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#58、可愛いワンちゃん





「うぅ…!」


頭が痛い。

目の前が真っ暗なのは、アタシが目を閉じているからか。

微かな光の刺激を感じてゆっくりと目を開くと、自分がテントの中で寝ているのが理解出来た。


光を感じたのは、外が既に朝、もしくは昼間だからだ。

外に出て確認せずとも、この日光の照り付け具合からして晴天なのがよく分かる。


「あぁ、アタシ、一体何して…」


確か、昨夜はアタシ、アディーナ、シャツキフの三人で楽しくキャンプファイヤーをしてて、それぞれの思い出話を語る流れになって、それでアディーナとカリュウ姫皇帝の馴れ初め話を聞いて…



それで、アタシは何か大切な事を考えていた気がする。

何だっけ?クッ、思い出せない!



必死に記憶を探っていると、誰かがテントの中に入って来た。



「物音がすると思って見てみたら、コロちゃん、目を覚ましたんですね。良かった。」


アディーナだった。

テントの入り口を掻き分けるように入って来た体に朝日による後光が差して、その笑顔が実に眩しい。神々しい。


「アディーナ、おはよう?朝なの?」


「朝ですよ。コロちゃん、おはようございます。昨日の夜、コロちゃん突然気絶しちゃって、大変だったんですよ。」


「気絶…?うぅ、何か思い出しそうで、思い出せない嫌な感覚…!」


「あ、思い出さなくて結構です。それより、外の空気でも吸って気分転換して来たらどうですか?今日は良い天気ですよ。」


それだけ言い残して、そそくさと出て行くアディーナは、どこかよそよそしい物言いだった。

一体何なの?

思い出さなくていいとか言ってたし、アタシ、何かやらかしたの?


不安になってくるんですけど。



「外、出るかな。」


アタシは寝袋による封印から自分を解き放ち、重い身体をのっそりと動かし、立ち上がる。

外に出てみると、やはりと言うか気持ちいいくらいの快晴だった。

カラッと照り付ける朝日と共に、申し訳程度の雲の欠片がいくらかポツポツと浮いている。


アタシは大きく身体を伸ばして、深呼吸をする。

酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す、ただの生理現象が最高に気持ちいい!


「っはぁ〜、こうして朝の空気を吸ってみると、本当に気持ちいいわね!

さっきまで悩んでたのが、馬鹿らしくなってくる!」


まあ、アディーナも思い出さなくていいって言ってたし、特に怒ってる様子でもなかったから、きっと大した事じゃないんでしょ。そう思おう。



「おはよー、コロちゃん♪」


「ああ、シャツキフ、おはよう。」


「コロちゃん、もう大丈夫なの?体の方は平気?」


シャツキフまで心配してくる。

仲間だから、当然かもしれないけど。


「うん、アタシはもう平気だから。

それより、昨日何でアタシは気絶したの?記憶が無いんだけど。」


「あー、それはねー、コロちゃんが実はロリコンだったからかなー♪」





…は?



「は?」


いや、全然意味分かんないんだけど。

何でアタシがロリコンだと、気絶しちゃうの?

いやいや、そもそもロリコンじゃないし!

それに、シャツキフの説明がざっくり過ぎる。恐らく8割くらいは端折ってるでしょ!



「あ、そうだ♪さっき、そこで犬の散歩してる人がいたから、挨拶してきたよ♪

ワンちゃん可愛かったなー♪」


「へぇ、そう。」


話題の転換が急過ぎる。

このマイペースさが、シャツキフらしさでもあるんだけどさ。

犬の散歩なんて、早朝なんだからそう珍しいものでもなかろうに。

シャツキフはそのまま、向こうで薪割りをしているアディーナの元へ向かって行った。



「…はぁ、まだちょっと頭痛いし、あっち行って景色でも見てこよ。」


アタシはアディーナ達に背を向けて、馬車で通ってきた道の方へ歩く。

ここからだと、道の向こうの崖から見事な絶景が眺望出来るからね。


「やっぱり、ここからの景色は最高ね。カメラでもあれば良かったなぁ。」


大自然というものは、本当に偉大だとつくづく実感する。

ただ自然に作られた絶景を見せるだけで、こんなにも人の心を潤わせてくれるのだから。


なんて、口に出したら恥ずかしそうな事を考えていたら、犬の散歩をしている人に出会った。



「あ、どうも。おはようございます。」


「ども、おはようございます。可愛いワンちゃんですね。」


散歩している男性の犬は、愛らしい見た目をした小型犬だ。

犬種とかは詳しくないからよく分からないけど、あまり見慣れない種類の白い犬だった。


「ええ、とっても可愛い子なんです。では。」


犬の散歩をしている人は、そのまま立ち去った。



「可愛い犬だったわね。いつかアタシも、ペットでも飼ってみようかしら。」


とは言え、既にアディーナという手の掛かるペットみたいな子がいるから、もう間に合ってるか。









「ん?…あれ?」


何か、奇妙な違和感を感じる。



犬の散歩?

