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#22、言葉は要らないのかもしれない




「コロちゃんコロちゃん、村が見えてきましたよ!」


私達が進む道の先に、民家らしきものがポツポツと見えてくる。



酪農と麦畑の村、ウシール村。

多くの牛が放牧されている広大な延袤えんぼうの牧場と、同じく一面に広がる麦畑が、牧歌的で長閑な印象を全面的に押し出している。

老後はこんな所で余生を過ごすのも、悪くはなさそう。


土の道には馬車の車輪や農業機械のタイヤ痕が無数に刻まれていて、この村の住人が働き者である事を如実に示している。


「平和そうで良い村ね。う〜ん、空気が美味しい。」


「取り敢えず、雑貨屋さんを見つけて新しい歯ブラシを買いに行きましょうか。」


「……あの変態の事は忘れたかったのに。」


コロちゃんの元気度が少し下がるけど、あんな目に遭った以上、歯ブラシを買いに行かない訳にはいかない。

想像以上の田舎だけど、雑貨屋の一つや二つはあるだろう。

まあ、無かったら無かったで、どこでも事務所でラスコフ村に戻ればいいだけだし。


そこからまた少し進んで、村の中心部へ辿り着く。


民家や商店、酒場や宿屋などが立ち並び、思ったよりは栄えていた。

村の住人もちらほら見かけ、忙しそうに駆け回る者、猫車に家畜用の飼料を乗せてのんびりと歩く者、隣人同士でお喋りしている者など、予想通り村の中はゆっくりと時間が流れているようで、実に平和的だ。



