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#60、リスキー




「たっ、助けてッ!誰か助けて下さいッ!」


ローブの人が、私達に助けを求めてくる。

フードを被ってる所為で顔はよく見えないけど、声からして女の子みたいだ。

こんな非力な女の子を追い回すとは、なんて陰険な魔害獣なんだ!


さて、その魔害獣はと言うと、見た目は紫色の巨大なカマキリ。

凶暴そうなエイリアンみたいな顔に、岩のように太くて頑強そうな胴体、そして何より目を引くのは、両腕の鋭利で大きな鎌だ。

私の身長よりもずっと長い刃渡りを有するそれは、邪魔な木々をサクサクと豆腐のようにスライスしながらこっちへ迫って来る。

あんなのに切られたらひとたまりも無い。



「ヒィッ!?」


ローブの少女に魔害獣の大鎌が迫ったその時、割り込んだ私の割り箸がその必殺の一撃を止めた。

火花を散らしながら、私と巨大カマキリとの鍔迫り合いが勃発する。


「くぅ、結構力強いですね。」


「アディーナ、後ろ危ない!」


身動きの取れない私の背後から、もう一方の鎌が狙いを澄まし、私の背中を突き刺そうと振り翳される。



「シャツキフさん!」


「大丈夫大丈夫〜♪」


私の背後を狙った致死の刺突は、シャツキフさんの粘土剣の斬撃による受け流しによって阻まれた。

そのままシャツキフさんの第二撃が魔害獣の顔面に斬り込まれ、大ダメージとまではいかなくとも、その硬い装甲のような皮膚に切れ込みを刻んだ。


「うわ、かったい♪」


巨大カマキリが怯み、私達と距離を取った所で、私はハイテク眼鏡の機能で目の前の魔害獣を分析する。


白刃蟷螂はくじんとうろう、害悪指数は6190KC。

やっぱり結構強いみたいだ。


「コロちゃん、その子を頼みます!」


「よし、任された!」


ローブの少女をコロちゃんに預けて、巨大カマキリとの戦いに専念する。





その筈だった。



「なっ!?うわッ!」


カマキリに向き直った瞬間、背後からコロちゃんの悲鳴が聞こえた。

何事かと振り向いてみると、コロちゃんが全身を白い糸のようなもので雁字搦めに縛られており、そのまま木の枝に吊るされていたのだ。


「コロちゃん!?大丈夫ですか!」


「うぅ、何これ急に…!」


樹上を見上げると、糸の伸びる先には妖しい八つの瞳を持つ、巨大な蜘蛛がこちらを見下している。

コロちゃんを縛っているのは、蜘蛛の魔害獣によるものだった。


「伏兵がいましたか…!

コロちゃん、今助けに行きます!シャツキフさん、そっちのカマキリは任せます!」


「オッケー♪」


オービットスパイダー、害悪指数6900KC。

自身と捕らえたコロちゃんの周囲に、バリケードのように蜘蛛の巣を張り巡らせている。

あのカマキリよりも厄介そうだけど、早くコロちゃんを救出しないとマズい。速攻で助け出さないと!




「ん…?」


ここで、ふと疑問が浮かぶ。

いや、疑問どころかこの一連の流れは不自然な点が多い。

こんなにも強力な魔害獣が、計ったように連携して危害を加えてくるなんて、どうもおかしい。

だとすると、あの少女が追われていたのは偶然なのか、それとも…!



私の疑念を裏付けるかのように、ローブの少女が私の眼前に割り込み、強烈な前蹴りを仕掛けてきた。

私は咄嗟に割り箸でガードするも、衝撃で後ずさる。


「やっぱり貴女、敵でしたか。

あのカマキリに追われてたのも、私達に近付く為の演技ですね?」


「ギッシッシッシ、その通りだよ。今更気付いたかバーカ。

まあ、ウチの演技力が高過ぎるから、無理もないか。ギッシッシ。」


非力な女の子は一転、ローブを脱ぎ捨ててその正体を明かす。

幼いながらもその目付きは悪く、猫背で意地の悪そうな薄ら笑いを浮かべている。

色んな種類の虫の柄が描かれた薄緑色のミニスカートのフリル付き浴衣を着ていて、袖は腕の長さの倍はありそうなくらいに長く、浴衣と同じ色と柄のニーソックスを履いている。

髪型は茶色の髪に二つ結びのおさげ。


とても可愛らしい格好をしているのに、どうも性格に大きく難が有りそうな印象だ。



「貴女は、帝国軍の達人ですか?」


「ああ、そうだよ。当たり前だろ。

あのカマキリさんも蜘蛛さんも、実はウチのお友達さ。ギッシシシ。」


「成る程。とすると、貴女はウィンドル君と同じ、死育委員デーモンビーストテイマーズの一人ですね?」


「そんなん聞かなくても分かるだろ、馬鹿か!ウチだぞ、ウチ!知らないのかよ!

