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#31、諦めるなんて




グラットン帝国帝都グラドポリス、饕餮城内・姫皇帝カリュウの私室にて。



「大臣さぁ…」


「はい?」


「もしかして、あたしに何か隠してるぅ?」


「はて、隠してる、とは…?

ホッホホ、もしや、このワタクシめがイカサマでもしているのかと、お疑いですかな?」


巨大な老人が、巨大な椅子に座りながら、小さなテーブルを前に髭を摩りながら首を傾げている。

床まで伸びる滝のような白髭、同じように伸びる白い長髪。

彼の目の前には、テーブルを挟み、椅子に座ってトランプのカードを扇状に手札にしている少女が座っていた。


縹色の長髪、傾いた王冠、胸部分に〝鼻息〟と書かれたダボダボの白いTシャツ。

グラットン帝国姫皇帝、カリュウ・ラヒメその人である。

カリュウはニマニマと笑いながら、上目遣いで老人の顔を伺っている。



「心外ですなぁ、実に心外。ホホホホ。

貴女とは長い付き合いなのに、未だに信頼を得る事が出来ていなかったとは。」


「そりゃあ、かのセファイド大臣様となっちゃあねぇ。ニヒヒ。

胡散臭さの塊みたいな人間じゃん。よっとぉ。」


カリュウは、自身の手札から決められたスート、決められた数字のカードを、テーブルに並べていく。

どうやら、プレイしているゲームは七並べのようである。


「ホッホッホ、これはまたキツい一言。本人を前にそれを言うとは。

これでも、貴女の為に日々、誠心誠意尽くしているんですがねぇ。」


続いて、セファイド大臣がカードを置く。

真っ白な太い眉が目を隠し、その表情は容易には窺い知れない。


「ウヒヒヒ、そういう所が胡散臭いって言ってるのぉ。」


今度はカリュウがカードを置く。


「ホッホホ、気を付けますよ。」




「そう言えばシャツキフちゃん、裏切ってアディーナちゃんの側についちゃったらしいじゃん。」


唐突に切り出されたその話題は本来、部下の背反を許したセファイド大臣にとって耳の痛い話の筈である。

だが、老獪を絵に描いたようなこの老翁に対して、そんな揺さぶりは通用する訳もない。


「耳が早いですねぇ。」


「ニヒヒ、あたしを舐めて貰っちゃあ困るねぇ。」


「まあ、彼女は初めて帝国軍の門を叩いた頃から、芸術への探究心に満ち溢れてましたから。

帝国への忠信よりも、芸術の方を優先するきらいがあったのでしょう。ホッホッホ。」


「そんな他人事みたいに言うぅ。

ま、別に1人寝返っただけで、揺らぐようなグラットン帝国じゃありませんよ、とぉ。ハートの9。」


カリュウはカードを置きながら、その手で骨付き肉を貪り食う。

彼女の座っている真横には、巨体であるセファイド大臣の背丈をも上回る高さの骨付き肉の残骸が、皿の上へとしこたま積まれていた。

その反対側には、同じように山のように積まれた骨付き肉が置かれている。


「カリュウ様、そんな脂ぎった手では、カードが汚れてしまいますよ。」


「大丈夫大丈夫ぅ。その汚れも〝食べちゃうから〟。ウヒヒヒ。」


「全く…」


呆れた様子のセファイド大臣が、テーブルにカードを置く。

それを見ながら、カリュウは満足そうにサンドイッチを頬張っている。



「ニヒ、一応さぁ、アディーナちゃんを止める為に、ウチの達人が何人か戦ってくれた訳じゃない?」


「えぇ、今のところ全員敗れましたが。」


「うん、そこ、おかしいよねぇ。クヒヒ。

本気で止めようと思えば、最初っから千両役者フルコース送れば済む話なのに、わざわざ前座オードブルの達人から戦わせて、結果アディーナちゃんが持ち前の才能で強くなっちゃった。

