#25、割り箸の極意
割り箸の達人としての、更なる高み。
そこに到達するのに必要な、摘みの極意。
……そう言えば、師匠から前に聞いた事がある。
今でこそ割り箸は、食事の際に使うだけの使い捨ての木製の箸だけど、本来の用途は自然の中での戦闘に使う立派な武器だったと言う。
古来、この世界の何処かに存在していた戦闘部族ワ・リベィシの若者が、森の中で凶悪な魔害獣に襲われ持っていた武器を破壊された際に、その辺に落ちていた木の枝をチョップで真っ二つに割り、二刀流の刀みたいに扱って魔害獣を撃退したという逸話が存在する。
その後、若者は生涯をかけて割り箸殺法の原型となる技の数々を編み出し、遂にはその部族の名称が訛り、〝割り箸〟という名前になったのだそうだ。
ちなみに、箸を表すチョップスティックという言葉も、チョップで木の枝を割った事からきている。
(何の変哲も無いただの木の枝を、無双の武器へと変える割り箸殺法始祖の技。
それはつまり、自然に存在する物こそが、無限の可能性を秘めているという事のメッセージに他ならない。
だからこそ、割り箸の最も自然な使い方、〝摘む〟という動作こそに真理が存在する…!)
その瞬間、私は意識の中の世界で、フワリと宙に浮かんだ。
それだけ、体が軽くなった気がしたのだ。
気付いたら、イマジナリー師匠に渡された小皿の小豆を、全てもう一つの小皿に移し終えていた。
記録は、1秒。上出来だ。
今なら、ミジンコですら傷一つ付けずに摘めそうだ。いや、絶対に摘める自信がある。
「アディーナ。」
「はい、師匠。」
「決して慢心するな。割り箸の極意は、自然そのものにこそある。
自然への感謝を怠り、己の力に酔う者には、割り箸を使う資格など無い。」
「心得ています。師匠の教えは、守ってみせます。」
「よし、なら行ってこいッ!」
師匠に背中を押され、私の視界は再びブラックアウトする。
明るくなった時には、私は無意識のうちに背後の何かを見もせずに摘んでいた。
「……は?はァァァァッ!?」
ストロング・タニの驚く声が聞こえる。
どうやら私が摘んでいたのは、彼の武器である針魔王のトゲだったようだ。
割り箸に伝わる超振動がドリルの回転を相殺し、見事に動きを止めている。
ストロング・タニ自身の回転も連動して止まり、空中に突撃姿勢のまま静止している。
そのまま私は、ストロング・タニに一瞥もくれずに、流れるような動きで地面に叩きつける。
「ぐはッ!」
「パパァ!?」
息子ラッシーが悲鳴のような声を上げ、コロちゃんはゴクリと唾を飲んでいる。
きっと今の私は、いつもの私とはまるで雰囲気が違うのだろう。
これこそが、割り箸の極意。
これこそが、究極の自然体。
「おんどれェ、舐めやがってゴラァ!もう手加減無しだ!」
ストロング・タニはより強く踏み込み、先程よりも更に回転数の多いドリル回転を決め、暗黒フードプロセッサーの如く正面から飛び掛かってくる。
直撃すれば当然、私の肉体はゴアなミンチと化すだろう。
まあ、そんなの有り得ないけど。
「『割り箸殺法・山荷葉』」
ドリルの回転数を多少底上げしただけでは、私の割り箸を破るなんて不可能だ。
それに合わせて此方も割り箸の振動数を増やし、同じように相殺すれば良いだけの事。
ストロング・タニの渾身の一撃は、私の割り箸に容易に摘まれ妨害される。
「グッ!ぐオォォォォォッッ!!」
ストロング・タニが力む。
全身を捻り、針魔王のドリル回転を全開にするも、それを摘む私の割り箸はビクともしない。
これこそが、割り箸の生み出す大いなる自然の力なのだ。
「もう貴方の負けです。
諦めて、帝国に今までの悪事を自白して下さい。」
「…ふ、ふざけんなコラァァァ!!
