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#29、愛する女の為なら




「はい、斬るよー♪」


わざわざ宣言しながら、シャツキフさんは斬撃を絶え間無く飛ばしてくる。

しかも、味方である作品達に当たらないよう、絶妙な角度から立ち回りつつ、粘土剣を振るっている。


斬撃を真空の刃と化して遠距離の敵を斬り刻むあの剣技、並大抵の技量ではない。

どうやら、得意なのは芸術だけではないようだ。




「私はねぇ、芸術と出会うまでは剣術の天才って呼ばれてたからねぇ♪」


「多才ですね、羨ましい限りです。」


正直、喋ってる余裕も無い程に防戦一方だ。

コロちゃんも何とか抵抗してるみたいだけど、このままじゃ明らかにジリ貧。こっちが力尽きるのは時間の問題。


だからまた、策を一つ考える必要があった。



「コロちゃん。」


「ん?」


私はコロちゃんと背中合わせになりながら、敵に聞かれないよう簡潔に説明する。


「私が次にコロちゃんの名を叫んだら、あそこの黄色い棚まで全力で走って下さい。」


「え?うん、分かった。」


いまいち要領を得ないといったような表情をしているコロちゃんだけど、私の事を信じて了解してくれた。

この信頼には、結果をもって応えなければ。


私は絶好のタイミングを待った。

一刻の猶予も無い現状、限界ギリギリの綱渡りだった。

だいぶ数を減らしたとは言え、未だに数の暴力を振るえる彫像の猛攻、シャツキフさんの遠距離斬撃。

それらのダブルパンチを、生傷を増やしながらも耐えていく。




そして、その時は来た。



「コロちゃんッ!今です!」


「ッッ!!」


私の声に反応したコロちゃんは、返事をするでもなく私の指示通りの場所へ駆け出す。

それと同時に、私も割り箸を構えた。



「『割り箸殺法・男郎花おとこえし』」



構えからの、跳躍。

その刹那、私に立ち位置を誘導され、一塊に集まった彫像達を俯瞰する。


狙いはそこではなく、そいつらの足元だ。

シャツキフさんの斬撃によって幾つもの切れ込みが入った床に、私の割り箸の斬撃が無数に叩き込まれたのだ。



「まさかッ!?」


驚くシャツキフさん。その顔が見たかった。

ダメージが限界に達したアトリエの床はついに崩壊し、彫像達諸共に下の階へと轟音と共に墜落する。


コロちゃんは私に言われた安全地帯へ避難し、難を逃れていた。


私はそのままシャツキフさんの目の前に着地し、彼女と対峙する。



「凄いねー♪今の奇策で殆どやられちゃったよー♪」


「ええ、ようやく一対一になれましたね。」


台詞だけ見ると余裕そうだけど、実際の所は息も上がっていて、全身傷だらけで血塗れだ。

こんな状態で主役メインディッシュの一角と戦うなんてあまりにも無謀でクレイジー過ぎるけど、今はやらねばならないのだ。

どんなにイカれていようと、今がやらなければならない時なのだ。


「ムッフフ、でもそんなボロボロでどうするの?私の楽勝だよ♪」


「それは、やってみないと分からないでしょう!」


私は勢いよく踏み込み、並みの達人では反応出来ない程の速度で、シャツキフさんの懐に飛び込む。

だけど当然、相手は並みの達人ではない。それ以上の格上の存在なのだ。



「分かるよ♪『海色の盾(ブループルーフ)』」


私の決死の攻撃を防いだのは、貝殻を繋ぎ合わせて作られた、盾のような物体だった。

それがシャツキフさんの前に出現し、割り箸の斬撃を吸収されてしまう。



「ッ!貝殻如き!」


「『海鳴り』」


突然、私の全身を衝撃が襲い、数メートル後方へ吹き飛ばされる。

原因は、恐らくあの貝殻の盾。あれからカウンターめいた衝撃波が発せられたのだ。


しかも、何故か磯臭い。



「いいでしょー、貝殻アート♪」


「ええ、随分とお洒落なアートで。

私にはそういうセンスが無いってよく言われるんで、見習いたいですよ。」


「でしょでしょー♪ムフフフ、君は分かってるねー♪」


半分皮肉のつもりで言ったのに、普通に喜ばれてしまった。





「ウッ!?」


「コロちゃん!?」


後方で私とシャツキフさんの戦いを見守っていたコロちゃんが、突如として自らの身体を抱き締めるように、苦悶の表情を浮かべた。



まさか…ッ!?



「おやおや、毒の効果が早くも現れ始めたみたいだね♪

もしかしてあの子、薬とか効きやすいタイプ?」


「馬鹿な!毒が回るまでまだ充分な時間が有るはずです!」


「いやでもさ、効き目なんて結局、個人差ってのがあるからねぇ♪

あれ、メイズ君はその辺の説明はしてなかったんだ?」


個人差なんて、そんなアホな。



「…ヤバい、アディーナ。

…今、メチャクチャ服を脱ぎたい…ッ!

服を脱いで、裸になって…!


