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#17、あの人は今




「まだ諦めるには早い!そうは思わないかぁ?」


「確かにそうだ。この程度でへばってちゃあ、〝あの人〟に見込まれた人間とは言えねえ!」



諦めかけていたその時、声が聞こえた。

どこか聞き覚えのある、二人分の男の声が。



「んー、また面倒な…。

新手?」


「あ、貴方達は…ッ!?」





「兄、アルドー!」


「弟、ウルドー!」


「「アロジム兄弟、参上ッ!」」




アロジム兄弟だった。




いや、何で?




「アロジム兄弟…?

何か、聞き覚えのある名前…」


ユウリさんは頭を傾げて考えている。

一応、それなりに名は知れている賞金稼ぎなのだろうか。


「まあいいや。

その、何とか兄弟が、一体何しに来たの?冷やかしならとっとと帰って。」


ユウリさんが、明らかに不満そうなジト目でアロジム兄弟を見つめる。


「何しに来たとは、ご挨拶だなぁ。ユウリ監督官。」


「俺ら兄弟はな、とあるお方からの密命を受け、アディーナ・ユアという少女に助力する。ただそれだけだぁ!」


…え?いや、どういう事?

誰かに言われて私に手を貸すって、そんな奇特な人間がこの世にいるの?



「ウルドー、監督官の相手は兄に任せろ!

お前は、アディーナ・ユアを解放するんだ!急げぇ!」


「合点承知!」


兄・アルドーさんが、果敢にもユウリさんの前に立ちはだかる。

達人相手に無謀なんじゃないかと思ったけど、そう言えばこの兄弟も達人だったんだ。


弟・ウルドーさんが、バケツを持って私に近付いて来る。


「ちょっ、何するつもりですか?怖い。」


「ヒッヒ、安心しろ、人体に害は無いッ。」


私の猛烈な不安もよそに、ウルドーさんがバケツの中身をひっくり返す。

無色透明の液体が、私の全身をびしょ濡れにした。

この謎の行動の理由は、すぐに分かった。



「ネバネバが、溶けていく…!」


私の体を拘束していたネバネバ物体が、シュワシュワと泡立ちながら消えていく。


「貼り付けの達人のネバネバは、水で溶ける。

この弱点を調べるのに、相当苦労したもんだぜ。」


ウルドーさんが、私の服を縫い付けている鉄針を抜きながら教えてくれた。






続けて、小声で耳打ちしてきた。


「俺らに命を下したのは、ブルースさんだ。

ブルース・サジオン。お前なら、よく知っている名前だろう。」


「えッ!?」



ブルース・サジオン。

確かに私は、その名前をよく知っている。

まさか、こんな所でその名を聞くとは。


「ブルースさんは、大恩ある俺らの偉大なる師。よってお前を助けるのは必定ッ!」


最後の鉄針を抜き終わると同時に、私も素早く立ち上がる。


「さあ、行け!ここは俺ら兄弟に任せろ!」


「ありがとうございます。ですが…」


私は懐から割り箸を一膳取り出し、前を見据える。

兄・アルドーさんが、既に息を切らしながらユウリさん相手に悪戦苦闘している。

実力の差は歴然。


「ここは私にやらせて下さい。今なら、負ける気がしないんです。」


私は、ユウリさんの方に向かって歩き出す。

何故だか今は、妙に頭が冴えてて勝てる気しかしない。

うん、今の私ならやれる筈だ。間違いない。


「おい、どうしたんだ。逃げるなら今しかないだろ!」


「いえ、こんな序盤で逃げてちゃ先が思いやられます。

どうか心配なさらず。絶対、勝ちますから。」


「えぇ…、おいおい…。」


アロジム兄弟の厚意を台無しにするようで心苦しいけど、私は逃げずに戦う。

私は、本気だ。


多分、今の私の雰囲気はさっきまでとはまるで違っているんだろう。

その証拠に、ずっとやる気の無かったユウリさんの顔つきまで引き締まっている。

アロジム兄弟も、私の覚悟を汲んでくれたのか、これ以上引き止めずに黙って見守ってくれた。



「…やるんだね、逃げずに。

まあいいや、ゆーりもそろそろ本気出して、すぐ終わらせてあげるから。」


ユウリさんが傘を閉じ、先端の石突き部分で地面を小突く。


「変形。」


「ギギィィィィッ!」


突然、傘が奇声を発した。


いや、あれは傘じゃないッ!



