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#43、無効水




「ちょちょちょッ、ランカーシス博士ェッ!?」


爆風の影響で吹き飛ばされつつも、何とか起き上がったリチャードは、目の前の惨状に激しく狼狽していた。

それもその筈、唯一の希望だったランカーシス博士があっという間に敵の攻撃で爆破され、跡形も無く吹き飛ばされてしまったのだから。


「う、嘘でしょ!?に、ににに逃げなきゃ…!」


「逃げる必要はねぇよ。」


「…はい?」


一刻も早く逃げ出そうとダッシュ直前だったリチャードは、幻聴のようなランカーシス博士の声を聞いて、ピタリと動きを止めた。


否、幻聴ではない。

ランカーシス博士の声が聞こえたのは、地上ではなく上空。

ふと見上げると、重力を無視して上空で滞空しているランカーシス博士が、不敵な笑みを浮かべながら平然としているではないか。

リチャードはこの時悟った。

ランカーシス博士は大怪鳥クピドゥスの攻撃を、喰らう直前で回避していたのだと。


勿論、クピドゥスの攻撃もランカーシス博士の回避動作も、彼の目には視認出来ていない。

結果を見て推理しただけに過ぎないが、彼の考えはその実、当たっているのであった。



そして今度は、ランカーシス博士の反撃ターンだった。

博士は地上から見上げるマサカーマンモスの顔に向かって手のひらを翳すと、その直後にマンモスの顔が爆発した。

その後も5、6発程爆発が続き、爆煙でマンモスの身体が半分以上見えなくなるも、その巨体を震わせて煙を振り払う。

マンモスには、傷一つ付いていなかった。



「チッ、こいつら既に〝アレ〟かよ。」


自分の攻撃がノーダメージなのを確認して、ランカーシス博士は何かを察したようである。

ランカーシス博士は何もない空中を蹴るように爆進し、一瞬でクピドゥスの背後を取る。


「だったらもう普通に殴り合いしかねぇなァ、オイ!」


ランカーシス博士は両拳を固め、強烈なアームハンマーを叩き込む!

反応が遅れたクピドゥスはモロに喰らってしまい、地面に激突。大きなクレーターが荒野に作られ、相当なダメージが入るも、クピドゥスは構わず飛翔し、上空のランカーシス博士へ反撃を試みる。


「流石にタフだなァ、オレ様の一撃を耐えるとは。」


この程度の事態は、彼にとって想定の範囲内だった。

まずは爆発する宝珠の攻撃を、宙を変幻自在な軌道で飛び回りながら回避。

そのままクピドゥス本体へと肉薄し、翼を掴んでそのまま地上へと急降下!

地面に激突してしまう寸前に手を離し、クピドゥスのみが地表へと叩きつけられ、タフな怪鳥もこの一撃には耐え切れず、ピクピクと痙攣したまま戦闘不能状態に陥った。


クピドゥスを撃破したのも束の間、残るマサカーマンモスの不意打ちがランカーシス博士を襲う。

音速の壁を遥かに超えた、超高速の鼻の叩き付け攻撃。

見た目に反して素早いマンモスの連続攻撃が、局地的な大災害として1人の人間に牙を剥いたのだ。


「ほほう、強烈ゥ。」


森羅万象を打ち壊す怒涛の連撃を、ランカーシス博士は口元を緩ませながら、両腕をクロスさせて防御している。


「オラァ!」


苛烈な連撃の途中で、博士はマンモスのトゲだらけの鼻を抱き締めるようにキャッチし、そのまま力任せに振り回す。

鋭利なトゲを物ともせずに、自身の何十倍もの巨体を誇るマサカーマンモスを、軽々とジャイアントスイングしているのだ!

何という常識外れの怪力!


