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#62、新境地




「グラットンワーム10倍ッ!」


ポネラちゃんの両袖から5体ずつ、合計10体のグラットンワームが飛び出し、的確に私を狙って飛び掛かって来た!

1体だけでも厄介なのに、まさかこんなに仕込んでいたとは。


普通に回避していては捌ききれないのは明白なので、一旦逃げに徹する事にする。



「うわっ、危なっ!」


私のローブを牙が掠めながら、グラットンワームの群れがしつこく追ってくる。

体はポネラちゃんの袖に収まったままなのに、一体どこまで伸びるんだ。



「無駄無駄無駄だよ!グラットンワームの体は伸縮自在!

ギシシシ、どこに逃げてもねちっこく追いかけるぞォ!」


凶暴なムカデの噛みつき攻撃を、そして飛んでくる溶解液をこまめに後方確認しながら何とか回避し、一定距離まで逃げると流石に限界なのか、グラットンワームの体は伸びきらなくなって追うのを諦めたようだ。

口惜しそうに退いていった。


もはや、ポネラちゃんの姿もよく見えない所まで逃げてしまった。


「…ハァ、ハァ、あのポネラちゃんの戦い方、まさか伝説の『闘蟲禍葬とうちゅうかそう』では?」



闘蟲禍葬。

体の中や服の中に、手懐けた大量の虫を隠し持ち、状況に合わせて様々な種類の虫を操り戦わせる、異国に伝わる伝説上の殺人術である。

虫を手懐ける方法も服の中に仕込む方法も、既に古の歴史の中で失われたものだと思っていたけれど、まさかこの現代において使い手がいるとは驚きだ。



「大正解。ウチこそがこの世で唯一の、闘蟲禍葬をマスターした人間、ポネラ様だ。」


木の陰から姿を現したポネラちゃんが、自慢げにそう語った。


「いやまあ実際、天才中の天才であるウチにとっちゃあ、マスターすんのは楽チンだったけどなぁ。ギッシッシ。

それに過去の闘蟲禍葬の使い手は皆、使うのは普通の虫でしかない雑魚ばっか。

ウチが手懐けてるのは、みーんな虫型魔害獣だ。

つまり、ウチが歴代の使い手の中でも最強なんだよ!」


再びポネラちゃんの袖の中から、今度は別の虫が弾丸めいた速度で飛び出してくる。

大きさは握り拳程度。私は咄嗟に割り箸で摘むも、それは失敗だった。



「あッ!ぐぅぅゥウゥッ!」


割り箸を伝って、私の全身に激しい電流が流れる。

堪らず放り捨てるけど、再度ジャンプして飛び掛かって来たので、割り箸を投げて撃ち落とした。


地面に落ちて気絶しながらも、バチバチと音を立てて帯電しているのは、驚異的な脚力を持つ小型の虫型魔害獣。

雷電雲霞らいでんうんか、害悪指数は1580KC。


「つぅ〜、効きますね、これは。」


「ほらほらァ、どんどん行くぞ!ギシシ!」


ポネラちゃんの袖の中から、マシンガンのように大量の雷電雲霞が次々と射出される。


「今度は引っ掛かりませんよ。」


私は雲霞マシンガンを避けながら、新たな割り箸を割る!


「『割り箸殺法・梛筏なぎいかだ』!」


割り箸を割った際の衝撃波が、雲霞の群れを吹き飛ばして一直線にポネラちゃんへと迫る。


「チィッ!」


舌打ちしながら避けるポネラちゃんに、一気に距離を詰めて肉薄する。

そのまま割り箸の斬撃を繰り出すも、相手の獲物である凶悪な見た目の虫取り網の柄で受けられてしまった。


「ふんッ!」


ポネラちゃんの反撃を躱し、隙を逃さず更に反撃。

お互いに一歩も譲らない反撃の応酬が繰り広げられ、拮抗した実力によりなかなかダメージが通らない。


「…ハァ…ハァ、虫無しでも結構強いですね。」


「…ゼェ…ハァ、当たり前だろ、ウチは天才なんだからなぁ。ギシシ。」


ポネラちゃんの袖の中から、再びグラットンワームが顔を覗かせる。


「ほらァ!」


「『割り箸殺法・山荷葉さんかよう』」


飛び掛かるムカデの牙を割り箸で摘み、流れるような動きで引っ張って引き摺り出し、地面へと叩きつける。

強固な装甲を持つグラットンワームにもダメージが通るように、強烈な衝撃が全身に伝わるように叩きつけた為、凶暴なムカデ魔害獣とはいえ堪らず沈黙した。


今の私は精神統一し、割り箸殺法の真の力を引き出す為、心を自然と一体化させている。

無駄な動きと無駄な力を極限まで削ぎ落とし、最大限効率的な動作での戦いを実現させたのだ。



「クソッ、なんだ今の動きは!いや、どうせまぐれだろまぐれ!ギッシシ。」


次々とグラットンワームが襲いかかってくるも、私がやる事は変わらない。

摘んでは投げ、摘んでは投げ、そして摘んでは投げる。簡単な事だ。

ただ、少しでも手元が狂えば隙が生まれ、瞬く間に噛みちぎられる。それだけだ。


それ故に、失敗は許されない。

だけど、そんな恐ろしいリスクを前にしても、私の心は凪のように落ち着いていた。

それは何故か?自然と一体化しているからである。



「クソ、クソクソクソォッ!何なんだそれ、ズルだろ!

