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#26、ラピルーク・アートミュージアム




グラットン帝国立、ラピルーク・アートミュージアム。


ウシール村の宿屋の主人に、マックス君を引き取りがてら話を聞いてみると、どうやら最近この近くに出来た美術館らしい。その名の通りだ。

ラピルークというのは現役の芸術家でもある館長の名前らしく、建物一つが丸々その人の個展になっているのだそう。


観光地としても人気で、ウシール村でも多くの住人が行った事があると言っていた。



「わざわざこんな所に呼び出してくるって事は……」


「百万パーセント、罠でしょうね。むしろ、罠じゃなかったらドン引きします。」


そこまで言い切れる程、どう考えても罠である。

でも、他にコロちゃんの毒を解毒する手段が見つからない以上、私達に選択肢は無い。



「行きましょう、コロちゃん。」


「…うん、ありがとう。」


マックス君を引き取り、私達2人は目的地へと向かった。















◆◆



グラットン帝国内、某所。



「ホッホホホホ、成る程、彼女はそこまで成長しましたか。」


薄暗く無機質なコンクリートの部屋に、一人の老人の笑い声が響いた。

その老人は、老人とは思えないような巨躯の持ち主で、普通の人間ならば真上まで見上げてしまう程。

白く長い髭と髪は、まるで滝のようにも見える。


「ええ、そうです。以前、貴方が仰っていた通り、自然の力とやらに覚醒した模様です。」


老人の手元の通信端末から、淡々と報告をする声が聞こえる。

この部屋は外界とは隔絶されており、この通信機器以外は、一切の通信が遮断されているのだ。


「ホッホホ、まずは一段階強くなってくれたようで重畳。」


「それと、指示通りに〝美術館〟へ誘い出すのも成功しました。」


「そうですか、ご苦労様です。

君の今年のボーナス査定では、少し色を付けときましょう。」


「ありがとうございます。」


「それにしても、ホッホッホ、彼女の目に余る成長スピードは、実際驚異的。

やはり、〝主役メインディッシュ〟と当たらせるには、ちょうど良い時期ですかな。」


「ええ、得策かと思います。」


老翁は笑う。

髭を、髪を揺らし、これから起こるであろう出来事を、心底楽しみにするように。















◆◆



「…デカい。」


「…デカいわね。」


ウシール村からマックス君を走らせ、辿り着いたのは大きな城のような建物だった。

ガイラの街のシエルさんの住んでた館を何倍も大きくしたような、立派で豪奢なお城だ。

今、私達が立っているのは庭園の入り口だけど、その庭園もかなり広い。

背の高い生垣や、数々の彫刻作品が立ち並び、庭園の入り口から城に向けて、幾何学模様のタイルが道となって続いている。


庭園の入り口から城まで結構距離はあるけど、それでもはっきりと分かるくらいに城がデカい。

こんな馬鹿デカい建物が、田舎道を走ってたら急に出現するのだから、流石にビックリもする。


宿屋の主人は人気の観光地と言っていたけど、人の気配はまるで感じない。

恐らく、私達の為に人払いしてあるのだろう。


「こんな立派な美術館を貸し切りにさせてくれるなんて、帝国も随分と太っ腹ですね。」


「うん、あの作品とか、結構アタシの好みかも。」


コロちゃんに毒を注入した憎き敵とは言え、芸術のセンスは素人の私が見ても舌を巻くような作品ばかりだった。

私とコロちゃんは周囲を警戒しながらも、作品を鑑賞しながら先へ進んで行く。


緊張感無いなぁと思われるかもしれないけど、こんな状況でゆっくり観光している理由は二つ。

一つは、折角の機会なので見ていかないと損だという事、二つ目は…



「そこッ!」


「ぬあッ!?」


私が投げた割り箸が、生垣の上に居た〝何か〟に命中した。

そう、二つ目の理由は、こうやって女子をストーキングしてる不埒者を油断させる為だ。


何も無かった筈の空間から男の声が聞こえ、バチバチと電気的な音を出しながら、正体不明の敵が姿を現した。



「クフフフ、やってくれたな。

姿を晒すのは久し振りだ。実に久し振りだ。」


姿が明瞭になったその男は、ナナフシのように高身長にして、四肢が細長く、目には暗視ゴーグルのような物を装着している。

頭には灰色の軍帽を被り、同じ色の軍服めいた感じの服も着ている。


「貴方、透明になってましたね。そのバチバチいってる服のお陰ですか?」


「ああそうさ、衝撃に弱いから、今のでちっと故障したがな。

クフフフ、ランカーシス技研の最新鋭の科学技術を結集して作られた、光学迷彩軍服さ。」


つまり、着るだけで透明になれる服という訳か。

原理はよく分からないけど、とにかく凄い技術が使われているんだろう。


「貴方、ガイラの街からずっと私達の事を尾行してましたよね?」


「クッフフ、やっぱり気付いていたか。

俺の名は、メイズ!三度の飯より女子をストーキングするのが好きな『ストーキングの達人』!