まるで、他の達人を試金石にでもするみたいにさ。」


やんわりと、間接的に、カリュウはセファイド大臣を糾弾しているのだろう。

自らの主に疑念を向けられるも、老獪な男は意にも介さず口を開く。


「ええ、ただの言い訳にしかなりませんが、たかが達人一人と侮っていた、このワタクシの落ち度ですなぁ。面目次第もございません。」


「侮ってたぁ?大臣らしくないなぁ。ホントぉ?」


「このワタクシだって、人間です。ミスする事くらいありますよ。ホホホホ。」


「ふ〜ん……って、あぁッ!いつの間に負けてる!?」


「ホッホッホ、このワタクシの勝ちですな。」



カリュウ姫皇帝は、七並べが弱かった。



「ぬぅぅ…もう一回!」


「何度やっても結果は見えてますよ。ホホホ。

七並べどころか、ババ抜きに大富豪、バカラ、ブラックジャック、ポーカー、カードゲームは全般貧弱じゃないですか。」


「うぅ、大臣が強過ぎるんだよぉ。あたしさぁ、こういう頭使うゲーム苦手だしぃ。」


カリュウがテーブルの上のカードをかき混ぜ、シャッフルする。


「ほらぁ、年の功ってやつだよ、年の功。

クヒヒ、だから若いあたしは負けたのぉ。」


「何を言いますか。このワタクシよりも、貴女の方がよっぽど〝年上〟でしょう。」


「あ〜、女の子に年齢の話は厳禁なんだよぉ。

いいのぉ、あたしは精神年齢はずっと子供のままなんだからぁ。ニヒヒィ。」


「ま、それもそうですな。」



カリュウは手札を配り終えると、もう一度セファイド大臣の目を見ながら聞いた。


「で、次の手はどうなのぉ?」


「次、ですか…。

彼女らが次に向かうであろう場所ですが、その地もこのワタクシの部下の支配領域でございます。」


「ニヒヒ、成る程、今度こそ期待していいんだねぇ?」


「ええ。あの者は我が部下の中でも極めて優秀。

必ずや彼女らの心を挫き、帝国に反旗を翻そうなどと、二度と考えなくなるでしょう。ホッホホ。」


「…何か凄く怪しいけどぉ、そこまで言うんだったら信じるからねぇ?」


「ええ、そうして下さい。」






数分後。



「また負けたぁ!」


本日何度目かの敗北を喫して、カリュウはテーブルに突っ伏してしまう。


「ホッホッホ、カリュウ様は意外と顔に出るタイプなのですよ。

自分じゃ、気付いていないのかもしれませんがね。」


「え、そうなのぉ?」


「ええ、それはもう。特に、アディーナ嬢の名を聞いた時とか、特に。」


ピクリと、カリュウが反応して顔を背ける。


「ほら。」


「うっさい…」


「それでは、ワタクシはそろそろ失礼させて貰いますよ。

これでも多忙の身なもので。」


「うん、付き合ってくれてありがとねぇ…。」


再びテーブルに口付けするカリュウを尻目に、セファイド大臣はのっそりと部屋を出て行った。










「ふぅ…」


部屋に一人きりとなったカリュウは、そっと溜め息を吐く。



「頼むから諦めてよぉ、もう…」


それだけ呟き、吸い込まれるようにベッドの中へと入っていってしまった。













◆◆



私の決意は、既に決まっている事だった。

セファイド大臣とやらに誘導されるまでもなく、私の旅の最終目的地はとっくに私が決めている。


それを今更、取り下げるなんて真似はしない。



「私は、今まで通り変わらず、帝都を目指します。諦めるなんて真似は決してしません!

