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#56、饕餮城




カリュウ姫を名乗る女性は、それから度々私の家にやって来た。

どうやら私の事が気に入ってしまったらしく、月に何度かのペースで、夜になると前触れも無くフラフラと訪問して来て、私の遊び相手になってくれている。

何故、帝国のお姫様が護衛も付けずに、たった一人で一般市民の私の家へ遊びに来るのか。

どうにも気になるので聞いてみたら、


「アディーナちゃんの事、気に入っちゃったからぁ。それだけだよぉ。」


とだけ返され、具体的にはよくわからない。

お母さんもお父さんも、妹のリーファですらも本人だと信じておらず、他人の空似の変人だと思っている。

でも、悪い人じゃなさそうなので、普通に私と歳の離れた友人として認識している。


唯一姫様だと信じているのは、私だけだ。



「ねえねえ、カリュウちゃん。」


「ん?どしたのぉ?」


今日も日が暮れた頃にふらっとやって来て、まるで我が家のように寝転がってくつろいでいた。

寝転がる姿がサマになる女だな、と思ったりもした。



「私、カリュウちゃんのおうち行ってみたい。」


「へ?」


「遊ぶのいっつも私の家だから、カリュウちゃんの家も気になる!

家っていうか、カリュウちゃんの場合はお城か!

…あの、難しい字の、なんちゃら城ッ!」


饕餮とうてつ城、ね。

う〜ん、別に行ってもいいんだけどぉ。」


「やった!じゃあ明日ね!明日学校お休みだから、朝から行くから!」


「うえぇッ!?明日ッ!?きゅ、急だねぇ。

…まあ、いいけどぉ。」


カリュウちゃんは困ったように唸りながら、メトロノームみたいに左右に揺れている。

いつもマイペースなカリュウちゃんの困り顔は割と貴重なので、もっと困らせたくなった。


「ウェーイ!カリュウちゃんありがと!大好きー!」


私はカリュウちゃんの大きな胸に飛び込んで、抱きついた。


「…もう、アディーナちゃんは仕方ないなぁ、もう。ニヒヒ。」


困りつつも、はしゃぐ私を優しく抱き止めて、頭をよしよしと撫でてくれる。

普段だらしなくて見習っちゃいけないお姉さんの代表格みたいな人なのに、何故か包容力だけはピカイチなんですよねぇ。


「じゃあじゃあ、明日の朝になったら行くね!

そうと決まったら、何持って行こうかなー!しっかり準備しなくちゃ!」


「もう、あたしの家に遊びに来るだけで、別に旅行に行く訳じゃないんだからぁ。そんなに気合入れなくてもいいってぇ。

それじゃあ、明日城の人に言って、最高の馬車で迎えに行くよぉ。それにおもてなしの準備もねぇ。ウヒヒ。」


カリュウちゃんのプライベートを覗けるのと、帝都で一番巨大な建造物である饕餮城に行ける喜びで、その日はワクワクドキドキで胸がいっぱいになり、なかなか眠れませんでした。