「おいおい、まさかその傘、魔害獣かよッ!?」


アルドーさんも知らなかった事なのか、驚愕の声を上げている。

私だって、目の前の光景に我が目を疑った。


蜘蛛の巣柄の傘はユウリさんの手を離れ、勝手に開いてひとりでに変形していく。

まずは生地の部分が変異して無くなり、次いで骨組み部分が長い足となり、最終的に不気味な蜘蛛めいた姿となる。

そのまま不自然な体の曲げ方を繰り返し、ものの数秒で全く別の姿へと変貌を遂げた。



ミミックスパイダー、害悪指数2280。

魔害獣の情報を調べられる私の眼鏡には、そう表示されていた。

昨日までに倒した魔害獣達の倍以上の数値を誇るそれは、先程までの傘ではなく、巨大な扇風機のような形状に変化していた。



「『貼大嵐ハリケーン』」


扇風機の羽根が、爆音と共に回転する。

およそ扇風機とは思えないような大出力の超高速で羽根が回り、豪風が前方のネバネバ液を吹き飛ばす。

吹き飛ばされたネバネバ液は、無作為な軌道を描いて私に襲い掛かる。

その様相、まさに粘着の嵐。


しかも、元々撒き散らされていたネバネバ液だけでなく、ミミックスパイダーは器用な事に、羽根を回転させると同時に新たなネバネバ液を絶え間無く吐き出し、それも風に乗せている。

つまり、放っておけばいつまでもこの嵐が続くという訳だ。


私は四方八方から飛んでくるネバネバ液を躱すけど、風が強過ぎて思うように前に進めないでいる。




「だから、何だと言うんですか。」


この程度の逆風、乗り越えられなければ帝都へ行く資格などない。

私はいつも通り割り箸を構え、精神を集中させ、割った。



「『割り箸殺法・梛筏なぎいかだ』」


衝撃波一閃、嵐を穿つ。

たかだか暴風如きで、私が恐れ慄くとでも思ってたのか!


「ギィッ!?」


豪風と飛び散るネバネバ液を一直線に貫いた衝撃波は、嵐の発生源である魔害獣に直撃し、怯ませる。

障害物に阻まれた所為で威力は多少落ちたけど、隙を作るにはそれだけで充分だった。

嵐が一瞬止んだこの瞬間を見逃さず、私は背を低く屈めながら一気に駆け出す。


「ッッ!『貼鉄はりがね』!」


態勢を整える暇も与えずに決めようと思ったけど、相手もそう甘くはない

メインウエポンの魔害獣が一時的に機能停止したとは言え、それでも油断ならないのが〝達人〟という存在だ。

でも、こちらとしても同じ手はもう喰らわない。

大量の鉄針が、的確に私の服を貫き、縫い付けようとするも、そうはさせない。

その攻撃を想定していた私は、攻撃に合わせて着ていたローブを瞬時に脱ぎ捨て、身代わりにする。

鉄針が地面に縫い付けたのは、ボロボロになったローブのみ。

以前漫画で読んだ、どこだかの国で暗躍するスパイみたいな職業、忍者と呼ばれる人達が使う絶技の一つ、〝忍法・空蝉の術〟を参考にした。

ぶっつけ本番だから、成功したのには自分でも驚いている。


そして、私以上に驚いているのが、ユウリさんだ。






「『割り箸殺法・渦紫陽花うずあじさい』」


「……ッッがはッ!?」





脱ぎ捨ててからの通り抜けざまの一撃。決まった。

余力を振り絞った渾身の斬撃が、ユウリさんの胴を見事に薙いだ。


「くっ……このぉッ!」


ユウリさんは膝を付きつつも新たな鉄針を取り出す。

しかし、それを投げつけるだけの力はもう残ってなさそうだ。


ユウリさんは力尽きたように仰向けに倒れ、悔しそうに顔を歪めた。




「あぁ、もう…、くそぉ…。まさか、あの状況で逆転されて、しかも一撃でやられちゃうなんてね…。」


「貴女は、確かに強敵でした。アロジム兄弟が加勢してくれなければ、負けてたのは私ですし。」


「…でもさ、分かってると思うけど、これから先もっとヤバい連中が出て来るからね。

ゆーりよりも、遥かにヤバいのが。」


「…心得ています。それでは、先を急いでますので。」


これ以上、話す事もない。

コロちゃんも待っている筈なので、大の字で倒れるユウリさんに背を向け、私は走り去った。







「…あーもう、こんなんじゃ全然駄目だな。何か火ぃ付いちゃったし、ゆーりも、久々に修行でもしてみるかー。」









◆◆



「待てー!」


「そっち行ったから早く!」


街中を駆ける私とアロジム兄弟を、大勢のクローン兵達が追い掛ける。

向こうはクローンならではの連携プレイで追い縋るように攻めてくるけど、私達三人の基本的スペックが高い所為か、追手を次々と撒いていく。

後方から追って来るのは無視して逃げ切り、前方に立ち塞がるのは一瞬で倒して道を切り開く。

そんな事を繰り返している内に、街の門へと辿り着いた。



「チッ、やっぱり門は流石に守りが固いか。」


兄・アルドーさんの言う通り、最後の砦である門周辺には、大量のクローン兵達が防衛しているのが見える。

門も当然閉まっている筈。

さて、どうやって突破しようか。



そんな事を考えていたら、突然門がひとりでに開いた。


は?