コロちゃん、そしてシャツキフさん。こんな私ですが、力を貸してくれますか?」


私が、胸に手を当ててそう聞くと、コロちゃんは若干不安そうな表情をしながらも、しっかりと答えてくれた。



「あたしなんか、戦闘じゃアディーナの足元にも及ばないけど、さ。

それでも、少しは手伝える事があるだろうし、少しでもアンタの力になりたい。」


「少しどころじゃありませんよ、全然。

コロちゃんがいなければ、私の旅は遥かに過酷になってた筈ですから。」


私は素直にコロちゃんを称賛するけど、当の本人はどことなく浮かない顔をしている。




「私はほら、君達の芸術的なワンシーンを見せて貰えるんなら、助力は惜しまないよー♪」


「そ、そうですか…。

兎に角、よろしくお願いしますね。」


妙な目的を持つシャツキフさんだけど、まあ、私とコロちゃんが仲良くしてれば大丈夫だろう。






「で、アディーナ。次の目的地はどうするの?」


アカシさんの事務所の応接間で、私、コロちゃん、シャツキフさんの三人で会議を始める。

座り心地の良い良質なソファに腰掛けつつ、中央のテーブルに広げられた地図に注視する。



「えっとですね、現在地がここ、ウシール村から少し南に進んだ、シャツキフさんのラピルーク・アートミュージアムですから…。

ここから更に東に進み、まずはこのコウシン村という所を目指しましょう。」


「コウシン村、かぁ…」


シャツキフさんが、意味深っぽく顎に手を当てる。


「どうかしたの?」


「…その村、あんまり良い噂を聞かないんだよね♪

情報が殆ど入ってこないから、どういう村なのかは知らないけど♪」


「曰く付きの村、ですか。」


ウシール村のストロング・タニのように、もしかしたら悪どい監督官が悪事を働いている可能性もある。

だとしたら、見過ごす訳にはいかない。


「アディーナ、どうするの?」


「取り敢えず、コウシン村に行ってみましょう。

どんな村なのか、ちょっと気になりますし。」


次の目的地が定まった。

あとは、ゆっくり休んでから向かうとしよう。













◆◆



そして翌日。

燦々と照りつける太陽。

青々と草木揺れる草原。

晴れ渡る快晴の元、私達はラピルーク・アートミュージアムを出発した。


しかも、移動用の馬車は今までの物より一回り大きくなっており、馬も一頭増えている。

両方ともシャツキフさんが作ってくれた彫刻作品で、本物と見分けがつかない程ハイクオリティな逸品だ。

マックス君も、隣にいるのが本物の馬だと思い込んでいるようで、普通に馴染んでいる。

こんなにも素晴らしい作品を、短時間で仕上げてしまうのだから、彼女の芸術の達人としてのポテンシャルは底知れない。



「馬車と馬のディティールに拘ってたら、作るのに時間掛かっちゃった♪どうかな?」


「いえいえ、もうこれ以上ないくらいの出来ですよ。凄過ぎる。」


「こんなに立派な馬と馬車がタダで手に入るなんて、夢みたいね!」


私とコロちゃんは、すっかりシャツキフさんのファンみたいになっていた。



「もしかして、食べ物を描いて実体化させれば、食べれたり出来ます?」


「やー、それは無理だねー♪

まあ、食べようと思えば食べれるかもだけど、絵の具の味しかしないし、何の栄養も無ければお腹も膨れないよ♪」


「あらら、それは残念。」


食事もタダで済むかと思ったけど、そこまで甘くはないようだ。



「しかし、怪我が一晩で治ってくれて、良かったですね。」


「うんうん♪私もほら、もうピンピンしてるよー♪」


私とシャツキフさんの怪我は、食事して寝たら治った。

流石は達人、医者要らずだ。



「いや、もう人間じゃないでしょ、アンタ達。」


「失礼な!成長期だからですよ。

達人+成長期=パーフェクトボディ、ですから。」


「はあ?」


「更にそこへ芸術が加われば、芸術的パーフェクトボディに♪

ほら、試しに二人とも脱いでみて♪それから肌を重ねあってみて♪」


「……ダメだ、コイツらの相手してると頭痛くなってくる。」


興奮気味に私とコロちゃんを見ているシャツキフさんの脳天に、コロちゃんがチョップを叩き込む。


「コロちゃんとシャツキフさん、早くも仲良くなれたみたいで良かったです。

心配する必要は無かったみたいですね。」


「アディーナ、アンタの目にはアタシ達がどう映ってるの?」




などとじゃれついていたら、それを邪魔する者も現れてしまうようで。




「あ、アディーナちゃん、魔害獣だよ♪」


「ええ、空からですね。」


「空?」


私達三人は、馬車から降りて頭上を見上げる。

すると、しばらく進んだ先の上空で、大空をグルグル旋回している鳥のようなシルエットが目についた。


「あれ、最近討伐対象に指定された、『バードオブプレイ』って魔害獣だね♪

多分、ああやってグルグルする事で、私達に縄張りアピールしてるんじゃないかな♪」


「成る程、もう少し進んでたら、攻撃されてたかもしれないですね。」


ハイテク眼鏡の機能を使い、大鳥の害悪指数を計測してみる。

害悪指数、3050KC。

うわ、今まで戦った魔害獣を上回る数値が出た。


「強い魔害獣が出て来るという事は、帝都に近づいている証拠でもありますね。」


「そうそう♪帝都の周辺なんか、あの鳥程度じゃ比べ物にならないくらい、ヤバい魔害獣がウヨウヨいるよ♪」


ウヨウヨって…

元々帝都に住んでた私だけど、そんなのは気にした事無かった。


「帝都って、そんなに危険な場所にあったんですか?」


「あれ、アディーナちゃんって帝都に住んでたんじゃなかったの?

前にセファイド大臣からそう聞いたけど♪」


「2年前まで、確かに住んでました。

でも、その頃は一度も帝都を出た事が無かったので、外の事はあんまり…」


「そっかー♪

私は何度か通った事があるけど、あれは本気でヤバかったね♪

小国なら単騎で滅ぼせるレベルの魔害獣が、あちこちに生息してたもん♪」



…国を滅ぼせる強さの魔害獣とは…



害悪指数なんて、想像も出来ない。


「そんな環境で、帝都は襲われなかったんですか?」


「いやいや、襲われる訳ないよー♪

だって、全部野生じゃないから♪」


「え?」


野生じゃない?


という事は、もしかして…!





「うん、察しの通り、帝都周辺の魔害獣は全部、たった一人の人間に飼われてるの♪


帝国軍最高幹部の千両役者フルコースの一人、『魔害獣使いの達人』のペットでしかないのね♪」



⚪︎コロちゃんのメモ帳



ラピルーク・アートミュージアム



総支配人であるシャツキフが管理してる、彼女の個展でもある美術館ね。

個展としても美術館としても、世界最大の施設って言われてて、平時なら観光客も少なくないらしいわね。

元々は誰も住んでない古城で、そこを改装したのね。

今はシャツキフが私達の仲間になっちゃったから、代理でメイズが施設を管理してるらしいわ。


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