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#30、純愛




グラットン帝国軍主役(メインディッシュ)、シャツキフ・ラピルーク。

世界最大の帝国軍の幹部を務める彼女はその実、グラットン帝国で生まれ育った人間ではない。


彼女の生まれ故郷は、帝国から離れた小さな島国、グローリア王国。

この国では自由恋愛というものは固く禁じられており、〝全て国民は、其の親族の定めた相応しい異性と婚姻するべし〟という内容の憲法を全国民に厳守させている。

これを破った者は、最悪極刑もあり得る。


シャツキフは、グローリア国の中でも五指に入る武術の名家、ラピルーク家の次女として生を受ける。

彼女の剣の腕前は当代最強と名高く、将来は国内最強の王国騎士になると周囲から持て囃されて育った。


だがしかし、彼女自身は実際には、剣にも騎士にも露程も興味が無かった。

娯楽が極端に少ないこの国でやりたい事も見つからず、当時9歳という若さで故郷を捨て、単身で海へ出る。


当然の如く遭難し、命からがら流れ着いたグラットン帝国で初めて、〝芸術〟という偉大な文化に触れ、彼女の心に非常に大きな衝撃を与えた。

数々の芸術作品に込められた、作者の情熱、自己表現、世界観に触れ、彼女の心を常に満たしていた〝退屈〟という名のヘドロが、全て綺麗さっぱり消え去ったのだ。


それから驚異的な才能で芸術の世界を登り詰めた彼女だったが、どうしても描けないものがあった。






それは、彼女曰く〝愛〟。


自由恋愛が禁止された故郷で、同性同士の恋愛も禁じられた故郷で、異性を恋愛対象として見れない彼女は、ずっと愛というものを知らずに生きてきた。


だからこそ、彼女は愛を知りたかったし、それを芸術作品として完成させたいという欲求が常に胸の内に存在した。



そして現在。

彼女は遂に、真の愛情を目の当たりにする事になる。




(美しい…!あまりにも…ッ!あまりにも想像以上ッ!



もっと!間近で!何度でも!見ていたいッ!)














◆◆



死神は消え去った。

コロちゃんの攻撃が当たると同時に、鎌も黒衣も骸骨も、呆気なく霧散してしまった。

触れたら一撃死する分、弱点が多いのだろう。


「…ア、アハハ…ムフフ…フフ…」


私を縛っていた黒い鎖も連動して消失し、シャツキフさんは壊れた玩具のように力無く笑いながら、仰向けに倒れた。



「勝負あり、ですね。」


「…うん、流石だよ。流石としか言いようがない完敗。

やっぱり、愛の力には敵わないなぁもう♪」


倒れた衝撃で床に転がっているシルクハットを手に取ったシャツキフさんは、その中から液体の入った小瓶を手に取り、仰向けのまま私に向けて放り投げた。


「約束の解毒剤だよ。早くコロちゃんに飲ませてあげて♪」


「…確かに受け取りました。

コロちゃん、これを。」


「うん。


アディーナ、本当ありがと。」


コロちゃんは解毒剤を受け取り、一気に飲み干す。

敵から受け取った物を素直に飲むのも、本当は良くないのだろう。罠の可能性もあるし。


でも、こんなにも清々しい顔をしているシャツキフさんが、この期に及んで私達を罠に嵌めようとしているようには、到底思えないのだ。



「あ、服脱ぎたい衝動、無くなった気がする。」


「シャツキフさん、随分と嬉しそうですね。」


「そりゃそうだよ!今までずっと見たかったものが見れたんだもの♪

本当ならこのイメージが新鮮な今すぐに、創作活動したいとこだけど、流石に体がちょっと動かないや♪」


口元と腹部を血で濡らしながらも、シャツキフさんは笑顔のままだ。

一体何が彼女をそうさせているのか、少し興味が湧いてきた。


「見たかったもの、とは?」


「愛だよ、愛!寵愛、切愛、偏愛、溺愛、親愛、友愛、熱愛、敬愛!愛、愛、愛ッ!


そして何より、たった今コロちゃんが見せてくれた純愛を、私はずっと探してたんだ!」


興奮しながらそう語ったシャツキフさんは、直後に吐血した。

見てて痛々しいからあまり無理しないで欲しいけど、彼女の興奮はそう簡単には止められそうにない。


「…あ、愛、かぁ…。

確かにアタシはアディーナの事好きだけど、さ。

面と向かってそう言われると少し恥ずかしいわね。」


「照れてる!可愛い!尊い!ありがとうございますッ!」


「一応貴女怪我人なんですから、ヒートアップしてないで大人しくしてて下さいよ。」


「怪我なんてどうでもいい!嗚呼、今すぐこの尊さを作品にして永久保存したいィ!」


テンション上がって若干キャラが変わりつつあるシャツキフさん。

コロちゃんの愛とやらに執着してるみたいだけど、此方としては解毒剤も手に入れたので、これ以上この場所に用は無い。


「さて、コロちゃん。もう帰りましょうか。」


「う、うん。」


私とコロちゃんが、シャツキフさんに背を向けて立ち去ろうとしたその時だった。





「ま、待って!」


背後から、シャツキフさんに呼び止められた。

作品のモデルになって欲しいとかそういう頼みだったら、丁重にお断りしよう。

こっちだって疲れてるし、第一敵である彼女にそこまでする義理は無いし。



「…何ですか?」



「作品のモデルに…!



