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突然の厄介事

見知らぬ異性がいきなり隣に並んで、「家に帰るの?」と聞いてきたら、どうする。

(たまたま同じ方向かもしれない)


(もともとこの方向に行くつもりだったのかもしれない)


(振り返って「何で付いてくるんだ」と聞いて、相手が「付いてないよ」と言ったら、気まずすぎる)


その気まずさはコミュ障領域の核兵器だ。


想像するだけで、穴があったら入りたい気分になる。


あの時の気まずさは、何年経った今でも忘れられない。


前に人がいて、知り合いだと思って、名前を呼んだら振り返って違う人だったあの気まずさを。




また約二十歩歩いた。


後ろから小走りの足音が聞こえた。


すると、右側に人影が並んだ。


「家に帰るの?」


春庭雪の声が右から聞こえてきた。


京介は前方の道を見つめて、軽く頷いた。


「ああ」


それから彼はとても勇敢な決定をして、聞き返した。


「お前の家も……この辺?」


春庭雪はすぐに答えなかった。


彼女は手を広げた。


「私、そっちに行く」


彼女は言った。


「帰る家がないの」




京介の足が止まった。


人間が一時停止ボタンを押されたように。


トートバッグのストラップが肩から少し滑り落ちたが、気にしなかった。


春庭雪も立ち止まった。


京介の頭が高速回転した。


(まだ俺の家についてくるつもり?)


(どういう状況だ?)


(荻原沙優みたいな?)


(待て)


彼は突然ある可能性を思いついた。


(この人、家が送り込んできたんじゃないか)


両親の、彼の自堕落なニート生活に対する許容度は下がり続けている。


先月電話した時、母親は「これ以上仕事を探さないと終わりだよ」という表現を使った。


父親は何も言わなかったが、沈黙自体が態度だ。


もし家が誰かを手配してこの芝居を演じさせ、彼の生活に入り込み、彼の状況を探り、それから徐々に圧力をかけ、最終目的は彼に働きに出させるか結婚相手を探させることだとしたら。


この脚本は完全に筋が通る。


(大した手だ!)




京介は何種類かの言い方を繰り返し検討して、最後に出てきたのは。


「俺、一人暮らしなんだけど」


「それがどうしたの?」


春庭雪は首を少し傾げて、表情は本気で理解できないという感じだ。


「お前、女の子だろ」


京介は黒縁メガネを押し上げた。


真面目な善良な人に見える。


「見知らぬ男の家に泊まるって……よくないだろ」


「見知らぬ人じゃない」


彼女は首を振った。


「さっき言ったでしょ。私、あなたの亡き妻なの」


それから彼女は、京介の個人情報を次々と口にし始めた。


ものすごい勢いでまくし立てる。

速すぎて、京介は最初、何を言われているのか理解する暇すらなかった。




「あなたは游佐京介、誕生日は5月7日、B型。幼稚園の発表会の時ズボンが股に挟まってずっと股間をいじってた。小学四年生の運動会で走るの速すぎてズボンが裂けた。中学は第二中学校、中二の演劇であなたは木の役で、顔に緑の油彩を塗って、家に帰って三回洗っても落ちなくて、お母さんが食中毒だと思った。高校は――」


「待て」


京介は汗だくで彼女を遮った。


(マジで勘弁してくれ)


(これらの黒歴史はどこから来たんだ!)


顔に緑の油彩を塗ったことなんて、母親も覚えてないかもしれない。


それに前の二つは他の人に言われなければ自分も忘れてた!


これらのことには写真があるが、彼は一度もSNSに投稿したことがない。


一度もない。


TikTakにもない、LINEのタイムラインにも、インスタにもない。


この件は彼しか知らない。


それに両親。


たぶん当時同級生だった何人かの同級生も。




(つまり家の人間が送り込んだんだ)


(絶対そうだ)


(家の人間が言ったんだ。本当に手段を選ばないな。こんなことを見知らぬ異性に教えるなんて!!)