取り敢えず私は、近くで日向ぼっこをしていたおじさんに、声を掛ける。


「あの、突然すみません。雑貨屋さんはどちらにあるか、教えて頂いても宜しいでしょうか?」


「ああ、旅の人だね。雑貨屋は、この家の二軒先の、あの赤い建物だよ。」


日向ぼっこのおじさんが、柔和な口調で教えてくれた。


「どうも、ご丁寧にありがとうございます。」


「いやね、いいんだよ。この村はガイラの街との通り道になってるからね。意外と色んな人がよく立ち寄ってくれるんだ。

そのお陰で、この村は廃村の危機にも陥らず、平和にやっていけてるんだ。

だからお互いに助け合いだよ、助け合い。」


ラスコフ村の人達も優しかったけど、この村の人達も親切でありがたい。

ちょこっと気分がほっこりしながら雑貨屋へ向かい、歯ブラシを探す。

村名物の馬毛歯ブラシという物を発見し、長持ちするというので購入。

ついでに日持ちする非常食やマックス君の餌など入り用な物を一通り購入し、馬車の荷台に詰め込んだ。

とは言っても、どこでも事務所でいつでも拠点に戻れるので、正直そんなには必要ないんだけど、万が一という事もある。

例えば、どこでも事務所が突然故障して使えなくなる、とか。

そんな事態も事前に見越しての買い物だ。



「それにしても、ガイラの街でがっつり稼いだから、まだお金に結構余裕があるわ。」


「この村には賞金稼ぎギルドの支部が無いようなので、稼いどいて正解でしたね。」


害悪指数1000前後の魔害獣を複数討伐すれば、人間二人がしばらく生活するのには困らない位のお金が手に入る。

それでも無駄遣いは良くないと、財布の紐を管理するのはしっかり者のコロちゃん。

自分で言うのもなんだけど、私がお金を持つと余計な買い物ばかりしてしまうからだ。


つくづく、もしも一人で旅に出てたら、以前コロちゃんに言われた通り、何処かで野垂れ死んでたんだろうなぁ、としみじみ思う。


「さて、それじゃあ次は、今夜泊まる宿を探しましょうか。」


どこでも事務所を使っても良いけど、依存し過ぎるのも良くないし、今回も自然と現地で宿を確保するという流れになる。


「お腹空いたし、どうせならこの村の名物料理でも食べれる宿屋がいいわね。」


「お、名案ですね。」


確かに、もうすぐ日も暮れ始める時間帯なので、私も空腹モードに突入してきた頃合いだ。

それと、さっきまで拗ねてたコロちゃんだけど、もう機嫌が直ったようだ。良かった。









◆◆



宿は、すぐに見つかった。

規模はガイラの街の宿に比べると、どうしても見劣りはするものの、名物である地元の牛を使った牛丼やすき焼きはとても美味で、私もコロちゃんも大変満足。

部屋は広くはないけど、清掃が行き届いているので特に不満は無かった。


私とコロちゃんは、パジャマ姿でそれぞれのベッドに潜りながら、明日の予定について話し合っていた。



「ウシール村、素敵な村ですけど、長居は無用です。

田舎ですけど、帝国の監督官が居るかもしれないですし、警戒は怠らないようにしましょう。」


あの、謎のストーカーの件も気掛かりだ。

気配を殺しているのか、それとももういないのか、今のところ視線を感じないので分からない。


「そっか。いつか、ゆっくり観光に来たいわね。この村とか、ガイラの街とか。」


「ええ。その為にも、今は帝都を目指しましょう。」


「うん。」


「じゃあ、明かり消しますね。おやすみなさい。」


「うん、おやすみ。」


お互いに顔を向かい合わせたまま、私は眼鏡を外し、スタンドライトの電源を消した。

部屋は一瞬にして漆黒の闇に包まれ、何も見えなくなり、眠りにつこうと瞼を閉じたその時、不意にコロちゃんの声が聞こえた。






「……ねぇ、アディーナ。」


「…はい?」


いつものコロちゃんらしくない弱々しい声に、私は少し困惑する。


「一つ、言っておくけどさ。

アタシ、アンタの事ずっと好きだから。」


「えッ!?……あ、はい。」


突然そんな事を言われて、分かりやすく動揺してしまう。

そんな私に対して、コロちゃんの感情はいまいち読めない。部屋真っ暗だし。


「たとえ相手がグラットン帝国の皇帝様だとしても、アタシは一歩も引く気は無いから。」


「まあ、そういう強気な所はコロちゃんらしくて良いと思いますけど。

というかそもそも、何でコロちゃんは私の事が好きなんですか?

私なんて、地味で家事も出来ないし、ただ割り箸をひたすら割ってるだけの女ですよ。」


あ、自分で言っててちょっと泣きたくなってきた。

口に出してみると、想像以上に哀しい事実だ。


「そんな事無いッ!アンタがどんな自己評価してようとね、アタシにとってアディーナ・ユアは世界一魅力的な女の子なの!

アンタがずっと姫皇帝様にお熱みたいだから、それだけでも言っておこうと思ったのッ!」


…コロちゃんには、私の考えてる事なんてお見通しだったか。

確かに私は、カリュウちゃんに未練たらたらだ。

だからこそ、この旅を続けているのだ。


というより、世界一魅力的だなんて言われたら、流石に照れる。



「…アンタ、正直家族の救出より、カリュウ姫皇帝に会う方を優先的に考えてるでしょ?」


「……ハハ、コロちゃんには、隠し事なんて出来ないですね。」


コロちゃんの指摘はごもっともだ。

家族は勿論大切だし、たとえ敵と差し違えてでも、助け出したいと思ってる。


でも、それ以上に、カリュウちゃんに会いたいと思っている自分がいる。

彼女から全ての真実を聞き出し、あの日の告白の返事を聞きたいと思っている自分がいる。


人としてどうかと言われかねないけど、それはもう紛れも無い事実なのだ。否定出来ない。



「当たり前じゃない。アンタって結構顔や態度に出るし、アタシじゃなくても分かるわよ。」


「いやぁ、一応気を付けてるつもりなんですけどね。」


私が冗談めかして微笑んだ後、しばしの沈黙が訪れる。








「……ねぇ?」


「はい?」


「そっちのベッドで寝ていい?」


「え?ベッド交換って事ですか?」


「違う!一緒に寝たいの!同じベッドで!」


「えぇッ!?え、え、えぇぇ!?」


「もう、じれったいから行くわよ。」


不可視の暗黒世界と化した部屋の中で、コロちゃんはモゾモゾと立ち上がり、私のベッドへ向かって来る。


どうしよう、予想外の展開に、私の心臓は爆裂しそうな程に動悸が激しくなる。

暗闇の中なだけに、より一層緊張している。


「こ、コロちゃん、あの、ちょっぶふォッ!?」


「あ、ごめん。」


何も見えない所為か、コロちゃんが私のベッドに入り込む際、距離感を掴めずに私の頬に肘打ちを決めてきた。



「もう、コロちゃんは強引ですね。」


「嫌だったら、出て行くけど。

あんまり強引過ぎるのは、アンタも好きじゃないでしょ?」


「…いえ、別に嫌ではないですよ。むしろ、コロちゃんはマスコットキャラ的な可愛さがありますからね。今夜は私の抱き枕になって貰います。」


「…はぁ!?むぎゅッ!」


私は、コロちゃんを抱き寄せ、その頭を撫で回す。

うん、見事な逆転劇。たまには私がこんな反撃をするのもアリだと思う。

さっきまで言われ放題だったし。


コロちゃんも満更でもないのか、何も言わないし抵抗もせず、私の体に身を委ねている感じだ。





「おやすみなさい、コロちゃん。」


「うん、おやすみ。」


もう今夜はこれ以上、言葉は要らないのかもしれない。












◆◆



「どうも、昨夜はお楽しみでしたね!」


「は?」


翌朝、目を覚まして外に出る準備を終え、チェックアウトしようと部屋を出た直後だった。

隣の部屋に泊まっていた女性に声を掛けられ、奇妙な事を言われた。


「…あの、お楽しみってどういう事でしょうか?」


「アハハ、この宿って部屋同士の壁が薄くってですね、昨夜のお二人のやり取り、丸聞こえでしたよー!

