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#33、コウシン村




アタシは最低だ。



グラットン帝国には大勢のクローン兵がいるけど、間違いなくアタシはその中でもぶっちぎりで最悪なヤツだ。

ワーストワンで、どうしようもなくて、ダメダメで、クズ中のクズだ。



自分が好きになった女の子に、とても酷い事を言ってしまった。

いつも助けられてて、アタシの我が儘で大事な旅にも押しかけてる立場なのに、あんな心無い言葉を言ってしまった。


勿論、アディーナの言葉には悪意など微塵も含まれていないのは、アタシもよく分かってる。



でも、最近感じてる劣等感みたいなのも相まって、気付いたらあんな事を口走ってしまった。

それから素直に謝る事も出来ずに、変な意地も張ってしまった。


これを最低と呼ばずして何と言う。

よりによって、アディーナに八つ当たりなんて。



「ハァァ…」



アディーナが出た後のお風呂に入り、一人深い溜め息を吐く。

一緒に入るのは気まずいので、時間をずらした訳だけども。

運良く他に人もいないみたいだし、静かなこの場で考え事をするのにはちょうど良いのかもしれない。



どうすれば仲直り出来るのか。

どうすれば素直になれるのか。


考え事といっても、そればかりで頭の中がいっぱいだ。


アディーナも怒らせてしまって、もうどうしようもないんじゃないか。

アタシの事なんて見捨てて、シャツキフと二人で帝都に行ってしまうのではないのか。


でも、そうされても文句を言えないような事を、アタシはしてしまったんだ。



「よし!お風呂出たら、はっきりと謝ろう!」


浸かっていた湯船から立ち上がり、拳を握り締めてそう決意した。










◆◆



「うん、アディーナならきっと許してくれる筈。」


浴場から出て更衣室で着替えている間も、自分に言い聞かせるようにアタシは呟く。


「大丈夫、アタシなら謝れるッ。」


着替え終わり、部屋に戻ろうと更衣室から廊下に出る扉を開けた、その時だった。




「どうも、初めまして旅のお嬢さん。少しお時間よろしいですか?」


「はい?」


見知らぬ中年女性二人組が、扉の向こうに立っていた。



「突然すみません、こんな所で。

ですが、貴女様の物憂げな表情が目についてから、いてもたってもいられず、こうしてお声を掛けさせて貰いました。」


「はぁ…、そうですか。」


張り付いたような笑顔を浮かべる二人の中年女性は、非常に丁寧な物腰でそんな事を言っている。

一体いきなり何の用なんだ。

ていうか、どこからついて来たの?


「我々『平和の導き手』は、貴女様のように悩みを抱え、人生に迷っている方を対象に導きを与える、それはそれはとても素晴らしい団体なのです。

どうです?まずはこのパンフレットでも。」


そう言って、女性の一人が『平和の導き手』とデカデカと書かれた小冊子を手渡してくる。

いや、興味無いし。

何これ、宗教の勧誘?このタイミングで?


