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#21、魔王コロちゃん




「好きな人、ですか…?」


「イエス!イエス!」


異様にテンションの高いダニエル。

まさか、自分の名前を言われるとでも思っているのか、とカリュウは目の前の男の正気を疑う。




「えっとですね、わたくしは、このグラットン帝国に生きる全ての民を愛していますよ。」


「ノン!ノン!違いますってカリュウ様ぁ!ライクじゃなくて、ラブの方!

そんな典型的な誤魔化し方、しないで下さいよー!カリュウ様が生涯の伴侶にしたい人の名前…」

「プライベートな質問には答えられないと、言いましたよね?」


「へごッ!?」


ダニエルの全身が、床に勢いよくめり込んだ。

巨大な物体にのしかかられたかのように動けなくなり、言葉も発する事が出来ず、どんどんめり込みが激しくなる。



「ニヒヒ、その質問をあたしにするなんて、度胸だけは認めてあげるよぉ。

でも、これは流石に非礼が過ぎるねぇ。ちょっと寝てなよ。」


「ごぼはぁッ!?」


限界まで床にめり込み、ついに床が重圧に耐え切れずに崩壊した。

そのまま下の階へ落下していくダニエルを尻目に、カリュウはのそのそと目元を擦りながら謁見の間を後にした。










◆◆



「あ゛はぁ〜〜〜、ちゅかれたぁ〜〜!」


普段よりも更に8割増し程のダルさを体全体から溢れ出しているカリュウは、謁見の間から廊下に出るなり床に倒れこみ、その体勢のまま両手をバンザイし、坂道を転がる丸太のように、廊下をゴロゴロと転がる。