…そして、ガイラの街とかの人の往来がある場所で、小一時間程の盆踊りをしたいッ!」


コロちゃんの両手が、服を捲り上げる寸前の状態で、必死に堪えている。

このままじゃ、コロちゃんの社会的地位が著しく損なわれてしまう!

というか、そんな事したら普通に逮捕されてしまう。


それだけは、絶対に避けなければ!


「どうする?もうあまり時間は残されてないみたいだけど♪」


「それまでに、貴女から解毒剤を奪えばいいだけです。」


簡単な理屈だ。それさえ成功すれば、別にシャツキフさんをマトモに相手する必要は無い。

解毒剤を隠してある、あのシルクハットさえ手に入れれば、それだけで問題は解決するのだ。



「だからさ、そんな簡単に出来る訳ないで、しょッ♪」


シャツキフさんが、私目掛けて粘土の剣を投げ付けてくる。

弾丸のような速度の飛刀だけど、この程度の攻撃なら私にとって躱すのは容易だ。


「『土蜘蛛』」


この程度の攻撃で済む訳がないと、油断しなかったのは正解だった。

回避した私の横を通過する寸前、粘土剣は空中で捏ねられたようにグネグネと姿を変え、サッカーボール程の大きさの蜘蛛の形になり、茶色い糸を吐いてきたのだ。


「むぅッ!」


私は新しい割り箸を割り、その衝撃波で蜘蛛の糸を吹き飛ばし、飛び掛かって来た蜘蛛を斬り刻む。

こんな芸当も出来るなんて、粘土剣に注意していなければ危なかった。



「たーのしーたーのしい♪お絵描きターイムー♪」


シャツキフさんが鼻歌混じりに絵筆型ステッキを手に取り、シルクハットのツバの裏部分にステッキの先端を当てている。

最初は何してるんだと思ったけど、すぐに理由が分かった。

あのシルクハット、どういう原理か分からないけど、ツバの裏にゲル状の絵の具が重力に逆らうように付着している。

それを絵筆の毛に染み込ませているのだ。


シルクハットがパレット代わりになるなんて、面白い発想だなぁ。

なんて、呑気な事を考えている余裕は無い。



「『超速画ソニックドロウ』」


シャツキフさんがサッと絵筆ステッキで床を撫でる。

たったそれだけの些細な動作一つで、床にはリアルなタッチの大蛇が描かれている。


「いや描くの早過ぎませんか!?」


「そりゃあ芸術の達人だからねー♪」


彼女が描いたという事は当然、実体化して襲って来る。

蛇の魔害獣なら、最近戦ったばかりだ。楽勝。

倒すのは簡単だったけど、今度は蛇と戦ってる最中に空中に描かれた蝙蝠の絵が、群れを為して飛来して来た。


こんな高速で作品を量産出来るのなら、実質敵の兵力は無限に等しい。

この事実は、私達にとって相当に絶望的な事実だ。



「アディーナ、危ないッ!」


私が蝙蝠の群れを相手している最中、私の背後を狙っていた蝙蝠の一匹を、コロちゃんが手槍で刺し貫いた。



「コロちゃんッ!?

そ、その格好はッ!?」


私は、驚愕に目を見開いた。

シャツキフさんも、少々呆気にとられたような顔を見せている。



それもその筈、今のコロちゃんは下着姿だからだ。



「服脱いで下着だけになったら、いくらか症状が楽になったの。

それだけだから!他意は無いから!」


必死にそう訴えるコロちゃん。

まあ、コロちゃんに露出癖があるとは思ってないから、そこは安心して欲しい。



「アディーナ、露払いはアタシに任せて!アンタはシャツキフとの戦いに専念して!」


「…で、でも、コロちゃんじゃ…」


「クローンだからってアタシを舐めないでよね!

これでも、害悪指数1000越えの魔害獣を倒した女なんだから!」


ああ、もしかしてあのゲルゲイザーを倒した時の事か。

でもあれは、偶然たまたま運良くコロちゃんがトドメを刺しただけで、厳密には倒したとは…


「迷ってる暇があるなら行って!アタシは大丈夫だから!」


「は、はい!」


コロちゃんの勢いに圧され、私は後ろを振り向かずにシャツキフさん目掛けて駆け出す!



「お、凄いねやる気だねー♪後顧の憂いは無いのかなー?」


「コロちゃんならきっと大丈夫ですッ!」


私の割り箸と、シャツキフさんの絵筆ステッキが、真正面からぶつかり合う!

短い鍔迫り合いから、お互いに衝撃で弾かれ、後退する。


シャツキフさんとの力比べはほぼ互角だった。



「あの子、コロちゃんってさー、アディーナちゃんに随分お熱なんだねぇ♪」


「え、こんな時にいきなり恋バナですか?