割り箸ィィ、割り箸があァァァ!!」
ま、そんなあっさり退くようじゃ、元裏世界の大物の名が廃るか。どれ程有名人だったか知らないけど。
だったらここは一つ、キツめのお灸でも据えとくか。
「歯ぁ、食いしばって下さい。」
「は!?歯ぁ?」
私はストロング・タニを摘んだまま、無残に荒らされ隆起した園庭の地面を足場にジャンプし、割り箸を持つ右手を思い切り振るった。
鼻水を垂らしたままの彼の息子目掛けて。
「うおォォォォォ!!」
「パパァァァァ!?」
豪快な音と土煙を上げて、直撃。
地面に着地した私は、倒れている親子の元へ歩いて行く。出来るだけ威圧的に。
「ぐぅ、くそがァ…」
気絶している息子とは別に、何とか起き上がろうとするストロング・タニに、割り箸を突き付ける。
「ぬゥッ!?」
「貴方じゃ何回やっても、私には勝てません。
今すぐこの保育園の庭や遊具、馬車など、貴方が破壊した物の修繕費、ゴブロスさん達への慰謝料、私とコロちゃんへの迷惑料、きっちり耳を揃えて払って下さい。
そうすれば、帝国に通報するのだけは見逃してあげますが?」
「ふっざけんなコラ!どさくさに紛れて変な金を要求すんじゃ…」
「要求を呑めないのなら、このまま貴方の事務所で適当な悪事の証拠を手に入れて、適当な帝国軍の人に匿名でチクりますが?」
「ぐぅ…!」
しばしの沈黙の後、とうとうストロング・タニは折れた。
大の字になって倒れ、燃え尽きたアスリートの如く天を仰ぎ見る男の姿は、この騒動の終結を意味していた。
◆◆
「クフフ、クフフフ…」
ゴブリンの森付近、背の高い木のてっぺんから、奇妙な薄ら笑いが聞こえる。
声の主は、恐らく人間。
何故〝恐らく〟なのかと言うと、その姿がハッキリと見えないからだ。
パッと見は何も存在しないように見えるが、目を凝らすと人の形に空間が歪んで見える。
それが、器用に木にしがみつきながら、ゴブリンの森で起きた一連の出来事を監視していたのだ。
透明人間は、上機嫌に笑い続ける。
「クッフフフ、まさかこれ程早く奴が成長するとは、あの人の言う事は正しかったと言うべきか。
クフフ、もうそろそろ頃合いだなぁ。あぁ、ちょうどいいタイミングかもしれない。」
◆◆
事後処理は、スムーズに済んだ。
激闘の後、ボロボロになったストロング・タニとラッシー親子を引き連れ、ゴブロスさん同行のもとウシール村へと引き返し、ストロング・タニの事務所から大量の金を毟り取った。
修繕費や慰謝料を差し引いてもなお余る程の大金を受け取ったゴブロスさんは、流石にこんなには受け取れないと遠慮していたけど、子供達の為に使って欲しいと説得し、取り敢えず受け取ってくれた。
私とコロちゃんも、騒音や脅迫、暴行など適当な罪状を適当に挙げていき、適当に金を搾り取った。
それだけ好き放題されても、目の前で歯軋りしている親子は私達に逆らう事は出来ない。
理由は簡単、私とコロちゃん、そしてゴブロスさんが、この事務所を隅々までガサ入れし、違法取り引きやマネーロンダリングなどなど、数多くの悪事の証拠を手に入れたからだ。
これがある限り、この親子はゴブリンの森に手出し出来ないし、これ以上悪事に手を染める事も出来ないだろう。
そうしないように、念入りに脅しといた。
「そう言えば、そもそも何でこの親子はゴブリンの森を立ち退かせようと思ってたんですかね?」
「ゴブリンの森があるあの森は、この辺りでも標高が高く、避暑地に最適なんです。
ですから、あの一帯の土地を全て買い取って、別荘地として売り出そうとしていたとか。
その為には、我々が邪魔だったそうです。」
成る程、そんな事情があった訳か。
「あの森は、私の生まれた土地なのです。
エクレールスネイクが守ってくれますし、ゴブリンが人里に近付いて村の皆さんに迷惑が掛かったら困りますので、あの森に保育園を建てたのです。」
確かに、事情を知ってるウシール村の人はともかく、何も知らない旅の人なんかがゴブリンを見たら、穏やかな事にはならないだろう。
「私は今まで、ゴブリンの森を守る為に必死でした。
その為に意固地になり、変化を恐れていたのかもしれません。」
ゴブロスさんは歩き、ストロング・タニの前で立ち止まった。
「ストロング・タニさん。もし良かったら、あの森を別荘地として開発して下さい。
勿論、保育園はそのままで。」
「……何?いいのか?」
「ええ、別荘地なら自然破壊も殆ど必要とはしないでしょうし、お世話になっているウシール村の商店街も少しは活気付くでしょうから。
ただし、今度は合法的に頼みますよ。」
どうやら、両者共に納得出来そうな落とし所を見つけてくれたようだ。
ストロング・タニは苦虫を噛み潰したような顔を見せたものの、結局は了承してくれた。