急に本気出してきやがってェ!ふざけんなよもう!」


年相応といったところか、歯を食いしばりながら地団駄を踏んでいる。

今や静まりかえった私の心に反して、ポネラちゃんの心は怒りで乱れきっている。

反撃に移るならば、今ほどの好機は無いだろう。


「このォ!くたばれ!」


ポネラちゃんの体から飛び出すムカデも、雲霞も、ゴキブリも、その尽くを超効率化した動きで見切り、回避しつつ、本丸であるポネラちゃんの懐へと接近していく。


「なァッ!?」


「『割り箸殺法・渦紫陽花うずあじさい』」


「ぐッ!?」


私の渾身の一撃が、ポネラちゃんに炸裂する。

グラットンワームが身を挺して彼女の盾になったようだけど、全てのダメージを吸収する事は出来ず、無視出来ない程のダメージを受けたポネラちゃんは、吐血しながら膝をついた。


「ハァ、ハァ…、何で、何でウチが、こんなに苦戦してるんだよ…!

クソ、なんでなんだよ!」


「まあ、これが現実というやつですね。」


余裕ぶってるけど、私も結構体力的にキツい。

このまま諦めて、降参してくれればベストなんだけど…。



「こうなったら、もう奥の手でいくしかないかぁ。ギッシッシッシ。

ウチの最強の魔害獣、見せてやるよ!」


そんな上手く行くわけないですよねー。

仕方がない、私も残る力を振り絞るとしますか。



「うぐッ、ぐぐぐうぅぅゥゥゥッッ!!」


ポネラちゃんの様子がおかしい。

腰を曲げて低く唸り始めたかと思うと、彼女の体から何かが出て来た。

それも口からではなく、ポネラちゃんの皮膚を突き破り、食い破り、彼女の華奢な腕や脚、背中に肩など全身から白い何かが飛び出して来たのだ。

虫なのかどうかすらもよく分からないその生物は、細長い触手状の体に、ギョロギョロと蠢く目や、鋭い牙が奥まで大量に生え揃った口が、不規則に、そしていくつも配置されている。




「ギシシシシ!ギッシッシッシ!

この子こそが、ウチの最強の虫型魔害獣!我蝕孤皇蟲がしょくここうちゅう!!」


害悪指数、12000KC。ウィンドル君の鳳凰王よりも高い数値。

この不気味極まる魔害獣が、文字通り彼女の奥の手なのだろう。

ポネラちゃんは全身を食い破られて血塗れなのに、そんな事など意に介さずに愉悦の表情を浮かべている。


真っ白で太いロープのような形状の我蝕孤皇蟲の体は上に向かって伸び、ゆらゆらと海藻のように揺れている。


「まさかその魔害獣、寄生虫の類ですか?とんでもないのに手を出しましたね。」


「ギシシ、五月蝿いなぁ。とんでもないからこその、奥の手なんだろうよ!」


我蝕孤皇蟲の触手が、鞭の如く飛んでくる。

その速度はグラットンワームの比ではなく、私の動体視力でも見切るのは困難だった。


「くッ!」


何とか割り箸でガードに成功するも、その衝撃は凄まじく、吹き飛ばされて近くの巨木に叩きつけられ、更にその巨木は轟音と共にへし折れてしまう。

防御したというのに、私の肋骨も少し折れてしまったようで、口元から血が流れ出ている。

頭も打ってしまったようで、どろりとした赤い血が、頭頂部から垂れ流しなのが分かる。


「いったぁ〜、流石に効きますね、今のは。」


一瞬で残骸と化した巨木の中から、私は満身創痍の体に鞭を打って立ち上がる。

あの寄生虫魔害獣は非常に危険だ。どうやって対処したものか。

見たところポネラちゃんの体への負担が大きそうだし、スタミナ切れになるまで逃げ回るべきか。


「いや、いつになったら切れるのか分からないし、あの速度から逃れるのは流石に骨ですね。」


結論、残った体力で何とか頑張る。

相手もボロボロなのはお互い様だし、あの我蝕孤皇蟲さえどうにかすれば、こっちのものだ。



「ふぅ、ピンチの時ほど、頭は冴え渡るものですね。」


視線の先には、体からおぞましい魔害獣を生やした少女が、ゆらりゆらりと迫って来る。

コロちゃん達の姿は見えないけど、恐らくまだ虫型魔害獣の群れと交戦中なのか、激しい戦いの音がどこからか聞こえてくる。

つまり、ここからは完全に一人でどうにかしなければならない。

私は自然との調和を最大限に意識し、再び割り箸を構える。



「ギッシッシ、もういい加減に諦めろよ。

お前一人じゃ、どう考えても勝算はゼロだろぉ!ギッシッシッシ!」


「いえ、そうとも限りませんよ。」


「はぁ?」


深く、深く鼻から息を吸い、口から吐く。深めの深呼吸。

脳内にアドレナリンが巡り、頭が冴える。


「ギシシ、負け惜しみは!死んでから好きなだけしてなよぉ!」


我蝕孤皇蟲の触手が伸びる!

