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#35、洗脳




「あーもー、当ったんないだすねぇ!」


マキナの放つミサイルのような薪攻撃を、シャツキフは紙一重で躱している。

粘土の剣で断ち、見切って回避し、余裕そうに捌いてはいるものの、あまりの猛攻になかなか反撃に転じられないのも事実だ。

アディーナが居なくなって一人になった分、攻撃対象が絞られてしまった事で、絵を描く暇も無い程激しい連続攻撃が、芸術少女を襲う。


「いい加減!大人しく!当たるだすよッ!」


いくら薪を割って攻撃しても一向に命中しない事に、マキナは段々と苛立っていた。


だからこそ、彼女は身近な危機に気付くのに遅れたのだ。



「うわぁッ!?」


「キャァ!」



「えッ!?」


マキナの背後で、薪を投げていたクローン兵の悲鳴が聞こえる。

振り向くと、山積みにされていた大量の薪が、ガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちていたのだ。


その元凶は、すぐに分かった。

先程アディーナを神殿へと連れて行った絵の鷹が、薪の山に突撃していたのだ。


「むぐぅ、小癪な真似をォ!」


薪の雪崩の下敷きになるまいと、クローン兵、馬、そしてマキナが、一斉にその場から逃げ出す。


その隙を見逃す筈もなく、マキナが逃げた先に先回りしていたシャツキフが、粘土剣で斬りかかった。


「ぐッ!」


回避が間に合わず、マキナは右脇腹から右腕までを斬られ、血を流しながら後ずさった。

ダメージを受けながらもすぐに体勢を立て直し、両手の大斧と大鉈を構え直す。


「もう、薪はまともに割れないでしょ♪」


「……ハッ、何言ってるだすか!

薪が割れないのなら、アンタの頭蓋骨を直接叩き割るまでッ!」


マキナの持つ大斧と大鉈の双刃が、シャツキフの頭上から振り下ろされる。

しかし、冷静さを欠いた大振りな一撃が、元主役(メインディッシュ)に通用する訳もなく。



「『超速画ソニックドロウ』」


マキナの怒涛の連続攻撃を巧みに回避しながら、シャツキフはその足元に絵筆型ステッキで新たな絵を描いていく。




「『断罪乙女ジャッジメントメイデン』」


「うぇッ!?」


地面に描かれた、無数の細長い何か、灰色の触手のような物が地面から飛び出し、マキナの四肢を絡め取り、動けなくする。

続けて描かれ、姿を現したのは、禍々しい見た目の処刑道具、アイアンメイデン。

無機質な笑みを湛える乙女の顔から下は、開いた扉と中の空洞に生えた鋭利なトゲで満たされていた。


自分を拘束する触手と、そのアイアンメイデンを見比べて、マキナは瞬時にシャツキフの意図を察した。



「…ちょ、ちょっと止めるだすよ!

こんな、こんな事しだら…!」


マキナは抵抗しようとするも、ガッチリ絡まった触手は解ける気配はない。

そのまま、意思を持っているかのようなアイアンメイデンが、ジリジリとマキナへと近付いている。



「だいじょーぶだいじょーぶ♪

こう、サクッとね、痛いのは一瞬だけだからさ♪」


「何が大丈夫ッ!?

こんなの、痛いどころじゃ済まないィィ!」


目の前まで迫るアイアンメイデンに、涙を流しながら怯えるマキナ。

もう、決着は着いたのだ。



「んじゃ、急いでるから、名残惜しいけどバイバイ♪」


「待って待って!こんなんあんまりだァァ!

