#63、寝覚めが悪いでしょ
「…はぁ?降伏、だと?」
「ええ、今の貴女は、肉体的にも精神的にも、かなり無理をしているように見えます。
とは言え、私が何か言ったところで、貴女が聞く耳を持つとは思えませんが…。」
「当っったり前だろ、ヴァーカッ!
何でウチがお前なんかに指図されなきゃいけないんだよ!
しかもよりにもよって、この状況で降伏だと?
ギッシッシ、馬鹿も休み休み言えよぉ!」
案の定、お冠のようだ。
ポネラちゃんがもう少し理性的な子だったら、無駄に戦わず説得で済ませられた可能性もあったというのに。
「では、仕方ありません。穏便に済ませたかったのですが、多少は手荒に行くしかないようですね。」
「あぁッ!?」
私は呼吸を整え、構えも変える。
割り箸を下向けながら、自身の眼前に突き出すといった構えだ。
「なんだ、今更何のつもりだよ、その構え。ギッシッシ。
どんなんだろうと構うもんか、トドメだッ!」
全ての触手が、私の眼前全方向から迫って来る。
失敗すれば、私は成す術もなく死に至るだろう。
だから、この技だけは絶対に成功させる!
「『割り箸殺法奥義・金木犀』!」
触手が私の体を貫く寸前の、ほんの刹那の瞬間に発動する絶技。
私を中心に半透明なドーム状の空間が幻出し、音も無くドーム内の触手を小間切れに斬り刻んだ。
「…はぁ?」
自身の神経を極限まで研ぎ澄まし、体感時間を最大限に鈍化させた結果、無数の斬撃を発生させる事に成功する。
そして生み出される斬撃の斬撃による斬撃の為の空間こそが、このドーム状空間の正体なのだ。
今やどんな物体だろうと、私に近づくだけで粉微塵にバラバラになるだろう。
「…はぁ?なんだその技!まだそんなクソみたいな技隠し持ってたのかよォ!
反則だ反則!クソクソクソォォ!!」
再び地団駄を踏みながらも、懲りずに再生した我蝕孤皇蟲の触手を飛ばしてくる。
しかしながら、この奥義を発動した上に、ポネラちゃんに蓄積した肉体と精神の疲労によって最大のパフォーマンスを発揮出来ない我蝕孤皇蟲など、もはや私の敵ではない。
私は迷わず、奥義を発動したまま突進する。
この技は非常に強力な反面、当然ながらその代価として発動後の使用者への反動も大きい。
出来る限り短期決戦を決めなければ!
「クソクソクッソォ!来るな来るな来るなァァァァッッ!!」
我蝕孤皇蟲の触手は一度たりとも私の体に触れる事は出来ず、プロの料理人が微塵切りにしたキャベツみたいに細かく斬り刻まれて地に落ちる。
ポネラちゃんは必死になって私を止めようとするけど、ここまで来たら時間稼ぎにすらならない無意味な行為だ。
「あ。」
「終わりです。」
ドーム状斬撃空間がポネラちゃんに触れる直前に、奥義を終える。
そのまま横に割り箸を薙ぎ、横一文字にポネラちゃんを一閃した。
「がっ!?」
「安心して下さい、峰打ちっぽい攻撃ですから、多分大丈夫です。」
ポネラちゃんは膝を突いて、そのまま地面に倒れ込んだ。
我蝕孤皇蟲も、負けを悟ったかのようにポネラちゃんの体内へと引っ込んでしまった。
宿主とは違って、退き際を弁えているようだ。
「…おい、何で引っ込んでんだ我蝕孤皇蟲!
…クソ、まだ勝負は…着いちゃいない…ッ!」
「驚いた、まだ意識があるんですね。
そのタフさには感心しますが、もう流石に体が動かないでしょう。決着です。」
地面を這いずりながらも、未だに戦意喪失せず立ち上がろうとしている。
体中がガクガクと震え、誰がどう見ても限界だというのに、凄まじいまでの執念だ。
「…もう、畏れを通り越して感動すらしますね。
一体、何が貴女をそこまで…」
「グワッハッハッハ!そうじゃあ、もうお前は無理して気張る必要は無いッ!今後一切な!」
「え?」
突然謎の野太いおっさんの声が聞こえたかと思うと、地面から巨大な魚が豪快に飛び跳ね、そいつの開いた口の中から筋肉モリモリで褌一丁の、角刈りで髭のおっさんが飛び出す。
そのまま立ち上がりかけたポネラちゃんの背中から腹部にかけて、その剛腕による手刀で深々と貫いた!
「…ごッ!?ガフッ!」
夥しい量の血を、腹部から噴き出し、口からは吐き散らす。
手刀を引き抜かれたポネラちゃんは驚愕と憎悪が入り混じったような表情のまま、ボロ雑巾のように地面に放り捨てられた。
「…な、何という事を!誰ですかアナタは!」
「グワッハッハ、俺様かぁ?グワッハッハッハー!
