#36、絶対的平和
「『無礼苦衝屠』」
私はテーブルの下から転がりながら飛び出した。
コロちゃんは放置したままだけど、ダンジョウさんの言う通りコロちゃんには一発も被弾してない。
だけど、私に対しては容赦も遠慮も無いようで、続けざまにもう一波おはじきを飛ばそうと構えている。
「そう何度も何度も、同じ手は喰らいませんよ!」
敵が攻撃を仕掛ける前に、速攻で仕留める。
私は一気に駆け出し、距離を詰め、ダンジョウさんに肉薄する。
「『割り箸殺法・渦紫陽花』」
「チィーッ!」
ダンジョウさんは大きな舌打ちをしながらも、咄嗟に着ていた白ランを脱ぎ、それを盾のように突き出してきた。
当然ながら私の攻撃は白ランに阻まれた訳だけども、何かおかしい。
白ランを斬った時の感触が、まるで鋼鉄のようだ。
「その白ラン、何か仕込んでますね?」
ダンジョウさんは部屋の隅まで後退しながら、大きな切り傷の付いた白ランを着直した。
そして、その白ランを着たまま裏地を翻して見せてきた。
「あぁ、その通り。白ランの裏地に、鋼鉄製のおはじきを仕込んである。」
白ランの裏地には、鈍色のおはじきがビッシリと貼り付けられていた。
今の攻撃で大きくダメージは与えられたけど、不用意に攻撃して防がれては、私の隙を見せるだけだ。あまり得策ではない。
「今のはちょこっと油断しちまったけども、今度はそうはいかないぜ。」
ダンジョウさんが頭を振るい、またもや大量のおはじきが部屋の中を跳ね回る。
それと同時に、私は割り箸を構えたまま双眸を細め、意識を集中させる。
己が肉体を空気に馴染ませ、一体化させるようイメージし、周囲の景色が鈍化する。
今なら見える、全てのおはじきがこれから辿る、未来の軌道が!
「『割り箸殺法・山荷葉』」
その一瞬の後。
時間にして一秒にも満たない、本当に一瞬の間。
私は迫りくるおはじきを全て摘み、一塊にキャッチしていた。
「なにィッ!?」
あまりの絶技に、今までポーカーフェイスだったダンジョウさんも、流石に動揺しているようだ。
「チッ、こうなったら…!」
「もう終わりです。」
動揺の隙を見逃さず、瞬時に懐に潜り込んだ私の勝ちだ。
既に私の割り箸は、ダンジョウさんの白ランの裾を掴んでいる。
「…な、何を…ッ!」
「私、こう見えて今急いでいるので。」
そのまま力任せにダンジョウさんの体を振り回し、全力を持って壁に叩きつけた。
「がッ!?」
大きな衝撃は神殿を揺らし、その衝撃をモロに喰らったダンジョウさんは、白目を剥いて意識が途切れた。
私の、勝利だ。
「先に進ませて貰います。
っと、コロちゃんコロちゃん。」
私は急いで、テーブルの下で待っているコロちゃんを迎えに行く。
「ウヘヘ、アディーナ格好良いなぁ。しゅきぃ。」
迎えに行ったはいいものの、相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべたまま、しゅきしゅき言っている。
目の焦点が合ってないし、足取りもやはりと言うか覚束ない。
「ほら、しっかり歩いて下さい。このまま、そのヒャクゴウ大昇人とやらの場所まで行きますよ。」
「えへ、アディーナも、大昇人様の信徒になるの?えらぁい。」
「いや、えっと…」
否定しようとしたけど、思いとどまった。
洗脳されかけてるコロちゃんから、もしかしたら情報を聞き出せるかもしれない。
「そ、そうなんですよ。実は、コロちゃんの姿を見てたら、私も大昇人様から教えを乞いたいなー、と思いまして。
なので、大昇人様がどこに居るかとか、他の信徒の方から聞いてませんか?」
不本意だけど、嘘も方便。
「そうなんだ、嬉しいなウヘヘへ。
えっとねぇ、確か他の信徒の人が言ってたんだけど、この部屋を出て右に真っ直ぐ行くと、信徒と大昇人様が集まって修行する、修練場があるらしいのぉ。
さっき信徒の人が何人か修行に行くって出て行ったから、そこに皆いるんじゃないかしらぁ。ウヘヘ。」
「流石、コロちゃんですね。情報ありがとうございます。」
「アディーナに褒められたぁ。ウヘヘウヘヘへ。」
コロちゃんが口角を吊り上げながら、更に気持ち悪く笑い出して体もくねらせ始めた。
これは本格的にどうにかしないとマズい。かなりマズい。
そんな不安を抱えながら、私とコロちゃんは修練場と呼ばれる場所へと向かった。
◆◆
修練場。
『平和の導き手』の信徒達が、日夜修行に明け暮れ、徳のようなものを積み、やがて真の平和を見出す事を目的とした神聖な場所。
修練場へ向かう道中、コロちゃんがそう言っていた。
どうやらコロちゃんは、ここに拉致された時に、教育係の信徒から施設についての説明を一通り受けたらしく、少しは詳しいみたいだ。
「信徒の人達が、沢山いますね。」
私は、扉の隙間から修練場の中の様子を窺う。
かなりの広さを誇るそこはまるで、どこかの寺院の本堂のようだった。
昔、家族と一緒に参拝に行った、帝都にある寺院。
遥か東方の異国から帝都に移住して来た僧侶が建てた大きな木造の寺院だけど、その本堂にかなり構造が似ている。
決定的に違うのは、今目の前にある修練場は、木造ではなく白い石造りの建物であるという点だ。
大勢の信徒達が綺麗に列を形作りながら、胡座の姿勢で熱心にブツブツと何かを唱えながら、祈っている。
そんな信徒達が祈りを捧げているのが、彼らの正面、修練場の奥に堂々とそびえ立ち、神々しい雰囲気と光を放つ、大きさにして3メートル程の御本尊だ。
いや、そんな事はどうでもいい。
肝心の、ヒャクゴウ大昇人らしき人物が一向に見当たらない。
確認出来る人の姿は、ひたすらに祈っている信徒のみだ。
「コロちゃん、ヒャクゴウ大昇人様は、どのようなお姿をしていらっしゃるか分かりますか?」
「う〜ん、アタシも会った事は無いから分かんなぁい。ウヘヘへ。
それよりアディーナ、何でさっきからこそこそしてるのぉ?
