#47、暴食
ゴールデン・テーブルマナー。
その単語を耳にした瞬間、トドマツさんとククノチさんの顔色がすぐに変わった。
他の反乱軍の人達はポカンとしているあたり、この言葉の意味を理解しているのは、この2人だけのようだ。
「おい、ジャックよ。」
「は、はい。」
トドマツさんに名前を呼ばれて、先程の合言葉の男性が駆け寄る。
「悪いが、オイラとククノチだけで、この嬢ちゃん達と話をしたい。
とどのつまり、全員ちょいと席を外してくれねぇか。」
「はい、了解しました。」
ジャックさんがアジトの人達に声を掛けて、少ししたら人払いは完了した。
改めてトドマツさんが私の方に視線を戻し、あの柔和な笑顔はどこへやら、鋭く睥睨するように真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「…お前さん、〝それ〟についてどこまで知ってる?」
ゆっくりと口を開き、そう聞いてきた。
「ゴールデン・テーブルマナーが、世界最後の災厄と呼ばれている事。
そしてそれを、カリュウ姫皇帝が止めようとしている事と、更にセファイド大臣が、カリュウ姫皇帝を止めようとしている事。それくらいでしょうか。」
私は、知っている事全て正直に答える。
「ん〜、成る程なぁ。とどのつまり、具体的な内容はまだ知らない、と?」
「ええ、なので折り入って聞きに来ました。」
「…ハァ、成る程なぁ。
くっそ、セファイドの奴め、まさかこの子らが、この案件で来るなんてわざと言わなかったな。
反乱軍に加勢するなんて嘘抜かしやがって、ったく!」
トドマツさんが、苦虫を噛み潰したかのような表情で、一人愚痴っている。
まあ、今の台詞を聞いただけで、どうして文句を言っているのかは大方察したけども。
「まあいいや、知っちまったんなら仕方ない。さてどこから話したもんか…
いや、むしろ〝あの人〟に会わせた方が…!」
何だかよく分からないけど、一人で悩んでいたトドマツさんは、合点がいったように私達に向き直る。
「ゴールデン・テーブルマナーに関して、オイラから話してもいいんだがなぁ。
それを聞くのに、とどのつまりもっと相応しい人物に会わせてやろう。」
よっこらしょと、重たそうな体を重そうにしながら立ち上がり、私達にアジトの更に奥へついて来るよう、無言で促してきた。
小料理屋風のアジトの厨房の奥の扉。そこまでのしのしと歩いたトドマツさんが、こっちへ来いと顎で訴えてくる。
「相応しい人間って、一体誰なんだろうねー♪」
「反乱軍のボス以上に、事情に精通している人がいるという事でしょうか。」
「でも、何でそんな人がこんな所に都合良くいるのかしら?」
「都合良くというか何というか、とどのつまり〝あの人〟は自分からここに駆け込んで来たんだ。
お前さん達も、きっと会ったら驚くだろうな。」
「えぇ…?」
ますますよく分からなくなってきた。私達の知っている人なのだろうか。
一応警戒はしつつも、私達は慎重にトドマツさんについて行く事にした。
◆◆
厨房の奥の扉を抜けた先は、普通に冷蔵の食材庫だった。
寒くて狭い通路は両側が食材を保管している背の高い棚が並んでいる。
そこを少し歩いていくと、奥にまた扉。
トドマツさんがそれを開いてどんどん進んで行くので、私達もそれに続く。
食材庫の奥の扉の先は、普通の廊下だった。
石造りの道の両側に、部屋が幾つか存在する。
「ここは、オイラの部屋や会議室なんかがある、とどのつまり反乱軍の心臓部だ。
ほうら、この部屋だ。」
案内されたのは、手前から二つ目の部屋だった。
扉には何も書いてなくて、特に特徴らしい特徴は無い。
トドマツさんはコンコンと軽くノックをする。
「トドマツです。」
「…そうか、入ってくれ。」
部屋の中から、低い男性の声が聞こえる。
一体誰なんだろうか。
私達は訝しみながらも、トドマツさんに倣って部屋へと入った。
部屋の中は、地上の宿屋、『赫のゲヘナ』の客室とほぼ同じ造りだった。
ただ、誰かが定住でもしているのか、少しばかり散らかっていたりと、しっかりとした生活感が感じられる。
その部屋の奥の椅子に、〝その人〟は悠然と座っていた。
「トドマツ君、今日はどうした?