「おい、どういう事だ。門が勝手に…ッ!」


弟・ウルドーさんが驚いているけど、私には門が開いた理由が分かった。


門の近くの民家の物陰に、よく見ると人影がある。

見覚えのあるその人物は、魔害獣バンシーことシエルさんと、豪商ゴメスさんだった。

門が開いたのは、シエルさんの起こしたポルターガイスト現象に違いない。


騒ぎを聞きつけて駆けつけて来てくれたのか、シエルさんはこちらを見て悪戯っぽい笑顔を見せ、ゴメスさんは小さく手を振っている。

私も感謝の証とばかりに、ウインクを返した。


「アロジム兄弟さん、もう一踏ん張りです!

このまま一気に突破しますよ!」


「「おうッ!」」


私達は走りながら各々の武器を構え直し、ガイラの街の最終防衛線へと突っ込んで行った。









◆◆



「ふぅ…ここまで来れば、流石に大丈夫でしょう。」


私達は、ガイラの街を出てからもしばらく草原を走り続け、コロちゃんと待ち合わせしている湖まで向かう途中、人気の無い木陰で休憩していた。

街を出る際、門周辺で散々暴れ回ったお陰で追手の数を大分削ったので、ここまで殆ど追われる事は無かった。

私もアロジム兄弟も疲労困憊だったので、ひとまず休んでから湖に向かう事になった。



「アロジム兄弟さん、改めてお礼を言わせて下さい。加勢、ありがとうございます。」


「おいおい、気にするな。」


「当然の事をしたまでだからなぁ。」



「しかし、まさか貴方達からブルースさん……いえ、〝師匠〟の名前を聞くとは、思ってもいませんでしたよ。」



ブルース・サジオン。

その人は、私がラスコフ村に島流しにされて少し経ったある日、村にフラリと現れて、私の中に眠る達人としての才能を見出し、開花させた張本人。

師匠には約一年間の間師事して貰い、その短い期間の間に様々な事を教わった。

ただ、自らの素性に関する事は一切口に出さない人だったので、師匠がどういう経緯でラスコフ村に来たのか、その他一切の過去も含めて、謎に満ち溢れた人物だった。


「俺らアロジム兄弟もまた、あの方に師事して貰い、達人になれた。」


「ま、短い間だったけどな。つまり、お前は俺らの妹弟子だって事だ。」


「師匠は今、どこにいるんですか?」


「さあな、それは俺らにも分からん。」


「あの方は気紛れな雲。今回お前を助けるように指示したのも、先日ウチに届いた手紙がきっかけだしな。」


確かに師匠は、気紛れで神出鬼没な人だ。

私の前からいなくなる時も、ある日突然「お前は一頻り強くなった。ここから先は、自らの手で強くなれ。」とだけ言い残して、次の日には綺麗さっぱり居なくなっていた。

まるで最初から存在しなかったかのように、痕跡の一つも残さずに。





「さて、色々あったが我らも晴れて帝国に仇なす犯罪者だ。」


「アディーナよ、ここは一旦別れるとしよう。お前はコロちゃんとやらの元へ向かうといい。」


「アロジム兄弟さん…。本当、見ず知らずの私達の為にお尋ね者にもなってしまって、どうお詫びをすればいいのか。」


「ヒッヒヒ、だから気にすんなって。」


「他でもない師からの頼み、そして妹弟子のピンチ。これで何もしない奴ぁ、まさに人間失格だぁ!」


アロジム兄弟。

見た目と喋り方だけはチンピラそのものだけど、その実、中身は非常に人情味に溢れた素晴らしい人格者だった。

良くも悪くも、人は見かけによらない。

私は湖の方向へ、アロジム兄弟はまた別の方角へ、お互い手を振りながら別れて行った。




しかしまさか、アカシさんに続いて私達の旅にまたも協力者が現れるなんて、考えてもいなかった。


師匠、あの人は今どこで何をしているのだろうか。

コロちゃんの待つ炎鬼鯉の湖へ向かう最中、私は過去の思い出に思いを巡らせていた。


⚪︎コロちゃんのメモ帳



ユウリ


ガイラの街を統括する監督官で、『張り付けの達人』ね。

本人は望んでないのに、高い戦闘力を見込まれて推薦されて、監督官をやらされているそうね。

事務仕事とかは、殆ど副監督官のカジオさんに任せてるみたいね。

極度の面倒臭がり屋だけど、部下の面倒見は良いみたい。

魔害獣ミミックスパイダーは、彼女の武器であり、大切な相棒なんだって。

余談だけど、ガイラの街の賞金稼ぎギルドの受付のお姉さんは、ユウリさんの実の姉らしいわよ。


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