いや、私を連れってて!君達と一緒に居たい!居させてッ!」







……は?


 

いやちょっと、完全に想定外の頼みが来たんですけど。

私同様、コロちゃんもかなり戸惑っているようだ。



「一緒に連れてくって…

え、本気ですか?」


「本気も本気!超本気!君達と居れば私は、最高の作品が作れる!そう思うんだ!」


あまりに唐突な申し出に、私もコロちゃんも頭を悩ませる。

確かに、主役メインディッシュであるシャツキフさんが味方になってくれるなら、大きな戦力アップだ。

でも、ついさっきまで死闘を繰り広げ、コロちゃんに毒を盛ったりした相手を、はいそうですかと信用するのも難しい。



でも…



「私達と一緒に来たら、帝国を裏切る事になりますよ?」


「全然構わない!最高の作品が作れるのなら!」


息巻きながらそう言ってのけるシャツキフさんの瞳は、純粋そのものだった。

私達を嵌めようだなんて、微塵も考えていないだろう。



「コロちゃんはどうですか?」


「アタシは、アディーナに任せる。

直接戦ったアンタの方が、この子の事は理解出来てるだろうし。」


「う〜ん…」


悩む私を前に、シャツキフさんはキラキラした目で見つめてくる。

いや、そんな血塗れの顔で目を輝かされても、どう反応すればいいのか…




「私達の馬車、三人になると結構窮屈ですよ?」


「ああ、それなら問題無いよ。私が自分で作るから♪」




「…はい?」


え?何ですって?



「私がさ、ささっと馬と馬車の彫像作れば、本物と同じように動かせるから♪

何なら、君達の馬車を四頭立ての超豪華な馬車にしてあげよっか?」





…何ですと?



「他にも、色んな雑用を私の作品に手伝わせる事も出来るよ♪

結構役に立てると思うけど…。」


私はシャツキフさんの手を取り握り締め、彼女の目を真っ直ぐに見据えながら言った。



「私は、貴女のような人をずっと求めていました。もうメッチャ歓迎します。ええ、しますとも。」


「おいこら。」


コロちゃんに脇腹を小突かれるけど、そのコロちゃんも楽が出来ると知って少しニヤついている。

まあ、これだけのメリットを聞かされたら、乗らない手はないだろう。



「それじゃあ、取り敢えずは貴女の同行を許可します。

ただし、くれぐれも怪しい行動はしないで下さいね。

裏切りと見て取れるような事をし次第、それ相応の対応をさせて貰いますので。」


「うん、しないから大丈夫だよー♪

二人共これからよろしくね♪」




…本当に大丈夫かなぁ?

シャツキフさんの軽薄な態度を見てしまうと、どうも不安が拭い難い。



かくして、私とコロちゃんの二人旅に突然加わった旅の道連れ、芸術の達人シャツキフさん。

今までで一番の死闘を繰り広げ、強力な敵だった彼女だけど、昨日の敵は今日の友、という諺もある。(昨日どころか数分前の敵だけど)