信徒になりたければ、皆の前に出て修行に参加させて貰えばいいじゃない。」
「え?ちょっと…!」
「大丈夫、アタシに任せてぇ。
アディーナが信徒になれるよう、話をつけてあげるからぁ。ウヘヘ。」
コロちゃんが、修練場の扉をガラガラと開け放ち、中へと入って行く。
これはマズい、非常にマズい。
「コロちゃん、待って…!」
「皆さ〜ん!こちら新しい信徒候補のアディーナでぇす。ウヘヘへ。
皆さん良かったら、仲間に入れてあげて下さぁい!」
コロちゃんの大声が修練場に響き渡り、修行していた信徒達の視線が一斉に私に向けられる。
コロちゃん、洗脳されてる彼女的には親切心からの行動なんだろうけど、超が付く程のありがた迷惑!いや、普通に迷惑!何という確信犯!
これからどう忍び込むかとか、ヒャクゴウ大昇人をどう見つけてどう攻めるかとか、シャツキフさんが来るのを待つかとか、色々考えていたのが全部台無しだ!どうしてくれよう!
「ほう、新しい信徒だって?」
「はて、アディーナ?どっかで聞いたような名前…」
「あぁ、確か指名手配犯でそんな名前がいたような…」
「でも、新しい信徒なら歓迎すべきなんじゃないか?」
「現世の罪は、ヒャクゴウ大昇人様の洗礼によって赦されるのである。」
「よって、彼女がいかに大罪人であろうとも、我らは受け入れるべきだ。」
何か、色々と好き放題言われている。
勿論信徒になるつもりなんて毛頭無いし、もうこの際どうにでもなれとヤケになってしまったのか、気付いたら私もコロちゃんに負けじと大声を張り上げた。
「そうです、私がアディーナです!このコロちゃんの洗脳を治す為に、ヒャクゴウ大昇人に会いに来ました!というかぶっ倒しに来ました!
どなたか居所を教えてくれませんか!?」
「ウヘヘ?何言ってるのアディーナ?治すって、何を?アタシ、別に体調悪くない。」
「だから、貴女の洗脳をですよ。」
中途半端な洗脳で頭も緩くなってしまったのか、いまいち現状を把握出来ていないコロちゃん。
そして、信徒達の私を見る目が、敵意の満ちたものへと変わった。
「何なんだ、ヒャクゴウ大昇人様を倒す?意味が分からない。」
「こいつ、まさか仏敵?」
「仏敵!仏敵!」
私への敵意が伝播するように、信徒達全員がこちらに向かって仏敵コールをし始める。
このままじゃ、暴動にまで発展しかねない勢いだ。
流石に洗脳された一般人を攻撃するのは気が引けるし、どうしよう。一旦コロちゃんを連れて退いた方が得策か。
そんな考えが脳裏をよぎった、その時だった。
「我が愛しき信徒達よ、鎮まりなさい。」
どこからか、声が聞こえた。
まるで天上から地上全体に向けて響き渡るような、荘厳にして神秘的で、エコー掛かった中性的な聲。
その声が修練場に満ちる罵声を全て塗り潰し、しんと静寂に包まれる。
しばらく後、再び信徒達が口を開いた。
「このお声は、ヒャクゴウ大昇人様ッ!?」
「おお、大昇人様万歳!」
「あの厚顔無恥な仏敵めをお蹴散らし下さいませぇ!」
罵声が、一瞬にしてヒャクゴウ大昇人を称える声に変わる。
でも、相変わらず肝心のヒャクゴウ大昇人らしき姿がどこにも見えない。
「ヒャクゴウ大昇人、どこですか!姿を見せて下さい。」
「ファッファッファ、良いでしょう。
貴女達は元々、我が招いた客人。我が姿を拝謁する資格を有しているというもの。」
そんな偉そうな台詞が聞こえたかと思ったら、今度は修練場が微かに揺れ始めた。
地震かと思ったけど、違う。
さっきまで信徒達が祈りを捧げていた御本尊が、ひとりでに腰を上げ、動き出したのだ。
「……なっ!?」
これには、流石に私も驚きを隠せない。
神々しい金色の光を放つ巨大な御本尊が、私達を見下すようにゆっくりと立ち上がったのだから。
髪は螺髪、額には白毫、豪奢な装飾の作務衣めいた衣服を羽織り、背中には光背を表現した円形の巨大な装飾と、『絶対的平和』、『平和による現からの救済』と文字が書かれた二対ののぼりを背負っている。