いいだろう、今日は気分が良い、教えてやろう!
俺様はこのガキの上司だ!以上!」
「…上司?という事はまさか、死育委員の一人ですか!?」
「ああ、しかも委員長だぁ!グワッハッハ、一番偉くて強いのだよ!理解出来たかぁ?」
「…そんなアナタが何故、部下である筈のポネラちゃんを手にかける必要があるんですか?」
雑に放り投げられたポネラちゃんは、まるで糸の切れた人形の如くピクリとも動かない。
私との戦いで限界ギリギリまで体を酷使した状態での、この褌男の致命傷の不意打ちだ。
もう既に手遅れだろう。
「グワッハッハッハ、そんなのはコイツが邪魔だからに決まっておろうに!
俺様が嫌いなものベスト3の第2位と第3位が、それぞれ子守と、出世を邪魔する輩だからなぁ!
こいつぁ、それがダブルで当てはまっとるんじゃぁ!部下とは言え消さん訳にはいかんだろう!
ちなみに1位は、出掛けるなら山と海どっちかと聞かれて、山と答えるカスな山派の連中じゃあ!グワッハッハッハー!」
何なんだこの人は。
一見豪放磊落そうな海の漢っぽいけど、器が小さく性格が陰険でクズ過ぎる。
子供の教育に多大な悪影響を与えそうだ。
「出世の邪魔ですって?そんな下らない理由で自分の部下を…!」
いくらポネラちゃんが卑劣な手で私達を酷い目に遭わせた敵だとしても、流石にちょっと同情する。
何より、相手はまだ幼い子供だというのに。
「グワッハッハ!下らない、か!まあ、地位に対する価値観は人それぞれではあるからなぁ!
お前からしたら大したものではないのかもしれんが、俺様にとっちゃ長年、虎視眈々と狙ってきた千両役者の座をようやく手に入れられる千載一遇の大チャンスよ!
部下とはいえ、ポネラとウィンドルの二人は同じ出世コースを歩む、俺様にとっちゃただの邪魔者!
こういう、秘密裏に消せる時に消しとかにゃあ、損ってもんよ!グワッハッハッハー!」
「成る程、貴方は古今東西あらゆる上司の中でも、特に最低な部類の人間のようですね。」
「ハッハー!何とでも言えい!所詮この世は、蹴落とし合いの世の中よ!
部下も上司も、後輩も先輩も同僚も、全てを蹴落とし、ゆくゆくは帝国軍のトップになるのが俺様の野望なのでなぁ!お前を生け捕りにすりゃあ、それがグッと近付くってもんよ!」
その為には、一切手段を選ばない、異常なまでの上昇志向の塊。
こんな人が上司とは、ポネラちゃんもウィンドル君もとんだ災難だ。
「…まさか、ウィンドル君も既に手にかけたんですか?」
「グワッハッハッハ!いやいや、馬鹿言っちゃいけねぇ!
ウィンドルもポネラも断続的に始末しちまったら、俺様の仕業だと姫皇帝にバレバレだろうが!
こうしてちまちま裏でこっそりと処理して、少しずつ土台を固めていくのよ!
ほうら、釣りと同じよ!気長に、そして慎重に、コツコツと、なぁ!グワッハッハ!」
そう言って豪快に笑ってるけど、要は邪魔な存在を陰湿なやり方で消そうとしているだけだ。
こんなのが権力を持ったら、平和だったグラットン帝国は暗雲に閉ざされてしまうだろう。
「貴方だけは、ここで倒しておかないといけませんね。」
「おっと、別に俺様はポネラの奴を消しに来ただけで、今お前らとやり合うつもりはないぜ。グワッハッハッハ!」
そう言って、先程からずっと地面から体の上半分だけを出している巨大魚の背に立った。
「俺様の魔害獣の中で、地上を自在に移動出来るのはこのガイアサーモンくらいだからなぁ!
お前らのお仲間もじきに来るだろうし、地上での戦いは流石に分が悪い。
だから、お前らがいずれ来るであろう場所で、待ち伏せさせて貰うぞぉ!グワッハッハッハー!」
「へぇ、待ち伏せ宣言ですか。随分と余裕ですね。」
「グワッハッハー!人生余裕ってもんが必要不可欠よ!
常に大海の如き広い心を持っておくといいぞ、若人よ!グワッハッハッハー!」
それだけ言い残し謎の褌漢は、豪快な笑い声と共にガイアサーモンとか言う地面を泳ぐ魚の魔害獣に跨り、去って行ってしまった。
あっという間に居なくなってしまった為、追う事は出来なかった。
「とは言っても、追う体力なんて残っちゃいないんですけどね。」
私の肉体も、いい加減悲鳴を上げまくっている。
でも、まだコロちゃん達が戦っている。そっちに向かわなければ!