すると不思議な事に、着ているドレスが勝手に脱げてゆき、いつものダボダボの白いティーシャツになる。

胸部分には、〝柔毛〟と書かれている。


「うへぇ、いつもの数倍疲れたぁ〜。立つのもダルいし、もうこのまま部屋まで転がって行こっとぉ。」


怠惰モンスターと化したカリュウは、ゴロゴロと人目も憚らずに転がる。

謁見の間、そしてカリュウの部屋が位置するのは、饕餮城の中でも最上層に位置する。

そして、そこに立ち入れるのは、基本的に帝国軍でも選りすぐりのエリートクローン兵や、幹部クラスの達人のみ。

当然、皇帝に近い彼らは、カリュウの真の姿を知っている。

なので、ゴロゴロ転がるカリュウを皆、呆れ顔や微笑ましい笑顔で見送っている。



転がり続けて自分の部屋の前まで着いた時、何かにコツンと当たった。



「んぇ?」


カリュウが頭上を見上げると、そこには神すら戦慄させそうな程、冷徹な視線を投げ掛けてくる秘書の姿があった。



「……ぁ……、マゼンタちゃん、おちゅかれ〜……ウヒヒ…」


カリュウは、これから確実に起こるであろう災害を前に、ダラダラ冷や汗が止まらなかった。



「えぇ、お疲れ様です、カリュウ様。

本日の午後のご公務は確か、抽選謁見に来られた一般の方をペシャンコにして病院送りにし、謁見の間に大穴を空ける、でしたっけ?」


カリュウは、起き上がれなかった。

先程のダニエルのように、途轍も無いプレッシャーを全身に浴び、体が言う事を聞かなかった。



「…ご、ごめんってぇ、マゼンタちゃん。あれにはもうねぇ、一言じゃ言い表せない程深い深い事情というものがあってだねぇ…」


「いいから、来なさい。」


「……はい。」


マゼンタはカリュウの足首を鷲掴み、引き摺りながら何処かへ連行して行ってしまった。







◆◆



マゼンタに芯まで絞られた後、精魂尽き果てた状態で首脳会議に出席。

閉会後、カリュウは一目散に自室へ戻り、天蓋付きの巨大なベッドでゴロゴロ転がっていた。


「…ハァ〜〜。」


深い溜め息と共に、白いクッションを抱き枕代わりに抱き締める。

彼女の脳裏には、謁見の時にダニエルにされた質問が、しつこい汚れのように脳内にこびり付いていた。



「……好きな人、ねぇ……」


今この部屋には、自分一人しか居ない。

だからこそ、姫皇帝と称される彼女も、この場限りでは一人の少女として本当の顔を見せる。

カリュウはベッドの横のドレッサーへと近付き、その上に置いてある小さな写真立てを手に取った。

そこには、今と変わらない姿のカリュウと、今よりだいぶ幼い容姿のアディーナが写っていた。

二人共、年相応な満面の笑みを浮かべている。



「…そんなの、決まってるでしょうよぉ………あたしは、ずっと……!」


陰鬱そうな表情のまま、カリュウは枕に顔を埋めてしまった。














◆◆



「カリュウ姫皇帝は、年を取らない…?」


馬車に揺られながら、私の話を聞いて目をパチクリと開けたまま固まっている、コロちゃん。

眉根を寄せて、何言ってんだこいつ的な目で見てくる。


そんな目で見られても、私にはどうしようもない。



「まあ、年を取らないという表現は、少し言い過ぎだったかもしれませんね。

正確には、見た目が変わらないんですよ。私が幼い頃から。」


「実は、長寿の亜人だったりするんじゃない?」


確かに、この世界にはごく少数ながら、亜人と呼ばれる人々がいる。

彼らは普通の人間とは明らかに異なる外見的特徴を持っていて、一目見ればすぐに人間との差異が判別出来る。


だから…



「それは、多分有り得ないと思います。

カリュウちゃんには、獣の耳や尻尾も無ければ、耳や歯が尖っていたりもしません。

ごくごく普通の、人間の女の子でした。」


未知の亜人だったりすればその線もあるかもしれないけど、今となっては分からない。

当時気になってカリュウちゃんに年齢を聞いた事もあったけど、適当にはぐらかされてしまっていた。


「まあ、カリュウ姫皇帝には、謎が多いって言うしね。

常に色んな噂が飛び交ってるけど、真相は本人にしか分からないわ。」


「ええ、その通りです。でも、いつかは知りたいという気持ちは、正直ありますね。」


「ふ〜ん。」


何気無くそう言って、少し後悔した。

コロちゃんが頬を膨らませて、典型的なスネ方をしている。


そうだ。普段あまり態度に表さないから忘れがちだけど、コロちゃんは私の事が好きなんだよね。恋愛的な意味で。

だからきっとこれは、嫉妬……してるのかな?カリュウちゃんに。


ちょっと迂闊だった。



「あの〜、コロちゃん?」


「何?」


「……もしかして、怒ってます?」


「…怒ってないけど。」


…明らかに不機嫌だ。

コロちゃん、意外と嫉妬深いという事実。


気まずい空気が流れる中、不意に馬車を輓いているマックス君が、歩みを止めた。


「あれ、マックス君、どうしたんですか?」


理由は、すぐに分かった。

私達の進む道の先に、一人の男が立っていたからだ。



「ちょっとどいてくれませんか?危ないですよ。」


道を塞ぐ非常識な男に注意するも、私の言葉に耳も貸さずに、不敵な笑みを浮かべている。


「フッフッフッフ…」


私もコロちゃんも、その不審な男に注意を払う。

もしかしたら、山賊みたいな悪党の可能性もある。


だけど外見は、黒いおかっぱヘアーで小太り、白いシャツを着た男だ。

ぱっと見の印象だけど、あまり賊っぽくはない小綺麗なお坊っちゃまみたいなおじさんだ。

周囲に仲間の気配も感じない。


「貴方、どこのどなたですか?いい加減どいて下さい。」


「お前、アディーナ・ユアだニ?」


急に名前を呼ばれて、私の警戒度合いが更に上昇する。

私の首を狙う賞金稼ぎか、或いは…



「ボキの名前はラッシーくんだニ。

グラットン帝国の達人として、お前の話を聞いてその首を頂きに来たんだニ!

こんな所で会えるなんてラッキーだニ!手柄は全て、ボキが独り占めだニ!」


独特な口調とテンプレみたいな悪役台詞を吐く辺り、小物臭がプンプンしている。

けど、それだけで相手の実力を判断するのは愚かだ。

私はラッシーと名乗った男に最大限の注意を払い、臨戦態勢を整える。



「フッフッフ、そう焦る事も無いニ。

お前達の敗北は、既に決定されているんだからニ。」


そう言って、ラッシーさんは二本の小さな棒状の物を取り出す。

よく見るとそれは、歯ブラシだった。



「何なんですか、もしかして歯ブラシの達人ですか?」


「フッフッフ、そんなすぐに決め付けるなんて、愚かな奴だニ。

この歯ブラシをよく見てみるニィ!」


ラッシーさんが両手に掲げる二対の歯ブラシを目を凝らして見てみると、妙な違和感を感じる。



「ちょっ、まさか……ッ!?」


コロちゃんが、限りなく悲鳴に近い声を上げる。

私も違和感の正体に気付き、鳥肌が立った。







その歯ブラシは、私とコロちゃんの私物だった。



「…そ、それ、いつの間に!」


「お前らが呑気に話してる間に、こっそり荷台から拝借させて貰ったんだニ!