死育委員の一人で!『虫捕りの達人』の!あのポネラ・ダマラ様だぞ!常識だろ!」


どこの常識か知らないし、かなり口が悪い子だ。

ウィンドル君は鳥を操っていたけど、このポネラという少女は虫の魔害獣を操るのか。


「くっそ、ウチを知らないとかマジで有り得ないだろ。

どいつもこいつもウチの事を馬鹿にしやがって!ウチを馬鹿にする頭の悪いクソバカ共は全員ブチ殺してやるよ!

お前も!あの金髪の女も!ウチの罠に掛かった間抜けなクローンの女もな!ギッシッシ!」


ヤバい。

何がヤバいかって、この子の気性の激しさが非常に厄介だ。

下手に刺激してキレさせたら、人質であるコロちゃんの命が危ない。

ポネラちゃんの気分次第でコロちゃんの命運が左右される以上、迂闊に手を出すのはリスキー過ぎる。


「わ、分かりました!貴女が只者ではない事は、身をもって知りました。

だから、私と正々堂々一対一で戦いませんか?人質とか無しで。」


「ヴァーカ!そんな見えすいた誘導に引っ掛かる馬鹿がどこにいるんだよ!

ウチの事ナメすぎだろ!クソが!」


「アディーナ、流石に下手過ぎ。」


私の誘導作戦は見事に失敗し、人質である筈のコロちゃんからもダメ出しを食らってしまった。

シャツキフさんは巨大カマキリの相手で手一杯みたいだし、どうにか私一人で乗り切るしかないのに!


「ギッシッシッシ、あのクローン女を捕らえてる蜘蛛さんの魔害獣はオービットスパイダーって言ってな、体内にたった一滴で象すら2秒で殺せる超強力な猛毒を持ってるんだよ。

つまりはウチの指示一つで、糸に毒を含ませて瞬殺出来るんだからな。そこんところをちゃんとわきまえておけよ。ギシシシシ。」


ポネラちゃんは長い袖を口元に当てながら、自らの性格の悪さを一切隠す事なくニヤニヤ笑っている。


「一体どういう教育受けたらそんな捻じ曲がった性格になれるんですかねぇ。」


「ギッシシシ、ウチにとっちゃ褒め言葉だよ、ありがとう。」


「全く、親の顔が見てみたいですね。」






「……はァ?」




あれ?

今まで気味の悪い笑顔を浮かべていたのが一転、私の事をギロリと睨んできたんですけど。



「…残念だったなぁ、ウチの親はもうとっくに死んじゃってるから会えないよ!

それともあれか、お前もウチの事を親がいない残念な子って馬鹿にすんのか!あぁ!?」


マズい、地雷を踏んでしまったようだ。


「もういい、頭プッツンだ!ウチの大好きなママとパパを馬鹿にしやがって!ブッ殺してやる!

オービットスパイダー、やっちゃっていいよ!」


これはマズい、非常にマズい!

こうなったら割り箸殺法の奥義で斬撃を飛ばして蜘蛛の糸を切断するしかない。

ただ、この位置から間に合えばいいんだけど…!




「ガルルルル!」



私が奥義を使おうとしたその瞬間、木々の枝を飛び跳ねながら、軽快な動きでコロちゃんの元に向かう小さな影が一つ。

そう、主人のピンチに駆け付けたポチノスケ君が、空中で飛びつきながら巨大化し、その忌まわしい糸を毒が伝わる寸前に噛みちぎって、コロちゃんを救出したのだ!


「ポチノスケ!」


「ワオーン!」


地面に落下するコロちゃんを素早く背中でキャッチして、こちらへ戻ってくる。


「後は私に任せて下さい。」


私は割り箸でコロちゃんを拘束する糸だけを斬り裂き、コロちゃんを解放した。

我ながら器用な業前!


「ありがとうポチノスケ。良い子だね!」


「クゥーン。」


コロちゃんはポチノスケ君の頭を撫で回した後、私の横に並んでポネラちゃんに向き直る。



「とうッ♪」


「ギギィッ!」


そこで、もう一方の戦いにも決着がついたようだ。

シャツキフさんが遂に巨大カマキリを制圧したみたいで、どうやったのかは見てないので分からないけど、ノックアウトされたカマキリが崩れ落ち、シャツキフさんが私達の側にジャンプして華麗に着地。

