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#19、カリュウちゃんの一日





「あ゛〜〜〜〜〜」


気の抜け切った呻き声と共に、カリュウ・ラヒメは撮影部屋を後にし、饕餮城の廊下をゾンビのように脱力しきった様子で歩いていた。

不思議な事に、彼女が歩く度に着ているドレスが自動的にズルズルと脱げ、普段着であるダボダボの白いTシャツが露わになる。

王冠は勝手に傾き、美しい髪はボサボサになる。

ちなみに、Tシャツには〝散財〟の二文字が書かれている。



「あぁ、もう。カリュウ様、なんてだらしない…!」


串に刺さった焼き鳥を頬張りながら歩く姫皇帝の背後には、脱ぎ捨てられたドレスを回収しながら追う秘書の女性、マゼンタの姿がある。


「だって〜、疲れるんだもん、朝の挨拶ぅ。ダルダル〜。」


「全く、ダルダル〜じゃないですよ。あと、鳥さんが挨拶しに来たとか言った直後に、焼き鳥食べるのやめて下さい。」


「えぇ、別にあたしが何食べようと自由でしょ。

朝の挨拶は疲れちゃうから、肉食べたくなるのよぉ。ニヒヒ。」


カリュウはニヤニヤ笑いながら、口周りに付着した焼き鳥のタレを手のひらで拭う。


「ほら、汚いですよ。ちゃんとティッシュで拭いて下さい!」


そう言って、マゼンタは懐からポケットティッシュを取り出し、カリュウと目線を合わせながら口元の汚れをティッシュで拭う。

まるで、ダメな妹の世話をするしっかり者の姉といった感じか。


「ウヘヘぇ、ありがとねぇ。

で、この後の予定って何だっけぇ?」


「まず、城内食堂にてランカーシス博士との朝の会食ですね。その後、ランカーシス技研にて新型の機甲魔害獣運用試験の視察。

お昼を挟み、午後からは10分間の抽選謁見。その後は1時間の通常皇国首脳会議です。」


「うへぇ〜、超ハードスケジュールじゃん〜。」


「ど・こ・が・ですかッ!3時にはもうやる事無いじゃないですか!

そもそもこれ以上予定入れたら、カリュウ様やる気無くしてサボりだすから、だいぶ無理して削ってるんですからね!」


マゼンタは怒りに任せ、カリュウの側頭部を両拳でグリグリする。


「うぎィ〜、不敬罪〜!」


秘書に暴力を振るわれる皇帝。この城で、毎日見られる光景だ。












◆◆



饕餮城が誇る、広大なる食堂ホール。

床を埋め尽くさんばかりの大量のテーブルの上に、数え切れない程の料理、料理、料理。




「ウオオォォォォ!!カリュウちゃぁん!ひっさしぶりィ!」


料理を踏まないよう器用にテーブルの上に立ち、諸手を広げ、大声でカリュウを歓迎するのは、ランカーシス技研CEOにして、帝国軍最高幹部・千両役者(フルコース)の一人、ランカーシス博士その人である。

見上げる程の高身長、派手な見た目で、皇帝をも恐れぬこの態度。

通常ならば不敬罪で即逮捕だが、彼だからこそ許されるのだ。


何故ならば、この世で唯一カリュウ姫皇帝と対等と認められし人物。

それが彼、ランカーシス博士こと、アークトゥルス・ランカーシスという男に与えられた特権なのである。

よって、この場の誰も彼の態度を咎めず、気にもしない。



「ウヒヒィ、博士はいつも元気だねぇ。」


カリュウもジメジメした笑顔をランカーシス博士に向け、椅子に座り、視界を埋め尽くす程の料理を眺めると、グギュルルと腹から空腹を知らせる音が鳴る。


「いいねェ、いい感じに腹減りじゃねぇかァ!

オレ様もよォ、夏が来るのをじっと待つかの如くゥ、首を長くして待ってたぜェェ!!」


「うん、ごめんねぇ、遅れちゃってぇ。」


「カリュウちゃんは時間にルーズだからなァァ!!

でもそういういい加減なとこ、嫌いじゃないぜむしろ好感が持てるゥ!


