君の名前
知らない異性がいきなり向かいに座って、勝手に水を飲んで、勝手に料理を食べ始めたら、どんな展開になるんだろう。
「……誰だ、あんた」
京介は箸を皿の縁に置き、軽い「カチャ」という音を立てた。
女の子の笑顔が一気に固まった。
まるで冷水を浴びせられたような顔だった。
目をすばやく二回瞬かせた。
それから、しょんぼりと肩を落とした。
「ああ……そっか」
口調からして、最初から答えは分かっていたらしい。それでも、少しだけ期待していたようだ。
「言っても分からないよね」
それから彼女は両手をテーブルの上で組み、妙に改まった姿勢を取った。
「私、春庭雪って言うの」
その口調には、迷いがなかった。
「あなたの亡き妻」
京介は長い沈黙に陥った。
(どういう状況だ)
彼は最初から、全員に亡き妻の設定を信じてもらうつもりなんてなかった。誰が信じようが、信じまいがどうでもいい。
ただ、生きている人間が目の前に座って、「私はあなたの亡き妻です」なんて言い出す日が来るとは思わなかった。
(これは何だ)
(同業者? 再生数稼ぎのコラボか?)
彼は素早く彼女を一瞥した。
化粧なし、バッグなし、撮影機材なし、周りに他の人もいない。
インフルエンサーって感じじゃない。
おかしい。
(ファン?)
彼のアカウントは確かに数万フォロワーがいて、時々変なDMも来る。
先月、八百字以上書かれたDMがあって、「一緒に新しい思い出を作りたい」と書いてあった。
(まさか美人局じゃないよな)
京介は彼女が料理を取り始めるのを見て、堂々と食べている。
美人局なら、いきなり人の料理を食べたりはしないはずだ。
まず恋愛話をして、すぐに服を脱ぐ展開までスキップするはずだ。
論理的におかしい。
彼が何も言わないと、彼女は食べ続けた。
もぐもぐと口に物を頬張りながら、不明瞭な声で言った。
「この辣子鶏、全然辛くないね」
京介は生きた心地がしないまま座り続けていた。
彼はスマホを見て、録画が停止していることを確認した。
画面にはまだ通知が表示されている。
TikTakのプッシュ通知。
「フォロー中のクリエイターが更新しました」
彼は今それを見る気分じゃない。
彼の頭の中はもう一つのことでいっぱいだった。
料理。
彼女に食べ尽くされそうだ。
海老餃子も二つ減った。
もち米鶏は彼女がさっき一つばらして、半分食べて椀に残した。
抹茶ミルクレープはまだ厨房で出てきていない。
店員に来てもらってキャンセルすべきか迷った。
(もういらないな)
(この調子じゃ持ち帰りも必要ないな)
彼の中のケチな心が血を流していた。
辣子鶏が少し残って、夜にでも食べられることを祈るしかない。
「そろそろ食べるの止めてくれ」と喉まで出かかった言葉を、彼はそっと飲み込んだ。
彼は見知らぬ人に無駄話をするハードルがもともと高い。
ましてや目の前のこの自称亡き妻の見知らぬ異性に対してはなおさらだ。
割り勘を提案しようとも思ったが、恥ずかしい。
だって料理は全部自分で注文したものだし。
(コミュ強に遭遇した)
京介のコミュ障が発動した。
こういう時のコミュ障の本能的な反応は、固まることだ。
ひっくり返された甲虫のように。
六本の足が空中でバタバタするが、体は動かない。
唯一まだ動いているのは目だけ。
彼は彼女が食事をしている時、時々顔を上げて彼を見ることに気づいた。
これが彼をさらに落ち着かなくさせた。
大体三口食べるごとに一回顔を上げる。
毎回約二秒間。
視線は彼の顔と彼の椀の間を行き来する。
彼がまだいるか確認しているようでもあり、彼が彼女を見ているか確認しているようでもある。
目が合うと、彼女は少し笑みを浮かべる。
京介は毎回先に視線を逸らした。
(どう対応すればいいか分からない)
彼は彼女の眼差しをどう形容すればいいか分からなかった。