ん?そちらのお嬢さん達は、まさか…!」
老年の男性。背は高く、顔には沢山の皺が刻まれている。
髪は白髪で、高級そうな衣服を身に付けている。
その男性は、私達を見るなり驚いたように顔色を変える。
「…まさか、君はシャツキフ君か?
…それと、そこの君はもしかして、アディーナ君じゃないか?何でここに…!」
この男性が驚くのも無理はない。
そしてその理由は、私も知っている。
何故なら、私もこの男性の事を知っているし、だからこそ私自身も心底驚いている。
曰く、元帝国一の有名人にして、私の好きな人の、実の父親。
「…貴方は、アオギリ皇帝陛下?」
「いや、余は既に帝位を退いた身。元・皇帝で今は無職の一般人だ。」
目の前の男性は、2年前までグラットン帝国の最高権力者だった、アオギリ皇帝陛下その人だった。
カリュウちゃんの父親で、クーデターにより娘に帝位を奪い取られたその人が、こんな地下の秘密基地で人知れず生活していたのだ。
以前、私がカリュウちゃんと交流があった時に、何度か姿を拝見した事はあるけども、かつての威厳ある姿は跡形も無く、失礼だけど今や疲れきった顔をした老人にしか見えない。
「いや〜、これは流石にビックリだね〜…♪」
「…な、何で陛下がここに?」
シャツキフさんとコロちゃんも、かなり驚いているようだ。
無理もない事だけど。
「…余が、その事を君達に話す理由はあるのかね?」
「私達は、カリュウちゃんに直接会って話をしたいだけです。
その旅の道中で、ゴールデン・テーブルマナーについて知りました。
もしよろしければ、詳しくお教え願えませんか?」
私の話を聞いて、やはりと言うか陛下は眉を顰め、険しい顔つきに変わった。
「…君達が、どういう経緯で〝それ〟の存在に行き着いたか知らないが、やめておきなさい。
君達がこれ以上踏み込み、真実を更に知ろうものなら、カリュウの奴を必ず止めようとするだろう。」
陛下は一息つき、続ける。
「そしてあいつは…
カリュウは自分を止めようとするものには、決して容赦はしないだろう。
たとえ、親しかった君が相手だとしても。」
陛下の強い感情がこもった鋭い視線が、私に突き刺さる。
こんな状況になっても、この厳しい眼力は健在のようだ。
「そうだとしても、私達は知りたいんです!カリュウちゃんが今、何をしようとしてて、何と戦っているのかを!」
「知りたい理由は?」
「好きな人の事なら、出来る限り全部知りたい。ただそれだけの、単純な欲求です。」
「えぇ…?」
コロちゃんが呆れ顔になったけど、陛下は少しだけ表情を緩め、微笑していた。
「フッフフ、成る程、君はそうだったな。あいつの事を、好いていたんだったな。」
陛下は目を閉じ、少しの間だけ沈思黙考すると、意を決したように両目を見開いた。
「よし、ならば話そう。その後どうするかは、君達がちゃんと決めなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
その後、この部屋で話をするのもどうかという理由で、トドマツさんの計らいで反乱軍の会議室を貸して貰える事になった。
陛下の部屋の隣の部屋で、立派な円卓を中心に複数のこれまた立派な椅子が並んでいて、薄暗く、いかにも秘密基地の会議室って感じだ。
重要な話を聞く場面だというのに、ついついワクワクしてしまった。
部屋の入り口から見て一番奥の席に陛下が座り、私達も適当に着席していく。
陛下、私、コロちゃん、シャツキフさん、トドマツさん、ククノチさんの計6人が座り終えるのを見計らって、早速陛下が開口した。
「さて、これから余が話す事は、トドマツ君とククノチ君には周知の話だろうが、アディーナ君、シャツキフ君、そしてコロちゃんには未知の情報が多いだろう、心して聞いてくれ。」
「…はい。」
「了解〜♪」
「…わかりました。」
会議室は、緊迫した空気に包まれる。
正直息が詰まりそうだけど、真面目な話なのでちゃんと聞いておこう。
「ではまず、アディーナ君達には誤解されているから言っておこう。
余は、実を言うとカリュウの父親ではない。」
「…え?」
いきなり、衝撃的且つ重そうな事実を告白された。
「それじゃあ、陛下とカリュウちゃんは、一体どういう関係で…」
「〝カリュウ姫皇帝は、年を取らない。〟そんな都市伝説を聞いた事はないか?」
ああ、確か前にコロちゃんと話してたやつ。
カリュウちゃんは何年経っても見た目が変わらないから、いつの間にかそんな噂が立っていたのだ。
「ええ、聞いたことはあります。前々から変だなぁとは思ってました。」
「あれは、事実だ。カリュウは〝自分の寿命を喰っている〟からな。あの姿のまま成長がストップしている。」
は?