あれは見た目以上に危険な代物。これ以上喰らう訳にはいかない。



「『割り箸殺法・水芭蕉みずばしょう』」


精神を研ぎ澄まし、自然に身を委ねる。

まるで水際で静かに咲く草花の如く、ゆったりと鈍化した静寂の世界で、襲いくる触手を受け流す。

割り箸は私の眼前で弧を描き、触手の表面を撫でるように軌道を逸らしていく。

簡単にやってるように見えるけど、実際には一分のミスも許されない繊細な防御技だ。


「小癪な真似を…!」


「これぞ、自然との更なる調和によって生み出された、割り箸殺法の新境地です!」


「フン、訳の分からない事言いやがってぇ!たかが割り箸だろ!

ウチはとっとと終わらせて帰りたいんだよ!粘るな、早くくたばれ!」


当然、いくら捌こうとも反撃しない限りは幾らでも触手は襲ってくる。

おまけに一撃一撃がとても重く、思いの外こちらの体力の消耗も激しい。

このままじゃ明らかにジリ貧だ。


「ぐうぅぅ…!」


嵐のような怒涛の触手攻撃。

防ぎながら、更に脳を振り絞って打開策を練る。


「防いでいるだけでは、状況は変わらない。

ならば、前進あるのみ!」


私は、触手を受け流しながら歩を進める。

常に敵の攻撃の軌道を読みつつ、尚且つ前へ進み距離を詰めるのは、想像以上に過酷な事だ。


「何でだよ、何で近づいて来るんだよ!何で諦めないんだよッ!」


「理由は単純です。私はどうしても、前に進まないといけないからです。

貴女を打ち破って、帝都に行かないといけないからです!」


「ッッ!?」


ポネラちゃんが、明らかに動揺している。

どうも、私の言葉によって彼女の心が揺さぶられているようだ。


僅かにだけど、我蝕孤皇蟲の攻撃の手が緩んでいる感じがする。

私は、触手攻撃の防御、前進、そしてポネラちゃんとの対話。

この3つを、並行して同時に行なっている。


「私には、絶対に揺るがない強固な意志があります。仲間と共に、カリュウちゃんの元へ辿り着くという意志が!

ポネラちゃん、貴女にそういったものはありますか?」


「なッ!?何それ?何なの?ウチは、ただ…ッ!」


ポネラちゃんの感情とリンクしているのか、我蝕孤皇蟲の勢いが狙い通りどんどん弱まっていく。

当然、私の前に進むスピードも上がっていく。


「たとえ多くの虫を味方につけていようと、それが強力な魔害獣であろうと、ここまで互いの実力が拮抗している以上、最終的に勝敗を決するのは、意志の強さに他ならないでしょう。」


「…実力が拮抗だと?

ギシシシ、どこ見て言ってるんだよ!」


「ほら、そういうところです。」


速度が鈍くなった触手の先端を、私の割り箸が捉えた。

遂に、我蝕孤皇蟲の触手を割り箸で摘む事に成功したのだ!


そのままポネラちゃんの体ごと引っ張り、彼女の体を思い切り近くの巨木に叩き付けた。


「…がッ、はァッ!?」


衝撃のあまり叩き付けられた巨木は抉れ、木屑がボロボロと崩れ落ちる中、ポネラちゃんは吐血しながら立ち上がった。

さっきのお返しといったところか。


「…ハァ、ハァ、痛い、マズい、何でウチが…こんなに追い詰められてるんだ。

どう考えてもおかしいでしょ!」


正直、ポネラちゃんの姿は見ていて痛々しい。

敵とはいえ、私もこれ以上幼い少女を痛めつける趣味は無い。


だから…



「ポネラちゃん、もう降伏して下さい。

これ以上やりあうのは、無駄に貴女が苦しむだけです。」


⚪︎コロちゃんのメモ帳



オービットスパイダー


害悪指数6900KC。

巨大な蜘蛛の魔害獣で、自身の周囲360度に強固な蜘蛛の巣を張って、立体的な結界として身を守りながら戦うのが主な戦術みたいね。

遠距離から蜘蛛の巣の塊を飛ばして標的にくっつけて、動きを封じる事も出来るそうよ。

ちなみに、毒は持ってないんだって。

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