俺の手に掛かれば最後、お前らの日常でのあられも無い姿を、永遠に追いかけ続けてやるぜぇ。クフフフフフ!」







変態だ。


またもや変態だ。


帝国軍には変態が多過ぎる。もうやだ。



「キモい、最低。」


「クッフフ、褒め言葉。」


コロちゃんに罵倒されて、喜んでいる。

真正の変態だ。


「一応言っておくと、さっきお前に吹き矢を撃ったのはこの俺だ。

解毒剤は、あの美術館の中にいる、俺の上官が持っているぞ。」


「そうですか。なら、さっさと貴方を倒して美術館に向かうまでです。」


私が割り箸を手に取り戦闘体勢に移ると、メイズとかいう変態が胸ポケットから紙のような物を取り出した。


「クフフ、アディーナ・ユア。光学迷彩軍服が故障中の俺が、正面からお前と戦っても勝ち目は薄い。

だから、こんなのを用意させて貰ったぜ。」


「何ですかそ……れ……?」



私は、我が目を疑った。



メイズが手にしていたのは、一枚の写真だった。

しかもそれは、私がガイラの街の宿屋で着替えている最中の、下着姿の写真だった。



「最ッ低ッ!何なんですか貴方はッ!一体いつの間に!?」


「クフフフ、重要なのはそこじゃないだろぉ。

お前が俺に少しでも危害を加えたら、お前の手配書の写真をこれにしてやるよ。クッフフフ!」


な、何という卑劣な悪漢。

歯ブラシペロペロの達人よりも酷い、悪質で醜悪な悪逆非道の権化だ。


そして、この最低最悪な外道を今すぐにでも抹消しないと、私は一生帝国中の晒し者になってしまう。


「クフフ、お前普段裸族なんだから、別に下着姿位晒されても大丈夫だろ?」


「それとこれとは話が違います!」


私がプライベートだと裸族なのも知られている。最悪だこのストーカー。



「アンタ、卑怯よ!

今すぐその写真をアタシに寄越しなさい!」


コロちゃんが、必死になってそう怒鳴っている。

私の為に、本気になって怒ってくれるコロちゃんに、感動しかけるが…



「他の写真も、片っ端から全部出すのよ!