時間なんてよォ、結局は人を待たせる為の指標にしか過ぎねんだからよォ!そんな細かい事ァ気にしねェのが、夏をこよなく愛するこのオレ様だァ!」


よく分からない事を言い終わると同時に、ノーモーション跳躍。

声量とは対照的に音も無くバック宙を決め、カリュウの正面の席にフワリと着席する。

体重の重みを感じさせないその挙動は、まるで彼にだけ重力というものが作用していないかのようだ。


「で、今日は確か、ランカーシス技研(ウチ)の新作兵器の視察だったかァ?」


既に巨大な骨付き肉にかぶり付いているカリュウに対抗するように、寿司下駄に乗った高級な寿司を次々と口に運んでいく。


「うん、そうそう。

ニヒ、こないだから楽しみにしてたよぉ。」


「おうよォ、期待してくれていいぜェ!ちゃんと、カリュウちゃんの希望に沿ったモンを用意してあっからなァ!」


「ニヒヒ、それは楽しみぃ。」




「そういやァ、あのアディーナちゃんの件はどうなってんだァ?」


アディーナの名前を聞いた瞬間、カリュウの手が一瞬だけ止まるのを、ランカーシス博士は見逃さなかった。


「おっとォ、地雷だったか?」


「…いいや、そんな事ないよぉ。

まあ、進捗具合は順調……とは言い難いかなぁ。ウヒ。」


「ほう?」


「多分、だけどさ。軍の中にアディーナちゃんの捕縛を邪魔してる人がいるんだよねぇ。

その所為で、もう四人の達人がアディーナちゃんに倒されちゃってる。」


普段通りニヘニヘ笑うカリュウの表情からは、彼女の感情を読み取る事は出来ない。

ランカーシス博士は、眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。


「裏切り者がいるって事かァ?」


「…さぁ、どうだろうねぇ?

でもこのままじゃ、〝割り箸の達人〟として覚醒したアディーナちゃんは、際限無く強くなる可能性があるからねぇ。

博士もさ、ウカウカしてらんないんじゃなぁい?ニヒヒ。」


「フッフフ、そいつァ、カリュウちゃんもだろォ。

それにその顔、奴がどこまで強くなるのか楽しみって書いてあんぞォ!」


「フヒヒ、博士には敵わないなぁ、もう。」


二人の大物は妖しい笑顔と雰囲気で会話しつつも、用意された食事をハイスピードで貪り尽くす。


結果、食べた総量はカリュウの方が遥かに多かった。

途中でカリュウの食べるペースについて行けなくなったランカーシス博士は、ついに白旗を揚げるハメになった。












◆◆



カリュウちゃんの一日、新型機甲魔害獣運用試験視察。



「こ、ここ、この度は、カリュウ様自ら御足労頂き、大変恐縮です。

し、社長もご一緒で、ハハ…本日はごゆっくりして行って下さい、はい。」


ランカーシス技研に着くなり、広大な玄関ホールで三人程の社員達が、カリュウとランカーシス博士の二人を出迎えた。

その中でも先頭に立つ若い男性研究員が代表として挨拶しているが、一目見てすぐ分かる程、ガチガチに緊張している。


「カリュウちゃん、紹介するぜェ。

こいつァ先月、第十九研究室の室長になったばかりの、クリストフ君だァ!

今日は慣れない案内業務で緊張しちまってるが、普段は頭脳明晰でウチの頼れる優秀な研究員の一人なんだぜェ!」


「どど、どうもご紹介に預かりました、第十九研究室のクリストフです。恐縮です、はい。」


「あははぁ、緊張し過ぎだってぇ。

もっと肩の力抜いてさぁ、リラックスリラックス。ウヒヒ。」


「は、はい、恐縮です。」


クリストフと呼ばれた青年は、過剰なまでに頭をペコペコ下げ、カリュウ達の顔色を伺う。


「…そうだなぁ、このままじゃ案内して貰うのに支障がありそうだからぁ…


ニヒヒ、君の緊張を解いてあげよう。」


「へ?」


「それぇ、ちちんぷい何とか〜。」


カリュウが、魔法でも掛けるかのように、右手の人差し指を宙でクルクルと回す。

すると、先程まで猫背だったクリストフの背筋は自然とピンと伸び、不安そうな顔色は消え失せ、緊張していた態度は跡形も無くなった。




「す、すごい。自分、子供の頃から緊張しいなのに。こんなの初めてです!恐縮です!」


「ウヒヒ、迷える民を助けるのも、皇帝としてのお仕事だからねぇ。」


「普段だらしないのに、こういう時だけ皇帝ぶらないで下さい。」


いつの間にかイカ焼きを手に食していたカリュウに、マゼンタが辛辣なツッコミを入れる。




「しかし、カリュウ様。先程から気になっていたのですが、テレビでいつも見ているお姿と、若干の差異があるような…?」


若干どころではないでしょと、マゼンタは心の中でツッコむ。

他の二人の研究員も、怪訝そうにカリュウを凝視している。


「んぁ〜、気の所為、目の錯覚。」


いや、無理があるでしょ、と。


「気の所為、ですか…?