「まあ、何とかなるでしょう。」


誰に聞こえるともなく、私は独り言ちる。














◆◆



早速帝都への旅を再開させたい訳だけども、シャツキフさんとの戦いで負った傷が多過ぎる。

シャツキフさんも脇腹に穴が空いてて重傷、殆ど動けない癖に何故かテンション高くて無駄に元気だ。


私も連戦に次ぐ連戦で、服も体も血塗れのボロボロで、流石に即旅立ちは無理がある。



という訳で、今日はどこでも事務所を使ってアカシさんの事務所に帰還し、少し体を休める事にした。





「やあ、アカシ君久し振り♪」


「え?何でお前いんの?」


シャツキフさんの顔を見たアカシさんが、読んでいた本を床に落としつつ露骨に嫌そうな顔をした。


「私さ、アディーナちゃんとコロちゃんの旅に着いていく事にしたから♪」


「は?何で?」


「2人が果てしなく芸術的だから♪」


「意味分からん。」


うん、確かにアカシさんのその意見には同感。


「アカシさんは、シャツキフさんと知り合いなんですか?」


「ああ、上司が同じ仲だな。」


「うん。帝国軍最高幹部、千両役者フルコースのセファイド大臣って人だね♪」




セファイド大臣。

帝国内外を問わず、かなりのビッグネームだ。

グラットン帝国の行政を司る重鎮にして、大臣。

メディアにもカリュウちゃん以上に露出してるし、知らない人はいない位の有名人だ。


「新進気鋭の若きイケメンカリスマ大臣として、よくテレビやラジオに出てたり、雑誌の取材とかも受けてますよね。

私のお母さんも、セファイド大臣を目にする度に鼻息荒くしてました。」


世の女性陣を虜にする甘いマスクに、深い見識、リーダーシップ、優しく紳士的な性格、頭脳明晰、非常に高い社会的地位、人脈、そして帝国長者番付で毎回最上位に食い込む程の財力。

まさに女性にモテる為に生まれて来たんじゃなかろうかというような、モテの要素を詰め込みまくったモテの怪物。


カリュウちゃん一筋な私には理解出来ないけど、一般的にはああいう人を好む女性が大半なんだろうな。




「イケメンカリスマ大臣だって?ハハっ、受ける!」


何故か、アカシさんが笑っている。

モテモテのイケメンに対するオッサンの嫉妬かと思ったけど、どうやら違うようだ。


シャツキフさんまで笑っている。



「何で笑ってるんですか?」


「…あぁ、あのテレビに出てるイケメンは、セファイド大臣の影武者だよ♪

全部裏で、本物の大臣に指示を与えられて動いてるだけ。

実際のセファイド大臣は、髭ぼうぼうのデカいお爺ちゃんだよ♪」


「え?えェッッ!?」


衝撃の真実。

まあ確かに、帝国の重鎮だし、影武者の一人や二人いても不思議じゃないけど。


グッズを買い漁って、部屋中偽者のセファイド大臣のポスターやブロマイドで溢れ返ったお母さんが知ったら、きっとショックで寝込んじゃうんじゃないか。


「あ、これ教えちゃいけないんだった。帝国のトップシークレットだし♪

ま、もう帝国軍辞めたから関係無いけど♪」


「えぇ…」


シャツキフさんはどうやら、口が軽い人のようだ。

この子の前で迂闊な発言は控えよう。



「まあでも、セファイド大臣には気を付けなよ♪

あの人、アディーナちゃんの事を狙ってるみたいだから♪」


「え?狙ってる?」


こう見えても賞金首だから帝国軍に狙われるのは道理だけど、でも遥か雲の上の人物である大臣から直々にターゲットにされるのは些か不自然だ。

いちいち私の相手をしている程、暇な人だとは思えない。

カリュウちゃんを通じて、私の事を知っているのか?


分からない事が多過ぎる。




「セファイド大臣、どうやらアディーナちゃんを強くしたがってるみたいだよ♪

それで、帝国まで導こうとしてる♪

実際、アディーナちゃんの家族の処刑を決定したのはカリュウ姫皇帝だけど、それを後押ししたのはセファイド大臣だもんねぇ♪

アカシ君や私をアディーナちゃんと戦わせて、成長を促したりもしてたし、策士だよねあの人♪」




え?何ですって?


それじゃあまるで…



「私、セファイド大臣の掌の上で踊らされてたんですか?」


私の旅立ちからこれまでの戦い、そしてこれからも、見ず知らずの大臣に全てコントロールされているとしたら。



「私、馬鹿みたいじゃないですか。」


「ア、アディーナ…」


コロちゃんが、心配して歩み寄ってくれる。


「ここからは私の推察になるけど、セファイド大臣は恐らくアディーナちゃんを成長させて、カリュウ姫皇帝と戦わせようとしてる♪

あの無敵の姫皇帝に対抗出来る人材を、今まで探してたんじゃないかな?」


そうだ、確かにシャツキフさんの言う通りだ。

それで、カリュウちゃんを皇帝の座から叩き落すのが目的だったとしたら。

今までの事象の辻褄が合う。



「で、アディーナちゃん。君にとってショックな真実を知っちゃった訳だけども♪

それでも、帝都への旅を続ける気はある?」


シャツキフさんにそう聞かれ、逡巡する様に考える。



「…わ、私は…」



考えはしたけど、既に私の気持ちは決まっていた。



⚪︎コロちゃんのメモ帳



シャツキフ・ラピルーク



グラットン帝国軍幹部、主役メインディッシュの一人にして、自身が作った芸術作品に仮初の生命を吹き込む『芸術の達人』ね。

私とアディーナの関係に興味を持ってついて来る事になったけど、どういう事なのかしらね。

彼女が手掛ける作品はどれも高価だから、今回色々壊したり燃やしたり濡らしたりして、後で弁償しろとか言われないかしら?不安。





◆◆

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