ではでは!」


悪びれずに朗らかに笑う女性客はそのまま去って行き、後に残されたのは、真っ赤に顔面を火照らせた私とコロちゃんだけだった。




「…コロちゃんの所為ですよ。」


「えッ!?……あ、うぅ…」


「フフ、行きましょう。」


「……ホント、意地悪。」


可愛らしく拗ねるコロちゃんの手を引き、私達二人はホテルのフロントへと歩いて行った。







チェックアウトを済まし、ホテルの外へ出ると、うららかな朝の日差しがあまねく地上へ降り注いでいる。

早朝から農作業に励む村民達が遠目に見える中、私達の目の前では一人の女性が泣いていた。






うん、泣いていた。


これは、色々と厄介そうだ。

痴情のもつれとかだったら、面倒極まりない。

でも近くに人は居ないし、泣いてる女性を露骨に見捨てるというのも嫌な選択肢だ。



「ちょっと、どうかしたの?」


私よりも先に、コロちゃんが動いた。

声を掛けるのを躊躇っていた自分が恥ずかしくなる。


「……うぅ、私の息子が…ッ!イワンが!」


「息子さんが、どうかしたんですか?」


両手で顔を覆いながら咽び泣く女性の姿は、どう見ても看過出来るものじゃない。

しかも、お子さんが何らかの危機に晒されているとあったら、尚の事。


「…い、イワンちゃんが、ゴブリンに……ッ!

ゴブリンの森に、連れて行かれてッ!」


「ゴブリン、ですって?」



ゴブリン。話には聞いた事がある。

亜人の一種で、悪事を積極的に働く小鬼の種族。

かつては大陸全土に分布し、各地で略奪や窃盗、殺人、強盗などなど、数え上げればキリが無い程の犯罪行為で人々を苦しめていたものの、10年程前に帝国主導による大規模討伐作戦の大成功により著しく個体数を減らし、現在の帝国領土内では、人気の無い山奥などで細々と暮らしている個体しかいなかった筈。

それが、こんな田舎で小狡く人攫いなんてしていたとは。



「ゴブリンの森というのは、どこにあるんですか?」


「…うぅ、この村の、北東に少し進んだ先の、森の中…」


「…アディーナ、行こう!」


「はい、勿論です。

安心して下さい、息子さんは必ず取り返して来ますから!」


私達の言葉を聞いて、泣いていた母親は目を丸くして驚いていた。


「え!?取り返すって…!そんな、ダメよ!」


「大丈夫です。こう見えて、結構強いんですから。」


ゴブリンは、集団戦法にさえ気を付ければ、個々の強さは大したものじゃない。

こういう時こそ、達人の力を存分に発揮する、絶好の機会だ。


「それじゃ、待ってて下さい。悪いゴブリンは私達が成敗して来ます!」


「だ、ダメェェェェェッッ!!」


私達の身を案じてか、必死に制止する母親に目もくれず、私とコロちゃんは駆け出した。

正確には、馬車から切り離したマックス君の背に跨り、駆け出した。


発達した筋肉の持ち主であるマックス君は、待ってましたと言わんばかりに最高速度で地を駆け、あっという間にウシール村を抜け出し、舗装された街道を雄々しくひた走る。




卑劣なり、ゴブリン共。

無辜むこの民であるイワン君の母親から、大切なお子さんを奪うとは!

時は一刻を争う。ゴブリンの気分次第で、いつでも最悪の事態になり得る。


私もコロちゃんもイワン君の無事を祈り、ゴブリンの森へと向かって行った。



⚪︎コロちゃんのメモ帳



セイラ・ラボ


ランカーシス技研の技術者であるカーラさんの、実のお姉さんね。

最強の機甲魔害獣を完成させるという妹の願いを実現させる為、自ら実験体として協力を申し出たのね。

二人の姉妹仲は非常に良くて、もう姉妹という領域を超えた禁断の……ッこれ以上は言えないッ!


ちなみに、普段は帝都の花屋さんで働いてるみたいよ。

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