翌朝、カリュウちゃんの言った通り、家の前に迎えの人がやって来た。

今まで見た中で一番巨大で豪華な四頭立ての馬車が、ごくごく一般家庭の私の自宅前で待機していた。

しかもただの馬じゃなく、通常の馬よりも一回りも二回りもデカくて屈強な、魔害獣みたいな馬。

違和感がえげつないし、近所の人達が何事かと庭先や窓から顔を覗かせて注目している。

お母さんとお父さんは、驚きのあまり家の前で唖然としながら立ち尽くしていた。


これは、良くない方向に目立ってるなと、子供ながらに感じた。


「アディーナ様、お迎えにあがりました。

ささ、カリュウ姫様がお待ちです。こちらへどうぞ。」


馬車の中から、ベテランっぽい老執事の男性が降りて来て、私に乗るよう促してくる。

立派な髭を蓄えたダンディなおじさまで、いかにも〝セバスチャン〟って名前をしてそうな気がする。


「…せ、セバスチャン?」


「おや、どうして私の名前を?」


あ、合ってた。



「あ、いや、何でもないです。」


「ふむ、そうですか。」



馬車を見てみると、窓の向こうからカリュウちゃんがひらひらと手を振っているのが見える。

直接家まで迎えに来てくれたんだ。ちょっと嬉しい。



「あ、アディーナ。カリュウちゃん…

いえ、姫様の言ってた事って本当だったのね。」


「ああ、疑ってた俺達が間違ってたんだな。

まさか、姫様が本当にウチに遊びに来ていただなんて…。

今まで、色々と失礼な事をしてたんじゃないか?」


「そ、そんなまさか…!」


お母さんとお父さんは、馬車から視線を外さずに、そう口走った。

カリュウちゃんが本物だという事を理解してくれたみたいで、良かった。



「お姉ちゃん、凄い!あの饕餮城に行けるなんて!」


リーファが目を見開きながら称賛してきた。


「良かったら、リーファも行く?」


「う〜ん、行きたいけど、今回はいいや。お姉ちゃんとカリュウ姫様の初デートだし、二人で楽しんで来なよ。」


「で、デートじゃないから!遊びに行くだけだからね!」


デートかどうかはともかく、空気を読んで姉にちゃんと気を遣える出来た妹だ。

こんなに幼いのに素直に感心してしまう。

私とは大違いだ。


「フフ、お姉ちゃんお土産よろしくね。」


「その含み笑いはなにー?」


我が妹ながら、小悪魔みたいな5歳児だ。将来は魔性の女になる可能性が高い!









「おはよぉ、アディーナちゃん。張り切って、ウチで一番良いリムジン馬車で来ちゃったぁ。ニヒヒ。」


「おはよう!凄い馬車だねー、こんなの初めて乗るよ!」


外観も凄かったけど、中も相当に凄かった。

私の家のリビング位のスペースがあって、煌びやかな調度品や装飾、シックな色のふかふかソファ、ガラス張りの長テーブルの上にはこれまた高そうな食べ物や飲み物が置かれていて、まさに贅の限りを尽くしたと言える空間だった。

ちなみに、今日のカリュウちゃんのTシャツには、〝既成〟と書かれている。


「クヒヒ、気に入ってくれたみたいで何より。」


「この馬車とウチのリビング交換して!」


「いや、それは無理あるでしょぉ。」


私とカリュウちゃんがソファに座り、執事のセバスチャンさんが馬を輓く。

乗り心地は非常に快適。特殊な作りをしているのか、整地とはいえ揺れも騒音も一切無い。

こんなに快適な乗り物が、この世に存在していたなんて、家に帰ったら家族に即自慢だ!




「凄い!美味しいこのお菓子!何これ!?」


「ああ、それはダックワーズって言う焼き菓子だよぉ。他にも色々あるから、遠慮せずに食べてもいいけど…」


「いいけど…?」


「あんまり食べ過ぎると、後で食べられなくなるよぉ?ニヒヒ。」


カリュウちゃんがニコニコ笑いながら、意味深な事を言ってくる。


「え?何か食べるの?」


「ウチのお城で、アディーナちゃんが今まで見た事もないような、スペシャルなご馳走用意してるからぁ。」


「ええッ!?」


「楽しみにしててねぇ。

お客さんは最高の料理でおもてなしするのが、あたしの流儀だからぁ。ウヒヒヒ。

てか、あたし自身も食べるの楽しみだったりぃ。まだ朝ご飯食べてないしぃ。」


「わーい!楽しみー!」


食べる事が大好きな、カリュウちゃんらしいもてなし方だと思った。

早くお城に着かないかなと、居ても立っても居られなくなっていた。











◆◆



饕餮城は、帝都グラドポリス並びにグラットン帝国のシンボルでもある巨大な建築物だ。

元々は普通の城で、名前も饕餮城なんてイカつい名前じゃなかったらしいけど、30年程前にカリュウちゃんがこの国に姿を現してから、急にあんな巨城が誕生したのだ。学校でそう習った。