そして、そんなヒャクゴウ大昇人の体は、まるでどこかの海賊の隠し財宝かのように、全体が眩く光り輝いていた。
目を細めても眼球がチクチクする程の刺激が感じれる位、鋭く発光している。
「…貴方が、ヒャクゴウ大昇人ですか。」
私の問いに、ヒャクゴウ大昇人は慈愛に満ちた、それでいてどこか妖しい雰囲気の笑みを浮かべ、答える。
「ファッファ、そうです、我がヒャクゴウ。
偉大にして崇高なる神聖組織『平和の導き手』最高指導者の大昇人にして、この地に降臨せし現人神。そしてグラットン帝国軍幹部・主役に名を連ねる我こそが、『平和の達人』ヒャクゴウなのです。」
「おお、いつ見てもお美しい御姿!」
「大昇人様の奇跡の光で、奴らを改宗させてやって下さい!」
「ファッファッファ、そうですね。改宗もまた平和的問題解決手段の一つ。良き提案です。
では、皆の意識を束ね、我に向かってこう叫ぶのです。『レッツ改宗ヒアウィーゴー!』と。」
「「「レッツ改宗ヒアウィーゴーッ!!」」」
信徒達の心が一つになり、ヒャクゴウ大昇人への祈りが加速する。
そして心なしか、ヒャクゴウ大昇人の体の輝きが増しているようにも見える。
「ファファファ、皆さんの献身的にしてひたむきに平和を求める正しき祈りが、我に無尽蔵の力を与えてくれます。
そう、無知蒙昧たる哀れな子羊を、我らと共に平和を愛する正しき民へと変える力を!」
ヒャクゴウ大昇人が左手のひらを開き、前方へ翳すと、その左手の輝きが急速に増していき、やがて解き放たれる。
「コロちゃん、伏せて!」
「んえ?」
「『無辜曼陀羅』」
謎の魔法陣めいた図形を描きながら、神聖なる光が私とコロちゃんに襲い掛かる。
流石に光を回避するのは私でも不可能で、咄嗟に目を閉じてやり過ごす。
しかし、それはほぼ焼け石に水だった。
「うぅッ、ぐぬ……」
あまりにも強烈なヒャクゴウ大昇人の光。
それは、瞼さえも透過し、私の脳にダメージを与えてきた。
まるで、今まで経験した記憶や思い出を、ごた混ぜにして掻き回されているような。
ヒャクゴウ大昇人の平和的思想が、それらの記憶を片っ端から蹂躙し、塗り潰してしまうような、恐ろしい侵略行為が私の脳内で行われている。
次第に私の頭から、闘争心やカリュウちゃんに会いたいという気持ち、コロちゃんを救うという決心、何もかも全てが薄らいでいき、ヒャクゴウ大昇人様の唱える甘美なる〝平和〟に満たされていく。
今までの自分を捨てて、安楽な道に傾倒するのも良いものだと、そう思えてしまう。
「闘争を放棄し、安寧に身を委ねなさい。怒りも哀しみも、下らない負の感情は我が平和的理想世界には無用の長物です。
只々穏やかに、凪いだ海の如く静かな心で平和を享受するのです。ファッファッファ。」
うん、そうだ。私はこの偉大なる人物にお会いする為に、ここまで旅をして来たんだ。
そんな至極当然な事を思い出した私は、ヒャクゴウ大昇人様に神聖なる祝福を授けて貰う為、一歩前へと踏み出した。
⚪︎コロちゃんのメモ帳
ダンジョウ
帝国軍所属で、教団の護衛役でもある『おはじきの達人』ね。
本来は帝都で勤務してる人なんだけど、アディーナを捕らえる為にマキナと一緒に帝都からコウシン村に出向して来たらしいわ。
だから、二人共『平和の導き手』の信徒ではない、お手伝いさんみたいな立ち位置ね。
『平和の導き手』は、帝国軍内でも黒い噂が絶えないらしくて、彼らもあまり深入りはしないよう、気を付けてるみたいよ。
あぁ、おはじきの説明?デカい髪の中に沢山おはじきを隠し持ってて、それを飛ばして攻撃してくるのね。
着弾箇所や壁や他のおはじきなんかに当たって弾かれた跳弾の軌道まで計算して攻撃してるらしいから、結構強敵ね。
流石、帝都で勤務してるだけあるわ。