誰か助げでェェェェ!!」


身動きを取れずに泣き喚くマキナに一瞥もくれず、シャツキフは神殿の方へ走り去ってしまう。



「あああ゛あ゛あァァァアアァァッッ!!」


アイアンメイデンの腹の中へ雑に放り込まれ、悲鳴を上げるマキナ。

その悲鳴が聞こえたのも一瞬で、アイアンメイデンのトゲだらけの扉は、獲物が入るのと同時に勢い良く閉じられた。















数秒後、ゆっくりとアイアンメイデンの扉が自動的に開かれる。


その中には、あまりの恐怖とショックで白目を剥き、泡を吹いて気絶しているマキナの姿があった。

鋭利に見えたトゲは全てゴムのように柔らかく、殺傷能力は皆無だった。














◆◆



「さて、侵入したはいいものの、どこから探しましょうか。」


私は腹ごしらえを済ませた後、再度神殿内へと侵入し、誰もいない倉庫めいた部屋の中で考えを巡らせていた。

巡らせながら、体も動かす。

具体的に言うと、神殿内の見取り図のような物を探していた。

倉庫の中は沢山の棚と物で溢れているけど、部屋自体が結構広めで、整理整頓も綺麗にされているので、窮屈さは感じない。

この部屋を管理している人物は、かなり几帳面なのだろう。



「おっと、これは…!」


棚に置いてあった木箱の中から、大量の小冊子を見つけた。

表紙を見るに、この教団のパンフレットみたいだ。


「うぐッ!?」


パンフレットを見ると、何故か頭が痛み出した。

これは、何かが変だ。


「この表紙の、この模様…!まさか、洗脳用の!」


以前、師匠と修行していた頃に、師匠から聞いた事がある。

帝国軍には洗脳のプロがいて、そいつが使用する『洗脳図』と呼ばれる奇妙な図形には気を付けろ、と。

見ただけで脳を蝕まれ、精神に異常が生じるとかなんとか。


恐らく、この村の人達は、この恐ろしいパンフレットの所為で洗脳されているんじゃないのか。

もしかして、コロちゃんも同じ手口で…!?



「こんな危険なものッ!」


私は洗脳図の描かれた部分だけ手で切り裂き、神殿の見取り図が描かれた部分だけを残した。

危険な洗脳図も、〝これは洗脳図だとしっかり認識さえしていれば〟割と大丈夫なのだ。


「よし、これなら大丈夫。」


切り出した見取り図を確認して、コロちゃんが居そうな場所に目星を付ける。

信徒用宿直室、大ホール、懺悔室…


色々と気になる部屋はあったものの、一つだけ特に気になっているのが、新信徒祝福室という謎の部屋。

連れて行かれたばかりのコロちゃんが、いかにも居そうな部屋だ。ここからも近い。


祝福室、とか言う妙なネーミングが少し引っ掛かるけど、行ってみるしかない。















◆◆



「貴女には、悩みがありますね?」


「……はい、あります。」


「フフフ、素直に答えてくれるようになりましたね、偉い子です。

では、それはどういった悩み事ですか?」


「…大切な人と、喧嘩しました。

仲直りしたいです。」


「そうですか。それはお辛いでしょう。

是非とも、仲間である我々にも、仲直りのお手伝いをさせて下さい。」


「はい、お願いします。」



どこかの部屋で丸椅子に座りながら、長い髭を生やした老年の男性が、虚ろな目をしたコロちゃんにカウンセリングめいて質疑応答をしている。

老人もコロちゃんもお互いに、薄っすら不気味な笑顔を浮かべている。


老人の着ている服、そして部屋中の至る所に、洗脳図が仕込まれている。

それによってコロちゃんが正気を失っているのは、最早言うまでもないだろう。



「流石ですね。完璧な回答です。

貴女は取り分け、優秀な信徒となり得る才能の持ち主です。

それではまず、笑顔の練習から始めましょうか。

健全な平和は健全な肉体、精神、そして笑顔に宿るのですから。」


ニコニコと欺瞞に満ちた笑顔を見せる老人の魔の手が、今まさにコロちゃんへと伸びようとしていた。












◆◆



「とうっ!」


「グハッ!?」


新信徒祝福室とかいう部屋に着くなり、コロちゃんに手を出そうとしていた下品な老人の首筋にチョップを叩き込み、昏倒させる。

コロちゃん、無事で良かった。


「コロちゃん、大丈夫ですか!?」


「…ぇ?アディーナ?」


ぼうっとしたような、焦点の定まらない瞳で、顔だけこちらを向いている。

どういう事?一体何をされたの?



「…あぁ、アディーナぁぁアハハ…。

あ、アタシが、変な事しちゃって、ごめんねぇ…。

アタシが悪かったからぁ、仲直りしよぉ。しようよぉ。」


普段のコロちゃんとは明らかに違う、妙に間延びした喋り方。

そして何より、ニヤニヤ不気味な笑みを浮かべていて、どう見ても正気ではない。


こんなんで仲直り出来たとしても、全然嬉しくない。



「コロちゃん、それは誰に言わされたんですか?」


「偉大なるヒャクゴウ大昇人様のお声に従っただけだってぇ。ウフ、ウフフフ。」


ヒャクゴウ大昇人…?

もしかしてそれが、敵の親玉の名前なのでは?