女子の歯ブラシは我が聖剣。ボキの真骨頂、とくと見るが良いニ!」


ラッシーさん…



いや、ラッシーの奴がおもむろに舌を出し、残像が残る程の速度で上下に動かす。

そのまま徐々にコロちゃんの歯ブラシにそれを近づけ…



「あ゛ぁ〜〜〜〜ッッ!!」




そこから先は、言わずもがな。



最早声にならない悲鳴を上げ、喉が枯れた頃、糸の切れた人形のように俯き、虚空を見つめていた。



「……アディーナ。」


「は、はいッ!?」


地獄から響いてくるような禍々しい声色に、思わず私ですら冷や汗が止まらない。

怖くて、顔を直視する事すら叶わない。



「…アイツ、殺していいよ。」


「…こ、ころ…?」


「八つ裂きにして、串焼きにして、滅多刺しにした後、ロープで足を縛ってマックス君と繋げてガイラの街で市中引き摺り回しプラス車裂きの刑にした後、も一つ念入りにすり潰したら、食べやすいようにバラバラの微塵切りにして豚の餌にしようそうしよう。」


「それもう、一つ目か二つ目辺りでもう死んでますよ!」



魔王コロちゃんが、真顔でおぞましい言葉を口にしている。

こんなキャラ崩壊したコロちゃん、見た事がない。

人は怒りのリミッターを振り切ると、これ程までに修羅と化してしまうのか。



「フッフッフッフ、もう流石に理解したニ?

ボキは、『歯ブラシペロペロの達人』!

全ての女子の歯ブラシは、ボキにペロペロされる為にあるんだニー!」


こっちはこっちで、別の意味でおぞましい事を口走っている。

まあ要約すると、目の前のコイツは全ての女性の敵という訳だ。

そして、今一番ピンチな女性というのが、何を隠そうこの私なのだ。



「じゃあ次は、こっちの歯ブラシを堪能してみるニ!」


「やめなさいッ!」


私の制止などどこ吹く風か、高速運動する下品な舌が、私の歯ブラシへと迫る。

マズい、何としてでも阻止せねば!



「『割り箸殺法・渦紫陽花うずあじさい』」


音も無く消えるようにラッシーへと接近した私は、必殺の一撃をお見舞いする。

しかし、多くの敵を葬ってきたこの一閃は、虚しくも空を切る。



まさかの、躱された?


その後も何度攻撃しようと、ラッシーは未来でも見えているかの如く、全てのらりくらりと風のように回避されてしまう。



「フッフッフ、無駄だニ。

ボキが女子の歯ブラシを舐めてる間、もしくは舐めようとしてる間、興奮により大量の脳内麻薬が分泌。ボキの脳は極度のトランス状態に陥り、第六感が覚醒するんだニ!

それによってボキは、360度いかなる方向から攻撃されようと、簡単に避ける事が出来るニー!」


何という気持ち悪いサイキック能力。


「まだトランス状態はせいぜい30%だけど、お前のヘナチョコな攻撃を躱すには充分だニ。

そして、ここから一気に100%まで上げ、速攻で勝負を決めさせて貰うニ!」


ラッシーは私の歯ブラシを目の前にして、再び舌を上下運動させる。

ヤバい、これは…


「ちょっ、やめ…ッ」




私の意識は、そこで途切れた。





意識が深淵に沈み、ふと気付いたら、私は誰かを殴っていた。

普通に顔面にパンチを一発喰らわせるような爽やかなものではない。

私の大事な歯ブラシに汚い舌を這わせた愚か者に馬乗りになり、何度も何度もその汚い顔の原型が分からなくなるまで顔を殴り続けていた。


「ちょっ、アディーナやり過ぎ!

それ以上やったら、死んじゃうって!」


「殺せって言ったのはコロちゃんじゃないですか。」


「いや、流石に冗談だって。10分の9殺しで大丈夫だから!

本当に殺しちゃったら、殺人犯になっちゃうんだからね!

そしたらアンタ、本物のお尋ね者よ!」


コロちゃんに必死に説得され、ようやく私もハッと我に帰った。

確かに、捕まってブタ箱行きは御免だ。




「……分かりました。」


殴るのを止めた私は、誰だか判別出来ない程に顔面が腫れ上がったラッシーの懐をまさぐり、高級な革製の財布を取り出し、中身を全て抜き出す。


「残りの10分の1は、新しい歯ブラシの購入代プラスアルファで許してあげます。」


不服としか言いようがないけど、コロちゃんに迷惑を掛けるのも嫌だし、千京歩譲って金で妥協してあげるとしよう。


「今後もこんな変態の手合いが出て来ると思うと、気が重いですね。」


「うん、全く。」


私とコロちゃんは馬車に乗り、瀕死の変態を路傍に放置したままマックス君を走らせた。



⚪︎コロちゃんのメモ帳



カーラ・ラボ


ランカーシス技研所属の技術者で、『機械いじりの達人』の女性ね。

技術者としての腕前は飛び抜けてて、今まで数々の機甲魔害獣の開発を手掛けていて、CEOであるランカーシス博士からの信頼は非常に高いようね。

ボーイッシュな性格と見た目から、他の女性社員から結構モテるらしいけど、本人は実の姉と機械にしか興味が無いみたい。

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