十中八九、今現在目の前にいるカリュウちゃんの仕業だろう。


そのすぐ近くには、帝国で2番目に大きい建物であるランカーシス技研の本社ビルが、背丈を競い合うように聳え立っている。

どちらも圧巻としか言いようがない。

この前の年に学園の初等部の社会科見学でランカーシス技研の本社ビルを見学しに行ったけど、饕餮城はその時に感じたインパクトを更に上塗りするような凄みを与えてくる。

何というか、ランカーシス技研はまだビジネス感があって現実味があるけど、饕餮城はどこか禍々しい感じがして異世界感が凄いのだ。上手く言葉に表せられないけど。



「カリュウ姫様、お帰りなさいませ。

アディーナさん、ようこそ饕餮城へ。ゆっくりして行って下さいね。」


着くなり、庭園前の巨大な門の前で待ち構えていた若い女性に歓迎された。


「紹介するねぇ。この子はあたしの秘書のマゼンタちゃん。数ヶ月前に雇ったばかりの新米ちゃんだけど、すっごく優秀なんだぁ。ニヒヒ。」


「あ、どうも。」


私達は、馬車の窓から顔を出して挨拶をする。


「こちらこそ、姫様がいつもお世話になっています。ご紹介に預かりました、カリュウ姫様の元で秘書をさせて頂いてます、マゼンタです。

姫様の徘徊癖には、歴代の秘書がつくづく頭を悩ませていましたので、面倒を見て頂けて非常に感謝しています。」


「面倒だなんて、そんな…」


「そうそう、人を問題児みたいに言わないでよねぇ。ウヒヒ。」


「思いっきり問題児じゃないですか。ここで働き始めた短い間で、私が既にどれだけ苦労した事か。」


「うッ、そういう事言うなら不敬罪で厳罰だよぉ。」


「はい、これで15回目の不敬罪頂きました。

そんな事より、アディーナさんのもてなしの準備は出来てますので、料理が冷めないうちにお城へどうぞ。」


「ムム、そんな事って…

まあいいやぁ、お腹ペコペコだし、お城へゴー!」


「ゴー!」


丁寧に手入れされた庭園を馬車で進み、改めて饕餮城を見上げるも、あまりに巨大過ぎて首が痛くなってくる。

それにしても、カリュウちゃん秘書の人に随分とナメられてるんだなぁ、と思った。

まあ、日頃からこんな感じじゃ、無理もないか。











◆◆



「おおーッ!」


饕餮城の中は、荘厳な外観に負けない程の豪華さだった。

流石は世界最大級の建物且つ、世界最強の権力者の居城といったところか。

大理石の床に同じく大理石の柱が立ち並ぶ玄関ホールには、スカート付きの軽装鎧を着た、見慣れない格好のクローン兵の女の子が何人もいた。

彼女達こそが、数多のクローン兵の中でも選りすぐりのエリートで構成されている、近衛兵なのだ!

って、カリュウちゃんに教えられました。


そんな、私の家が何十個も入りそうなホールを歩いて行き、大食堂に案内された私は庭園や玄関ホール以上に圧倒された。

さっきの玄関ホールよりも更に広く、豪華な飾り付け、警備のエリート帝国兵。

そして何よりも目を惹くのが、無数のテーブルの上に無数の料理という、いくら食堂と言えど行き過ぎている異様な光景。

あまりの量の多さに、私の中の料理という概念がゲシュタルト崩壊を起こして頭がおかしくなってしまいそうだった。



「…か、カリュウちゃん、これからパーティーでもあるのかな?

それにしては、随分人が少ないように見えるけど…」


「パーティー?これはただの朝食だけどぉ?

あたしとアディーナちゃん、二人分のねぇ。クヒヒ。」


「い、いやいやいや、こんな量二人で食べるなんて無理無理無理ィ!お腹はち切れちゃうって!」


恐らく、私達の何倍も身体がデカい巨人が団体でやって来ても、全部食べ尽くすのは容易ではない量だ。


「大丈夫だってぇ。アディーナちゃんが食べ切れない分は、全部あたしが食べちゃうからぁ。ニヒヒ。」


頼りになるのかどうかよく分からない笑顔を浮かべながら、左手でサムズアップしてくるカリュウちゃん。


「いや、流石に大食いなカリュウちゃんでも、この量はいくら何でも…」







5分後。




「……うそ。」


「ごちそうさまでしたぁ。」


全部無くなった。


とても、現実とは思えないような光景だった。

あれだけあった料理の海が、たった5分で干魃によって干からびたかのように、何も無くなってしまった。

私はまだ、近くのテーブルにあったカレーライスを一皿食べただけだった。

それだけ食べて、「カリュウちゃんはどれだけ食べたのかな?」と確認の意味で様子を見てみたら、私のテーブル以外の全てのテーブルの料理が空になり、隣のテーブルで椅子に腰掛けながら、爪楊枝でおじさんみたいに歯をシーハーしているカリュウちゃんが居るだけだった。


「カリュウちゃん、全部食べちゃったの?」


「ん?あぁ、うん。もしかして、他のテーブルに食べたいのあったぁ?

そしたら、すぐに作り直すよぉ?」


「あ、いや、そういう訳じゃないんだけど。

すごいね、食欲。」


「うん、よく言われるぅ。ニヒヒ。」


食欲凄いと言われて、何故だか嬉しそうなカリュウちゃん。

本当に、悪魔じみたというか、むしろ悪魔も裸足で逃げ出しそうな、想像以上に凄まじい異次元の食欲だ。


「アディーナちゃんは、ゆっくり食べてていいよぉ。

あたしもまだちょっと食べ足りないから、おかわりしてくるねぇ。ニヒヒ。」


「…う、うん。」


もはや、どこから突っ込めばいいのか、よく分からなくなってきた。


⚪︎コロちゃんのメモ帳



トドマツ


ベリオーンの町の反乱軍を束ねるリーダー的存在で、『盆栽の達人』ね。

ククノチさんとの付き合いは長いようで、戦闘では阿吽の呼吸で連携して、帝国軍の上級幹部にも匹敵する強さを見せつけるわ。

トドみたいな顔をしてて、その事を突っ込まれると何故か喜ぶらしいわよ。

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