これしか説明がつかない。


京介は深呼吸した。


それからポケットからスマホを取り出し、画面をロック解除し、PayPayを開いた。


動作は流れるよう。


「一万円振り込むから」


春庭雪は彼の手の中のスマホを見つめて、何も言わなかった。


「ホテルに泊まってくれ」


京介は続けて言った。


指は既に金額を入力している。


「帰ったら追い出されたって言えばいい」


「……どこに振り込むの?」


「PayPayか、LINEPay」


「スマホ持ってない」


京介の指が宙で止まった。




彼は顔を上げて春庭雪の顔を見た。


彼女の表情はとても真剣で、冗談を言っているようには見えない。


彼はさらに彼女のポケットを見下ろした。


ポケットは平らで、確かにスマホが入っている感じじゃない。


「スマホ持ってないって……どういうこと?」


春庭雪の視線があちこちに泳ぎ始め、少し自信がなくなった。


「私、生き返ったばかりだから、何も持ってないの」


京介は心の中で狂ったようにツッコミを入れた。


(お姉さん)


(その設定、無茶苦茶すぎるだろ)


(話しながら視線も泳いでる。演技も下手だ。台詞の運びも下手くそだ。「生き返ったばかり」なんて言葉よく口に出せるな。この脚本いったい誰が書いたんだ。帰って直させろ。せめて三回くらいフリを利かせてからこのオチに持ってこい)


でも彼はこれらの言葉を口に出さなかった。


本能が彼により安全な処理方法を選んだ。


「分かった」




それから彼はアプリで近くのビジネスホテルを検索し、一番近い場所を選んで、シングルルームを予約した。


一泊4000円、朝食なし。


彼はしばらく迷った。


自分の小銭が惜しい。


(手切れ金だと思えば安いもんだ)


彼は心の中でこの四文字を三回繰り返して、「支払い確定」を押した。


氏名と電話番号を入力するところまで来て、ふと春庭雪を一瞥した。連絡先すら知らない相手に、ホテルを取っている自分に気づいて。


命取りだ。


最後に自分のを入力するしかなかった。


「行くぞ」


彼は歩き出し、春庭雪は「うん」と言ってついてきた。




道中、京介はずっと下を向いてスマホを見ていた。


実は見るものなんて何もない。


SNSの情報フィードは既に二回見た。


ソシャゲのスタミナはまだ回復していない。


天気アプリは明日気温が上がると表示している。


でも彼は頭を下げる理由が必要だった。


右を見ない理由が必要だった。


それでもやっぱり見た。


約五十メートル歩いたところで、彼は横断歩道を渡るついでに、右にちらりと目をやった。


春庭雪は彼のズボンのポケットを下を向いて見ている。


表情は何かを考えている感じだ。




京介は彼女の視線に沿って下を見た。


自分の右のズボンのポケット。


中には財布が入っている。


中身は小銭程度だが、身分証明書が入っている。


それにさっきロック画面にしてポケットに入れたスマホも。


(何でそこを見つめてるんだ)


彼は無意識にポケットを触った。


(鍵? 財布? スマホ?)


(やばい)


(まさかスリか)


でもこの考えは数歩しか持たなかった。


春庭雪がポケットを見る表情は、何かを見て何かを思い出して、それからぼんやりしているという感じだったからだ。


とにかく彼はもう考えたくなかった。




ビジネスホテルの入り口に着いた。


フロントにはポニーテールの女の子が座っていて、下を向いてスマホをいじっていた。


足音を聞いて顔を上げた。


京介はフロントまで歩き、スマホの予約確認画面を見せた。


「予約済みです」


フロントはパソコンで何度か叩いて、身分情報を聞いて、それから引き出しからルームキーを取り出して、カウンターに置いた。


「306号室です。チェックアウトは明日正午十二時までです」


京介はルームキーを受け取った。


春庭雪はその場に立って、天井の照明を見上げている。


「なにかトラブっても俺は知らないからな。フロントで身分証求められたら自分でなんとかしろよ」


彼は歩いて行ってルームキーを相手に渡し、できるだけ語気を厳粛に聞こえるようにした。


上司が仕事を指示するように。


「明日チェックアウトしたら帰れよ」




春庭雪はすぐに受け取らなかった。


彼女の視線は京介の真剣な顔とそのルームキーの間を何度か行き来した。


突然、彼女は少し笑った。


何とも言えない意味を含んだ笑いだ。


「分かった」




【第三章・終】

私なら、全力で逃げる。

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