「あの、もう間に合ってるから要らないんだけど。」


アディーナにちゃんと謝ると決めたアタシには、そんなのは必要ない。

そもそも胡散臭いし、キッパリと断る。


「いえいえ、貴女様がそう思っていても、人間一人の力では充分な結果はとても望めません。

ですが、そちらのパンフレットの内容をよく読み、本部での御法話を聞き、偉大なる教えを元に行動すれば、必ずや最良の結果を導ける事でしょう。」


そう言いながら、女性が無理矢理パンフレットを手渡してくる。

要らないと言っているのに、何て強引な人達なんだ。


「ちょっと、要らないって言ってるでしょ…!」


「いいからいいから、この神々しくも素晴らしい表紙だけでも、見ていって下さいな。」


「はぁ?表紙…?」


ついアタシの視線が、パンフレットの表紙に伸びた。

紫色の背景に、白く細い線で幾何学模様の図形らしきものが描かれている。




「……あれ?」



何か変だ。


表紙の図形から、何故か視線が外せない。

見れば見る程、頭がグルグルしてきてパンフレットの中身を確認したくて仕方がなくなってくる。



「ほらどうぞ、じっくり読んで我々の教義に興味を持って下さいな。」



…だ、駄目だ、読んじゃいけない。

読んじゃいけないって分かってるのに、読みたくもないのに、アタシの右手が勝手に動き、表紙をめくろうとしてしまう。


必死に踏ん張ろうとしても、ジリジリと右手とパンフレットの距離が縮まっていく。





「……あぁ…ッ!?」



遂に、表紙をめくる。


そこには、偉大なる平和の神の聖句と、幾何学模様の図形がズラリ。



それら文字や模様の一つ一つが、群がる小虫のようにアタシの脳を侵食して……



…罠だと気付いた時には、もう手遅れだった。



薄れゆく意識の中、最後に見えた光景は、パンフレットの最終ページに大きく書かれた〝完了〟の二文字と、ニタリと笑う二人の中年女性の姿だった。




……アタシは、残る微かな力を振り絞って、自分の頭の〝あれ〟を……














◆◆




「……おかしい。」


コロちゃんが浴場に向かってから、そろそろ1時間が経過する。

いつもに比べて、明らかに入浴時間が長い。


「コロちゃんが遅い…。」


「コロちゃんって長風呂するタイプなのー?」


「いえ、いつも10分程で上がる筈なんですが…」



…もしかして、何かトラブルでもあったのではないか。


いや、今はあんな態度悪いコロちゃんの事なんて知った事か!








…なんて、無視する訳にもいかないか。



「一応、様子だけでも見に行ってみますか。

もしかしたら、のぼせてるのかもしれませんし。」


「私も暇だしついて行くー♪」


何か嫌な予感がする。

ただの杞憂だったら良いんだけど、どうも不安を拭う事が出来ない自分がいる。







浴場に着いたところで、嫌な予感は見事に的中した。

そこにコロちゃんの姿は無く、シャツキフさんと一緒に更衣室と浴場の隅まで探せど、コロちゃんを見つける事は出来なかった。


「…何でコロちゃん。まさか…ッ!?」


まさか、お風呂に入りに行くと見せかけて、そのまま逃げ出してしまったのではないか。

私と一緒にいるのが嫌で、もう帰って来ないんじゃないか。





いやいや、コロちゃんに限ってそれはない!


彼女は意志の強い女の子だ。

この旅にだって、コロちゃんが自ら着いて行きたいと言い出している以上、本人が途中で投げ出すなんて絶対に有り得ない。


こんなちっぽけな喧嘩が原因で破綻する絆なんて、初めから私は持っていない。

もっと遥かに強固で、どんな難敵が相手でも、決して僅かな裂罅れっかも入らない程に硬くて固い絆。



「うん、それこそが〝愛〟だねぇ♪」


「え?」


心を読まないで欲しい。


取り敢えず、浴場での捜索を断念して、宿の主人にでも聞き込みをしようと、更衣室から廊下に出たその時だった。



「……ん?」


ふと足元を見やると、何かが落ちているのに気が付く。


「…あれ?それって確か…♪」


「ええ、間違いありません。コロちゃんのです。」


コロちゃんがいつも前髪に付けている、小さな青いリボンの髪飾りだった。

私が前にコロちゃんにプレゼントしたやつ!


そんなのがここに落ちていて、しかも本人が行方不明とあっては、どう考えても不自然だ。


「これはきっと、コロちゃんからのSOSかもしれません。」


「だとしたら、誰かに誘拐されたとか?」


「可能性は高いでしょう。現に居なくなってますし。」


もしそうだったら、一刻も早く見つけ出さなければならない!

でも、手掛かりがリボンの髪飾り一つじゃ、ほぼノーヒントと同じだ。


「くっ、一体どうすれば…!」





「私、もしかしたら犯人分かるかも♪」


「えぇッ!本当ですか!?教えて下さい!早くッ!」


気付いたら私は、シャツキフさんの両肩を掴んで揺さぶっていた。



「ちょっ、離してって♪」


「あ、ごめんなさい。」


つい興奮してしまっての行動だったけど、シャツキフさんは何故か嬉しそうだ。


「まあ、あくまでも可能性の話だけどさ♪」


「それでもいいです。教えて下さい。」


「うん、分かった♪

そもそもこのコウシン村に進路を決めた時、私が言ってたよね♪

この村には、〝良くない噂〟があるって♪」


「ああ、そう言えばそうですね。」


そうだ、コロちゃんとの喧嘩で頭がいっぱいで、すっかり忘れてた。

確かに言ってたな、そんな事。


「村の住人全員が、キモいくらいの笑顔だからさー♪

多分、この村を支配してる〝宗教〟が関わってるのかもしれないねぇ♪」


「宗教、ですか…?」


きな臭い香りが、濃度を増してきた。


「ま、これも噂だけどさ、この村の監督官は、帝国幹部の達人らしくてさ♪

そいつが、皆が笑顔になる宗教を布教する事で、この村を支配してるんだとか♪」


「幹部という事は、もしかして…」


「うん、主役メインディッシュの達人だろうね、恐らく♪

同格の私でも、この村の情報は殆ど知る事は出来なかったけど♪」


シャツキフさんは一息つき、再び口を開く。


「この村に足を踏み入れた人間は、誰一人帰って来てないって専らの噂だからね♪

こんなに栄えてる場所だけど、外部の人間はきっと一人もいないよ♪

外を歩いてる人達も、全員がこの村の住人で信者だね♪」


そう言われてみれば、この宿屋の宿泊客は私達以外に見かけていない。

既に日も沈み、お風呂が混み合う筈の時間帯なのに、浴場がガラガラなのも確かに不自然。

もっと早く気付くべきだった。

コロちゃんの事に気を取られ過ぎて、完全に盲点だった!