(熱烈? 大げさすぎる)
(目が輝いてる? これも文学的すぎる)
あの眼差しはあまりにも直接的だった。
探りもなく、回り道もなく、社交辞令の緩衝帯もない。
彼女はただ真っ直ぐに俺を見つめてくる。
失ったものが、本当に戻ってきたのか確かめるような目だった。
細部まで見逃したくないという感じだ。
とにかく彼が長時間直視できるものではない。
そして彼のこの針の筵で必死に避けている様子は、向かいの女の子を楽しませているようだった。
彼は余光で気づいた。
春庭雪の顔の笑みがどんどん深くなっている。
店員が抹茶ミルクレープを運んできた時、テーブルの上の料理は既にほぼ空だった。
あの見慣れない店員は春庭雪に気づいた瞬間、幽霊でも見たような顔になり、無理やり視線を逸らして見なかったことにした。
春庭雪はデザートを見て、目が明らかに輝いた。
彼女は手を伸ばして皿を自分の方に引き寄せ、スプーンを取って一口すくった。
それから眉をひそめた。
「甘くない。抹茶の味が濃い。京介も好きじゃないでしょ」
彼女は小声でぶつぶつ言って、皿を京介の方に押したが、それでもスプーンを伸ばし続けた。
京介はスプーンに手をつけず、ミルクレープが三十秒で半分消えるのを黙って見て、静かに立ち上がってレジに行って会計した。
レジに立っていたのはちょうどあの見慣れない店員と佐藤さんだった。
二人はちょうど寄り添って何か話していて、声をかなり低くしている。
でも店内はそれほど騒がしくないので、ところどころ会話が聞こえてくる。
「佐藤さん、あの女の子見えますか?」
「ケーキ食べてる子?」
「……奥さん亡くなったって言ってませんでしたっけ?」
見慣れない方が聞いている。
「たぶん深い愛情を持つ男性が好きな女の子でしょ。最近こういう人珍しいから」
佐藤さんの声。
「そうじゃなくて。イケメンだからでしょ」
「どこがイケメン? あんたこのタイプ好きなの?」
「あー私はただこのタイプが――」
話題がいつの間にか幽霊話からゴシップに変わった。
京介は「お会計」と言って、スマホを出してコードを読み取ってもらった。
二人の店員が同時に振り向き、表情管理が三フレーム以内に「ゴシップ好きの顔」から「職業的笑顔」に切り替わった。
佐藤さんの反応の方が速く、見慣れない店員を後ろに押して、自分が迎えに出た。
「游佐さん、お食事終わりましたか?」
「ああ」
「奥様は今日の抹茶ミルクレープに満足されましたか?」
「……甘くないって言ってた」
京介は言い終わってから自分が何を言ったか気づいた。
佐藤さんはニマニマと頬を緩ませたが。
「承知しました。点心部にフィードバックします」
スマホから「お支払い完了」の音声が流れた後、京介はもう二度と持ち帰れないあの料理を未練がましく振り返った。
春庭雪は既に抹茶ミルクレープを食べ終わっていて、スプーンで皿の底の抹茶パウダーを掻いている。
その動作が京介に既に削除したSNSアカウントのアイコンを思い出させた。
猫が皿を舐めているやつだ。
彼は歩いて行ってトートバッグを手に取った。
「行くぞ」
(彼女に言ったのか?)
(自分でも分からない)
店を出て、彼は外の空気を深く吸い込んだ。
早くアパートに帰って、昼寝をして今日驚いた心を落ち着かせたい。
しかし、数歩歩いたところで、背後から、一定のリズムで足音が聞こえてきた。
急ぐでもなく、離れるでもなく、だいたい一メートル半の距離を保っている。
彼が少し速めると、足音も速まる。
彼が遅くすると、足音も遅くなる。
京介は振り返らず、余光で後ろをちらりと見た。
なんとさっきの女の子だ!
【第二章・終】
会計を済ませて、そのまま店を出る。
振り返りもせず、連絡先も聞かず、名前を名乗られたのに、それ以上の詮索もしない。
こんな人、現実にはなかなかいないだろう。