いや待ておかしい。


こんな山奥の、人里離れた場所にわざわざ飼い犬の散歩に来るなんて、どう考えても不自然過ぎるだろ!

アタシは何故さっきまで普通に受け入れていたんだ!



「ヌッハッハッハー!」


「コロちゃん、危ない!」


変な笑い声が聞こえたのと同時に、駆け寄って来たアディーナに抱き締められ、地面に転がり込んだ。

その直後、直前までアタシが立っていた場所を炎の塊みたいなのが通り過ぎて、そのまま岩に直撃して爆散した。

砕け散った岩は、ドロドロと赤熱しながら溶けている。

危なかった。あんなのが当たったらひとたまりも無い。


「ちょっ、アディーナ…!?何よあれ!」


「敵襲です。全く、こんな場所にまでやって来るなんて、帝国軍の達人も相当暇みたいですね。」


「ヌッハッハッハー!ああ、そうだ!めちゃくちゃ暇だったから暇潰しに貴様らの首を貰いに来た!ヌッハッハ!」


声の主は、さっき挨拶を交わした犬の散歩をしている飼い主だった。

あの丁寧な態度はどこへやら、汚い笑い声と言葉遣いを全開にしている。


あまり手入れのされてなさそうな不揃いの無精髭が目立ち、薄汚い襤褸布みたいなコートとニット帽を身に付けた、小汚い印象の老人だ。

いかにも意地の悪そうな顔をしている。

実際、不意打ちしてきたし。


その反面、悪そうな老人にリードで繋がれている飼い犬は可愛い。

アタシの膝くらいまでの大きさしかない、ちっちゃ可愛いワンちゃんだ。

う〜ん、飼い主とは似ても似付かないな。


「犬の散歩をしている一般人を装って不意打ちを仕掛けるとは、なんて卑怯な人なんでしょう。

しかも、そんな下劣な策に、いたいけな動物さんを利用するなんて。」


「ヌッハッハッハー!いいね褒め言葉として受け取っておこうか!

気分がいいから自己紹介してやる!我が名はノボウ!こう見えても帝国軍の一員であり、『犬の散歩の達人』!

貴様らを倒せば、無様に負けたウィンドルの小坊主を蹴落として、この俺が死育委員に大出世できる大チャンスよ!ヌッハッハー!ヌーッハッハッハー!」


もう既に勝利を確信しているのか、上機嫌に高笑いを繰り返している。

こんな調子に乗りやすい人間がそう易々と出世できるとは思えないし、さっきの不意打ちはアタシを殺す気満々だった。

アタシ達を殺したら、カリュウ姫皇帝を怒らせる事になるのを知らないのか。


「その歳になっても出世欲を持ち続けるハングリー精神は称賛に値します。

しかし、その所為で私の大切な仲間を傷付けようとするのは許せません!覚悟は出来てるんでしょうね?」


アディーナ、怒ってくれてる。

こんな状況でどうかと思うけど、正直言って嬉しい。


「ヌッハッハー!言うなぁ、流石は今評判のアディーナ・ユア!

だが、貴様らの快進撃はここで終わり!行けぇ、ポチノスケぇ!」


ポチノスケ?


「ウガアァァ!ワアァン!」


犬が唸って吠えた。

なんだ、あの犬の名前か。変な名前。

ていうか、普通の犬に戦わせるなんて何事だ!魔害獣でもあるまいに!



なんて事を考えてたら、可愛いワンちゃんに異変が起こる。

全身がメキメキと音を立てて肥大化し、爪と牙もそれに比例して鋭利に巨大化する。

つぶらな瞳はバッキバキに見開かれて、可愛らしかった口は耳元まで裂けきっている。

数秒前までの可愛さなど見る影もなく、可愛いポチノスケちゃんは超が付くほど凶悪な外見の魔害獣と化した!


うん、魔害獣でした。


「ぐ、グロい…。」


「ヌッハッハッハー!驚いたか!驚いて声も出まい!

ウチのポチノスケは、ただの可愛いワンちゃんじゃあない!

魔害獣『ガイトラッシュ』!害悪指数4200KCの、強力な狂犬型魔害獣だぁ!」


害悪指数4200KC…。


どうしてだろう、あんまり脅威に感じない。

ウィンドルと戦った後だからか、低めの数値にすら感じてしまう。

決して、油断はしちゃいけないんだけど。


「ポチノスケ!あの愚かな小娘に、お手ェ!」


ノボウの指示に反応して、凶悪化したポチノスケが飼い主と共に飛び掛かってくる!速い!