「うん、どうやら気付いたみたいだね♪

この村そのものが、立ち入った人間を取り込もうとする、一つの巨大な〝罠〟なんだよぉ♪」


そう言って、シャツキフさんがおもむろに近くの観葉植物の中に手を突っ込む。

何かを掴んでから手を引き出し、その開いた手のひらの上を見てみると、蝿のように微小な機械のような物が乗っていた。




「…これって、もしかしてカメラですか!?」


「だねー♪

私達の部屋にも幾つか仕掛けられてたし、ロビーや廊下、食堂に更衣室に、お風呂場にもあったよ♪

多分この宿屋だけじゃなくて、村中の至る所に監視カメラや盗聴器が設置されてるんだろうね♪」


「〝だろうね♪〟じゃないですよッ!何でもっと早く教えてくれなかったんですか!」


精神的に余裕が無くて、こんな簡単な罠すら見抜けなかった私も悪かったかもしれない。

でもこんな、乙女のプライベートが筒抜けになるという最悪な危機を、何故シャツキフさんは報告してくれなかったのか!


「ごめんって〜♪

私自身、完全に気付いたのはついさっきだし、そもそも監視されてる身だし、下手に言っても相手に筒抜けだから怪しまれちゃうよ♪

そういう訳で、こういった然るべきタイミングで言ったのです♪」


ニコニコと緊張感の無い笑顔で、そう言ってのける意地の悪い芸術家。

成る程、怪しいと感じていたからこそ、お風呂に入る順番を最後にしたり、部屋の中をあちこち歩き回っていたのか。


屈託の無い美少女の笑顔は、普段なら名画のように美しく感じるのだろうけど、今は憎たらしく思う。

まあでも、この人がいなかったら監視されてる事自体、このタイミングでは気付けなかった訳で。



「さて、監視してる事がバレちゃった訳だし、そろそろ向こうからご挨拶に来てくれるんじゃないかなー♪」


監視カメラが一機奪われて、相手が気付いてない訳がない。

ここから相手がどういう行動に出るのか、十分に警戒する必要がある。



「取り敢えず、フロントに行って宿屋の主人を尋問しましょう。

そこから、例の宗教団体の情報を聞き出します。」


「了解♪」


私とシャツキフさんは、フロント目指して駆け出した。










◆◆



フロントは、ものの見事にもぬけの殻だった。


あの奇妙な笑顔の主人や、数人いた従業員も、全員神隠しにでもあったかのように忽然と消えている。


「多分、私達の行動を読んで逃げたんだね♪」


「フッ、居ないのなら好都合です。思う存分漁らせて貰いましょう。」



私はフロントのカウンターを飛び越え、書類が入った棚を片っ端から開けていく。

きっと、必ずどこかにある筈だ!


「っと、ありました!」


「これ、コウシン村の地図だね♪ナイスだよアディーナちゃん♪」


この村の地図、それも割と最近のだ。

折り畳まれた一枚の大きな紙であるそれを、カウンターの上に広げてシャツキフさんと確認してみる。



「もしかして、これじゃない?」


シャツキフさんが指差したのは、一箇所だけ大きく描かれているアイコンだった。

人の笑顔を象ったような白いマークと、その後ろに神殿のような絵が描かれている。


「可能性は高いですね。

場所は、この近くの丘の上みたいです。」


たとえ僅かな手掛かりでも、今は行くしかない!



「コロちゃん、待ってて下さいね、必ず見つけ出してあげますから!」


⚪︎コロちゃんのメモ帳



マックス君



アタシ達の旅のパートナーでもある、馬ね。

たくましい筋肉が頼もしい、オスの黒馬よ。

本当は結構高級な馬なんだけど、旅立つ時に知り合いから格安で売って貰ったのよ。

マックス君がいなかったら、こんなに楽に、そして早く旅をするなんて無理だったわね。

縁の下の力持ちっていうのは、彼の事を言うのね。

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