自分の寿命を喰っているって、そんな事。
「…そんなまさか。確かにカリュウちゃんは大食いですけど、流石にそんな物まで…」
「食べられるのだよ、あいつならね。
カリュウは万物を喰らい尽くす、『暴食の達人』。有機物や無機物は勿論、寿命や能力、記憶に物理法則、そして生物の死でさえも、ありとあらゆる全ての物質や概念その他諸々を食べ物に変換して喰らい尽くす、世界最強の達人だ。」
「…食べ物とは?」
「牛丼にカレー、ラーメン、サラダ、パン、パスタ、およそ奴が食べ物として認識しているもの全てだ。」
…そうか、そういう事か。
ずっと前から疑問に思ってた。
カリュウちゃんと仲が良かったあの頃、彼女は殆ど常に何かを食べていた。
どこから取り出したのか聞いても、「魔法だよぉ、魔法。」などと適当に誤魔化されていたけど、実際には何か別のものを食べ物に変換していたという訳か。
陛下の言っている事が事実なら、確かに最強の達人と言っても差し支えない。
形の有る物も無い物もごた混ぜにして全部自身の餌に出来るなんて、反則もいいとこだ。
だとしても、自分の寿命すら食べてしまうなんて、俄かには信じきれない。
「カリュウは数十年前のある日突然、当時まだ新米の国王であった余の前に姿を現した。
余はカリュウの圧倒的な力に屈し、グラットン王国を明け渡してしまったのだ。
以降の余は、国王などとは名ばかりの、ただの傀儡だった。」
そんな衝撃的な事実が…。
「だがまあ、奴が暴君でなかったのは大きな救いだ。
むしろ、余などよりも遥かに国民を幸せに出来る、名君かもしれぬな。」
確かに、帝都はその規模に反して非常に治安が良く、比較的貧しい人達が住むスラム街ですら、犯罪が起こる事は滅多にない。
「カリュウは国を乗っ取るなり、現在は千両役者と呼ばれている6人の達人を軍の重要ポストに置き、そのあまりにも強大な力で多くの国を植民地とし、ただの小国であったグラットン王国を、あっという間に世界最大の大帝国に築き上げてしまった。」
その辺は、以前帝都の学校の授業で習った。
当時のグラットン王国は強力な達人を帝国軍に次々加入させ、数々の国を無血開城させて領土を拡大させていったと。
「カリュウは血を流す事なく他国を乗っ取り、かと言って伝統や文化を害する事もなく、自身の能力で食べ切れぬ程大量の食糧を貧しい者達に分け与えた。
カリュウなら、ただの砂粒ですらご馳走に変えてしまうからな。
それ故に、侵略された国々の中に、帝国に反感を持つ国はほぼ存在しなかったのだ。」
確かに、カリュウちゃんは普段だらしないけど、実際の所は誰よりも優しくて、誰に対しても分け隔て無く接する女の子だった。
彼女は、誰よりもこの世界が好きなのだろう。
「だからこそ、余には理解出来ないのだ。
カリュウが今、何をしようとしているのか!」
「…どういう事ですか?」
「カリュウは現在、ランカーシス技研の深層で、〝何か〟を造っている。
あの会社の総力を挙げて、一つの強大な〝兵器〟を造っているらしいのだ。」
「…兵器、ですか?」
突然、物騒な話になってきた。
あのカリュウちゃんが、そんな恐ろしい物を造るなんて想像出来ない。
「その兵器が何なのか、余にも分からない。
知るのはカリュウ本人と、ランカーシス技研CEOのアークトゥルス・ランカーシス、他の千両役者のメンバー。それと一部の信頼あるランカーシス技研社員のみだ。
帝国の、トップシークレットなのだ。」
⚪︎コロちゃんのメモ帳
ジャック
反乱軍のメンバーで、若い男性ね。
え、終わり!?
特に特徴が無い!