「コロちゃん、もうッ!正気に戻って下さい!」


私はコロちゃんの両肩を掴み、何度も激しく揺さぶるも、コロちゃんは虚空を見つめたままニヘニヘ笑っているだけで、まるで効果が無い。




「ウヘヘへ、アディーナしゅきぃ…。」


「むぅぅ、これはもう、荒療治に頼るしかないようですね。」


コロちゃんの脳天に拳骨を叩き込むべく、拳を握り締めたその時だった。






「ん〜何、信徒じゃないよね、お嬢ちゃん。

てことは、君がアディーナちゃんね。もう助けに来ちゃったの、早いなぁ。」


部屋の奥にある扉が開き、何者かが姿を現した。

子供の背丈並みの長さを誇る、巨大な前髪を整えたリーゼントヘア(正確にはポンパドールとか言ったか)が、まず真っ先に目を引かれる。

続いていかにも面倒そうな目つき、額に掛かっているサングラス、ダボダボの白ラン、筋肉質な肉体を白ランの隙間から覗かせる、とてもガラの悪そうな男だった。


そして何より、強者特有のこの気配は間違いない。



「貴方、達人ですね?」


「ん〜、あぁ、ダンジョウってんだ。

それよりマキナの奴、どうしたんだ?息巻いて出てった割には、あっさり侵入を許しやがって。

ん〜、面倒くさ。」


ダンジョウと名乗った男は、明らかにやる気が無いように見える。

会話中に欠伸をしたり、髪をポリポリ掻いたりと、おちょくっているのか素なのか、どうも分からない。


「面倒臭いなら、このまま見逃してはくれませんか?」


「ん〜、まあ、そうしたいところなんだけどね。

それがバレちゃうと、余計面倒な事になる訳。子供に分かるかね?

組織ってのも、大人ってのも、ん〜、面倒なもんなのよ。」


首をコキコキ鳴らしながら、両手をポケットに収めて殺気を放つ。

一見だらしないように見えるけど、そのスタイルこそがこの人の臨戦体勢なのだろう。隙が無い。




「ん〜、よいしょォ!」



ダンジョウさんが、勢いよく首を横に振る。

その瞬間、巨大な太巻きみたいな前髪から、何かが飛び出してきた。

それも、一つや二つじゃない。すぐには数え切れない程、大量にだ!



「うッ!ぐぅッ!」


コロちゃんを抱えて、側にあるテーブルの下へ隠れるも、リーゼントから出てきた何かが部屋の壁や床、天井に当たり、弾かれ、跳弾の如く部屋中を跳ね回る。

その幾つもが、私の背中や腕、脚や脇腹に直撃し、思わず吐きそうになる程痛い。


「あぐッ!?」


側頭部に直撃し、脳が一瞬揺れるのを感じる。痛過ぎる。



「ウヘヘ、アディーナぁ、だいじょーぶぅ?」


私の両腕に抱かれながら、虚ろな瞳で涎を垂らしながらも、コロちゃんが心配してくれた。

コロちゃんの洗脳も心配だけど、まずは目の前の敵をどうにかしなければ。


私は相手の攻撃手段を知るべく、地面に落ちている飛来物を手に取る。

半透明で、丸くてガラス製のそれは、どこか懐かしさを感じる物体だった。







「…これって、おはじき?」


「ん〜、その通り。俺はね、『おはじきの達人』なの。

こうしておはじき飛ばして、狙った箇所に正確に当てられる。跳弾も同様。以上。」


ダンジョウさんは再び首を大きく振り、おはじきの嵐の第二波を巻き起こす。

この攻撃、殺傷能力は低いけど、非常に痛い。


私は咄嗟に割り箸を割り、その際の振動を空気中に響かせ、迫るおはじきを弾き落とす。

それでも全弾を防ぐ事は叶わず、生き残ったおはじきが数発、私の体に被弾する。本当に痛い!


「ん〜、安心しな、そこのコロちゃんはウチの信徒なんでね。庇わなくても当てやしないよ。

こう見えて、当たる場所は全て計算してあるからさ。」


「コロちゃんは、信徒なんかじゃありません!私の仲間です!」


「え?信徒じゃないの?んじゃ、当てていいの?」


「はっ!?いや、駄目です駄目です!当てないで下さい!」


「ん〜、何なの、そしたら信徒なの?」


「信徒じゃありませんッ!」


「どっちなの、我が儘だね。ん〜、面倒くさ。

一気に決めちゃうわ、もう。」


「なっ!?」


3度目のおはじき乱打。

でも、今回は無秩序且つ縦横無尽に飛び回るものではない。

全てのおはじきが、四方八方から的確に私の急所を狙って飛んで来る、私を確実に仕留める為の必殺の奥義だった。


⚪︎コロちゃんのメモ帳



マキナ



帝国軍所属で、教団の護衛役でもある『薪割りの達人』ね。

故郷の田舎では薪割りの神童として持て囃されてたらしくて、親からも相当甘やかされて育ったみたいね。

我が儘な性格で、自己中心的な子ね。

薪を割って攻撃する意外にも、自慢の大斧と大鉈を使った接近戦も得意らしいわ。

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