あれだけ脅しておけば、もう下手な真似は出来ないだろう。
◆◆
「色々あったけど、丸く収まって良かったわね、アディーナ。」
「そうですね。何か、良い事をした気分です。」
清々しい気分でストロング・タニの事務所を出た私とコロちゃんは、先日泊まった宿屋に向かって歩いていた。
ゴブリンの森からウシール村に戻る際に、連れて来たマックス君を預けていたのだ。
ゴブロスさんが顔を見せたら、宿屋の主人はマックス君を預かる事を快諾してくれた。
ひとえに、ゴブロスさんの人徳の為せる業なのだろう。
騒動もめでたしめでたしな結末を迎え、一仕事終えて体を伸ばしていた。
そう、この時の私は、本当に油断していた。
何処からか、小さな敵意を感じた。
「……ッ!?」
「うっ!」
息を吹くような微かな音に私が反応した時には、もう手遅れだった。
コロちゃんが首筋を抑え、膝を突いて蹲っている。
「コロちゃんッ!」
急いで駆け寄り首筋を確認すると、小さな針のような物が刺さっている。
形状からして、恐らくは吹き矢だろう。
「コロちゃんッ!しっかりして下さい!コロちゃん!」
「…うぅ、大丈夫、ちょっと痛くてビックリしただけ。」
良かった、命に別状は無いみたいだ。
周囲の村人達が、何事かと集まって来る。
これはあまり良くない展開だ。村の中では付け髭で変装しているとは言え、衆目に晒され悪目立ちするのは好ましくない。
「あ、大丈夫。ちょっとした立ち眩みなので。心配しないで。」
コロちゃんが機転を効かし上手く誤魔化すと、村の人達はそそくさと散って行く。
田舎故に、事件にでも飢えていたのだろうか。
周囲を見渡し、襲撃して来た犯人を探すも、それらしき人影は影も形も無い。
どうやら、かなりのステルススキルの持ち主のようだ。
ここまで完璧に隠れられるのは、恐らく敵が何らかの〝達人〟だからだろう。
同じ達人である私に、ここまで気取られる事なく接近し、奇襲に成功した程の実力者だ。
「あ、あの〜?」
コロちゃんを一旦近くのベンチに座らせたら、村の住人らしき青年男性に声を掛けられた。
「…何ですか?」
「あ、えっと、お取り込み中でしたら申し訳ないんですけど、これを…」
警戒する私に男性は、遠慮がちに何かを手渡してきた。
突然何なんだろう、どうやら一般的な茶封筒のようだ。
封を切り、中の手紙を読んでみる。
『アディーナ・ユア、そしてコロちゃん。
先程、コロちゃんに刺さった吹き矢だが、あれには毒が塗られている。
遅効性なので、効き目が表れるまで丸一日掛かる。
はっきり言って、新開発されたかなり強力な毒だ。そこらの医者じゃ手も足も出ないだろう。
解毒剤が欲しければ、同封してあるもう一枚の紙に記されし場所へ来い。』
「何ですか、これ!
もしかして、貴方がコロちゃんを…!」
「ヒィ!何の事ッ!?
僕はただ、妙な格好をした男に声を掛けられて、君達にこの手紙を渡すよう頼まれただけなんだけど!」
「妙な男、ですって?」
状況から考えて、私達を襲った襲撃者と同一人物と見て間違いない。
「そうだよ!何の事かよく分かんないけど、僕には関係無いからねー!」
私が掴み掛かろうとした所為で男性はすっかり怖がってしまい、それだけ言い残して一目散に逃げ去ってしまった。
追い掛けても意味が無いし、それよりも今はコロちゃんの方が遥かに心配だ。
手紙の内容が事実ならば、タイムリミットは約24時間。
私は、同封されているもう一枚の紙を取り出した。
「何これ、チラシ?」
「ええ、そのようですね。
裏面に地図もあります。」
地図を確認すると、ここからそう遠くない距離だ。
馬車を走らせて、早くて2時間程で着くと思う。
それに、ちょうど帝国に向かう道の途上にある。
「コロちゃん、動けますか?」
「うん、大丈夫。今のところ、全然体に異常は無いわよ。」
「良かった。それじゃあ、行きますよ。」
「うん、分かった。」
私はコロちゃんをお姫様抱っこし、宿屋へ走る。
コロちゃんは赤面しながらも、小さな声で呟いた。
「アンタが守ってくれるなら、何も心配要らないわね。」
走り際、ポケットに捩じ込んだチラシには、大きな文字でこう書かれていた。
『グラットン帝国立ラピルーク・アートミュージアム』
⚪︎コロちゃんのメモ帳
ラッシー
変態ね、以上。
……一応解説しとくと、ウシール村の副監督官で、監督官であるストロング・タニの実の息子ね。
歯ブラシペロペロの達人とかいうふざけた達人で、女子の歯ブラシを舐め回す事で第六感が覚醒する、変態野郎よ。
弱点は男の歯ブラシを舐めさせるとショックで気絶するらしいんだけど、匂いで男女どちらが使用したのか判別出来るから、引っ掛かる事はほぼ無いみたい。キモい。
親子仲は結構良好らしいわ。