「アディーナ!」
向かおうとしたら、ちょうどコロちゃん達がやって来た。
シャツキフさんとポチノスケ君も無事なようだ。良かった。
「フフ、今そっちに行こうとしてた所ですよ。
どうやら、杞憂だったみたいですね。」
「楽勝だったよー♪」
「当たり前じゃない、アタシ達を甘く見ないでよね。」
確かに、コロちゃんも着実に強くなっている。
シャツキフさんは元々強いけど。
とは言え苦戦はしたのか、3人とも傷だらけだ。
「私の方も、勝ったは勝ったんですけど、ちょっと色々ありまして…。」
私は、大量の血で真っ赤に染まった、ポネラちゃんの死体を一瞥する。
「ふ~ん……って、何あれ!?血塗れじゃない!死んでるの!?
ねえ、アディーナ!アンタ殺しちゃったのッ!?」
「あぁ、アディーナちゃん、遂にやっちゃったんだ…♪
もう、一線を越えちゃったんだね♪」
「いやいや、違いますって誤解です!私じゃないんです!」
コロちゃんに両肩を揺さぶられ、シャツキフさんがオヨヨと泣くフリをしていたら、
「ゴフッ!」
ポネラちゃんが、血を吐いた。
「あ、生きてる♪」
「そんな、あの怪我でッ!?」
驚きのあまり、つい声を荒げてしまった。
「…ぐうゥゥ、ハァ…ハァ…シーザーの野郎、クッソォ…!」
「信じられません、生きてるどころか、恨み言を言う元気まであるなんて。」
「ちょっ、こうしちゃいられない!」
コロちゃんはすぐさま重傷のポネラちゃんに駆け寄る。
「…何だよ、トドメでも…刺すのかよ?」
「違うわよ!治療するの!アディーナ、馬車の中から応急手当用のキット持って来て!白い箱に入ってるから!」
「了解です!」
「シャツキフは、包帯と担架を描いて実体化させてくれる?」
「任された♪」
コロちゃんの素早い指示のお陰で、ポネラちゃんの応急手当は迅速に済んだ。
こういう時の手際の良さは、コロちゃんがダントツで一番だ。
「…な、何で治療なんか、するんだよぉ…!
ウチはな…敵なんだぞ。お前らを…ぶっ殺そうとして…たんだぞッ!ガフッ!」
「敵でも、死なれると寝覚めが悪いでしょ。
ていうか喋んないで!また血ぃ吐いてるじゃないの、もう!」
それに、ポネラちゃんの命を救っておけば、カリュウちゃん側に貸しを作れるとは、空気を読んで言わないでおいた。
確かにポネラちゃんは敵だし、卑怯な手段で私達を危険に晒してきたけど、だからと言って死んでいいとは思えない。
そんな考えでいたら、いつかカリュウちゃんに嫌われてしまいそうだ。
まあ、帝都を追放された手前、もう既に嫌われてるのかもしれないけど。
「しかし、常軌を逸した回復力ですねぇ。」
医療には詳しくないけど、ポネラちゃんの怪我は素人目で見ても明らかに致命傷だ。
腹部を手刀で貫かれて、多分だけど内臓なんかもいくつか破壊されているのだろう。
だと言うのに、既に出血は殆ど止まり、呼吸が荒かったポネラちゃんもだいぶ落ち着きを取り戻している。
お腹はコロちゃんが巻いた包帯でグルグル巻きにされてるから直接確認出来ないけど、もしかしたらもう傷が塞がり始めているのかもしれない。
「…ウチの中の、我蝕孤皇蟲の力だよ。」
「あの、寄生虫型魔害獣ですか。」
「…あの子は、メチャクチャ強いクセに、寄生主が死んだら一緒に死んじゃうんだ。
だから、自分の生命力を分け与えてでも、宿主であるウチを生かそうとする。
ギッシシシ…、これが、ウチのしぶとさのカラクリだよ。」
成る程、寄生虫と一連托生だからこそ、九死に一生を得たという訳か。
もしもあの褌漢がポネラちゃんに重傷を負わせていなかったら、あっという間に回復したポネラちゃんに背後を取られていた可能性もある。
そう考えると、少しゾッとした。
⚪︎コロちゃんのメモ帳
グラットンワーム
害悪指数5880KC。
色んな種類の魔害獣が数多く存在するこの世界でも、特に有名なムカデの魔害獣ね。
とっても凶暴な性格で、たびたび農村に現れては、大好物の牛や豚などの家畜を片っ端から食い荒らしてしまう、まさに家畜イーターね。
決して人には懐かないって言われてたけど、まさかこんな形で飼い慣らされたグラットンワームをお目にかかれるとは、思っても見なかったわ。