まあ、私も一介の女子である以上、恋バナは嫌いではありませんが、コロちゃん本人が目と鼻の先にいる以上、ちょっと遠慮したいですね。」


「んー、その台詞からして、好意を抱かれてる自覚はあるんだね♪

それも多分叶わない恋だ。可哀想♪」


「……。」


突然振られた恋バナ。

そして、核心を突くような一言。


シャツキフさんは相変わらずの笑顔だけど、今はそこに好奇心も上塗りされている。


「で、いきなりこんな恋バナ始めて、何が目的なんですか?」


「目的?ムフフ、そんなん特に無いけど、少しだけ気になっちゃったんだよね♪

君達2人が、妙に絵になるからさ♪」




「……はい?」


言っている意味が分からなかった。


「ま、私の芸術観なんて置いといてさ、戦おうよホラホラ♪

そうすれば、また違った角度で君達を見れるかもしれない♪」


いや、だから意味分かんないんですけどとか考えていたら、再び絵筆ステッキで床をカンバス代わりに絵を描き始めた。

これはマズい!


「じゃんじゃん行くよー♪」


鋭利な爪のモグラ、悪魔みたいに禍々しい見た目のツノを持つサイ、何でも噛み砕けそうな鋼鉄の犬歯の狼、その他諸々部分的に凶悪な外見を持つ動物達の絵が、次々と襲い掛かって来る。



「邪魔です。獣如きで私を止められる筈ないでしょう!」


私は、半分ヤケクソで動物の群れに突っ込み、力づくでなぎ倒していく。

進路上、邪魔な敵だけを迅速に倒して、シャツキフさんへの直通の道を強引に切り開いた。


「『割り箸殺法・藪柑子やぶこうじ』」


敵の群れを駆け抜け、シャツキフさん目掛けて割り箸を突き刺す。

頑丈な極地カブトムシの装甲をも貫通する一撃が、絵筆ステッキの柄の部分とぶつかり合う。



「ぐ、うぅぅ…ッ!」


受け止めるシャツキフさんは苦悶の表情を浮かべながら防御するも、鋭さを高めた私の割り箸の方が一枚上手だった。

絵筆ステッキは耐久力の限界を迎えてへし折れ、割り箸の先端がシャツキフさんの脇腹に突き刺さった。


「がふッ!?」


シャツキフさんの脇腹と口から、鮮血が溢れる。

しかし、彼女の口元は歪むような笑みを浮かべていた。


「…フフ、ムフフ、まさか…ここまでやる…なんてねぇ♪

でもこれで、〝あの技〟を使う条件が整ったよ…♪」


シャツキフさんは、割り箸を握っている私の右手首を掴む。

その力は手負いとは思えない程強く、簡単には振り解く事が出来ない。


「…勝負は着きました。これ以上何をするつもりですか!」


シャツキフさんは答えず、自身の服の袖裏に隠していた真っ黒な絵筆を取り出し、物凄い速さで〝何か〟を空中に描いた。




「『死神の足音(デッドウィスパー)』」



初めに出てきたのは、漆黒の闇がそのまま形を為したかのような、真っ黒な鎖だった。

何も無い空間から出てきた四本の黒い鎖は、私の四肢に絡み付き、動きを封じられる。


その次に出て来たのは、シャツキフさんの身長の倍はあろうかという巨躯の死神。


そう、死神としか形容の仕方が見付からない、ボロボロの黒衣に身を包んだ骸骨が、シャツキフさんの背後に出現したのだ。

骨身の両手には巨躯に見合った大きな鎌が握られ、その切っ先はゆっくりと私に向かってきている。


「この死神の鎌は、動きは遅いし当たっても怪我しないけど、触れた瞬間全身の血液が腐って死ぬよ♪」


つまり、触れるのは厳禁らしい。

でも、避ける事も出来ない。万事休すか。


私は、生存の為の手段を探る為、脳味噌をフル回転させる。

その時だった。



「アディーナァァッ!!」


私の足元に、凶悪なツノの犀が吹っ飛んできた。

これはさっき、シャツキフさんが描いて誕生した獣。

そして、私の名前を叫び、犀を倒したコロちゃんが、こちらに向かって疾走して来る。


背後から聞こえてくるので視認は出来ないけど、多分そうだろう。



「そんな馬鹿な!強さを画一化されてるクローン兵が、私の作品を倒せる訳無いッ!

まさかエリート?いや、だとしてもッ!」


本日二度目となる、シャツキフさんの狼狽する姿を見る事が出来た。

無警戒だったコロちゃんの埒外な強さを目の当たりにして、目を見開き驚いていた。





「五月蝿いッ!画一化されていようがどうだろうがアタシはッ!

愛する女の為なら限界だって超えてやるぅぅァァッ!!」


渾身の叫びと共に飛び上がったコロちゃんは、手に持つ手槍を全力で振るい、恐怖の死神を薙ぎ払った。



⚪︎コロちゃんのメモ帳



メイズ


ただの変態野郎ね。


一応解説しとくと、帝国軍所属の『ストーキングの達人』ね。

何よりも女性のプライベートを覗くのが大好きな、最低な奴よ。

主役メインディッシュであるシャツキフ・ラピルークの部下で、彼女の命令でアタシ達のことをストーキングしてたのね。

シャツキフに対しては芸術家的な視点で尊敬してるらしく、彼女だけはストーキング対象外らしいわ。

一瞬マトモそうに思えるかもしれないけど、全然そんな事ないからね!ただの変態だから!

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