アタシが全部管理するから、アタシにすぐに渡しなさいッ!」


鼻息荒く興奮しながら写真の提出を訴えるコロちゃんの目は、怖かった。

どうやら、私欲のようだ。残念でならない。



「ま、とにかく解毒剤とこの写真を手に入れたかったら、ラピルーク・アートミュージアム本館へ来るんだな。

先に言っておくが、そこで待ち受けている俺の上官は、帝国軍幹部である主役メインディッシュの1人だ。

ここまで快進撃を続けた流石のお前も、命運尽きたかもな。クッフフ。」


主役メインディッシュ、アカシさんがその候補だった、帝国軍の幹部。

今まで戦ってきた達人とは別格と考えていい、怪物達に与えられた称号。

私の額を、汗が一筋垂れるのを感じる。




「馬鹿ね、アンタ。ウチのアディーナが、その程度でやられる訳ないでしょ。

この子は、カリュウ姫皇帝を目指してるんだから。」


「クッフフフ、夢物語。」


「やってみないと分からないでしょう。」


今度こそちゃんと味方してくれたコロちゃんに感動。

私の実力を信頼してくれているのか、その表情は余裕そうだ。

毒によって自分の命が危険に晒されているというのに、無性に心強く思える。


うん、コロちゃんがこんなに強気なのに、私が弱気になってちゃ駄目だ。



「いや、分からないとかじゃなくて、必ず成し遂げますので。」


「クフフフ、なら本館で待ってるぜ。」


メイズは、驚くべき瞬発力で生垣を飛び渡り、巨城へと向かって行った。

やはりあそこが本館らしい。



「行きましょう、コロちゃん。

むしろここで主役メインディッシュを倒せれば、私の実力が着実に上がっている事の証明になります。」


「お、随分と強気ね。」


「誰かさんのが移ったんです。」


「フフフ、期待してるから。」


私は踏み締める、茨の道を。

でも、不思議と恐怖は感じない。

頼れるパートナーが、隣に居てくれるから、かな。














◆◆



「ほへぇ、凄いですねぇ。」


「うん、確かに。

外観から色々と想像はしてたけど、はっきり言って想像以上ね。」


凄すぎて、変な声が出た。

何がそんなに凄いのかって、例の美術館の中そのものである。


広大な玄関ホールに、派手な装飾品が無数に飾り付けられ、所々にこの城の主であろう人物の作品が展示されている。



「…凄い。アタシ、美術館なんて初めてだけど、どの作品も身惚れちゃうわね。」


確かに、まだ美術館の入り口なのに、もう既にえらく感動させられている。

どの絵画も彫刻もオブジェも、一つ一つに魂が籠もっているようにも見える程、クオリティが非常に高い。

これだけ大規模な個展を開ける程、芸術家としてのレベルは高いようだ。

敵ながら、天晴れ。



「この、物憂げな男性を描いた作品、タイトルは『遺孼いげつ』、ですか。

表情や肌、服の質感なんかも繊細に描かれてて、月並みな感想ですが素晴らしい作品です。」


私は、壁に掛けられた絵画のキャプションを読みながら、素直に感心する。


「こっちは、『牧場と村』ですって。

ウシール村の景色を描いた風景画みたいね。」


私とコロちゃんは、玄関ホール内に展示された作品を順番に見ている。

決して当初の目的を忘れた訳ではない。

これは、敵を油断させる為の罠なのだ。うん、そうだ。


警備兵みたいなのは居ないようだけど、不可視の敵がいる以上気を抜けない。



「メイズさん、見ているんでしょう?

こそこそ隠れてないで、素直に出てきたらどうですか?」



「クッフフフ、当然見ているさ。

光学迷彩軍服が直ったからな、姿は見せらんないけどよ。クフフフ。」


「そこです。」


「グフッ!?」


私は、無造作に割り箸を投げつける。

投げつけられた割り箸は何も無いように見える空間に直撃し、不可視の存在を可視化させた。


天井に張り付いていたメイズの肩に割り箸が突き刺さり、床へと撃ち落としたのだ。



「お、お前ぇ、何故俺の居場所が分かったぁ?」


「声のした方に攻撃しただけですよ。

貴方みたいな透明人間を攻略する時の、王道パターンです。

まさか、あんな簡単に引っ掛かるとは思いませんでしたが。」


「くそぉォォ!」


肩の割り箸を抜き取り、見苦しくも痛みに悶絶し続けるメイズ。

普段からずっとステルスしていて実戦経験に乏しいからなのか、痛みに耐性が無いようだ。情けない。

折角直った光学迷彩軍服も、肩口部分に穴を開けられた所為で再び故障している。耐久面に問題があるんじゃなかろうか。




「こ、こうなったら、お前の下着姿の写真を、明日の朝刊に一面で…!」

「見苦しいって、メイズ君。君にそんな権力は無いでしょ♪」


高く透き通るような声が響き、五月蝿かったメイズが途端に静かになる。

彼の視線は玄関ホールの奥、上階へ続く巨大な階段に注がれていた。

声が聞こえたのも、そこからだ。


「そもそも、私の部下である君にそんな下劣な事をされたら、私含め、この美術館の品位が下がってしまう♪

それは、どう考えても駄目でしょ♪」


黒いエナメルシューズが大理石の階段を踏みしめる音が、戛然かつぜんと玄関ホールに響き渡る。

ゆっくりと階段を降りて来たのは、私とコロちゃんが一瞬とはいえ、つい息を呑んで見惚れてしまう程、あまりにも秀麗な美少女だった。


金糸のように光の粒でも纏っているかのような金色の長髪、色とりどりの花々を贅沢に飾り付けた黒いシルクハット、黒と白を基調としたデザインの燕尾服は胸元を若干開いて着崩しており、その下はミニスカート、白黒の縞模様のニーソックスを履いており、手には絵筆型のステッキが握られている。


年齢は私達と大差無いように見えるけど、まるで異次元クラスの美貌の持ち主だ。



「どうも初めまして、アディーナちゃんにコロちゃん♪

噂は予々《かねがね》、聞いているよ♪

私はグラットン帝国幹部、主役メインディッシュの一角にして、稀代の天才芸術家、シャツキフ・ラピルーク♪

人は私をこう呼ぶ、『芸術の達人』と♪」


軽快なステップを踏みながら、歌うように自己紹介する笑顔の眩しい美少女は、紳士めかしてシルクハットを手に取り、慇懃な態度で深々とお辞儀をした。



⚪︎コロちゃんのメモ帳



エクレールスネイク



害悪指数1820KC。

体中から電気を放出して攻撃する、巨大な蛇の魔害獣ね。

ゴブリンには、特定の魔害獣と同調し、使役出来る能力があるらしくて、私達が出会ったエクレールスネイクはゴブロスさんに使役されてて、ゴブリンの森を常に守っているわ。

なまじ体が大きい所為か、よくゴブリンの森の園児達の遊び相手にされてる事が多いらしいわよ。

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