「よいっしょォォッ!!」


大竜巻の如き回転から勢い良く放り投げられ、いくつもの岩山を破壊しながら、マサカーマンモスは地平の果てまで飛んで行った。



「あ、ヤベェ、少し遠くに投げ過ぎたかァ。

あとで、回収班の奴らに文句言われるな、コレ。」


恐るべき2体の魔害獣は、更に恐ろしい魔人の手によって沈黙した。

脅威が去ったのを確認して、岩陰に隠れて一部始終を見守っていたリチャードが、ランカーシス博士へと駆け寄った。


「お、ちゃんと生きてたかァ。」


「ええ、何とか。全て、貴方様のお陰です、はい。もう何と御礼を申し上げれば良いのか。」


「さっきも言ったが、お前を助けてやったのはもののついでだ。

それよりも、あの2体の魔害獣、既に『無効水むこうみず』を飲んでやがったぞ。」


「あっ!?」


「お前がこの無窮荒原に立ち入った理由も、多分それだろォ?」


「…は、はい。その通りでございます。」


ランカーシス博士の放つプレッシャーに気圧され、リチャードは正直に吐露してしまう。


「無窮荒原には、無効水と呼ばれる稀少な水が湧くという話を聞き、それが帝都の裏ルートで高額で取り引きされているというのも知ってしまい、つい魔が差してしまいました。

たったコップ一杯程度の量でも、私の借金を全額返済してなお余る程の、膨大極まる金額だったのです。」


「ああ、確かに無効水は目が飛び出る程バカ高くて、貴重なアイテムだァ。

この広大な無窮荒原のどこかに、前兆も無く突然湧いてくるしなァ。

時間帯も場所も毎回ランダムで、専門の部隊を挙げて数日間捜索しても、採れるのはほんの少し。

成分の解析も出来てねェから、量産も不可能ときたもんだ。」


「えぇ、私もそう聞きました。」



「じゃあ、無効水の効能については知ってるか?」


「…え、効能ですか?」


ランカーシス博士にそう聞かれ、リチャードはポカンとしている。


「あー、やっぱ知らねェか。

意外と知らない奴多いんだよなァ。ちゃんと調べとけよ。」


「す、すみません!」


「いいか、無効水ってのは魔害獣にしか効果を発揮しない、魔害獣専用の飲み物だ。

人間が飲んでも何の意味も無い、ただの水に成り下がっちまう!」


「そ、そうなんですか。それで、肝心の効能というのは?」


「さっきのオレ様の爆撃、あのマンモスに効いてなかったろ?」


「…はい、確かに。些か不自然に見えました。」


「そうだろォ!無効水を飲んだ魔害獣は、あらゆる遠距離攻撃を無効化しちまうんだァ。

それだけじゃねェ、達人由来の特殊能力や超能力みてェな特殊な攻撃や防御もあらかた無効にされちまう。

例えば、あらゆる生物を殺し尽くす毒ガスや国一つ消し飛ばす爆撃も効かねェし、反重力バリアやどんな攻撃も反射する超能力の壁を張っても、全部無視されちまう、厄介な代物よォ。

奴らを仕留めるには、純粋に肉弾戦で挑むしかないって訳だァ。」


簡単に言ってのけるが、あんな災害のような魔害獣を拳で黙らせる事が出来る人物など、この世には数える程しかいない。

そして、それを聞いた人々が真っ先に思い浮かべるのは、ランカーシス博士も名を連ねる、帝国軍の最高幹部達である。


「そんな効能があったなんて…」


「ただでさえ強い魔害獣に、こいつは鬼に金棒ってもんだァ。

ま、帝国軍ウチの魔害獣にも、無効水飲ませてるのは結構いるがな。」


「…成る程、無効水が高額で取り引きされている理由が分かりました。」


「分かったなら、もう二度とこんな馬鹿な事は企むんじゃねェぞォ!

ただでさえ勝手に侵入して無効水を盗んでく窃盗グループに迷惑掛けられてんだ。

そいつらを引っ捕らえるのもウチらの仕事なんでな、あんま手間かけさせんなやァ。」


「は、はい。あの、私はどうなるので…?」


「んー?あぁ、そうだな。今すぐブタ箱にぶち込んで欲しいかァ?」


「ひィ!そんな…ッ!?」


「それとも、そうだな…。

そういやァ、ランカーシス技研(ウチの会社)に無効水捜索隊って部署があるんだけどよォ。

最近確か、そこに所属してた奴が一人、家庭の事情で辞めたんだったなァ。

そんで人手が足りなくなって困ってたんだが、どっかに無職で都合よく入ってくれる奴ァいねェかなァ?」


チラッ、チラッとランカーシス博士がリチャードに目配せする。

すぐに博士の意図を察したリチャードは、ここぞとばかりに土下座して、懇願をした。


「ど、どうか私にやらせて下さいッ!私ももうこの年ですし、働ける場所も少ないんですッ!