まあ、カリュウ様がそう仰るのならば、そうなのか…。」


いやいや、おいおい、と、マゼンタは思う。


「ほらぁ、あたしの事なんてどうでもいいから、本題に移ってよぉ。ニヒ。」


「あ、はい!どうぞこちらへ!自分について来て下さい。」


意気揚々と先導するクリストフの後を、カリュウ、ランカーシス博士、そして二人の研究員が続いていった。












◆◆



カリュウ達が案内されたのは、白い壁、白い床に、大きな機械、壁に大きな長方形の窓が付いた部屋だった。

窓を覗くと、同じような白いタイル張りの部屋が広がっているが、カリュウ達のいる部屋よりも遥かに広く、所々タイルが剥がれていたり、壁や天井、床が抉れていたりと、細々とした傷が目立っている。


ここは所謂、ランカーシス技研地下に位置する、新兵器の稼働実験場である。

広い部屋では新兵器の戦闘テストが繰り広げられ、カリュウ達の部屋でその様子を観察し、データ等を採る。

当然、窓ガラスはランカーシス技研が開発した特別製の強化ガラスで、安全面も完璧な備えだ。



「それでは早速、一体目の機甲魔害獣をご覧下さい!」


自信満々といった勢いで、クリストフは巨大機械のゴチャゴチャした大量のボタンを、慣れた手付きで巧みに操作。

すると、実験場奥の隔壁が重々しい音を立てて開き、中から獣の赤く鋭い眼光が睨みを利かせている。


否、それは獣ではない。

いや、獣であって獣ではない、矛盾した存在。


狼の姿を模して造られた、鋼鉄ボディを持つ四足歩行の機械獣であった。

その大きさは、高さだけで二階建ての民家程は優にある。


「最新の機甲魔害獣、『ダイアウルフ』です。

その圧倒的戦闘力の一端をご覧に入れましょう。」


ダイアウルフの目の前の床が扉のように開き、そこから黒くて巨大な四角い物体が姿を現す。


「ダイアウルフ、やりなさい。」


クリストフの命令に反応したのか、沈黙していたダイアウルフは突如稼働し、一片の無駄も無い動きで前足を振るい、刀のように研ぎ澄まされた爪で黒い物体を斬り裂いた。

その間、僅か一秒にも満たない神速の一撃。


斬り裂かれた物体は、計算されたかのような等間隔で、見事に切り分けられている。



「どうです!厚さ1メートルの鋼鉄の板も、奴にとってはカマボコのようなものです!

特殊合金製の爪とボディは無類の硬度を誇り、攻防共に最高クラスのパフォーマンスを実現していますです、はい!」


「ウヒヒ、確かにこれはいいねぇ。強そう。

うん、それに何より、格好良いからねぇ。」


「はい、そうなんです。恐縮です。

性能のみならず、要望通り外装にも力を入れさせて頂きました!」


興奮気味に話すクリストフは、徐々に早口に、そして饒舌になる。



「そっかぁ、ありがとねぇ、あたしの我が儘に付き合ってくれてぇ。」


「いえいえいえいえ、勿体無いお言葉です!大変恐縮ですッ!」


クリストフは、高速お辞儀マシーンにでもなったかのように、何度も何度も頭を下げる。

カリュウは段々と、クリストフに「恐縮です」と言わせるのが楽しくなってきた。


その時、カリュウ達の部屋の扉が開き、一人の女性が入室して来た。




「おぉ、これはまた皆さんお揃いで!カリュウ様、久し振りだね!社長もお疲れ様でーす!」


爽やかな笑顔と共に現れた彼女は、カリュウ達に物怖じせず、片手をポケットに突っ込みながら挨拶し、そのままカリュウ、ランカーシス博士、研究員の順に、その場の全員と握手を交わした。


「あぁ、カーラちゃん。どしたのぉ?」


「アハハ、いやー、折角カリュウちゃんが来るって聞いたからさ。ちょっと挨拶位したくて、来ちゃったよ。」


カーラと呼ばれた女性は、真っ白な歯が映える弾けるような笑顔を振り撒く。

短めの黒髪、鼻柱に絆創膏を貼っていて、ボーイッシュな印象が強く、身に纏う灰色のタンクトップのシャツ、薄汚れた作業ズボンには腰回りを一周するように、ドライバーやレンチ等の工具が大量にぶら下がり、より機械好き感を強めている。

年齢的には、20代前半程だろうか。


「よォカーラ、確かにお前も呼ぶべきだったなァ。

今回の機甲魔害獣を造るのに、一番貢献してたのは、『機械いじりの達人』であるお前だもんなァァ!」


「そうだよ社長!何で私を呼んでくれなかったの!?」


「いやだってお前今日休みじゃん。」


「は?」


カーラは、口を開けてポカンとしていた。


しばしの沈黙の後、ランカーシス博士が口を開く。


「え?もしかしてお前、休みなの忘れて出勤して来たのかよォ!ウケる!ギャハハハハ!」


社長に笑い者にされてしまったカーラは、赤面して俯いていた。


⚪︎コロちゃんのメモ帳



極地カブトムシ


害悪指数1050KC。

魔害獣化して、寒冷地に適応進化したカブトムシね。

角から冷気を放出して、対象を凍らせる恐ろしい昆虫よ。

体は十数センチでかなり小型だけど、鉄のように硬い外皮と、高い機動力は決して油断出来るものじゃないわ。

虫カゴが凍っちゃうから、ペットとして飼うのもオススメ出来ないわね。

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