どう見ても無駄なアクションだけど、シャツキフさんがやると魅入ってしまうからどうしたものか。


「でも、これで形勢逆転の4体1ですね。」


「はあ?何言ってんの。本物の馬鹿じゃん。」


人質計画を破綻させられたからなのか、ポネラちゃんは明らかに怒っている。

なんというか、喜怒哀楽がはっきりと分かりやすい子だ。

特に怒の部分が。




「ギシシ、4体1じゃなくて、4対100万だよバーカ!」


ポネラちゃんのミニスカートの中から、黒い何かが大量に出て来る。

彼女の足をウゾウゾと這い、そこから地面を這ってこちらへ突撃してくるその生き物は、私も自宅で何度も見た事があるあの虫。




「ゴキブリですね。」


「ゴキブリだね♪」


「ゴキブリィ!?」


「ギッシッシ!ただのゴキブリさんじゃないぞ!この子達一匹一匹がれっきとした魔害獣だ!」



シークレットスカベンジャー。害悪指数360KC。

調べてみたら確かに魔害獣だった。見た目は普通のクロゴキブリが一回り大きくなっただけみたいな感じなのに。

しかも数が尋常じゃなく、多分千匹以上はいそうなのが確認出来る。

害悪指数は低めだけど、流石にこの数は骨が折れる。



ちなみに、私達の中でゴキブリ苦手なのはコロちゃんだけだ。


「コロちゃん、大丈夫ですか?」


「…正直泣きそうだけど、さっき捕まった分の汚名返上しなきゃいけないから、頑張る!」


「おー、コロちゃんやる気だねー♪」


まず先に行動したのは、シャツキフさんだった。

自身のシルクハットを脱ぎ、その裏側のパレットに絵筆型ステッキの先端を浸し、絵の具を毛に滲ませる。

色は白。その白を地面に叩き付けるように塗りたくった。


「白はとりもち。これは特別性の、絵の具っぽいとりもちだよー♪」


何故そんなものが都合良くあるのか知らないけど、取り敢えずは助かった。

こっちへ向かって来たゴキブリの集団が次々ととりもちに引っ掛かり、ジタバタともがいている。

私達は、とりもちのバリケードに囲まれ守られている状況だ。


「クソ、ふざけた罠仕掛けやがってぇ…!

でもお前ら、そんな一箇所に密集しちゃって大丈夫なの?ギッシッシッシ。」


悪態をついたかと思ったら、今度は不敵な笑みを浮かべてきた。

確かに私達は今、とりもちバリケードによってゴキブリ含め地上からの敵は寄せ付けないものの、全員が一箇所に集結している。

何か、嫌な予感がする。


予感を感じると同時に、一瞬だけ足元に違和感を感じた。

急に土が柔らかくなったかのような微かな違和感だけど、直感でこれは危険だと脳が囁く。



「皆さん、早くあの木の上へ!」


「うん!」


「『超速画ソニックドロウ』!」


危険を感じ取ったのは、私だけじゃなかった。

シャツキフさんもコロちゃんも私と同様に違和感に気付き、素早く対処に取り掛かる。

シャツキフさんが一瞬でフック付きロープを描き上げ、頭上の木の枝へ手早く引っ掛ける。

その瞬間だった。



「うわっ!?」


直前まで立っていた固い筈の地面が瞬時に砂のようにサラサラになり、すり鉢状に地盤が沈下したのだ!

シャツキフさんはロープで木の枝に吊り下がっていたので危機一髪。

コロちゃんもシャツキフさんの体にしがみついていたのでセーフ。

ただ、私だけが間に合わなかった。


「アディーナ!」


逃げ遅れた私は流動する砂に足を取られて身動きを取るのが困難になる。

流砂はすり鉢穴の中心に向かって流れていて、そこで地中から顔を出して待ち受ける魔害獣がいた。


ヘルアリジゴク、害悪指数7470KC。

砂と同じ黄土色の体をした巨大なアリジゴクが、禍々しい刃が無数に付いた大顎をギチギチと音を立てながら、ご馳走が落ちてくるのを今か今かと待ち構えている。

ピンチだ、どうにか脱出しなければ。


シャツキフさんは両手が塞がっていて絵を描けないし、コロちゃんもシャツキフさんにしがみついていて身動きが取れない。



「『割り箸殺法・梛筏なぎいかだ』!」



梛筏は、割り箸を割った時の衝撃波を一点に収束させ、敵に向かって飛ばす遠距離攻撃。

ただ、今回は敵にではなく、私自身の足元に向かって衝撃波を撃ち放つ!

一か八かの賭けだけど、四の五の言ってる場合じゃない。


「うッ!」


強烈な衝撃に大量の砂が粉塵のように飛び散り、モロに衝撃を受けた私も吹っ飛ばされ、辛くもアリジゴクの脱出に成功した。

ただ、まだまだ油断は出来ない。

舞い散る砂煙は晴れるけど、既にヘルアリジゴクの姿が消えている。


これは、きっとマズいやつだ。


⚪︎コロちゃんのメモ帳



ノボウ


帝国軍所属の『犬の散歩の達人』で、ポチノスケの元の飼い主ね。

ブリーダーとしての知識と技量は十分なんだけど、気性が荒くてポチノスケが少しミスを冒しただけで暴行を加えるような、最低の飼い主よ。

皆はこいつみたいを見習っちゃダメだからね。

ペットには愛をもって接して、最後までちゃんと責任持って面倒見るのよ。

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