どうか、どうかよろしくお願いしますッ!」


「フッ、ウチはホワイトさが売りのアットホームな職場だァ。

残業無し、完全週休2日制で、給料はこの通りだ。」


どこから取り出したのか、ランカーシス博士はリチャードに一枚の紙を放り投げる。

その紙を手に取り、見てみると、それはランカーシス技研無効水捜索隊の求人票。

そこに書かれている給料は、リチャードの想像していた額の倍以上だった。


「…こ、こんなに好待遇なんですか…!?」


「ああ、なんたって世界最強の会社だぜェ。

ただ、その仕事はこの無窮荒原に立ち入る必要がある以上、常に危険が付き纏うがなァ。」


「やりますッ!是非ともやらせて下さいッ!」


後に引けないリチャードは、二つ返事で引き受けた。




その後、無事に帝都までリチャードを送り届けたランカーシス博士は、彼との別れ際に誰にも聞こえない声量で、一人呟いた。






「ハハッ、全く。オレ様もまだまだ甘い、かァ。

甘いからこそ、カリュウちゃんの件も早いとこどうにかしねェとな、っとォ。」
















◆◆



「タッカチーホギュー。」


「『すみません、調子に乗り過ぎました。もう金輪際こんなアホな真似はしません。誓います。』だって♪」


あれから私とコロちゃん、シャツキフさん、更には途中から便乗するように乱入してきた一部のゴトーチ族の人々によって、オルガさんはボロボロにしばき上げられていた。

今は全身痣だらけで正座したまま、私達に許しを懇願している。

あの偉そうな態度は、今や見る影もない。


あと、達人の癖に戦闘力は異様に低く、コロちゃん一人でも充分な程だった。

このバッキバキの筋肉は、完全に見せかけのものだったのだ。



「まあ、ここまでボコボコにしとけば流石に懲りたでしょうし、一応許してあげますか。」


「そう言えば、シャツキフ。アンタの言ってた〝考え〟ってのは、結局何だったの?」


ああ、そう言えばそうだった。

色々あって忘れかけてたけど、私達が大人しくゴトーチ族に捕まったのは、コロちゃんの言うようにシャツキフさんが妙案があると言っていたからだ。



「ん?あー、あれねー♪

それはズバリね、これだよこれー♪」


シャツキフさんが楽しそうに、近くのゴトーチ族の民家へと駆け寄る。

このジャングルの自然由来の竪穴式住居、その側の物干し竿に掛けてある布を指さした。


「え?その布がどうかしたんですか?」


「どうかしたも何も、よく見てみてよー♪

この泥染めで作られた幾何学的で幻想的な模様、とっても芸術的で、素晴らしいよねー♪

私も今後の創作活動の参考にしたくてさー♪あわよくば、手に入れられればなー、なんて♪」




「…マジか。」


コロちゃんはすっかり呆れていた。私もだけど。

まさかそんな個人的な私欲が理由だったとは。なんてマイペースな子なんだ。


そう思ってたら、シャツキフさんがゴトーチ族の人達と話し出して、意気投合した雰囲気になったと思ったら泥染めの布や工芸品を色々貰っていた。

シャツキフさんは凄く嬉しそうだったけど、私とコロちゃんは何だか胸がモヤモヤした気分だった。

まあでも、シャツキフさんは今回通訳に徹してくれたり、何だかんだ頑張ってくれたので、許すとしよう。




もう用も済んだし、これ以上ここにいるのも何か嫌なので、そろそろ帰ろうした矢先だった。

誰もが忘れていた〝あの人〟が、唐突に姿を現した。


「ヤマーナシー、カツヌーマワッイーン。」


クイズ大会の4人目の参加者だった、謎のお爺さんだった。

確か途中でトイレに行ったきり、戻って来なくなった人だ。

その人が、腰を曲げて歩きながら、このタイミングで帰って来た。


「『おお、どうやら無事に終わったようじゃの。我らの代わりに調子に乗っていたオルガの奴に灸を据えてくれて、君達には感謝しなければならんの。』だって♪」


「お爺さん、貴方は一体…?」


「トックシーマバーガー。」


「『細かい事は気にするな。これから先お前達が困っていたら、我らが喜んで手を貸そう。』だって♪良い人だね♪」


「は、はぁ…。」


やっぱり、この人が族長だったのかな?

何だかよく分からないけど、ゴトーチ族の人達は私達に好意的なようだ。

困ったら助けてくれるそうだし、言葉通りで受け取っておこう。


余計な足止めを食らったし、今は早くベリオーンの町へ行かなくては。













◆◆



アディーナ達がゴトーチ族の里を去った後、オルガは一人呟いた。


結局あの変な爺さん、誰だったんだ?と。












◆◆



「んー♪どれも芸術的だねー♪ゴトーチ族のセンス、なかなかどうして侮れないねー♪」


ゴトーチ族の里を後にしてからというもの、シャツキフさんは馬車の中で、ゴトーチ族の工芸品に夢中になっていた。


この密林を抜けたら、いよいよベリオーンの町だ。

治安が悪い町らしいので、ここからは気を引き締めて行こう。



⚪︎コロちゃんのメモ帳



大怪鳥クピドゥス



害悪指数???KC

大爆発を起こす宝珠のような物体を自在に操りながら、万物を破壊すると言われている、帝国本領に生息してる伝説の大怪鳥の魔害獣よ。

非常に高い戦闘力と生命力の持ち主で、現役の賞金稼ぎの中に討伐出来る人物は皆無とまで言われてて、もしも野生の個体と運悪く遭遇したら、仲間を見捨ててでも逃げろと言われてるわ。

帝国本領にはこいつクラスの魔害獣がわんさかいるみたいだから、恐ろしいという言葉じゃ到底足りない位、ヤバい場所よね…。

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