万が一この女の子が言っていることが本当だったら?)
(本当に生き返って、本当に無戸籍)
(本当に何か小説の展開)
(たとえただ、亡き妻の設定が本当になっただけでも)
彼は狼狽えて視線を逸らし、ツッコミの言葉を飲み込んだ。
「じゃあ警察に通報しろ」
それから新しい解決策を提案した。
「110番しろ。警察呼ぶぞ。彼らはお前の身元を調べる方法がある、お前の家がどこか調べる、お前がいったい誰か調べる。これで全部解決だろ」
春庭雪は首を振った。
「ダメ」
「なぜ?」
「身分証明書がない。本当に調べたら、京介が巻き込まれる。身元のない女の子があなたの家にいたら、どう説明するの?」
京介の指は既に「110」を押していた。
発信していない。
親指は緑色の発信ボタンの上に浮いている。
彼は相手が焦るかどうか見るつもりだった。
彼は春庭雪のあの眼差しを見た。
まるで宗教の勧誘にでも来た狂信者かと思うほど、決意に満ちた目だった。
「私が堅持するものは絶対正しい」という確信。
「やってみればいいけど、結果はもう分かってる」という平静さ。
京介は親指を離した。
しばらくしてスマホの画面が暗くなった。
「お前の家はどこだ?」
「え?」
「住所。お前の家の住所。お前、俺が中学で緑の油彩塗ったこと覚えてるなら、自分の家がどこか総覚えてるだろ」
春庭雪は住所を言った。
京介はスマホの地図で検索した。
少なくとも同じ市内だが、半分市を跨いでいる。
地下鉄で二回乗り換え、片道約七十分。
タクシーならもう少し速いが、運賃は――彼は心の中で計算して、それから歯を食いしばった。
「分かった。タクシー呼んでやる。そこに行って見てこい」
春庭雪は彼を見つめて聞いた。
「一緒に来ないの?」
「用事がある」
京介は少しの躊躇もなく拒否した。
実際、彼の今日唯一の予定は一日中ゲームをして、ついでに昨日編集し終わらなかった動画を完成させることだ。
でもこの往復だけで少なくとも二時間以上かかる。
疲れすぎる。
完全に彼の原則に反する。
「何の用事?」
「プライベートな用事」
京介の適当な返事に対して、春庭雪は少し沈黙した。
それから彼女は全く関係ない質問をした。
「彼女できた?」
【第四章・終】
「会いたかったから、来た」
こういう台詞、私も誰かに言われてみたい。