しかし、アディーナは的確にその動きを見切り、バックステップで回避。

アディーナが立っていた場所にポチノスケのお手が炸裂!

前足を叩きつけられた岩場の地面は大きくひび割れ、粉塵と轟音を周囲に派手に撒き散らした。


あんなお手、受けたら死んじゃうでしょ。アホか!


「よく躾けられたワンちゃんですね。

でも、動きにキレが足りないですよ。運動不足なんじゃないですか?」


「フン、まぐれで躱しただけで図に乗りおって!

ポチノスケ!おかわりィ!」


再び、ポチノスケのお手が襲ってくるけど、アディーナは難なく回避。


「チィッ!ポチノスケ!おかわり10連打ァ!」


ポチノスケが、狂った様にお手を繰り返す。

その度にアディーナは避け、地面は裂けていく。

それを何度も何度も繰り返し、ポチノスケの動きも鈍くなっていく。




「…く、クソッ、ちょこまかと動き回りやがって…ッ!」


「もう息が上がってるんですか?犬だけじゃなくて、飼い主も運動不足みたいですね。

耳障りな高笑いをする余裕も無くなってるようですし、そんなんじゃ、たとえ私達を倒したとしても、死育委員の座なんてとてもとても…。」


「何だと!舐めやがってクソガキが…!」


アディーナの安い挑発にも、あっさり乗ってしまうという残念っぷりよ。



「ポチノスケ!吐け!」



え?


吐け?



「バァウッ!」


大きく開かれたポチノスケの口から、炎の塊が吐き出され、高速でアディーナ目掛けて飛んでくる!

最初にアタシに飛んできた不意打ちの炎は、これだったか。


アディーナは一気に駆け出し、炎塊をひらりと躱しながらポチノスケに肉薄すると、そのまま割り箸殺法の奥義を繰り出す。



「『割り箸殺法・渦紫陽花うずあじさい』!」


「ギャオォォッ!?」


アディーナの一撃がポチノスケの硬い毛と皮膚を斬り裂くも、決定打とまではいかない。

流石に4200KCの害悪指数は、決して低い数値ではなかった。ちょっと舐めてたか。

でも、この様子じゃ絶対にアディーナには勝てない。それだけは確信している。


「多少タフなようですが、それだけじゃ私には勝てませんよ。」


「黙れガキが!ポチノスケ、とっとと吐きまくれ!」


今度は、炎塊を連続で吐き出してくる。

さっきのお手連打といい、どうも相手の攻撃パターンが単純過ぎる。

一発で駄目なら数でごり押しするつもりなのか、素人のアタシから見ても浅はかな戦法だ。

そんなのが、あのアディーナに通用する訳がない。


「おい、ポチノスケ!何してやがる!

全然当たってないだろうが!もっと狙えよこのアホンダラぁ!」


あと、飼い主であるノボウのポチノスケに対する態度がどんどん酷くなっている。

恐らく、これがアイツの本性なんだろうな。

怒鳴り散らしながらポチノスケのお尻を蹴飛ばす度に、凶悪化した筈の顔が一瞬だけひ弱な小型犬の表情を見せる。

これは酷い。


「見てられないわね、もう。

アディーナ、アタシも手伝うから、ポチノスケは任せて!」


「え?りょ、了解です!」


アタシはおもむろに武器を捨てて、低く唸るポチノスケへと歩み寄る。


「ちょっ、コロちゃん!?何してるんですか!」


「馬鹿が、死にに来た!ヌッハッハッハー!」


アタシは昔から、動物には好かれるタイプだった。

だからアタシも動物は好きだし、だからこそこのノボウという男は許せないし、ポチノスケの境遇を哀れにも思う。

その気持ちが通じているのかどうか分からないけど、ポチノスケは戸惑っているように見える。


「コロちゃん、危ないですから!戻って!」


「大丈夫、アディーナは手を出さないで。アタシがこの子を助けるから。」


ポチノスケは、ノボウに怯えている。

それは火を見るよりも明らか。

こんなのは主従関係というより、ただの寄生だ。

飼い主という寄生主が、ポチノスケから戦闘力という資源を搾取している。


「ポチノスケ!いいからその馬鹿を噛み殺せェ!」


無抵抗の意思を表明しながら近付くアタシの元へ、困惑したポチノスケが飛び掛かってきた!


⚪︎コロちゃんのメモ帳



饕餮城


カリュウ姫皇帝の居城にして、世界最大の建築物。そして帝都グラドポリスのシンボルとも言える、超巨大なお城ね。

帝国軍の本部があるから常に多くの達人が城内にいるし、城の外部では上空から地上まで強力な魔害獣が警備してて、エリートなクローン兵もその目を光らせてるわ。

カリュウ姫皇帝の趣味でお風呂も沢山あって楽しそうな所にも見えるけど、何だかんだ警備はとても厳重なのね。

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